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第34話 模擬戦 四

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


「それじゃあニア、シア、また後で」


「ええ、それじゃあ」


「ヴィルもシアも応援してるからねー」


 ヴィルが二人に別れの挨拶をし、シアとニアがそれに返してヴィルは一人になった。

 バレンシアが反対側に到着するまでの間、ヴィルは逸る戦意を抑える時間に充てる。

 これから行う模擬戦、ヴィルはそれをずっと心待ちにしていた。

 戦いたいと感じたのは入学試験の時、空いている席を探して偶々相席した時からだ。

 貴族にも拘らず、庶民の話にも真剣に聞き入る気持ちの良い人。

 一目見た時こそ、魂を揺さぶる衝撃に意識を持っていかれたりもしたが、次第に理知的で真摯な姿勢に興味を持つようになっていた。

 極め付けは、バレンシアの実技試験を見た事だ。

 あれは第四十試合の事、バレンシアの対戦相手は同じく魔術も使用する剣の使い手だった。

 待ち時間の間、何と無しに見た隣の試合。

 バレンシアの対戦相手は、ヴィルの目から見ても悪い動きではなかった。

 その相応に鍛練を積んだであろう剣撃を、バレンシアはいとも簡単に弾いてみせたのだ。

 ――それは美しい、惚れ惚れする剣技だった。

 王国正騎士団が古来より伝えてきた、由緒正しい伝統の剣術。

 堅苦しいそれに、自分なりの欠点を補うアレンジを加えた、ヴィルも感心する洗練された動き。

 一年や二年では利かない、厳しい鍛練無しには成り立たない華憐な剣捌きだった。

 そんな彼女だからこそ、あの時のヴィルは彼女と戦いたいと強く願ったのだ。

 しかし残念な事にヴィルの願いが叶う事は無く。

 だからSクラスの教室に初めて入って彼女の姿を見た時、心の底から感謝した。

 自分の幸運ではない、実力でSを勝ち取った、バレンシアに対してだ。

 そしてその時に思ったのだ――それが何時になったとしても、戦う時は全力で相手をしようと。

 それがまさか、こんなにも早くその機会が回って来ようとは思いもしなかった。

 そのせいで大事な初戦にまだ明かせない魔術を、封印した状態で挑まなくてはならなくなったのだから。

 ヴィルのエネルギー操作は国家機密、おいそれと覆せる問題ではなく、見える形では披露することも出来ない。

 故に、剣や体捌き等技術の面で全力を出し、バレンシアを迎え撃とう。

 そこに一切の嘘は無い、ありのままのヴィル・マクラーレンがある。


「ヴィル・マクラーレン。中央へ」


 戦意を抑えるはずが、かえって気持ちを昂らせる結果になってしまった。

 再度落ち着こうとしたヴィルに、入場を促す声が掛けられる。

 どうやら考え事をする内に、バレンシアが反対通路で準備を済ませていたらしい。

 意図する所とは違う結果となったが、それはそれで良しとしよう。

 気合は十分、ヴィルは闘技場中央への一歩を踏み出した。

 急な眩い光に目を細め、何度か瞬きをして目を慣らす。

 周囲を見渡せば、ニアを含めたクラスメイトとグラシエルら教師陣が見える筈だが、今ばかりは目線をやる余裕がない。

 ――割けるリソースは全て目の前の対戦相手に、それが今ヴィルに出来る魔術を制限する事への贖罪だ。


「さっきぶりね、ヴィル。その様子だと準備万端のようだけど」


「そういうシアこそ、いい闘気をしているね。さっきよりも昂って見える」


「それはあなたもでしょう?」


「そうかもしれないね。――良い勝負を」


「ええ、いい勝負を」


 言葉少なに挨拶を交わし、そこから先は敵同士。

 たかが模擬戦と言えど、仮初めの命を懸けた真剣勝負だ。


「それでは二人共準備はいいですね?両者位置について。――第八試合、開始!」


「「『御天に誓う(フィーリア・リレイル)』!」」


 公正の宣誓、その言葉と共に二人の距離が一瞬で縮まった。

 距離を詰めたのは銀髪を翻すヴィル、剣を片手に腰を落として、一直線に突撃していく。

 遠距離の攻撃手段を持たない彼が接近を図るのは、至極妥当な判断と言える。

 だがその行動は、バレンシアも予想出来る事。


「『地焦』!」


 予めヴィルの突進を読んでいたバレンシアは、前方目掛けて地面を嘗める灼熱を放っていた。

 面で迫ってくる炎、しかしその対処もヴィルは読んでいる。

 軽く跳んで身を捻り、炎を躱し、着地して加速、肉薄し、剣を叩き付ける。

 バレンシアはそれを難なく受け止めると、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。


「――――ッ!」


 ぎりぎりと鋼同士が擦れる音が、互いの込めた力の強さを表している。

 単純な筋力ではヴィルの方が上だが、拮抗しているのはバレンシアの身体強化が優れている証拠だ。

 力と力で鍔迫り合いが繰り広げられると同時、両者の読み合いもまた高度なものと化していた。

 片方が引く素振りを見せればもう片方が前に出、片方が押し切る判断をすれば力を逃がすように一歩引く。

 そうしたやり取りが、ほんの数センチの動きで行われている。

 フッと笑みを零したのは、一体どちらだったのか。

 膠着する戦場、その戦況を変えたのはバレンシアだった。

 ヴィルが真に引く気が無いと見るや、剣から一瞬だけ力を抜き、それから一気に押し返す。

 読み通したバレンシアは大上段から振り下ろし、腰溜めに構えて振り抜き、ヴィルに隙を作らせるべく動いていく。

 その動きに合わせてヴィルも剣を動かし、しかし攻められるばかりでは無い。

 バレンシアの攻撃と攻撃の合間に生じる隙を見逃さず、すかさず反撃を返す。


「はあ!」


「ふっ!」


 お互いに譲らず、引かず、お互いの意図を測るような、しかし退屈の無い停滞が続く。

 それは停滞というよりも、寧ろ長く続いていて欲しいと願うような時間だった。

 しかし、そんな時間も長くは続かない。

 剣戟の応酬の中、先に仕掛けたのはまたしてもバレンシア。

 付かず離れず迫り合う最中に、無詠陣で火属性魔術を放ったのだ。

 あまりにも唐突の一撃に驚きつつも、ヴィルは魔力の流れを察知し、遥か後方に飛びのく。

 ――直後、ヴィルが先程まで立っていた場所を爆炎が襲う。

 咄嵯の判断で回避した為直撃は免れたが、両者の距離はかなり離れてしまった。

 そうなれば、片方しか遠距離攻撃手段を持たない戦いの展開は決まっているも同然。

 セオリー通り、バレンシアは左手を突き出し、今度は無詠唱で大量の魔術を準備し始めた。

 それに応じて同量の魔法陣が順次展開され、炎弾がヴィルを燃やさんと迫る。


「はっ」


 ヴィルはそれを見て嬉しそうに笑顔を浮かべ、見た目以上に開いてしまった距離を再度詰めようと試みる。

 両者の単純な距離だけで言えば、十メートルも無い。

 しかしこうして魔術で攻撃し続けられている以上、真っ直ぐ進む事は最早不可能だ。

 魔術を躱し、魔術を流し、魔術を叩き斬る事で、じわじわと距離を縮めていく。

 それでも時折防ぎ切れない場合は、炎弾を構成する魔術式と熱エネルギーを魔力に分解する事でやり過ごす。

 ヴィルのこの魔術は、傍目から見ればただの魔力障壁に見える事だろう。

 故に、魔術分解はヴィルの公の場で使用可能な、数少ない魔術となっている。

 五メートル、三メートルと距離を詰める内、バレンシアも遠距離では決定打にならないと悟ったのか、切り替えて剣で迎え撃つつもりのようだ。

 ――バレンシアの赤い剣が、炎を纏う。


(やはりあれは聖剣魔剣の類いだったか)


 一目見た時から妙な雰囲気をする剣だと思っていたが、予想は外れていなかったようだ。

 残り二メートルとなったこの距離でも、かなりの熱量が感じられる。

 ここからはバレンシアの剣技を防ぎつつ、剣の炎にも気を配らなくてはならない。

 ――強敵、バレンシアは紛れも無く、これまで戦った同年代の誰よりも強敵だった。

 バレンシアが炎を纏わせた紅蓮の刃を振るい、ヴィルは何の変哲もない白銀の剣を振るう。

 そこに確かに存在する装備の差に不平不満など無い、ある筈も無い。


「ヴィル、あなた、笑っているのね」


 言われて、初めて自覚する。

 激しく斬り結ぶこの状況で、笑う余裕があるのか――否。

 熱気に顔面を炙られ呼吸すら苦しいこの状況で、苦い笑いを零したのか――否。

 この鎬を削る接近戦が、いつ直撃するとも限らぬ遠隔戦が、目まぐるしく戦況の変わるこの模擬戦が、楽しいからこそ笑うのだ。

 そしてそれは、ヴィルだけではない。


「シアこそ、良い顔をしてるじゃないか。凄く楽しそうだ」


 二人共この戦いを楽しんでいる。

 互いに全力を出し合い、互いの全てを受け止める、それが楽しくて仕方が無いのだ。

 しかしそんな楽しい時間も、長く続かない事を二人は分かっている。

 既に何分戦っているのか、時間の感覚が曖昧になり、確かな所はもう分からない。

 この時間がずっと続けばいいのにという、陳腐な願望がそこにあるだけ。

 だがこのままずるずると続けて、審判の判定勝負に持ち込ませる野暮を犯す訳にはいかない。

 ――それに、バレンシアの行動パターンはおおよそ理解した。

 ヴィルはそこで、一気に攻勢に出る。

 これまで注意を払っていた細かな被弾を無視し、致命傷となる攻撃のみを防ぐ作戦へと切り替えたのだ。

 

「くっ……!」


 ここまでで最も苛烈な攻めの連撃に、バレンシアは自分が苦境に立たされているのを自覚していた。

 一手防げば、一手払えば、一手反撃すれば、その分自分が不利になっていく。

 それは過去のどの戦いでも感じた事のない、言い表し難い奇妙な感覚だった。

 まるで次にバレンシアがどう対処するか、どう動くかが分かっているような感覚。

 ――チェスやオセロなどボードゲームのプロは、盤面と対戦相手の数手先を読むという。

 それに似た感覚とでもいえばいいのか。

 そんなヴィルの攻撃は緩む気配が無い。

 このままではいずれ押し切られると考えたバレンシアは、苦し紛れともいえる斬撃を放った。

 ――その斬撃が、無手の左腕に受け流された。

 何をされたのか、無理解がバレンシアを包み込む。

 細かな裂傷と火傷が目立つヴィルの左腕、その掲げられた腕ごと断ち斬ろうとした瞬間、硬質な盾に受け流されるような感触があったのだ。

 剣を振りぬいた体勢のバレンシアは誰が見ても分かる、絶対で絶望的な隙を晒してしまっていた。

 バレンシアの首筋に、ひやりとした何かが押し付けられる。

 それはバレンシアがこの試合中幾度と斬り結んだ、見知った物。

 ――ヴィルの握った白銀の剣が、突き付けられるバレンシアの敗北を告げていた。


「そこまで!第八試合勝者、ヴィル・マクラーレン!」


 審判の声が響き、戦いが終わった事で闘技場の静けさが際立つ。

 それは闘技場の誰も、バレンシアの勝利を疑っていなかった何よりの証拠であった。

 ヴィルは剣を引き、保護術式が解けて、二人は模擬戦直前に立っていた位置へと戻される。

 ここに来てようやく自分が負けた実感が染みたのか、バレンシアの肩が吐息と共にゆっくりと下がった。

 やがてどちらからともなく両者は歩み寄ると、固く握手を交わす。


「……悔しいけど、完敗だったわ。いっそ清々しいくらいにね」


「僕だって危なかったよ。努めて距離を取られていたらどうなっていたか分からなかった」


 ヴィルの言葉を聞き、バレンシアは不敵に笑って見せる。

 その表情からは、戦う前と変わらない、勝利への意欲が垣間見えた。

 瞳の炎、未だ健在。


「最後のあれはどうやったのかとか、いろいろ聞きたいことはあるけれど――次は、勝つわ」


「次も、勝つさ」


 ここでこれ以上の言葉は無粋、バレンシアは握手を解いて通路の方へと戻っていく。

 ヴィルは半ば程までそれを見送り、同じように逆側の通路へと歩みを進める。

 ――向けられる数多の視線。

 それは一年生最強の一人と目されていたバレンシアを倒した、無名の青年への好奇の眼差し。

 期待も嫉妬も慣れたもの、その中の一つ――『視線』の興味が再びヴィルを捉えるのを感じる。

 身体測定、魔力測定、そして決定打は模擬戦。

 これらでヴィルが残した結果は、『視線』の主にとって無視出来ないものとなっただろう。

『視線』はここからどう動くのか、今後集中する注目をどうやって逸らすのか。

 二つの事に気を配らなければならない苦労を見て、ヴィル・マクラーレンは小さく笑った。


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