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第38話 学生という日常 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


 四時限目に行われるのは実技授業に分類される武装戦闘の授業。

 各々が自分の武器を持ち込み、その武装を用いた戦闘技術を磨く、生徒に人気の授業である。

 担任であるグラシエルを含めた数人の教師に教えを乞うも良し、生徒同士で教え合うも良しの比較的自由な授業だからというのもあるが、やはり自分の身を守る為の授業は生徒側もより積極的になるものだ。

 特にその傾向が顕著なのが……


「ちょっと!全然!当たんない!」


 ヴィルの目の前で槍を振り回すクレアなどがそうだろう。

 授業が始まり、教師の話が終わるや否やヴィルの元に走ってきて開口一番、


「アタシと戦いなさいよ」


 と槍を突き出し、宣戦布告してきたのだ。

 授業内容が授業内容だけに、ある程度模擬戦形式の鍛錬も認められているものの、やりすぎては遊んでいると捉えられかねない。

 だがそれを受けたヴィルは唯々諾々として了承、バレンシアとニアとザックに見守られ現在に至る。

 先程から石突と穂先で風を切り、物騒な音を立てながら果敢に攻撃するクレアだが、未だに一撃としてヴィルに直撃してはいない。

 攻勢を崩さないクレアも滅茶苦茶に振り回している訳ではなく、その槍捌きには確かな技術が見て取れる。

 だが槍の達人から手解きを受けた事のあるヴィルにとって、それらは予測できる範囲の攻撃として見切れるものだった。

 驚くべき事に、クレアはこの歳で既にヴィルに槍を教えた槍使いの速さを越えている。

 特に刺突に関しては比べ物にならない程洗練されており、その対処にはかなりの力を割かざるを得ない。

 しかし細かい部分の技術や相手の動きに合わせる経験が不足しており、その点が足を引っ張っている状況だ。

 速さと力は十分、技術も経験もいずれ補えるもの。

 将来的にクレアはとんでもない存在になりそうだなと、ヴィルは内心で舌を巻いていた。

 そんなヴィルの思考など露知らず、必死の形相で槍を振るうクレアに対して、ヴィルが反撃に出る。

 延々と攻撃を続けたクレアに生まれた、ほんの刹那の疲労と油断。

 そこに付け込み、無手の左手でクレアの槍を横から掴み取る。

 自身の手と槍の間の摩擦を強化し、クレアの手の摩擦を弱めるだけ。

 この試合で一度も反撃をしてこなかった、ヴィルの唐突な一手にクレアは反応出来ない。

 結果冗談のように槍がクレアの手からすっぽ抜け、ヴィルの手に収まった槍がクレアの首に突き付けられる。

 この授業は保護術式『御天に誓う(フィーリア・リレイル)』を使っていない、それ故の寸止めだった。


「ま、参りました!」


 一瞬の出来事に呆けていたクレアだったが、我に返ると顔を赤くして降参を宣言する。

 ヴィルはニコリと微笑むと、槍を華麗に翻しクレアに返す。


「お疲れ様」


「お疲れさま。ホンット強いわねヴィルって。戦ってみて改めてわかるわ」


 クレアが拗ねた様に唇を尖らせ、半目で睨みつけてそう言う。

 発言と表情に若干の不一致が見られるが、それは滲み出る悔しさのせいだろう。

 彼女が負けず嫌いなのは最早言うまでもない。


「あなたの気持ちは誰よりもよく分かるわ。私もその衝撃を受けた一人だもの」


 繰り返し頷きながらクレアに同意したのは、他ならないバレンシアだ。

 彼女もまたクレアと同じくヴィルとの模擬戦に負け、その実力に驚愕した者の一人である。

 そしてそんな人物がもう一人。


「あたしも孤児院に居た頃はよくやられたなー。聞いて!ヴィルってばこんなにちっちゃかったあたしも容赦なく負かしてくるんだよ?ひどくない!?」


「それはニアが遠慮しなくて良いって最初に言ったからだし、何よりそのちっちゃかったあたしと戦ったのはちっちゃかった僕なんだから」


 ヴィルの背中に張り付き、当時の事を思い出して憤慨するニアに、ヴィルは苦笑して引き剥がしながら反論する。

 それに確かにヴィルがニアに戦いを教える事もあったが、ニアを容赦なく負かしていた事実の大部分はローゼルの仕業でもあった。

 ローゼルはヴィル以上に手加減が無く、そしてヴィルと同じくらい()()性格をしていたので、その為だろう。

 と、仲睦まじくじゃれ合う二人にザックが、


「お前らやっぱ仲いいよな。いつから付き合ってんの?」


 いきなりそんな爆弾発言を投下した。

 途端にピシリと固まったヴィルと、ヴィルの服の裾を掴んだままのニアは揃って首を傾げる。

 二人の頭の上に疑問符が見えるような錯覚すら覚える、見事なシンクロっぷりだった。


「えーと、僕達別に付き合ってる訳じゃないよ?ねえ?」


 事実無根だと否定するヴィルに、当然とニアも頷いて真剣な表情で――


「出会ってすぐあたしに一目惚れしたヴィルが告白してきてから、あたし達ずっと愛し合ってる関係なの」


「根も葉もない噂を流すようなら僕にも考えがあるからね」


「えーいいじゃん、別に減るもんじゃないんだし」


「減る。僕の何かが凄く減る気がするよ」


 唐突に始まった二人の漫才に、置いてけぼりにされる三人。

 そんな中一人早く現実に復帰したクレアが、二人に問いかける。


「それで……結局どっちなわけ?アタシはてっきりくっついてるもんだと思ってたんだけど」


「全くの誤解だよ。僕とニアは只の仲良し幼馴染、それ以上でも以下でもないから」


「ふぅ~ん。ならそういう事にしておくけど……」


 真実を答えたにもかかわらず、どこか不服そうな返事を漏らすクレア。

 何か含みを持たせたような言葉に、ヴィルはほんの少し意趣返しをするつもりで言ったのだ。


「そう言うクレアとザックは何かないの?僕達と同じ幼馴染同士の関係だったんでしょ?」


 と。

 その一言に、クレアとザックの間になにやら微妙な空気が流れた。

 普段とは異なる仕草、動揺したようにちらちらと両者で交わされる視線。

 ――そう、それは言い表すのなら、図星を突かれた時に人が見せる一面のようで……


「おや~?今気になる反応を見せましたね~。どういうことか、洗いざらい吐いてもらいましょうか」


 そんな隙を、こういった事に敏感なニアが見逃す筈も無かった。

 よくやったという顔をヴィルに見せ、それからいやらしい表情を顔に浮かべて二人に詰め寄っていく。

 戦場(日常会話)で晒した隙は、上手くやらねばそのまま致命傷となりかねない。

 ――常在戦場、その格言が今、この他愛も無い会話の中に確かに存在していた。


「はあ……。ヴィル、私達はあっちで組み合いでもしてましょう。今更かもしれないけれど、今は授業中よ」


 どこか後ろ髪の引かれる状況に目をやりつつ、それもそうかと納得してヴィルは踵を返す。

 ヴィルの目の前を歩くバレンシアは運動用の制服姿で、ヴィルも含め辺りには同じ光景が広がっている。

 能力測定の時にしていたように普通の制服でも十分動けるのだが、流石に本格的な実技授業ともなると汗や汚れが目立ってしまう。

 そのための運動用制服なのだが、シンプルな服装もなかなかどうして悪くない。

 

「この辺りでいいでしょう。それじゃあヴィル。寸止めの打ち合いをして、それからお互いにアドバイスをし合う、という感じでいいかしら?」


「良いよ。それじゃあやろうか」


 そうしてヴィルとバレンシアがお互いにアドバイスを送りつつ練習を行う一方で、ニアは未だにクレアとザックを問い詰めていた。


「さあさあ白状しろー!」


「……」


「黙秘権は無いぞー」


「……」


「…………」


 口撃と沈黙とを使い分けるニアは、完全に引く気がない様子だ。

 クレアとザックもそれを悟ったのか、諦めた様子で肩を落とす。

 観念した二人は互いに目配せをして、それからザックが話し始めた。


「いや実はよ……俺達、婚約してる関係なんだよな」


「あーなるほどね……うん?」


「はあーーーーー。なんで入学早々バレちゃうかな」


 ザックのばつの悪い顔、クレアの厄介ごとになったという額に手を当てる仕草、それらの反応から婚約という言葉に嘘が無い事は分かる。

 婚約――つまりは親が決めた許嫁同士という事だ。

 親が子供の結婚相手を決めるというのは、貴族社会ではそう珍しい事ではない。

 家の血の高潔を保つ為、より権力を握る為の政略結婚。

 その理由は様々だが、家の爵位が高くなればなる程にその傾向があり、公爵家クラスで行わないのは、それこそシルベスター家くらいのものだろう。

 だがザックとクレアは貴族ではない、それでも何か理由があって許嫁という関係になったのだとすればそれは――


「――もしかしてザックの家、バラン商会が関係してたりする?」


「お、なんだ気付いてたのかよ。気付いて普通に接してくれてたんならちょっと照れるな」


 実際はそんなコネを求めずとも将来が約束されているからなのだが、言わぬが花、世の中には知らない方が良い事、言わない方が良い事というものがある。

 ニアはその事をしっかりと理解していた。

 ――バラン商会は、決して王国で一番大きな商会という訳ではない。

 むしろ、歴史の長い大店に比べればまだまだ新興の部類に入る。

 だが初代会長で現会長のザックの父親の辣腕と、商会のポリシーである客に寄り添った経営が主に平民の間で人気を呼び、近年目覚ましい成長を遂げている商会なのだ。

 何も知らないザックが照れくさそうにしながらも嬉しそうに破顔しているのを見て、ニアの胸にちくりと刺すような痛みが生まれる。

 何故ザックにこんな罪悪感を抱くのか疑問に思っていると、今度はクレアが口を開いた。


「コイツの家の事が分かってるなら話は早いわ。簡単に言えばアタシの父親がバラン商会の重役で、結構初期メンバーだったりするのよ。そんで子供の時から仲が良かった跡取り息子のコイツとくっつけましょうってなったわけ。ほら簡単でしょ」


 実に分かりやすい簡潔な説明だと、二人の関係を聞いたニアは素直に思った。

 そして同時にヴィルも知らなかったこの事を、もう少し詳しく聞いてみたいとも。


「はあ~、ザックの家が大商人なのは知ってたけど、そんな関係だったとはとは思ってもみなかったなぁ……」


「別に絶対隠さなきゃってワケでもなかったんだけどね。ただ貴族でもないのに婚約者とか、周りから色々言われるのもイヤじゃない?」


「あー確かにそうかも。二人はそうやって親に色々決められるのってどうなの?」


 好奇心から質問したニアだが、そこでふと、ニアの警戒網に電撃が走る。

 それはローゼルの厳しい訓練の賜物か、ニアは気取られぬよう、ひっそりと訓練を行うヴィルとバレンシアの方へ避難していく。

 だが段々と熱くなるクレアとザックは気付く事もなく……


「んー、まあただの一般人が貴族の真似事なんかしてバカみたいとは思ってるわよ。けど相手が生理的に受け付けないヤツならともかくコレだしね。仕方ないから妥協してやるかーって感じかしらね」


「オイコラテメエ。大人しく聞いてりゃコイツだのコレだの妥協してやるだのと……!こっちにだって選ぶ権利はあるんだからな!」


「はあー?こんな超優良物件を捕まえといてよく言うわ。アンタにはアタシを幸せにする義務が……」


「――じゃあ私には、授業中に仲良くおしゃべりする馬鹿達を処罰する権利がある訳だな。ん?」


 二人の横に立っていたのは他でもない、口の端をつり上げ嗤う担任教師、グラシエルだった。

 それは彼女がきちんと生徒の事を見ている証左なのだが、二人にとっては見ていて欲しく無かった場面だろう。

 いつの間にやら二人の傍まで近づいていたらしい。

 全く気配を感じさせずに現れたグラシエルにザックとクレアは一瞬硬直し、それからゆっくりと振り返る。

 そこには世にも恐ろしい魔力を滾らせる、王国最強の魔術師が佇んでいて――。


 ――それから、剣術の練習から魔術の練習に切り替えたヴィルとバレンシアの所に、何食わぬ顔で合流したニアも後に処罰の対象となるのだが、この時の彼女はまだ、知る由もない。


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