第31話 模擬戦 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
――十数人の観客が見守る闘技場の中心で、鋼と鋼とが打ち合わされる音が轟いた。
細と剛、対極がぶつかる奇跡に、自然と見守る側のボルテージも上がっていく。
細は槍、控えめに施された装飾が特徴的な二メートル程度の長さのそれを、まるで己が手足のように扱っている。
剛は大剣、武骨で竜の骨すら断ち斬れそうな身の丈程のそれを、重さを殆ど感じさせない速さで振り回している。
細は粛然と冷静に剛の隙を突き、剛は猛然とけたたましく細を叩き潰さんと迫る。
「どらああああああああ!」
「はああ!」
十数合、切り払い、打ち合わせ、避け、受け、時に裂傷を刻まれつつも決着は付かず、もう何度目かの膠着が訪れる。
「すごいね、あの二人」
「うぅん、最初は小回りの利くクレアが有利かと思ってたんだけど、ザックもあれで立ち回りが巧いね」
事前予想と少々異なる戦いに、ヴィルが興味深げに唸る。
現在は昼食の時間も終わり午後の実技授業、模擬戦の真っ只中である。
第五試合は細と剛――もといクレアとザックの模擬戦だ。
組み合わせが決まった最初の頃こそ、互いに文句を言い合い争っていたが、いざ試合となれば真剣勝負、長い付き合いであればこそ負けたくないものらしい。
鍔迫り合い、離れ、鍔迫り合う激戦に、ヴィルは何度も驚かされていた。
まず驚いたのがクレアの槍の技量について。
出会った当初から底知れぬ技量を持っているとは思っていたが、今回の模擬戦を見るにヴィルに槍を教えた教師をも凌駕する実力のようだ。
緩急を器用に使いこなしてジグザグに接近する運動能力、対峙した相手の弱点や隙を正確に看破する鑑定眼には、ヴィルも驚かされる場面があった。
恐らくクレアという人間は天才なのだろう。
無論努力を欠かす人間ではないだろうが、彼女は根本が才能の塊なのだ。
対するザックは肉体派と言うのだろうか、細かい事を気にせず、鍛えた体と持ち前の反射神経でゴリ押すタイプである。
今もクレアの針に糸を通すような槍捌きを真正面から迎え撃ち、実際にそれで戦いが成り立っているのだから驚きだ。
だがやはり技術の面で差が出たか、重なる傷にザックの動きが精彩を欠き始める。
『御天に誓う』で痛覚は鈍化しているものの、負傷によって発生する悪影響は実際のものと変わらない。
一手、また一手と追い詰められていくザック。
そして最後の一手、苦しい姿勢から刺突を払った所で追撃を鳩尾に受け、頽れる。
――模擬戦第五試合、ここに決着。
「勝者、クレア・フロント」
審判を務める教師の声が闘技場に響き、同時に『御天に誓う』が解除され、クレアとザックが試合前の状態へと戻る。
敗者のザックは悔しそうに座り込み、勝者のクレアは満足そうな笑みを浮かべ額の汗を拭う。
術式で体は元に戻るとはいえ、摩耗した精神は試合直後のもの。
精神に身体が引っ張られ、興奮状態を引き起こして汗をかく現象はそう珍しくない。
「いや、すごくいい戦いだったね。とても学生のレベルとは思えない戦いだった」
「嬉しそうだねヴィル。まあ確かにうちの騎士にも負けないくらいの実力はあると思うし……卒業後とかシルベスターに誘う気はないの?」
薄い笑みを浮かべるヴィルの顔を、覗き込むようにしてニアが見る。
この広い観客席の中で隣合って座る二人の周囲には誰も居ないため、ニアも言葉遣いを正しても良さそうなものだが、それについてはヴィルが止めている。
学園内は何時誰が会話を聞いているとも限らないから念のため、という理由が半分。
もう半分は堅苦しく話すニアよりも、自然体で話すニアの方がヴィルにとっては心地が良いからだ。
「気は合うし友人だし、それも考えなかった訳じゃないんだけどね。――ここで抜き打ちテストです。僕がザックとクレアをスカウトしない理由はなんでしょう」
人差し指を立てて問題を出すヴィルにニアは、
「えーと、ザックと言えば……あ、そうかバラン商会!」
「正解」
バラン商会――主に平民向けの商品をジャンルを問わず幅広く販売する、近年大幅な成長を見せている今一番勢いのある商会だ。
ザックはそのバラン商会の跡取り息子であり、クレアの父親もまた商会内で重役の立場にある。
故に、二人が将来有望な人材である事は間違いないが、それでもまだ学生の身、将来の進路を決めるには早すぎる。
それに――二人はヴィルにとって、大切な親友だ。
だからこそ、その未来は自分で決めて欲しいというのが、ヴィルの考えであった。
「それにしても、ローゼルの調べた情報をもう覚えたなんてやるね」
「それ皮肉?ヴィルは一回目を通しただけで完璧に記憶したのに?あたしは必至こいて覚えたのに?」
「素直な気持ちだよ。僕はちょっと覚えるのが得意なだけだから」
ヴィルの最後の言葉を聞いて、ニアは呆れた表情を見せる。
――ヴィルの頭の良さは異常だ。
一度見たものは絶対に忘れず、聞いた事は即座に理解する。
そんな人間がいるのかと疑いたくもなるが、それがヴィルなのだと受け入れざるを得ない。
ならばヴィルは生まれ持った才能だけで超記憶をやってのけたのかと言うと、それは違う。
ニアは見てきた――この記憶力だけに止まらず、ヴィルの能力のその半分以上は努力によって培われたものだ。
――確かに才能というものは、時に努力を凌駕する。
血の滲むような努力を続けたからといって、それが必ず一握りの才能を打ち倒せる結果につながるとは限らない、それは間違い無い。
だが殆どの場合、人は手元にある才能を、努力によって伸ばす事で真価を発揮するのだ。
運動神経、魔力、学力、容姿、性格等々、それらは多岐に渡る。
人の才はというのは簡単に言い表せるものではないが、ヴィルは言うなれば直感と努力の才能を持った天才である。
直感の天才と言うと、幼少期のレイドヴィルが正にそれだ。
幼き日の彼は好奇心のままに勉強と鍛錬に触れ、一を聞いて十を理解する驚くべき結果を残してきた。
興味のある事は妙に早く覚えてしまうのは人の性、レイドヴィルとて例外ではない。
その興味というものがどれにでも向き、瞬く間に覚えてしまうのだから恐ろしいのだが。
だがまだこの時点のレイドヴィルにとって、勉強も鍛錬もただ好奇心を満たす手段でしかなかった。
識る事の意味というものを理解していなかった。
努力の方法というものを理解していなかった。
故に致命的に躓き、その代償を最悪の形で大切な人に払わせてしまったのだと、幼いレイドヴィルは思い込んでしまった。
憤死してしまいそうな程の怒りと絶望の中、レイドヴィルは気付いた。
――この結末は、自分の努力不足が招いた最悪なのだと。
そしてここからがニアも知る努力の天才、レイドヴィルの姿。
一度見た事聞いた事を理解する直感はそのままに、更にそこからどうすれば効率良く知識を得られるかを考え、行動に移し、そして実践する。
後悔と努力を知ったヴィルは、恐ろしいまでの戦闘力も、驚くべき記憶力も、全てを見通すかのような洞察力も、全てを努力で培って来たのだ。
そしてそんなヴィルの努力を間近で見て知っているからこそ、ニアはヴィルを尊敬する事こそあれど、妬むような感情は一切湧かない。
むしろ自分が仕える主人として、誇らしい気分だ。
「そうだね"ちょっと"得意なんだもんね。――そうだ!ついでにSクラスの他の生徒の情報もちゃんと覚えれてるか聞かせてよ。ちょっと不安でさ」
「良いよ、ニアの試合が始まるまで簡単におさらいしておこうか」
「やたっ!」
露骨にガッツポーズをとるニアに苦笑しつつ、ヴィルはニアに向き直る。
「それじゃあ模擬戦の順番で確認していこう。まずは第一試合、フェロー・フォン・フロストリークとルイ・ミローから。――フェロー・フォン・フロストリーク、能力測定で僕が走る前に少し話したのは見てたかな。伯爵家出身の風魔術師で、前に話した僕の従姉妹のエミリーとはまた違った方向に風を使いこなす天才だ。得意な戦術は風を纏っての高速機動と防御。あの年で女性関係の問題が後を絶たないのはどうかと思うけど、腕は確かだよ。事実模擬戦でも相手を圧倒していたしね」
「ふんふん、フェロー様は大丈夫。対戦相手のルイくんは?」
「ルイ・ミローは平民出身、というよりは表のヴィルとニアに近い立場の人間なんだ」
「近い……っていうのは孤児じゃなくてお金の方だったよね」
指を振りながら答えるニアは、自分から不安だと口にした割には、細部の情報まで記憶出来ている。
ヴィルは小さく笑みを浮かべた。
「そう。ルイは家がかなり貧しかったみたいでね、父親はおらず女手一つで育てられたらしいよ。でもその母親が結構凄い人で、元々冒険者だった過去を生かして戦闘技術と光物理魔術をルイに教えたんだ。ルイ本人もかなり勉強が出来るらしいから、光魔術を操る秀才っていうのが今のところの僕の評価だよ」
「へぇ~そんな子もいるんだね。じゃあ教材が自由に手に入るこれからどんどん伸びていくのかな。良かったねヴィル」
「確かにライバルが増えるのはありがたいけどさ……話を戻すよ。次は第二試合、ヴァルフォイル・リベロ・フォン・バーガンディーとジャック・エリエクタスについて。ヴァルフォイルはシアと同じ『裁定四紅』の一家で、かなり攻撃的な性格が目立つ人物だね」
「あ、もしかしてヴィルがシアと話してるときにガン飛ばしてくるのが……」
「それは彼だね。……どうしたの?そんな不機嫌そうにして」
「別に」
ニアが拗ねた風にぷいとそっぽを向いてしまう。
――ヴィルは鈍感だ。
ニアはヴィルの事を尊敬しているし、信頼もしているが、唯一この点だけは不満に思っている。
普段あれだけ敵意や害意に当然のように気付くのに、こちらの向ける好意には気付く素振りも見せないのだ。
一体これまでに、ニアがどれだけアプローチしてきたのか……。
要はヴィルに悪意を向けるヴァルフォイルが気に食わなかっただけなのだが、素直にその事を伝える気にもなれず、ヴィルに先を促す。
ヴィルは不思議そうにしながらも、ニアの意向を受けて説明を続ける。
「まあいいけど……得意な戦術は火物理魔術を使った超近距離戦闘。接近戦だと僕でも油断できない相手だ」
「ヴィルがそこまで言うってことは相当だね。そりゃ対戦相手のジャックくんも涙目になるよ」
そう言ってニアが気の毒そうな声を上げる。
この第二試合はヴァルフォイルの性格上、彼が一方的に攻撃を仕掛け続ける展開となったのだが……
「対戦相手のジャック・エリエクタスは平民出身、なんだけど特に情報は無し。農家の子供で、学園に入学するまでは家業を手伝っていたようだね。あとは冒険者として活動した過去があったようだけど、内気な性格のせいかあまり詳しい情報は出てこなかったらしい」
「あー分かる。暗いっていうか存在感が薄いんだよね」
「それは流石に言い方が酷いよ。――第三試合はシュトナ・バックロットとクラーラ・フォン・ウェルドール。シュトナは僕が入学試験の時に戦った相手だね。正騎士団所属の騎士爵家出身で、そこまで裕福な家庭では無いから話題になってなかったけど、バックロット家の先代当主が使っていたガントレットがシュトナに受け継がれてから、周囲の評価はがらりと変わったんだ。今やバックロット家は家格以上に注目される期待の星だよ」
やや嬉しそうな目で饒舌に語るヴィルの姿を見て、ニアがくすくすと笑う。
「確かに、シュトナさんと戦ってるヴィル楽しそうだったもんね」
「まあね。本当は全力同士で戦いたかったんだけど……贅沢は言えないね」
肩をすくめてみせるヴィルに、ニアは更に笑みを深くする。
「あの時の戦いも結構すごかったけど、あれで全力じゃないなんてちょっと怖いよね。正直この学園の生徒なんて相手にならないんじゃないの?」
そんな配慮の足りない言葉にヴィルが目を細める。
「そんな言い方は無いだろう。確かに単純な勝負なら負けないかもしれないけど、それでも戦いから学ぶ事は無数にあるんだ。努力の余地だってまだまだある。その言い方は少しいただけないな」
「そうだね、ごめん……クラーラさんについてはいいかな!一応ウェルドール家の人についてはメイド長からも覚えとくように言われてたし!」
しまったという顔をして話題を逸らしたニアに苦笑しつつ、そこまで怒る気のないヴィルは第四試合の内容に移ろうとし――思い直す。
クラーラについての件、その一手をここで打っておこうと。
「ニア、今日の夜、ニアの部屋で少し話したいんだけど良いかな?」
「ヴィル、遂にあたしのことを!?……ってのは冗談だから、そんなに睨まないで!……別にいいけど、夜の女子寮に男子が入るのは学則違反なんだよ?もちろん逆もだけど」
「うん。だから眠らずに待っておいて欲しいんだ」
それが何かと言わんばかりの態度に、ニアが額に手をやって溜め息混じりに呆れる。
「……分かった。けどちゃんと見られないように来てよ?入学早々学則違反はお互いまずいし」
「当然。僕の隠形の出来は知ってるでしょ?」
ヴィルは自信たっぷりの表情で言い切る。
実際に、ヴィルは誰にも見つからずニアの部屋まで到達する事だろう。
万能執事ローゼルの隠形を本家以上の形で再現するヴィルの隠形は、そう簡単に見破れるものではない。
画家が筆を折るならぬ、暗殺者が剣を折るレベルの完成度だという事は、ニアも理解していた。
だがそれは心配しないのとはまた別の話で、妙な噂が立てば困るのはヴィルなのだ。
これが一般生徒であれば若気の至りともなるだろうが、ヴィルが将来貴族だったと知れた時、二人の関係を邪推した周囲がどのような視線を送って来るかは想像したくない。
ニアはそうした関係になる事自体はやぶさかではないが、ヴィルに迷惑を掛ける事はしたくないのだ。
少し自重しようか、いやしかしアプローチを止めては鈍感なヴィルとの進展は無い、と考えるニアは、引き続きヴィルの話に耳を傾けていった。
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