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第40話 クラーラの休日 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


 その後周りのお客さんにも料理の処理を手伝ってもらい、何とかヘビー極まる朝食を終えたクラーラは、重くなった体を引きずりつつ自室へと戻った。

 そして先程から何度も見た机の上に積まれた課題を見て、げんなりとした表情を浮かべる。

 そういえばそうだった、とクラーラは思い返す。

 担任教師で宮廷魔術師筆頭のグラシエルは実に()()()()な人物で、週末に出された課題はそれはもう膨大だった。

 一日では終わらない課題は当然休日まで侵食し、こうして実家に帰ってきてまで勉強をしなければならない惨状に陥っている。

 ――だが、今はとてもそんな気分にはなれそうもなかった。

 ベットに身体を投げ出し、何があるでもない天井をじっと見つめて、ただ時間が過ぎるのを待つ。

 王都へ戻った最大の理由――あの男からの呼び出しの時刻だ。

 最後に会った入学式の二日前、その時に指示されたのが今日これからの時間。

 学園からも一度手紙を出したが、特に返事は無かったので間違っていないと思う。


「――――」


 約束の時間が近づけば近づく程会いに行きたくないという思いが膨れ上がり、それを上回る行かなくてはならないという義務感がクラーラを襲う。

 もし行かなければとそう考えると……想像もしたくない。

 食事が原因でない体の重さに気まで重くなりつつ、なんとか立ち上がり再度家を後にする。

 よほど酷い顔色だったのだろう、メイドに何度か大丈夫か聞かれたが、適当に答えてそのまま外に出て来てしまった。

 男に指定された場所は、建物と建物の間にある路地を複雑に曲がった所だ。

 とても偶然には辿り着けないようなこの場所は、悪巧みをするのに丁度良いのだろう。

 慎重で臆病なあの男らしい、長く居たくない陰鬱な場所だ。


(ヴィル、力を貸して……!)


 そしてあの男は、クラーラがちゃんと到着したのを確認してからこの場に現れるのだ。

 ――そう、このように。


「――ちゃんと約束は守ったようだなぁ。従順なのはいい事だぁ」


 そう不気味に嗤う目の前の男に、いつにも増して無表情を努めて作り向ける。

 名も知らぬこの男は、一目見て分かる邪悪さを漂わせてその場に存在していた。

 頬は痩せこけ眼窩は落ち窪み、ぎょろついた目が生理的嫌悪感を覚えさせる。

 白衣で隠す体の線も細く、剣の達人であるクラーラならば、数瞬の間に細切れにしてしまえそうな程だ。

 事実それは可能であり、そうしたい気持ちは山々だ――だがそれをしないのは、クラーラの大切な家族の命が握られているからに他ならない。

 男の右手の甲にある魔法陣、赤黒い塗料で描かれたそれは男が命じるか男が死ねば発動し、容易くクラーラの母の命を奪ってしまう。

 それがクラーラが大人しく男の指示従う理由、その全てだった。

 魔法陣さえなければ、あれさえどうにかできれば……そう何度考えた事か。

 だが慎重なこの男は、魔法陣に関する秘密を欠片も残しはしなかった。

 自宅や学園の本で調べたが、クラーラの知識ではどうしても解読できない。

 スケッチをとって誰かに見せる訳にもいかず、それ以前にこの男との関係を他人に話す事は禁じられている為にタブーだ。

 結局クラーラに出来る事は、ただ大人しく従う事だけだった。


「さぁて、それじゃあ学園での出来事を教えてもらおうかぁ」


「…………!」


 そう言われたクラーラは細心の注意を払い、言葉を選んで学園で起こった出来事を報告していく。

 授業でのヴィルの様子、交友関係、魔術の知識や身体能力について、――剣の腕ではクラーラの方に分があるという事も。

 それらを仔細に報告すると、何事かをブツブツと呟いて男の顔が醜悪に歪む。

 その笑みはクラーラにとって不快でしかない。

 ――だが同時に、恐怖でもあった。

 男が笑う時、その裏で何か恐ろしい事を考えているからだ。

 それは例えば、クラーラの家族を殺すと脅した時や、クラーラに目ぼしい生徒の選定を命じた時のような――


「――そのヴィルとかいう学生、我が魔術実験の材料に相応しい素質を持っているようだなぁ。決めた、その学生を連れ出せ。そしてお前がその剣で殺すのだぁ!」


「あ、え…………?」


「聞こえなかったか?ヴィル……マクラーレンだったな。そいつを連れ出し、殺せと言った」


 ――聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない、最悪だ。

 ヴィルをずっと見てきた自分に、ひた向きに努力を続ける心優しい彼を殺せと言うのか。

 不純な動機で近づいた自分に笑顔で応えてくれたヴィルを、授業で優しく教えてくれたヴィルを、入学から早くも友人に囲まれ慕われるヴィルを。

 そんな事は、そんな事は絶対に――


「――できない」


「はぁ?」


「それは、できない。わたしにヴィルは殺せない、殺させない」


 言葉を受けた男はおいおいと呆れた表情を浮かべ、


「お前は状況が分かっていないのかぁ?お前は今、お前の母親とクラスメイトを天秤にかけているんだぞぉ?ただのクラスメイトにそこまで肩入れするなど、理解に苦しむなぁ」


「――彼は、ヴィルはただのクラスメイトじゃない」


 絞り出すように言った一言に、クラーラは自分でも胸にすとんと落ちるものがあった。

 そう、そうだ、ヴィルはもうただのクラスメイトなどではない。

 偶然でも故意でも構わない、朝一緒に学園に通い、授業を共に受け、昼食を食べ、帰り道を共にする。

 口数が少ないクラーラを見かねて話題を振ってくれるヴィルと、たどたどしくも会話をする自分を他人が見れば誰もがこう思うだろう。

 そうヴィルは―――


「――わたしとヴィルは、もうともだ…………………………え?」


 半端な覚悟を胸に決別の言葉を放つ、その直前、男の右手の魔法陣が妖しく閃いた。

 それが意味するのはクラーラの母の落命で――

 クラーラは力を込めた膝から、気力が根こそぎ抜ける感覚がした。


「う、そ…………」


「嘘じゃぁ無い。だが安心しろ、この程度で死ぬほどやわではないはずだからなぁ。まあ運が悪ければ――」


 その言葉を聞き取る前にクラーラは駆け出した。

 母の無事を確かめに、母のいる家へと全力で。


 ――自分の身の振り方はよく考える事だな。


 どろりと粘ついた悪意に塗れた言葉は、不思議と必死の形相で走るクラーラの耳にも滑り込み、頭から離れなかった。


 ―――――


 統一感の感じられる家具のとその配置からは、部屋の主のこだわりがひしひしと伝わってきて、クラーラの精神に多少なりとも安らぎをもたらしてくれた。

 部屋の主は今も、穏やかにベットで眠りに就いてくれている。


「母さん…………」


 クラーラの顔をやや老けさせて、ほんの少し微調整すれば同じになるのではないだろうか。

 それ程にクラーラと彼女の母――フラーラ・フォン・ウェルドールの顔立ちは似通っていた。

 身長も小さいとよく言われるクラーラよりは高いが、それでもそんなに差はない。

 クラーラにとって憧れの母と似ていると言われるのは気分が良く、子供の頃は家中の者に母と似ているか訊き回った程だ。

 唯一似ていないのは胸の大きさくらいのもので、子供ながらにどうにかしようと試行錯誤した事も今となってはいい思い出である。

 そんな母は、今は容体も安定して安らかな表情をしてくれていて、クラーラは心の底から安堵した。

 だが一時は本当に危うかったらしく、医者が言うにはあと一歩遅ければ間に合わなかったかもしれないとの事だった。

 そして、次今回のようになれば、命の保証は出来ないとも。

 それを聞いて、クラーラは床にへたり込んでしまった。

 どうやって母の不調を察知したのかは分からないが、銀翼騎士団(シルバーナイツ)が駆けつけてくれたおかげで、迅速な対応が出来たのだ。

 それが無かったらと思うと……体が震える。

 その騎士達も含め、母の不調を知る者は全員病魔のせいだと思っている。

 それが誤りで、母の命を握っている人物がいると知っているのは、クラーラただ一人だけ。

 父も母も知らない、クラーラただ一人の秘密。

 やはりあの男には逆らえない、母が生きている以上、クラーラの取れる選択肢は一つしかなかった。

 ――ヴィル・マクラーレンを殺す。

 だがその事も、クラーラにとっては母を見殺しにする選択と同じくらいに辛く、その事実が重くクラーラに伸し掛かる。

 苦悩したクラーラの視線は部屋を彷徨い、やがて母の顔を見てしまう。

 ――何事も無いかのように眠る母の顔を見てしまえば、もう駄目だった。

 自罰的に唇を噛み、母を起こさないようそっと縋りつく。

 やはり、クラーラは母のように強くは在れない。

 だってもう諦めてしまった、大切な人と、大切に出来そうだった人を天秤にかけて、片方を諦めてしまったのだ。

 口が繰り返しに紡ぐのは謝罪、ここではない何処かへの謝罪の言葉。

 ごめんなさい……ごめんなさい……と、空っぽの言い訳じみた言葉が空回りしていく。

 そして心の中では、ただひたすらに自分に言い聞かせ続ける。

 繰り返しに唱えて自分を騙し、偽り、虚偽を重ね、本心を虚飾していく。

 誓った文言を翻し、吐いた前言を撤回する。

 それは即ち…………


 ――ヴィル・マクラーレンは、ただのクラスメイトである


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