第28話 能力測定 二
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
緊張の一瞬、そして――
「始め!」
グラシエルの勇ましい掛け声と共に、スタートラインから十人が一斉に走り出す。
まず先頭に躍り出たのはザック、やはりヴィルの予想通り、運動能力に秀でた才能を持つようだ。
ザックに続くのがヴァルフォイル・リベロ・フォン・バーガンディー、赤く刺々しい頭髪が特徴的な、バレンシアと同じ『裁定四紅』の一角を担う家の出身だ。
近接戦闘を得意としている、という情報通りその身体能力も高いらしい。
次点でニア、クラーラ……と続いている。
「ニアってかなり足が速いのね」
「ああ、孤児院に居た頃は朝一緒に走ったりしてたからね。体力の方もかなりあるはずだよ」
ヴィルと同じく待機組のバレンシアが、走るニアを見て意外そうな声を上げる。
ヴィルが屋敷で日課のランニングを行う際、ニアが一緒に走る事は珍しくなかった。
日々ローゼルの極めて厳しい訓練を受けていた事もあり、ニアの身体能力はヴィルも認める所である。
体力も走力も、普通の相手ならば後れを取る事はないだろう――魔術無しならば、だが。
現在、先頭集団とその後続が二周目に突入していた。
最後方を見てみると、既に体力が尽きているのか息が上がってしまっている。
恐らくは近接戦闘ではなく後方支援、後衛に当たる立ち位置の生徒なのだろう。
一方の先頭集団のメンバーは未だ変わらず、トップ争いを繰り広げている。
だが……
「けど魔術あり、身体強化となると厳しいだろうね」
「ニアは確か氷属性の魔術師だったわよね。身体強化は苦手なの?」
「苦手、って程じゃないけど、先頭のメンバーを見るとどうしてもね」
「ザック、ヴァルフォイル、それからクラーラね。確かに魔術ありならこの三人が独走するでしょうね」
この三者はSクラスの中でも、特に武器を持った近接戦闘を得意とする者達だ。
当然身体強化を交えた走力は相当なものだろう。
今は先頭集団に食い込むニアでも、三週目以降は厳しいと言わざるを得ない。
…………。
「シア、クラーラさんについて聞いても?」
「どうして?別に構わないけれど」
「何かこれといった理由は無いんだ。ただ少し彼女の事が気になってね。何でもいい、クラーラさんを知ってる人の所感を聞きたかったんだ」
バレンシアはヴィルの言葉に訝しげにしながらも、クラーラについての事を話し始めた。
「とは言っても私も数える程しか会った事は無いわよ?それでもいいなら……クラーラ・フォン・ウェルドール、ウェルドール公爵家の子女で、無愛想だから貴族の間でもあまり話題になったりする事は無いわね。強いて言うなら容姿くらいかしら。お父様は剣聖と呼ばれる王国正騎士団の団長で、溺愛されているクラーラの方も剣の腕前は相当なものらしいわ。純粋な剣力だけなら私じゃ敵わないでしょうね。けれど私が知ってる情報なんてそれくらいよ?というより、これ以上の情報は仮に調べたとしても出ないでしょうね。剣聖の娘、それが周囲の印象だもの」
「そっか、ありがとうシア」
「どういたしまして。珍しいわね、というほど付き合いは長くないけれど、何だか意外だったわ。そういう事に興味が無いと思っていたから」
「そうかな?僕はかなり好奇心は強い方だと思うよ。いつもニアにも呆れられてるしね」
そうヴィルとバレンシアが話している内に、先頭の四人が三周目に入る。
校庭に引かれた白線を四人が踏み越える――瞬間、風を置き去りにした。
ザック、ヴァルフォイル、クラーラ、遅れてニアが身体強化で加速する。
ザックとヴァルフォイルはフォームこそ崩れているが、それを補って余りある脚力で競い合うように校庭を突っ走っている。
その速度はヴィルも驚きに眉を動かす程だ。
だが何よりヴィルが注目したのは、全力を解放したクラーラの走りだった。
一周目から感じていた事だが、走る姿が美しいのだ。
洗練された体の動かし方に魔力が合わさり、地面を滑るかのような走りを見せる。
相変わらず表情は読み取りづらいが、まだ辛そうな素振りは見せていない。
余裕の表情という訳でも、苦しそうな表情でもないのが彼女らしい。
一進一退の攻防、抜きつ抜かれつを繰り返し、最後の一周を駆け抜ける。
そして――
「一位がザック、二位がヴァルフォイル、三位がクラーラでニアは五位だったか。適正の違いが大きく出たね」
「レヴィアのあれ、走ってるっていうのかしら……」
四位はレヴィア、結界魔術を得意とする彼女は足裏に結界を作り、弾かれる様に一歩一歩を加速させニアを抜き去っていったのだ。
何人か見学している教師陣が何も言わない辺り、あれでもセーフらしい。
むしろグラシエルに至っては、それでこそだと言わんばかりに口端を歪めていた。
――どうやら後半は荒れそうだ。
―――――
「お疲れ様、凄い走りだったね」
「ありがとう。ヴィルもがんばって」
「ああ、行ってくる」
吹き出た汗をハンカチで拭うクラーラとバトンタッチ、スタートの白線にヴィルが並ぶ。
手を動かし足を動かし、準備運動を軽く済ませる。
身体の調子は悪くない、前半組の走りを見ていたせいか走るのが楽しみだ。
そんな風にヴィルが考えていると、同じく準備運動を済ませたらしいバレンシアが横に並んできた。
「ヴィルと勝負するのは初めてね、楽しみにしているわ」
「僕も楽しみにしてるよ、良い勝負を……」
「ちょっとヴィル~?アタシを忘れられると困るんですけど?」
ヴィルの言葉を遮って現れたのはクレアだった。
どうやら朝の続きのつもりのようだ、ヴィルとしても勝負を受けるのはやぶさかではない。
「勿論クレアの事だって忘れてないよ。良い勝負を……」
「おいおい、入学早々美女と戯れるなんて羨ましい立場じゃないか。今すぐにでも譲ってもらいたいくらいにはな」
ヴィルの言葉を二たび遮って表れたのは一人の青年だった。
サラサラとした薄い緑の髪、深緑の瞳は女性を虜にする魅力を秘めている。
魅力は瞳だけにとどまらず、甘い顔、気障な仕草や態度などからも溢れていた。
その魅惑の青年に、バレンシアもクレアも頬を赤らめ――
「誰アンタ」
「フェロー・フォン・フロストリーク。ただの『女好き』よ気にしないで」
る事は無かった、というかむしろ嫌われてすらいた。
フェローの名に、ヴィルは聞き覚えがあった。
ヴィルがアルケミア学園の入学試験において、強者と警戒していた人物の一人だ。
風の魔術師、フロストリーク家の麒麟児フェローといえば風魔術、そして美しい女性に目が無いという話をよく耳にする。
彼が女好きだという話は出ていたが、どうやら事実だったようだ。
「邪険にされるのも悪くはないが……ヴィルって言ったな?正直俺よりも美しい男は初めて見た。だがここらで女性達の注目を取り返させてもらうとしようか。モテるのは――俺だけで十分だ」
カッコつけた言動や仕草からは、少しでも女性に見られたい気持ちが嫌という程伝わってくるようだ。
確かに彼が人気があるという話も聞いていた、顔も整っているしモテる理由が分からないでもない。
だが、
「キモイ」
「いつどこで注目を集めていたのかしら。疑問だわ」
ヴィルはなんだか、フェローという人間に好感が持ててきた。
「これからよろしく、フェロー」
「ああヴィル。お前とはいい友人になれそうだ」
男二人、固い握手を交わす。
その後フェローはバレンシアとクレアにも手を差し出すが、さらりと受け流されていた。
「おいお前ら、やる気があるのは良いがお喋りは後にしろ。すぐに始めるぞ」
先生に一言謝り、ライバル達と不敵な笑みを交換する。
それぞれから絶対に負けないという強い意志を感じ、ヴィルは気分が昂るのを感じていた。
これから競い合っていくクラスメイトとの初戦、恥ずかしい戦いをする訳にはいかない。
気持ちを静め左足を前に、姿勢を低くして開始の合図に備える。
妙に長く感じる静寂が、ヴィルを含めた十人を包み込む――
「始め!」
後半のレースが、幕を開ける。
先頭に躍り出たのは銀髪の青年――ヴィルだ。
開始の合図に頭一つ抜けた速度で反応し、完璧な初動を決めて見せる。
その後ろを追いかけるのはクレア、ヴィルに負けず劣らずの反射神経でもって、その背中に食い付いていく。
続いてバレンシア、クレアに一歩遅れながらもその身のこなしは軽い。
さらに後ろがフェロー、狙いは三周目以降の後半、逆転狙いという所か。
宣戦布告をし合った四人は後続を引き離し、独走態勢に入る――だが、
「うお!?」
体力を温存しつつ余裕の表情で走っていたフェローが、気の圧に後ろを見て驚きの声を上げた。
その存在を、先程から視ていたヴィルも心の中で驚嘆する。
先頭四人を追いかける存在、それは壁だった――否、壁と見紛う程の巨体を誇る青年だった。
貴族と言えばこれというイメージの金髪、特徴を考えるまでも無い、恵まれた二メートルにも迫る長身、そして体に似合う厳つい顔。
フェローが悲鳴を上げたのも無理はない、と言っておこう。
ヴィルは体力の配分に気を使いつつ、彼の情報を記憶の中から引き出す。
カストール・フォン・ガルドール、有事の際正騎士団と銀翼騎士団を統括する、いわば王国の『武』を担う立場にあるバスト・フォン・ガルドール軍部大臣の息子。
土属性に分類される、身体硬化魔術を得意とするその姿から付けられた異名は『鉄壁』。
カストールもまたフェローと同じく、ヴィルが警戒していた生徒の一人だ。
軽快とは程遠い重そうな体で追随するその姿は、圧巻の一言に尽きる。
それにバレンシアとクレアも、ヴィルの想定を微かに上回る速さのようだ。
――それを踏まえ、ヴィルはもう一段階加速し後続を引き離しにかかる。
「…………!」
クラスメイトと教師が息を呑む。
前者は純粋に自らの走りと比べた速度に、後者は上級生と比べても遜色のない、あるいは上回る走りに驚いて。
教師の中で唯一グラシエルだけは面白い生徒がいたとばかりに笑みを浮かべているが、これは例外だろう。
もう間もなく三周目が終わる。
ここまではほんの前哨戦、生徒達にとっては魔術を交えた四周目からが本番だ。
――本番の四周目、膠着していた状況が動き出す。
一位で通過したヴィルは身体に魔力を満たし、エネルギー操作で抵抗を消しつつ一気に加速した。
二位はクレア、他魔術との併用は無く、純粋な身体強化のみで駆け抜ける。
恐らく身体強化という枠組みの中で彼女に勝てるものは、ヴィルを含めてもこの学園には居ないのではないだろうか。
それ程の速さだった。
三位のバレンシアは身体強化に加え、魔術で体温を上昇させる事で運動能力を高めているようだ。
先程まで離れていたクレアとの距離を少しずつ、だが確実に詰めていく。
一方のフェローはというと、風を置き去りにするヴィルらとは対照的に、その身に風を纏い疾走している。
向かい風をかき消し追い風を強化する、単純だが強力な風魔術の使い方だ。
カストールの方は身体強化があまり得意でないのか、トップ争いからはやや離れつつも速度を増して追従してくる。
ほんの僅かな油断さえ許されない緊迫感の中、ヴィルは味わった事の無い感覚に心を躍らせていた。
同年代と競い合う高揚感、喜び。
幼少から大人達としか交流の無かったヴィルにとって、それらは得難く新鮮なものだ。
――そして何より走るのが楽しいという事。
鍛える為のものではない、走るという行為はこれ程気分の良いものだっただろうか。
そんな事を考えながら、自然口が笑みの形を作った。
だが楽しい時間は、長くは続かない事をヴィルは知っている。
間も無く五周目に入る、終わりはもうすぐそこまで迫って来ていた。
ヴィル、クレア、バレンシア、フェロー、四者の距離は開始時以来最も詰まり、最早誰が勝者となるのか予想がつかない。
誰が先にこの膠着から抜け出すのか、その者こそが勝者となる事は間違いない。
「ふ――――」
姿勢を低く、ヴィルは更にもう一段階速度を上げて、後続を完全に引き離す。
最高速と思われた所からの更なる加速に、もう誰一人として追いつけない。
最後の一周、完全な独走態勢で校庭を疾走する。
バレンシアが誘拐された際にヴィルが見せた魔術を併用した高速移動術、実はあれはヴィルの出せる最高速度という訳ではない。
ヴィルの魔術は規格外だとはいえ、魔術法則の枠からは外れていない為、当然走りながら魔術を使えば魔力を消費する。
故に魔力が尽きないように、自身に掛かる空気抵抗等を魔力に分解する事で、魔術面で半永久的に速度を維持出来ているのだ。
だがそれは維持できる速度というだけで、魔力維持と速度のバランスを崩し速度に比重を置けば、これ以上の速度を出す事も可能だ。
そうして突き進んで、突き進んで、そして――
「ふぅ……」
最初にゴールの白線を踏んだのは、やはりヴィルだった。
彼は振り返る事なくやや乱れた息を整え、汗を拭って魔術で体温を下げていく。
他の生徒も遅れて到着し、やがて順位が確定する。
結末としては一位ヴィル、二位バレンシア、三位クレア、四位フェロー、五位カストールという結果となった。
能力測定はまだ、始まったばかりだ。
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