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第27話 能力測定 一

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 ――嫌だ……


 ずっと、ずっとずっと意識のある嫌な明晰夢を見ている気分だ。


 誰に助けを求める事も叶わない、嫌な悪夢。


 ――嫌だ、嫌だ……


 誰が悪かったのか、そんな事は分かりきっている。


 お母さんでもない、わたしでもない、彼でもない、あの男なのに。


 罪悪感は消えてくれない。


 ――嫌だ、嫌だ、嫌だ……


 あの男の非道を許せば、あの男の言葉に従っていれば、全てが丸く収まるのか。


 答えは否、待っているのは全てを失う悲惨な破滅だけ。


 なのに、分かりきっている結末を変えられないから、質が悪い。


 ――嫌だ、嫌だ、嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ。


 あの男が嫌だ。


 このどうしようもない、希望をひっくり返す絶望が嫌だ。


 そして何よりも――


 ――彼よりも先に、抗う事を諦めてしまった自分自身が嫌だ。


 ―――――――――――――――――――――――


 ――王立アルケミア学園、Sクラス。

 このクラスは今、入学二日目ながら浮足立っていた。

 だがこの現象はSクラスに限った事ではない。

 それはなぜか――


「さて、今日の予定だが午前中の能力測定の後早速実技の授業に入る。授業に関しては個人の戦闘力を測る意味合いが強い訳だが、戦闘向きでない魔術特性の者は安心しろ。きちんと別のカリキュラムを用意してある。各々準備出来次第校庭へ急ぐように、以上だ」


 担任であるグラシエルがそう言い残し教室を去っていく。

 そう、今日は学園生活を送る上で避けて通る事の出来ない、肉体と魔術のレベルを知る為のカリキュラム――能力測定の日なのである。

 この能力測定は別クラスと接する機会こそ無いものの、学年全体で行われる生徒にとっても教師にとっても重要な意味を持つ行事なのだ。

 これが普通の教育機関ならば動きやすい服装に着替え、武器を持って校庭へと向かうのだが……


「やっぱ国ってのはすげえんだな。制服のまま動き回れるなんてよ」


「そりゃあ王国最高峰ですもの。平民のアタシ達がこの学園を選んだ理由でもあるんだし、ボロ服じゃ困るわよ」


 感動した様子のザックに対し、辛辣なコメントをした茶髪の少女はクレア。

 初対面で見れば冷たいと考えるのかもしれないが、幾らか言葉を交わせばそれが負の感情から来ているものでない、一種の信頼なのだとすぐに分かる。

 要するに彼女は正直でないのだ。


「なあにヴィル?今すっごい不快な事考えなかった?」


「そんな事はないよ」


 おまけに勘が良いと付け加えておく。

 ギロリと音を立てて睨まれたヴィルはニッコリと微笑み、何とか誤魔化す事に成功する。

 こうして睨まれるのも、好意の表れだと思えばいっそ微笑ましい。


「けど確かに動きにくい感じはないかなぁ。シアはどう思う?」


 昨日も話していたグループだが、昨日と異なる点が一つ。

 その異なる点こそ、今しがたニアが話し掛けた人物。


「――昨日の感じなら十分じゃないかしら。予備もあるし、破損があればすぐに取り換えてもらえる。至れり尽くせりだと思うわ」


 真紅の瞳を暖かな色で満たす少女――バレンシア・リベロ・フォン・レッドテイルだ。

 彼女は昨日諸事情により登校できなかった為、ザック達と面識は無かったのだが、ザック持ち前の打ち解けやすさも相まって、今は普通に接する事が出来ている。

 一方のザックとクレアはバレンシアが貴族の娘という事で、最初の方こそ尻込みしていたが、そこはヴィルが事前に仲人の役割を果たす事で気難しい人物ではないと教えていた為、気負う事なく話しかける事が出来たようだった。

 自分の友人同士には仲良くして欲しかったヴィルも、満足のいく結果になってよかったと胸を撫で下ろしている。

 と、そこでクレアがすっと目を細める。


「シア――やっぱりヴィルって強いと思う?」


「なあ、それ昨日も俺に聞いてたよな?俺に聞く必要あったか?」


「で、どうなのシア」


「ヴィルは強いわ、このクラスでもトップクラスだと思う」


 ザックの言葉を完全に無視するクレアは、どうやらヴィルの腕っぷしにご執心らしい。

 ただの好奇心というには好戦的な色を多分に含む質問に、バレンシアは一瞬の逡巡も無く即答する。

 そのあまりの速さに、ザックもクレアも目を丸くしてバレンシアを見ている。

 無論バレンシアも考え無しに言った訳では無い、紛れも無い本心である。


「昨日ヴィルとニアがただ授業をさぼっただけじゃないのは、二人も知ってるわよね?」


「まあ、なんとなくだけどな。先生から罰を受けた感じもなかったし、二人がそういう奴には見えなかったからな」


「朝も言ったから詳細は省くけれど、私は昨日ヴィルの戦っている所を見る機会があったのよ」


 ここで言う詳細だが、実は二人には今回の事件の事は話していない。

 入学直後に学生が誘拐されたともなれば、レッドテイルと学園の名に傷が付くという事で、口外禁止の旨が通達された為だ。

 その為二人には、ヴィルとニアとバレンシアの三人が街に入り込んだ賊の盗伐をしていた、という説明で一応の納得をしてもらっている。

 だが授業の途中で気づく事の出来た理由には不十分な為、本来切るもう少し後に切る筈だった手札である、ニアの魔力感知についての情報を一部虚偽を交えて伝えておく必要はあった。

 クォントではなく魔力追跡と伝えたのは、ひとえにニアの魔力感知がシルベスター家の切り札の一つであるからだ。

 この情報は間違っても、他の貴族や良からぬ企みを持つ者の耳に入ってはいけない。

 今回は仕方なく友人を騙す事となってしまったが、この程度で罪悪感を抱いていたのでは、ヴィルが抱える秘密を思えばとうに潰れてしまっている。


「それで思ったのがヴィルは戦い慣れているという事。才能とは別に、努力と経験に裏打ちされた力を感じたわ。比較は難しいけれど……今王国軍に配属されたとしても、並みの騎士以上に活躍して見せるでしょうね」


「――へえ、それは、楽しみね」


 獲物を見つけた蛇の様な視線がヴィルを貫く。

 視線の元は当然クレア、彼女は戦闘狂か何かなのだろうか。

 だが熱視線を向けられるヴィルとしても、クレアのその意思は大歓迎という所だ。

 将来シルベスター家を継ぐ者として経験は積めれば積めるほど良いし、それ抜きでもヴィルとて年頃の男児、誰かと競い合いたいという欲は人一倍強い自覚もある。


「ああ、僕も楽しみにしてるよ。クレアと戦えるのをね」


 ヴィルの言葉に笑みを深め、クレアが笑う。

 やがて痺れを切らしたのか、ザックが呆れたように止めに入った。


「オラ、こんな廊下のど真ん中でやり合うんじゃねえよ。ほんとテメエは変わらなねえよな」


「……もしかしてクレアっていつもこんな感じ?」


「おう、ガキの頃からケンカばっかりしてたからな。俺も毎回付き合わされてよお」


「なんかイメージと違うな~。どちらかというと逆のイメージだったよ」


「はっはっは、それもよく言われるがヤバいのはあっちだ。ヴィルもあんな感じか?」


「そそ、穏やかそうに見えて勝負とか好きだからね。あたしも苦労したな~」


 そんな会話を繰り広げるザックとニアは、さながら被害者の会の様相を呈していた。

 苦労を掛けるな……と二人が思ったかは定かではないが、ヴィルとクレアも咳払いをして距離を取る。


「ねえ、そろそろ行かないと間に合わなくなっても知らないわよ?」


 バレンシアが嘆息してそう言うと、ようやく一行は慌ただしく移動を再開した。


「―――――」


 ふと、視線を感じヴィルが廊下の角を振り返る。

 だが視線の先には何の変哲もない、ただ無人の廊下が広がるのみ。

 数秒見つめるヴィルだったが、ニアの呼ぶ声に応じて体も向きを戻し、自分達の武器を仕舞ってある武器庫へと急ぐのだった。


 ――廊下の角から、空色の瞳に見送られて。


 ―――――


 端から端を見れば500メートルはあるであろう、一面茶色の整備されたアルケミア学園の校庭。

 教育に力を入れている王国の他の教育機関から見ても広大な校庭に、Sクラスの生徒全員と担任であるグラシエルの姿があった。

 生徒の持つ武器は十人十色――この場合は二十人二十色といったところか、実に見ごたえのある光景が広がっている。

 そしてヴィルもまた自分の剣を携え、同じくクラスメイトの面々と共に待機していた。


「よし、全員揃ったな。じゃあ能力測定について説明を始めるぞ。説明は一回しかしない、説明中の質問は無し。以上簡単な二つの事だけは守るように。まずこれから行うのは身体能力の測定だ。筋力、瞬発力、持久力、魔力など複数の観点からお前達の能力を測っていく訳だが、情報は公表されず教師間のみでやりとりされる。それから能力測定の評価がお前達の成績に影響する事は無い。あくまで教師とクラスメイト同士でどんな奴がいるのかを知る良い機会って奴だな。――ハイ説明終わり!そんじゃ早速やってくぞー。まずは校庭五周、そのタイムからだ。三周目までは魔術は使用禁止、四周目以降は走る格好さえ崩さなければ魔術を使っても構わん。当たり前だが妨害行為は禁止だ。適当にペア作って交互に走れ。一人目の測定は五分後だ、急げよ」


 怒涛の勢いで喋ったかと思いきや、最後にはペアを作れと言って、その後は目を瞑って腕を組み静観の構えだ。

 ……どうやら効率主義的な話し方が彼女のスタイルらしい。

 ヴィルは苦笑しつつ慣れていかないとな、と周囲を見渡す。

 数人誰と組もうかとヴィルと同じように見回す生徒がちらほらいたものの、既に半分位はペアを作ってしまっていた。

 取り残されないよう、ニアかバレンシアと組もうかと考えていたその時、


「――ヴィル・マクラーレン、わたしと組んで欲しい」


 そう言ったのは、精巧に造られた天使の人形を思わせる可憐な少女だった。

 艶やかな藍色の髪には日光で天使の輪が浮かび上がり、肩口まで伸ばされた髪は隅々まで手入れが行き届いているのがよく分かる。

 ジト目、というのだろうか、空色の瞳は眠たげに半開きになっており無表情、それがまた彼女が持つ独特の雰囲気を際立たせていた。

 制服の上からでもわかるスレンダーかつ均整の取れた体は、やはり動く筈の無い人形が動いているような、そんな妖しい魅力を放っている。

 クラーラ・フォン・ウェルドール――代々剣聖の名を戴き、王国内でも影響力の大きい公爵家の一人娘、それが彼女だ。

 付け加えて言うならば、彼女の父であるウィリアム・フォン・ウェルドールは王国正騎士団の現団長であり、ウィリアムはヴィルと直接の面識はないが、レイドヴィルに関しての情報を確実に持っている一人でもある。

 彼女とペアを組んでもいいのだが、如何せん一度も話した事が無いのが気になる。

 別に初対面で話すのが嫌なのではなく、ただ腑に落ちないのだ。

 事前に聞いていた情報では、クラーラは口数が少なく人見知りな傾向があり、進んで人に話しかけるような性格ではないとの事。

 それが何故、今回ヴィルに話しかけてきたのかだが……


「勿論良いよ、それじゃあよろしく、クラーラさん」


「ん。よろしく」


 言葉少なに挨拶を交わし、距離を詰めてヴィルの隣に立つ。

 距離感の近い人だなあと思いつつ、ヴィルが周囲を見ると、


「ありゃ?やっぱりその人と組んじゃってたか。シアとペア組んで正解だったかな」


 どうやらバレンシアとペアを組んだらしいニアが、ヴィルの方にやってくる所だった。


「うん、クラーラさんに誘われてね。そっちに行けなくて悪かったね」


「いいよ別に。あたしも一瞬迷ったけど、ザックとクレアは一瞬でペア作っちゃうし、どの道一人余ってたと思うしね」


 そう言われて見てみると、確かに向こうの方でザックとクレアがどちらが先に走るかじゃんけんをしていた。

 二人は本当に仲がいいな、とクレアが聞けばまた睨まれそうな事を考えながら、ヴィルは視線を戻す。

 すると、丁度バレンシアがクラーラに向かって話しかけている所だった。


「クラーラ、久しぶりね。確か最後に会ったのは二月にあったあなたの誕生会だったかしら」


「そう」


「あれ以降もあなたのお父様には何度かお世話になったから、よろしく伝えておいて」


「ん。わかった」


「…………」


「…………」


「えーと……それじゃあまたあとでねヴィル。そろそろ五分だし戻らなきゃ」


「ああ。僕らも行こうか」


「わかった」


 ニアに促され、クラーラと共にグラシエルの元へと向かう。

 どうやらペアが出来次第、ペアの片方が並んでいく方式のようだった。

 それにしても先程の極端な会話を見るに、事前情報に誤りはなさそうだ。

 そうこうしている内に、一回目の測定が始まるらしい。

 ヴィルはまだ走順を決めていなかった事に気付き、


「クラーラさんは先に走るか後で走るかどっちがいい?」


「いいの?」


「勿論、好きな方を選んで良いよ」


「…………じゃあ、先で」


「了解、それじゃあそうしようか」


 あっさりと順番を決め、クラーラは早速スタートラインに立った。

 それから続々と周りにも人が集まり始め、前半の十人が揃う。

 ヴィルは学園入学後初の実技授業に心躍らせつつ、同じクラスの生徒がどんな走りを見せるのか、期待に胸を膨らませていった。


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