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第36話 銀波金波 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


「は」


 衝撃に心臓が跳ね、ヴィルの意識が覚醒する。

 直前までこびり付いていた痛みと衝撃を頭を振って振り払い、気を失ってから数秒しか経っていない事を、脳が遅れて理解した。


「気が付いたか。と言っても、上の空だったのは五秒くらいだがな」


 段々と鮮明になってくる視界に、組まれた腕とエルフの平均から大きく外れた豊満な胸が映る。

 そう身長は変わらないのに何故、と、どうやら保護術式が解けた後に膝をついていたらしい。

 ヴィルは頭を掻きつつ立ち上がり、同じくらいの目線の高さとなったグラシエルの方へ向き直る。


「流石は宮廷魔術師筆頭、手も足も出ませんでしたよ」


「それは面白い冗談だな。女の私に手も足も出していたというのに」


「それは言い方がまずいですよ。これは模擬戦で、そうじゃなきゃ僕が死んでいたんですから」


 最後の八属性爆発は、グラシエルの二つ名にもなっている『極彩色』という魔術だ。

 単純な魔力障壁では一秒と持たず、属性に応じた防御術式を展開しようとしても、それが全種類あるのでは防ぎようがない。

 これはヴィルのエネルギー操作にも同じ事が言え、熱、運動、電気、光と、複数要素が複雑に絡み合うあれは、今のヴィルには必殺だった。

 それがヴィルの考えていた、グラシエルに勝てない理由。


「いやいや、お前はかなりよくやった方だと思うぞ?今回みたいな模擬戦でも実践でも、ここまで追い詰められたのは記憶に無いからな。私は超一流ではないとはいえ、そこそこには格闘術を修めているつもりだったが……本当につもりだったようだな。正直驚いたよ」


 確かにゼロ距離の格闘戦に持ち込んだ瞬間は、ヴィルも勝利の可能性を見なかった訳ではない。

 だがそれも、グラシエルが直ぐさまカウンター気味に拳を放って来た事で霧散した。

 相手は自分の苦手分野をよく理解していると、分かってしまったからだ。


「あの素晴らしい格闘術はどこで学んだ?軍用ではない、市井の道場か何かか?」


 ヴィルは今回、敢えて王国が教える軍式格闘術を使わなかった。

 もし使えば、ヴィルとシルベスターの関係に気付きかねないからだ。

 学園長が()()()ヴィルの存在をグラシエルに伝えていない理由、それが気になった。


「格闘術に関しては、僕が暮らしていた孤児院の院長に教わりました。元々貴族に仕えていた人だそうで、何種類か混ざっていると言っていましたね」


「じゃあ魔法陣を読み解いたあれはなんだ?そこらの魔術ならともかく私のは特別製、そう簡単には軌道を見破れない」


「ですが魔術で共有される魔力量指定や属性に性質、それこそ軌道に関する記述はエクストラと言えど共通でしょう?」


 信じられない、というよりは呆れを多分に含む笑いがグラシエルから零れる。

 通常は無詠陣の、それもグラシエルが扱う程の濃い魔術の陣から記述内容を読み取る事など、まず不可能だ。

 知れる事と言えば、精々が属性程度のもの。

 だがヴィルは、それを事も無げにやれると言ってのけたのだ。


「たかが十五歳の子供が、この私と張り合うか。末恐ろしいな、お前の未来は」


 言ってグラシエルは軽く伸びをし、首の骨を鳴らして、


「さて、どうして他の生徒に実力を隠しているのかは詮索しない。私の本気を出せという言葉に応えてくれたからな」


「感謝します」


「だがそう長く隠し通せるとは思わない事だ。ちゃんと計画を立てておくんだな、自分の為にも」


『爆炎の魔術師』からではない、『Sクラス担任』からの心からの忠告だった。

 それを感じたからこそ、ヴィルも真剣にその言葉を聞き入れる。


「肝に銘じておきます」


「よし!行った行った、連中が待っているぞ」


 背を強く叩かれ、今もヴィルを待ってくれている友人達の元へ送り出される。

 通路へ足を踏み入れる前に、先生に一礼するのは忘れない。

 律儀な事だと呆れているのか、グラシエルはひらひらと手を振って、そのまま逆側の通路へと消えていった。

 その背中を見送った後、ヴィルは倣う様に闘技場を後にする。

 歩きながら思う、今日は一日、嬉しい誤算ばかりだった。

 バレンシアと剣を合わせられた事。

 入学試験のあの日から今日戦うまで、いつか叶えばいいと願っていた戦いだった。

 それは期待していた以上の心躍る感覚を、ヴィルに覚えさせてくれた。

 グラシエルとの手合わせもそうだ。

 だがこちらはバレンシアとの戦いとは違い、本気で叶うものだとは予想していなかった。

 生徒と教師という立場上、そうそう機会は巡って来ないものと思っていたのだが。

 あれ程までに強敵との戦いに昂揚を覚えた事など、これまでにあっただろうか。

 模擬戦での敗北は数知れないが、グラシエル程どうにもならないと思ったのは初めての経験だった。

 今度また戦える機会があればいいなと思いつつ、いつもの面子が雑談しているのが見えて手を振る。

 空は既に暮れ色に染まり、待たせてしまった罪悪感が募った。


「おかえり。グラシエル先生と何話してたの?」


 グラシエルとの模擬戦はかなり派手なものになったが、音響設定を消音にしていたこともありニア達には聞こえなかったようだ。


「うん、筆記試験で一位だった事とか、あと今日の模擬戦について聞かれたかな。実際に模擬戦をした僕の感想とか、授業のここを補いたいみたいな意見とかね」


 ヴィルの言葉を聞いて、クレアが驚きの声を上げる。


「うっそビックリ!ヴィルって筆記一位だったの?はあぁー、どうせどこぞのお貴族サマが一位だろうと思ってたんだけど。そっか、平民界の期待の星ね」


「おいおい、ヴィルをただの一般人枠に入れるのはどうかと思うぜ?なんせ大半の予想を覆してシアに勝っちまったんだからな。正直鳥肌が止まらなかったぜ」


「普通ならあまり気分の良い話じゃないのだけど、あの負け方をすれば同意したくなる意見ね」


 まるで自分の出来事のように喜ぶザックに、渋々ながら頷くバレンシア。

 そんな二人を見て、ヴィルは苦笑してしまう。

 確かに事前予想では、無名のヴィルが天才と名高いバレンシアに勝つ事など、誰一人予想していなかった筈だ。

 これから注目される事は避けられないが、流石にこれ以上注目が集中するのは避けたい所。

 噂話などが広まらなければいいなと考えるヴィルだったが……


「そういえばニアに殴られてた髪の毛グルグル貴族が、バレンシアが負けたって嬉しそうに広めるって言ってたわね。ホント性格が悪いったらないわー」


 クレアの言う髪の毛グルグル貴族というのは、マーガレッタの事だろう。

 彼女のその話を聞いた時点で、ヴィルはまた対処しなければならない事が増えたせいか、どっと疲れが押し寄せてくる。


「この私を倒したんだもの、ヴィルにはそれくらいの負担は背負ってもらわないと、ね」


 憂鬱そうな横顔から考えを察したのか、バレンシアがしたり顔でそんな言葉で追撃する。

 そんなに表情に出ていたのか、と表情を引き締めるヴィルを余所に、


「そうそうニアといえば。模擬戦の時にあのムカつく女の顔に綺麗に入った裏拳!アレは良かったわよ!なんかこう、スカッとした」


「おう、腰の入ったいい拳だったぜ!」


 こうして揃って親指を立てる二人を見ると、本当に仲が良いんだなとニアは思う。

 本当の幼馴染はこういうものなのかと、密かに参考にするのも良いかもしれない。


「ああ、あれはかなり痛そうだったなあ。加減しろなんて言わないけど、躊躇無かったね」


 いつも通りの人を安心させる表情を取り戻したヴィルが、気の毒そうに声を出す。

 痛みを克服するための特訓を続けたヴィルだからこそ、マーガレッタの気持ちが多少なりとも分かる為だ。


「お優しいわねぇヴィルは。アタシなら速攻鼻をへし折るケドね」


「「「「性格の悪い……」」」」


「チョット!?ザックは後で絞めるとしてみんなまでヒドくない!?」


 そんなクレアの悲痛な叫びは、疲れを残す夕空に遠く木霊した。


 ―――――――――――――――――――――――


 時は変わって夜、暦の上ではまだ春の筈だが、今夜はまだ温暖とは程遠い。

 昼間の温かさが嘘のような冷気に、アルケミア学園の寮の住人はその殆どが布団を被り眠りに就く準備を始めている。

 既に寝ている者も少なくないであろう時間の寮で一人、静かに建物と建物の間を駆ける黒ずくめの人物がいた。

 その人物は男子寮の自室の窓から飛び出し、今一切の音も無く、女子寮の一室への侵入を成功させようとしている。

 だがその人物は変質者ではない、明確かつ正当な目的の為に、その一室の少女と合意の上で侵入を果たそうとしていたのだ。

 窓に手を掛けて三回ノック、それが合図となっている。

 閉じられていたカーテンの帳が晴れ、窓が開けられた。

 部屋の主の案内を受けて素早く部屋に滑り込み、速やかに窓とカーテンを閉める。

 第一目標である部屋への侵入は成功、だがまだ気は抜けない。

 男が一つ頷くと、少女が手の平サイズの魔術具を机の上に置き、起動する。

 直後不可視のフィールドが部屋を覆い、室内の音が外部に漏れないようになった。

 と、ここまで来てやっと男がフードを外す。

 現れるのは零れるさらさらとした銀色の髪と、とてもこの世のものとは思えない美貌の顔立ち。

 ――そう、黒ずくめの人物の正体はヴィル・マクラーレンだったのだ。

 そして迎え入れた部屋の主はニア・クラント。

 彼女はヴィルに向かって――否、レイドヴィルに向かって、見た者の背筋を正すような完璧なお辞儀をしてみせた。


「ようこそいらっしゃいましたレイドヴィル様。今紅茶の用意を致しますので、少々お待ちください」


「ありがとう。もう夜も遅いし簡単なのでいいからね」


 ニアは畏まりましたと言いつつ、部屋の奥から湯気の立つティーセットを運んでくる。

 どうやらレイドヴィルが来る前から、お茶の用意をしていたらしい。

 用意周到な手際のニアに感心しつつ、ヴィルは椅子に腰掛けて出されたカップを手に取る。

 軽く香りを嗅ぎ、そっと一口。

 するとフルーティーな風味が口一杯に広がり、やがて鼻からふっと抜ける。

 温度も最適、また腕を上げたようだ。


「……すごく美味しい。リンゴの香りが華やかで冷える夜には丁度いいね」


「お褒めに与かり光栄です。今後とも精進致します」


 ヴィルの感想に微笑み、同じように紅茶を味わうニア。

 誰に気を使う事もない穏やかな時間は緩やかに過ぎ、落ち着いた所でヴィルがニアの部屋に来た本題を切り出す。


「それで僕がニアに会いに来た訳だけど、家の方に伝えて欲しい事があるんだ。伝令役は、もうこっちに到着してるのかな」


「はい、滞りなく。既にベールドミナに拠点を構えており、いつでも連絡が可能です。今日の帰り道に情報も受け取りましたので。それで、一体何についてでしょう?」


「クラーラ・フォン・ウェルドールとフラーラ・フォン・ウェルドールに関して、内密に調査してほしい」


「内密に?それは当主のウィリアム様にも知られずという事ですか?協力を仰げば快くお受け下さるかと思いますが……」


「出来れば内密に頼みたい。僕の予想が外れてくれたら良いんだけどね。学園内で向けられるクラーラの視線が気になるんだ。負の感覚……監視とか、品定めに近い感じがする。ウィリアム殿に関しては大丈夫だと思うから、クラーラと奥方だけで構わない」


「承知致しました。そのように伝えておきます」


 それから他にも数件用事を済ませたレイドヴィルは満足げに微笑み、部屋を後にしようとして、


「お待ちください。もう一つ耳に入れておきたい情報がございます」


「ん?何かな」


 ニアに引き留められる。

 特にこの後の予定もないレイドヴィルは、ニアに続きを促す。


「先程申し上げた受け取った情報なのですが……レッドテイルの手の者と思われる集団がレイドヴィル様と私について、孤児院や冒険者ギルド等を嗅ぎまわっていると報告が」


「はは、やっぱり興味を持つか」


 予想出来ていたとばかりに、薄く口元を緩めるレイドヴィル。

 ニアが受け取った報告によると、他にも既に複数の貴族が探りを入れているらしい。

 恐らくはその殆どがSクラス生徒の家だろう。

 どうやら今日の模擬戦の結果は、その日の内に家を動かす位の衝撃を生徒に与えたようだ。

 しかし、そんな事はレイドヴィルにとって大した問題ではない。

 何故なら、この貴族だらけの学園にいる限り、その程度の動きは想定済みなのだから。


「いかがいたしますか?」


「そっちに関しては放置で構わないよ」


「……よろしいのですか?」


「ああ、ニアは本当の身分だし、ヴィル・マクラーレンは少し調べた程度でボロが出るような、簡単な身分じゃないからね。用心深いローゼルが僕が生まれると同時に作った完璧な人物だよ」


「かしこまりました」


 ニアは再び深く頭を下げ、了承の意を示す。

 それを見たレイドヴィルが、今度こそ退出しようと扉に手を掛け、


「あぁそうだ、一つ言い忘れてたけど――」


 思い立ったかのように振り返った。


「今日のグラシエル先生との模擬戦の時、シア達を闘技場内に入れないよう引き留めててくれたんじゃないかな?それのお礼を言っておこうと思って」


「!どうしてそれを……?」


「ちょっとした推測、勘だよ。シアはともかく、ザックとクレアが大人しくしてるとは思えなかったからね」


「なるほど……お役に立てたのでしたらよかったです」


「うん、助かったよ。それじゃあ今度こそお休み、ニア」


 ニアは驚く一幕がありつつも、三度(みたび)深々とお辞儀をして、フードを被って窓から闇夜に紛れるレイドヴィルを見送る。

 レイドヴィルが部屋を出て窓を閉めカーテンを閉じる直前、ちらりと覗いた窓の外には、既にレイドヴィル――ヴィルの姿はどこにもなかった。


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