第30話 能力測定 四
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
「おお、すげえ!」
既に始まっていた魔力測定の場所から、何やらどよめきのような声が聞こえて、ヴィルは閉じていた瞼を開く。
何事だろうかと、やや遅れて足を踏み入れる。
するとそこには、大勢の生徒に囲まれるバレンシアの姿があった。
「魔力量2000ってマジか!?この歳だぞ?」
「むう、流石は『裁定四紅』の一角といったところであるな」
どうやらバレンシアが、魔力測定でかなり高い数値を叩き出したらしい。
魔力適性のない一般人の魔力を100として、2000と言うと一流の魔術師、宮廷魔導士にも匹敵する魔力量だ。
魔力量=魔術の強さという訳ではないが、魔力の量が多ければその分戦いの中の選択肢は増える。
レッドテイル家の例に漏れず、バレンシアも魔力量に恵まれているようだ。
「――あらあら、流石は『真紅の若き天才』ですわね、バレンシア・リベロ・フォン・レッドテイル。まあそうでなくてはわたくしと張り合う事なんてできるはずもないでしょうけれど」
そこに騒々しい空気を、高慢な色の声が切り裂いた。
声の主は悠々と人混みを掻き分け、後ろにお付きのような少女を引き連れながら、バレンシアの方に近づいていく。
自信に満ちたエメラルドの瞳と表情、ドリルのように巻かれた金髪を揺らすその姿は正に、人々が頭に描く貴族そのもの。
……それが良いものか悪いものかはさて置きだ。
顎を上げて見下すように見る少女に、魔力測定を終えたバレンシアは嘆息し、
「――マーガレッタ・フォン・アルドリスク、その呼び方を止めなさい。あなたのそのわざとらしい言い方、すごく不愉快だわ」
「あら?わたくしは褒めたつもりですのに非道いですわね。けれどその怒りっぽい性格も変わりないようで安心しましたわ」
Sクラス、マーガレッタ・フォン・アルドリスク、雷物理魔術の名門アルドリスク公爵家の娘。
何不自由の無い生活の中で甘やかされて育ったせいで、傲慢な性格が目立つもののその実力は本物。
雷を自由自在に操るその姿は『雷麗』と呼ばれ、バレンシアと並んで評価される事も少なくない天才だ。
ただ両者が比べられる事が多かった為か、マーガレッタの方がやや一方的に敵視しているらしい。
そしてマーガレッタの後ろに付き従うように立っているのは、同じくSクラスのフェリシス・フォン・クトライア。
青色の巻き毛が特徴的な、水属性魔術の使い手だ。
爵位はマーガレッタよりやや落ちて子爵位、マーガレッタとは家同士の交流が深く、所謂幼馴染の関係であったようだ。
だが家格の違いもあり、今の従者の如き立ち位置に落ち着いたのだろう。
「あなたこそ相変わらずね。その性悪な顔を少しは隠した方がいいんじゃないかしら」
「わたくしの顔を羨む気持ちは分かりますけれど、少々やっかみが過ぎるのではなくて?ねえ、フェリシス」
「はい、マーガレッタ様。マーガレッタ様はお綺麗ですからバレンシア様がこう言ってしまうのも無理ないのでは?」
フェリシスの同意を受けて、マーガレッタが口元に手を当てて上品に嗤う。
マーガレッタの声と目線には、確かな悪意が込められていた。
「まあこれくらいにしておきましょうか。これから学友として共に勉学に励むわけですもの。公爵家の名に恥じぬ成績を、一緒に残せればいいですわね」
オホホホホと甲高く笑いながら、マーガレッタとフェリシスが男女別の身体測定へと向かっていった。
残されたバレンシアといえば、怒りや苛立ちというより呆れが残っている様子だ。
「シア、大丈夫?」
「ええ、問題ないわ。いつもの事だから」
「ホント嫌ねあーいうの。典型的なお貴族サマって感じで」
ニアが心配して声を掛け、クレアがマーガレッタの去った方向を見て唇を曲げる。
クレアに関しては判りにくいが、二人ともバレンシアの事を心配しているようだった。
「あ、ヴィル来たんだ」
「どこに行ってたんだ?俺達はもう測定も終わってこれから身体測定だぜ」
「ごめん、ちょっとトイレに行ってたんだ。シアの結果は聞こえたけど、みんなはどうだった?」
「結果か?俺が450でクレアも似たようなもんだ。ニアが800だってよ。クラスの奴で言うと、マーガレッタってさっきのいけ好かないのが1800でトップがシアだったな」
「そっか、ありがとう。僕も直ぐに済ませてくるよ」
おう、と手を挙げるザックに言葉を返し、ヴィルは担当の教師の待つ魔力測定器の所へ急ぐ。
「申し訳ありません、遅くなりました」
「君が最後の生徒だね。それじゃあこの台に両手を置いて」
ヴィルの目の前にあるのは、不思議な色の水晶と黒い台とが複数のパイプで繋がれた、魔力測定器だ。
既にSクラスの大部分が身体測定の方に行ってしまったのか、ここにいるのはほんの少数。
バレンシアをはじめとしたいつものメンバーに加え、レヴィアとクラーラ、それからフェローやカストールなど、ヴィルの実力に少なからず興味を持つ者達だけが残っている。
せめてもの抵抗をと測定を遅らせたのだが、想定とは異なる衆人環視にやりにくさを感じつつ、ヴィルは艶のない黒い台に手を置き、数秒間待つ。
すると次第に水晶が淡く光り出して、安定する。
結果の数値は――
「――魔力量500だね。次は身体測定だから急ぎなさい」
「はい、ありがとうございました。失礼します」
担当教師に一礼し、待たせてしまっていたバレンシア達の元へと戻る。
次は身体測定か、などと考えていたヴィルだが、バレンシア達の様子がどこかおかしい。
まあ何故意外そうな顔をしているのかは、大体想像がつくが。
「お待たせ。……皆どうしたの?」
「いや、なんつーか……意外だなって思ってよ。な?」
「確かに。ヴィルってもっと魔力多いと思ってたんだけど、アタシと同じくらいだったなんてね」
ザックとクレアが口々に感想を話している。
どうやらヴィルの思いがけない魔力量の少なさに、驚きを隠せないらしい。
それはバレンシアも同じようで、今もザック達と話すヴィルを訝しげに見ている。
その姿を視界の端に捉えながら、ヴィルは『視線』の興味が外れるのを感じ取っていた。
期待外れの魔力量に失望したのか、このまま何事も無ければいいのだが。
「僕は結構魔術の効率が良い方なんだ。それじゃあ行こうか、これ以上僕のせいで時間を取られるのは心苦しいからね」
これ以上の疑念を生まない目的も含め、ヴィルは移動を促したのだった。
―――――
時は昼食時、能力測定を終えたヴィル、バレンシア、ニア、ザック、クレアの五人は学園内の食堂にて一緒に昼食を摂っていた。
国からの潤沢な資金で潤うこの学園には、寮と学園の敷地に食堂が整備されているのだ。
それも食堂と言われて平民がイメージするものではない、貴族の食事にも引けを取らない質を実現している。
「しかし驚いたぜ。まさかシアがこの歳であんだけの魔力を持ってるとはな」
絶妙な火加減で焼かれた鶏肉を口一杯に頬張ってザックが話す。
食事代が授業料等に含まれている為か、一般男性の食事量を大きく上回る量を注文したようだ。
「それは魔力量だけの事でしかないわ。言ってしまえば血の遺伝というだけだもの。大切なのはその魔力をどう扱えるか、どう魔術を使うかよ」
バレンシアはザックの賛辞を受け入れつつも、魔力の量だけで強さを判断される事を嫌っている様子だった。
これは謙遜ではなく、これまでにバレンシアが手合わせをしてきた経験に基づいた、純然たる事実だ。
魔力の多さだけが取り柄の魔術師もいれば、魔力が少なくとも驚くような手法を用いて相手を打倒する魔術師もいる。
そしてどちらが国に求められているのかについて、最早言う必要も無い。
バレンシアはその事をよく理解していた。
ちなみに貴族である彼女は、普段食べ慣れている食事と同程度のランクの料理にがっつく事なく、最低限空腹を満たす程度の量を頼んでいる。
「ま、そういう実力に関しても午後の実技授業で分かるってワケよねー。あーあ、なんでくじ引きで模擬戦の相手を決めちゃうかなあ」
バレンシアかヴィルと戦いたいと思っていたクレアが、肉を口に運びながら不満げにぼやく。
確かに戦闘狂の一面をチラつかせるクレアにしてみれば、運が絡むくじ引きは最も避けたかった所だろう。
本来ならザックの様に腹一杯に食べたいであろう彼女は、戦う時万全であるために断腸の思いで食事量を減らしている、それ程に戦いたがっているのだ。
「それは仕方ないんじゃない?これから四年間もあるんだし初回くらい諦めなよ。それよりザックはそんなに食べてこの後の模擬戦は大丈夫なの?」
「「「それはヴィルに言うべきでしょ(だろ)」」」
総ツッコミを受けて苦笑するニアが視線を横に動かす。
バレンシアと同じ程度の食事を頼んだニアの隣の席で、かなり欲張ったザックよりも大量の料理を注文していたのが――
「もしかして僕の事を言ってるの?」
「もしかしなくてもあなたの事ね、ヴィル。昼休みの時間はそう長くないけれど食べ切れ……そうではあるわね。そんなに食べてこれから動けるの?」
「問題ないよ。孤児院に居た頃は毎食これくらいの量だったからね」
「……孤児院、お金に困っているなら言って頂戴。私で良ければ力を貸すわよ」
ヴィルの居た孤児院の運営を憂うバレンシアの何とも言えない表情に、ヴィルが苦笑する。
薄々分かっていた事ではあるが、銀翼騎士団以外の人から見てもヴィルの食事量は普通ではないらしい。
これでもかなり抑えている方なんだけどな、と思いつつ周囲を見渡し…………すぐさま目を逸らす。
ここには上級生を含めてかなりの人数が集まっているが、ヴィル程皿を積み重ねる生徒はいないようだ。
「……大丈夫、心配ないよ、うん。それにしてもここの料理は美味しいね」
話を誤魔化すように話題を変えるヴィルだが、この場に居る全員が白い目で見ている。
やがて諦めたように嘆息して、ヴィルが真剣な表情で言い訳を始めた。
「確かに僕はかなり食べる。食費の方で孤児院の皆に迷惑をかけた事も否定しないよ。けど僕は冒険者活動で得た収入を、ちゃんと孤児院に入れているんだ。僕が食べた分以上は還元できている筈だよ」
「そう言いながら冗談みたいな速度で完食するのはどうかと思う」
同じく真顔で、クレアに既に空になった皿を指摘されあえなく撃沈。
観念したかのように肩を竦めるヴィルを見て、グループに笑いが広がる。
「あ、くじ引きの結果が出たみたい。行ってみようよ」
食堂の入り口の方から声が聞こえたらしいニアがグループに声を掛け、全員食事が終わっていたためそれに同意。
指定された所へ皿を返却し、五人でSクラスの教室へと移動する。
食堂で話していたのはSクラスの生徒ではないだろうが、どの一年生クラスの授業も今日に限っては同じ。
午前中に能力測定をして昼食を挟み、午後から模擬戦をするのはどこも変わらない。
その為か、ヴィル達が食堂を出る頃には、同じ一年生である事を表す緑色のネクタイやリボンがちらほらと見受けられるようになっていた。
ヴィル達が教室に着くと、廊下には模擬戦の組み合わせが貼り出されており、逸る気持ちを抑え切れなかったクレアが早足に駆け出していく。
目を細めて組み合わせを見ていたクレアはやがて――
「チョットなんでよ!なんでアタシがザックとやるワケ!?これじゃいつもと変わらないじゃない!」
「おい嘘だろ!?運ねー……」
クレアは組み合わせを見て、ザックは組み合わせを見る事もなく膝を折った。
二人同じように額に手を当てる様子に呆れつつ、バレンシアが貼り紙の方に歩いていく。
「は―――――」
「シア?」
模擬戦の組み合わせを見たバレンシアが驚きに目を丸くし――口元を笑ませる。
ゆっくりと振り返り、バレンシアの視線が首を傾げるニアを通り越し――ヴィルを捉えた。
その時点でヴィルも察し、穏やかな笑みを挑戦的なそれへと変える。
バレンシアの模擬戦の相手はヴィルの察した通り――
「――午後の模擬戦、楽しみにしているわ、ヴィル」
「ああ、こちらこそ望む所だよ、シア」
紅の視線が御空色の視線と絡み合い、お互いに叩き付ける。
僕/私が、シア/ヴィルに勝つのだと。
誤字、感想等ありましたらお気軽にどうぞ。
また評価ボタンを押していただけると筆者の励みになります。
皆様の清き一票をどうかよろしくお願いします。
 




