第41話 帰郷は唐突に 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
「今から実家に帰らせていただきます。ニアにもついて来て欲しいな」
「突然どうしたの?」
唐突なヴィルの一言にそう返したのは、幼馴染モードのニアだ。
彼女は一週間最後の授業を終えて、疲れ切った所をヴィルの部屋に呼び出されて、入って直ぐの発言だった。
以前からこうした突然の思い付きのような発想を口に出してきたヴィルだが、もう三年も付き合いのあるニアからすればまたかと思う程度である。
これが普通の人物の発言であれば、大量の課題を何とかしたいニアはお断りする所だが、ヴィルの場合必ずちゃんとした理由があり、そして何故か拒否権が無いのだ。
もう何度目か分からないこのやり取りに嘆息するが、ニアのこれは一種のポーズのようなもの。
本心から嫌がっている訳ではないのはヴィルも分かっているし、もし嫌がっていれば本当に無理に連れて行きはしない。
と言うより、ニアはどちらかと言うと誘われない方を不満に思うタイプでもある。
それに、こういう時のヴィルは、必ずと言って良い程ニアの望む報酬を用意してくれるのだ。
例えばそう――
「もし来てくれたら週末課題を手伝……」
「行きます」
そういう事になった。
食い気味に同意したニアに微笑み、ヴィルは椅子に座るよう促す。
そうしてあっという間にニアの同伴が決定した帰省の為、二人は情報共有を行っていく。
「それで?どうしてまたいきなり実家に帰るなんて言い出したの?王都まではそこそこかかるよね」
「だから出発はこれからだよ。荷物の準備が出来次第、直ぐにベールドミナを発つ」
「……急にも程がない?」
「まあついさっき決めた事だからね。偶然クラーラの外出申請を聞いてしまったのが理由だよ」
「……ねえ、それ絶対偶然じゃないよね」
「それで、偶然聞いてしまったんだけど、どうやら彼女は明日から王都に戻るみたいなんだ。それで僕も丁度王都に用事があったし、どうせなら先に到着しておこうかと」
「それって例の調べて欲しいって言ってた件についての事だよね。なんで先に到着するの?」
「ん?ついでに尾行もしようかと思って」
「それってストーカ……」
「尾行もしようかと思って。それじゃあ準備が終わったら寮の前で集合にしよう」
そして現在、ヴィルとニアは寮の前に荷物を持って集合していた。
荷物の中身は簡単な衣類と学園の課題くらい、ものの数分で準備も終わってしまい、外出申請をとうに終わらせていた二人は、馬車の待合場へと向かう。
寮から待合場へまではそう遠くない、数分歩いていれば直ぐに到着するのだが……
「ねえニア、その手に持ってる折り紙は何に使うの?それって結構飛ぶ奴だよね」
ニアが歩きながらおもむろに取り出したのは、子供でも簡単に作れて人気の折り紙だった。
上手く風に乗せて飛ばせれば数十メートルは飛行する代物で、孤児院でもよく見たものだ。
ただ、何故ニアがそんなものを持っているのかが分からなかっただけで。
「これ?これはね……こうするんだよ」
ニアはそう言うと、いきなり手に持っていた折り紙を路地裏に向けて飛ばしてしまった。
手元から離れた折り紙は、ニアの想定通り路地裏の暗がりへと吸い込まれるように飛び、そのまま見えなくなってしまう。
振り向き会心の笑みを浮かべるニアを見て、ヴィルにも思い当たる点が一つあった。
「……もしかして、あれが拠点との連絡手段だったりする?」
「うん、ジャンドさんが考えたの。よく分かったね」
「またなんて独特な手法を……」
ジャンドはヴィルが子供の頃によく遊びの相手をしてくれ、それから鍛練の相手もしてくれていた銀翼騎士団の騎士である。
性格は明るく実力もある騎士なのだが、時折この連絡手段のように中々人の思いつかない突飛な思いつきを実行するのだ。
そのため騎士団では、アイデアに困った時の最終兵器としての立場を確立していたのだが、今はベールドミナ支部にいるらしい。
……まさか毎回あんな玩具で連絡のやり取りをする気なのかと密かに戦慄しつつ、ヴィルは悟られないよう表情を保つ。
ポーカーフェイスもその語源となったゲームも得意なヴィルにとって、これくらいの感情を隠すのは容易い事だ。
「ちなみになんて伝えたの?」
「『レイドヴィル様が実家にお帰りになる為、最高の乗り心地の馬車を用意されたし』……あたし、ヴィルには快適な旅を楽しんでもらいたかったんだ」
「つまり自分が楽をしたかったと」
「まあ?ついでにあたしもいい思いできたら良いよねって」
「流石ニア、仕事も出来るし自分の事も抜かりない」
「えへへ、照れる」
そんな他愛もないことを話しながら歩いていると、すぐに待合場に着いてしまった。
だがニアが最高の馬車をとリクエストをした以上、それ相応の時間がかかることは必定。
それまでの間、どう時間を潰そうかとヴィルが考えていると……
「おーい、そこのおふたりさーん!乗るならうちの馬車はどうっすかー!」
人好きのしそうな笑みを浮かべた件の騎士、先程話題に上がっていたジャンド・アギュラーが、青い髪を風になびかせて二人に手を振っていた。
―――――
「なんか一週間会ってないだけでも結構久し振り感があるもんなんすね!坊ちゃんがお屋敷に居た頃なんかはほぼ毎日会ってやしたからねぇ、たまにすっげえ違和感があるんすよ!」
一行は馬車の中に。
驚くべき速度で馬車の用意を終えていたジャンド達は手際良く、ヴィルとニアの荷物を積み込むとあっという間にベールドミナを出てしまった。
それからというもの、やたらハイテンションなジャンドがずっと喋り倒しているのだ。
「ちょっとジャンドさん、ヴィルに会えて嬉しいのは分かりますけど、そんなだと疲れちゃいますって。少しは自重してください」
「あー、こりゃすいやせん。その通りでつい」
ニアに注意されたジャンドは口元の笑みを絶やさぬまま、頭を掻きながら謝罪する。
別に本気で怒っているわけではないニアに、ジャンドも冗談めかして返しているのが付き合いの長さか。
だが時刻はもう既に夜、そろそろ話を切り上げて就寝させないとニアが辛くなる。
「そういや坊ちゃん、家に帰るって話ですが、なんでまたこんな早くにお戻りになるんで?自分はニアちゃんと違ってなんも事情知らないんすけど」
「伝えてなかったんだね。今回の目的の大半はジャンド達にもお願いしてたウェルドール家に関するものなんだけど……」
「なーるほどそれで。じゃあローゼルさんに話を聞きに行くんすね」
「うん。家に顔を出すのはついでで、出来れば任務に加わりたいんだけど……予定はどうかな」
「騎士団の活動の方なら丁度明日の夜に入ってたはずですよ。ムーナちゃんも参加するそうで。あーでもご両親の方は……今確かシルベスター領の方に戻られてるはずなんで、会うのは厳しいかもしんないすね」
「そっか。それじゃあそっちはまた今度にしよう」
銀翼騎士団を率いる英雄の一族として常に多忙な二人は、実の所殆ど王都の家にいる事が無い。
特にここ最近はその傾向が強く、今月に至っては一度も帰ってきていないらしい。
元より期待はしていなかったが、ヴィルはその想定通りに嘆息する。
子供の頃こそ、次こそは次こそはと思っていた両親と遊んでもらう期待も、あの誕生会の一件以来、徐々に冷めていったように思う。
それが諦めてしまったからなのか、成長したからなのかは定かでないが、少なくとも今は割り切れてしまっている。
ヴィルが変われてしまった自分に懐古の情を抱いていると、不意に手を握られる感触がした。
眉を上げるヴィルが発生源を見ると、そこには心配そうにこちらを見るニアの姿があって。
――今の自分は、ニアにこんな顔をさせるくらい情けなかっただろうか
ニアと出会ったのは三年前なので、彼女は誕生会に直接居合わせた訳ではないが、詳しい事情はあの時出席していた人物――メイド長あたりから聞いている筈だろう。
それであの時のレイドヴィル少年の気持ちを思って気遣ってくれたのなら、ニアは本当に優しい人だ。
その想いに応えるべくヴィルは懐古の念を心の奥底に押し込め、いつも通りのヴィルとして笑顔を作ってニアに向ける。
それで完全とはいかないが幾許かの安心は得られたようで、ニアの表情に暖かな色が戻る。
少し感傷に浸りすぎたらしい、思考を切り替えすぐ傍にあった毛布をニアへと手渡す。
「ありがとうニア。もう休んだ方が良い、明日も朝早いからね」
「もう大丈夫っぽいね、それじゃあお言葉に甘えて。お休み、ヴィル……」
「ああ、お休み」
そう言って横になり程無く、穏やかな呼吸音と共にニアが眠りに就いたのを確認する。
ニアが最高の乗り心地をと要求していたお陰で、幸い走っている今も揺れは殆ど感じない。
これなら良く眠れるだろうとヴィルは音を立てずに立ち上がり、ジャンドの居る側の席へゆっくりと腰を下ろす。
「……そういえば御者の彼は夜通しで走らせる訳じゃないよね。もしあれなら途中で僕が交代するけど」
「いやいや、坊ちゃんに操縦なんてさせられませんって。いや、勿論坊ちゃんなら馬車の操縦も上手くやるでしょうけども……。あいつはあれでいいんすよ。今日もお天道様が真上に来るまで寝てやしたし、ちょっとは働いてもらわないと」
「それはそれで勤務態度に問題があるな。けど、それなら任せても良さそうだね」
そう言って馬車に備え付けられた小窓から御者台を見ると、男が良い笑顔でヴィルにサムズアップする姿が見えた。
前を見て欲しいとか開き直らないで欲しいとか言いたい事は色々あるが、騒音をニアに聞かせては可哀想だとそっとカーテンを閉める。
王都への到着は早朝5時を予定しており、それまでの間にヴィルも仮眠を取らなければならない。
そこまで疲労を感じているわけではない為、何時にしようかと考えていると、
「――そういやニアちゃん、坊ちゃんにため口利けるようになったんすね」
「ん?」
ジャンドがニアを穏やかな目で見ながら話しかけてきた。
その眼にはただのメイドに向ける感情以上の、子に向ける親愛が込められているように見えて。
「坊ちゃんが知ってるかは分かんないすけど、実は自分、坊ちゃんが五歳くらいん時にニアちゃんに会ってたんですよ」
そこからジャンドが語り始めたのは、ヴィルも与り知らないニアとの関係であった。
「あん時は確か孤児院の見学イベントで、自分はその子供たちが変な場所に行かないように見張る役回りだったんす。けどちょーっと目を離した隙に、闘技場で鍛練中の坊ちゃんをニアちゃんに見られちまいまして。一応入っちゃいけないとは言ってあったんすけど、当然自分は怒られるわニアちゃんも怒られるわで、申し訳ない気持ちで一杯でしたよ。けどなんやかんやで知った秘密を生かして直談判して、あのお堅い前のメイド長を口説き落として……。まあ生まれ持った才能ってのもあったんでしょうけど、ニアちゃんのあの幼いながらに夢を叶えようとする情熱に、自分は胸を打たれたんすよ」
そうニアの事を語るジャンドはどこか誇らし気で、まるで自分の事のように嬉しげに話す。
自分の事のように、という比喩もあながち間違いでは無いのだろう。
ジャンドも幼い頃から騎士に憧れ、志してきたと聞く。
そして両親からその夢を応援されなかったという事も。
そのジャンドからしてみれば無条件に庇護してくれる両親もおらず、大人たちに囲まれながらも一人懇願し続けたニアには、一種の尊敬のような感情を抱いているのだろう。
そこに年齢は関係なく、ただニアには純粋に応援してくれる人がいて欲しいという願いもあるのかもしれない。
――誰よりも両親に応援して欲しかったジャンドは、応援の力を知っているから。
「それからちょこちょこメイド長に呼ばれてニアちゃんの修行に付き合ったりしてたんすけど、なんかどんどんお堅いメイド長そっくりになってくのが怖く感じて。それでちょっと心配してたんすけど、杞憂だったみたいっすね。あの子が坊ちゃんに仕えてくれて、自分は嬉しいっすよ!」
そんな風に笑うジャンドを見て、ヴィルは少し照れ臭くなる。
この男のこんな表情を見るのは久し振りだ。
普段からやや軽薄な印象を受ける男だが、根は真面目で良い奴なのだという事は、親しい人間は誰もが知る所。
ただそれを表に出すのが苦手だから、いつもこうしてヘラヘラとした笑みを浮かべるのだ。
そんなジャンドに共感を覚えつつ、ヴィルは学園での土産話をぽつぽつと語っていくのだった。
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