第35話 銀波金波 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
ヴィルとバレンシアが激闘を繰り広げたその後、つつがなく初回実技授業の模擬戦は終わりを迎えた。
今日の授業もこれで終わり、現在はグラシエルが二、三言喋った後に解散となったのだが……
「ヴィル、ちょっと付き合え」
(どうしてこうなったのか)
それが今のヴィルの純粋な疑問だった。
第八試合を終えたヴィルは精神的に疲労困憊、ニア達を探して歩き回る気にもなれずに、残りの模擬戦を観戦していたのだ。
終礼終わりにでも話そうかと思っていた矢先、こうしてグラシエルに捕まり腕を引かれて闘技場に連れ戻されているのだった。
(どうしてこうなったのか)
内心でもう何度口にしたか分からない言葉を吐きながら、腕と足に力を入れて抵抗する。
「グラシエル先生、説明無しでは困ります。友人も待たせているので、ここで話を聞く事は出来ませんか?」
「それはその友人達に悪いな、手短に済ませるとするよ。それから、言葉を交わすとは一言も言っていないとだけ言っておこう」
ヴィルの抵抗を受けて、自身に全力の身体強化を掛けて強引に引っ張っていくグラシエル。
遠距離攻撃が主体の魔術師のはずだが、一人の青年を軽々と引きずる程度には身体強化が使えるのか。
そんなどうでもいい新事実に現実逃避しつつ、闘技場の観客席までやって来たグラシエルとヴィル(強制)。
闘技場と言葉を交わすとは言っていないとの発言、最早嫌な予感しかしないヴィルの予想は、見事に的中した。
「よっと」
そんな水溜まりを飛び越えるかのような気軽な声を上げて、グラシエルが観客席から中央に飛び降りる――左手でヴィルを掴んだまま。
「ちょ!」
数メートルの高さからの降下に驚きつつ、適応してダメージの無いよう静かに着地する。
あまりにも急な暴挙に抗議の視線を送るが、風で金髪を靡かせる当の本人は知らん顔だ。
グラシエルという教師がこういう性格なのだというのは、彼女が担任になってから分かっていた事だが、ここまで強引な性格だったとは。
情報を修正するヴィルを着地地点に置いたまま、グラシエルは十歩程歩き、立ち止まってヴィルの方へ振り向く。
振り返ったその表情は、会心の笑みを浮かべる悪戯小僧そのもので――
「ヴィル、私と模擬戦をしろ。拒否権は――無い!」
「そんな馬鹿な」
唐突な会心の一撃に、思わず零れたヴィルの一言にグラシエルはむっと目を細め、
「教師に馬鹿と言ったな?これで拒否権は完全に無くなったという訳だ、残念だったな」
「……もう戦う事については諦めたので、せめて理由を聞いてもよろしいでしょうか。何故僕と模擬戦を?」
「そんなのお前とバレンシアの戦いを見て面白そうだと思ったからに決まっているだろう」
欲望に忠実すぎる返答である。
これが一教師の姿かと思う程に。
「それだけ、ですか?」
「無論それだけではないぞ?前にも話したと思うが私は貴族が嫌いでな、常から非貴族の実力者には声を掛けるようにしている。初日に公平に接すると言った以上、教師として最低限平等に振舞うが……まあ多少の肩入れはあっても文句はあるまい」
うんうんと自分の発言に頷きつつ、言い訳をしているようにしか見えない。
要は貴族はいけ好かないから、優秀な活躍を見せたヴィルに唾を付けておこうという事なのだろうか。
……ヴィルは貴族の中でもかなり中枢に位置する家系なのだが、貴族でないグラシエルはその事を知らないようだ。
てっきり学園長辺りが伝えていると思っていたのだが。
「まあ模擬戦自体は構いませんよ。元よりいつかは手合わせ願いたいと思っていましたから。けど将来的には騎士団に入りたいと思っていますので、ご期待には沿えそうにないかと」
「ふむ、では模擬戦ではなく決闘にして、お前が負ければ将来私の元に来る事を条件にして……」
「では模擬戦を始めましょうか今すぐに!」
フィールド設定:通常、痛覚設定:半減、音響設定:消音……。
何やらぶつぶつと物騒な事を口走り始めたグラシエルを遮るように大声を上げ、急ぎ保護術式を準備していくヴィル。
勝ち目の無い試合を条件順守の決闘にされては敵わない。
――そう、ヴィルには勝ち目など、欠片も残されていない。
「うむ、乗り気なようで私も嬉しいぞ。設定は任せる――本気で来い」
最後の一言には紛れもない、世界最強の魔術師の期待が込められていた。
術式を励起、五、四、三、二、一…………試合開始。
「「『御天に誓う』!」」
宣誓と同時、ヴィルは第八試合と同じように一気に距離を詰める――直前、
「!……そう簡単にはいかないか」
ヴィルとグラシエルの間に爆発の壁が広がった。
横と縦、一分の隙も無い密度の爆炎は、壁と評するのに一切の抵抗を覚えない。
ヴィルの初動を潰す一手にこの物量、一体どれだけの魔力を込めたのか。
――魔力量3500、それが事実ならば先程の贅沢な魔力の使い方にも納得がいく。
それにしてもとんでもない発動速度だ。
保護術式の詠唱からヴィルの初動まで、一秒の間隔も空いていなかった。
如何に相手の行動を読み当てたとはいえ、連続発動の技術と魔術の展開速度には素直に脱帽する。
分かっていた事だが、今のヴィルには手強過ぎる相手だ。
思考しつつ爆発が消えたのを確認後、ヴィルは闘技場の端ギリギリを弧を描くように走り、爆煙を目眩ましに急襲を掛ける。
直線で攻めるには分が悪い為、この隙に出来る限り距離を詰めておきたいが――
「それは見えているぞ」
高速で駆けるヴィルの眼前に、爆発の兆候。
加速する思考により、徐々に空間を食い潰す魔術がよく見える。
回避――不可能、停止――不可能、――であれば正面から、突破する。
轟音と共に、恐ろしく温度の高い爆炎がヴィルを焼き殺す――事は無く、炎の海からヴィルが飛び出し、そのまま駆ける。
無防備に受ければ死体すら残らぬ暴虐を、熱と運動を魔力に分解する事で、何とか切り抜けたのだ。
絶死の爆炎の返礼は、同じく絶死の斬撃でもって返される。
それは命の取り合いの最中ですら見惚れる剣技、常人なら受ける事すら出来ないそれを、グラシエルは、
「見事な剣だ。とても学生とは思えないな」
凄まじい密度を誇る極小の爆発、自身を傷つけない超絶技巧の魔術で防いで見せた。
――『爆炎の魔術師』グラシエル・フリート=グラティカ、その実力の一端である。
「くっ!」
防御の後隙を刈ろうとしたヴィルに対し、爆発より爆風に重きを置いた魔術で強制的に距離を取らせる鮮やかな手並み。
流石にグラシエル程になれば、剣士に接近された時の対処法も会得しているか。
その辺の魔術師であれば通じもするだろうが、今の相手は積んできた経験が違う。
仕切り直しとなった状況に唇を噛みつつ、ヴィルは次の戦略を組み立て始める。
「それにしてもさっきの魔術、よく突っ込んできたな。最初は悪手だと思ったがそうでもない。実際私の虚をつく手だった訳だからな。だが私はそれよりも、前に私の魔術を防いだ方法の方が気になる所だ。大抵の魔力障壁くらいはブチ抜くんだがな」
笑顔で雑談を持ちかけるグラシエルと、会話しつつも次の一手を模索するヴィル。
実力の差は歴然だった。
「……事実威力の半分は貫通していましたよ。一体どんな火力をしていればこうなるのか」
ヴィルは思索を続けつつ、グラシエルの話に乗る。
この程度の同時作業はヴィルにとって日常茶飯事、なんという事はない。
グラシエルもその事が分かっているのか、薄く笑いながら雑談を続ける。
「私の魔術は特別製だからな。単純な火力だけならレッドテイルにも遅れは取らんよ」
「確かにそのようですね。……付き合って下さって、ありがとうございました」
「なに、私はただお前と言葉を交わしたかっただけだ。だがどうしても感謝したいというのなら、退屈な戦いにだけはしてくれるなよ?」
「それは勿論――です!」
言葉と同時に駆け出した直後、グラシエルがまたもタイムラグ無しで炎弾を放った。
しかし今回は試合開始直後の魔術とは少し違う。
あの様子からして、予め発動直前まで準備していたものだろう。
それらは全て触れれば爆発する爆弾、数十個それぞれがずれたタイミングで放たれる。
もし当たれば、それだけで命に届く威力を秘めた魔術に、ヴィルは打開策を探る。
その大半が無詠陣で放たれた軌道の読めないものであったが、魔力の効率化の為か、幾つか無詠唱の魔術を確認出来た。
無詠陣の魔術を身を捻り、躱し、時折剣を叩きつけて相殺し、だが無詠唱の魔術は確実に回避していく。
「ク、ハハハハハ!お前、魔法陣を見ているな!?」
流石に露骨に避け過ぎたか、攻撃の最中にも拘らず、ヴィルを試していたようだ。
一方のヴィルはといえば、そんな事を考える余裕も無い。
余裕は作ろうと思えば作れるが、既に彼我の距離は五メートル前後――この距離ならばもう必要ない。
そう判断したヴィルは敢えて真正面から炎弾に当たりに行き、周囲に爆風を撒き散らした。
エネルギー操作で防御しつつ、しかし防ぎきれない熱に肌を焼かれながら、第二の視界で視えたグラシエルに向けて、剣を全力投擲する。
煙幕の中から唐突に飛来した白銀の剣に、グラシエルの意識が驚愕に染まる。
「得物を投げるか、ヴィル・マクラーレン!」
喜色に声を張り上げ、高速で迫る剣を難なく躱すグラシエル。
――そんな彼女に向かって、上空から拳を構えたヴィルが強襲を仕掛けていた。
咄嗟の反応で飛びのいたグラシエルが直前まで居た地面を、ヴィルの拳が轟音と共に砕き割る。
そのまま続けて、グラシエルに向かって絶えずゼロ距離戦闘を仕掛けるのが、ヴィルの作戦であったのだが、
「ッ――!」
本能が鳴らす警鐘に従い首を傾ける――それと同時、風切り音と共に拳が空を抜く。
渾身の一撃に銀髪が舞い、ヴィルは驚きに息を呑んだ。
金髪をたなびかせるグラシエルが放った拳撃、それはヴィルもよく知る軍式格闘術そのものであった。
何故、とは思わない。
その可能性は、一度接近して攻撃を仕掛けた時の対処で、半ば確信へと至っていたからだ。
だが、その実力がこれ程の境地に達しているとは想定に無い。
自分の浅慮に眉を顰めつつ、それでも今の一撃でこちらの実力が上だと知れた。
故に方針は変えず、ここで終わらせる事を決める。
――グラシエルが用いるのが軍式格闘術だと言うなら、次に繰り出すのは右裏拳、左アッパーの流れだろう。
「は」
その次は足狙いの蹴脚、その次は頭、腹、関節技。
「ははは」
左胸、胴、胴、顔、右足、カウンター、掴み、後退、喉、鳩尾、頭、首。
「ハハハハハハハハ!なんだこれは!なんだ!これは!!」
グラシエルが繰り出す技、その軌道、狙う位置、行動――その全てが、事前に置かれたヴィルの行動に潰されていく。
拳を潰され、足技を潰され、足払いを潰され、掴みを潰され、回避を潰され、後退を潰される。
そんな全てを先読みしたような行動は、常人ならば恐怖に囚われていた事だろう。
しかし、そんな徐々に防御すらも満足に出来なくなっていく現状を、グラシエルは愉快と笑う。
ダメージは蓄積され、決定打はもうすぐそこまで来ている。
あと少し、あと少し―――――
――そんなヴィルの組み立てた戦況は、それを上回る暴力によって跡形もなく砕かれる事となる。
「が―――――」
ヴィルの最も警戒していた魔術、その一撃が両者の間、超至近距離で放たれたのだ。
咄嗟のエネルギー操作でも打ち消せない程の風圧を胸に受け、強制的に肺から空気が押し出される。
それでも何とか転がりながら受け身を取り、グラシエルの方に視線を戻し――その魔術に圧倒された。
――グラシエルは、単純な火属性の爆発系統の魔術師には収まらない。
彼女はヴィルと同じ、エクストラに分類される魔術師である。
その性質は爆破属性の付与。
例えば先程から好んで使っている爆炎、これは火属性の魔術に爆破の性質を付与した結果だ。
今しがたヴィルを吹き飛ばした魔術も、風魔術に爆破属性を付与したもの。
そして、今目の前に浮かぶ八つの特大魔術は、基本八属性に同じく爆破属性が付与されている。
――『爆炎の魔術師』グラシエル、別名『極彩色』。
――そう、グラシエルはエクストラでありながら基本八属性――火、水、氷、風、土、雷、光、闇の適性を持つ、エクストラの中の異端なのだ。
「ああ、笑った。楽しかったぞヴィル・マクラーレン。お前なら私を殺せるかもな」
言葉の途中で、ヴィルが駆ける。
グラシエルの言葉通りに、ここで負けてやる道理はない。
練り上げた魔力装甲、位置固定力場、熱量固定力場を展開し、今ヴィルの出せる全力を以て迎撃を――
――その直後、八色の爆発がヴィルの意識を呑み込んだ。
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