第26話 当たり前の日常に
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
「おっはよ~!」
静かな朝を迎えるベールドミナの街に、一段と元気な声が響き渡る。
明るい茶髪を弾ませるニアは、昨日よりも一層快活に挨拶をしてヴィルの腕に抱き付く。
苦笑するヴィルも抵抗は無駄と悟っているのか、右腕を犠牲にされるがままに任せている。
昨日と同じように朝から待ち合わせをしたヴィルとニアは、しかし昨日とは異なりもう一人の人物を待っていた。
紅い髪に紅い瞳、そう、丁度寮の方からやって来る彼女のような……
「おはようニア、ヴィル。今日も朝から仲良しね」
「「そんなことない(ある)けどおはようシア」」
朝から甘ったるいものを見たと顔を顰めるバレンシアに、声の揃った二人が挨拶を返す
昨日は偶然で今日は必然、バレンシアを加えた三人で登校する、この事は昨日の別れ際に約束したものだ。
バレンシアの実家であるレッドテイル家への報告や、攫われた子供を親に返還するなど、事件の後処理が山のようにあり、話したかった事もあった三人は朝、共に登校する事を決めたのだった。
そうして約束の通りに集まった三人は二言三言と会話をしてから、アルケミア学園へ向けて歩き出していく。
その足取りは遅いというよりはゆっくりと、バレンシアの歩調に合わせた速度だ。
それは昨日の事を話したいという、バレンシアの意図を汲み取っての配慮だった。
「いきなりだけど、昨日は本当にごめんなさい。沢山迷惑を掛けて。それからありがとう。あなた達のおかげで助けられたわ」
まずはきちんとした姿勢できちんとした謝罪と感謝を。
二人はそんなバレンシアの律儀さに微笑しながら両方を受け取り、頭を上げさせる。
友人を助けるのは、ごく当たり前の事なのだから、そんな理由で。
「昨日の事件の事、それから顛末、それをちゃんと話したくて」
そう言ってバレンシアはゆっくりと昨日の事件について語り始めた。
まずは人身売買組織について。
彼らは王国の田舎の貧民街で、主に幼い子供を攫って売り捌く事で生計を立てていたならず者達だった。
以前はひっそりと活動していたものの、近年活動が大胆なものになり、正騎士団に目を付けられていたようだ。
それで活動範囲を田舎からこの時期慌ただしい学園都市ベールドミナへと移し、ある程度稼いだ所で帝国に逃げる予定だったらしい。
だが出国の算段と資金が揃いかけた矢先、アルケミア学園の学生、それも貴族の娘を捕らえる機会を得てしまったのだ。
そうして目先の金に目が眩み、結果組織はヴィルの手によって一人残らず壊滅、ここまでが昨日起こった事件のあらましだった。
そしてここからが昨日レッドテイル家の屋敷にバレンシアと子供を引き渡した後の話、事件の顛末についてだ。
屋敷に拘束されていて危うく売られかけたと報告するバレンシアと、攫われて来た子供を届けられた屋敷は大混乱。
屋敷の管理人が連絡を入れ、レッドテイル家本邸が動く事態となった。
結果娘を奪われかけたと知った当主が大激怒、件の組織と関わりがあったとみられる関連組織が、背後にいた貴族ごとその日の内に纏めて壊滅したようなのだ。
攫われた子供も無事親の元に送り返す事が出来、最高の結末を迎えた。
正直その日の内に壊滅したという部分にヴィルとニアは口の端が引き攣った訳だが、話の腰を折る訳にはいかないと口を噤む。
……一体レッドテイル家の当主は、どれだけ娘を溺愛しているのか。
ともかく黒幕であった貴族の検挙をもって事件は収束、誘拐事件は幕を閉じた。
――これが今回の事件の全容、その全てである。
「――これが今回の事件の全てね。あまり人に話してはいけない話なのだけど、当事者である二人にはきちんと話しておきたくて」
「そうか、あの子もちゃんとお母さん達の所に戻れたんだね。一安心だよ」
「ふむふむ、一件落着ならよかったじゃない。まああたし達のおかげよね!」
胸を張るニアを横目に見ながら、気負わせない様自分達の手柄だと言い切ってしまう所が彼女の美点だなとヴィルは思う。
こういう空気を読む事に長けていて、尚且つニア自身には自覚が無いのが彼女らしい。
だからニアは、バレンシアにあの事を聞けないでいるのだろう。
それがバレンシアにとってデリケートな問題であることは明白、倉庫での一軒を思えばすぐに分かる。
それをきっかけに関係が崩れてしまうのではないかと、無意識に恐れているのだろう。
だがヴィルの見立てでは事件解決に貢献した事によって、バレンシアの信頼を勝ち取る事が出来たと見ている。
これは確信に近いものだ――故にヴィルは一歩を踏み込む。
「――シア。シアは昨日何を取りに寮に戻ったんだい?君さえ良ければそれを聞かせて欲しいんだ」
「…………!」
バレンシアが息を呑む。
それはいつか聞かれると覚悟しながらも心臓が跳ねるのを止められなかった、そういう表情にヴィルには見えた。
後ろでニアが不安そうな顔をしているのが見なくても分かる。
それはそうだ、この三人の関係は始まったばかり。
そんな中、誰だって個人の事情を話すのは躊躇うに決まっている。
けれどヴィルは踏み込んだ、バレンシアならばきっと……
「……私が昨日取りに行っていたのはこのネックレス。幼い頃におばあさまから頂いたお守りだったのよ」
そう言って胸元から取り出したのは、赤い宝石の周囲にプラチナの装飾が施された、一目見て相当な高値が付くであろうと知れるネックレスだった。
だがそのネックレスに値段以上の価値がある事をヴィルもニアも知っている、そして二人が聞きたいのはその値段以上の価値の由来についてだ。
「私が昨日助けた子くらいの年だった時、私はそれはもうおばあさまにべったりだったわ。それこそ物心つく前から、両親と同じくらい私にとって大切な存在だった。私の考え方も生き方も、今思えば影響を受けていない部分は無かったわ。私の憧れで、貴族として、人間として尊敬出来る人だった」
酷く優しい表情を見せるバレンシアに、ヴィルとニアは彼女の祖母がどのような人物であったのかを察した。
過去を想い、これだけの表情で惜しまれる。
それだけでその人がバレンシアにとって、どれだけ大きい存在だったのか推し量るには十分すぎる判断材料だった。
「……けどある日おばあさまに病気が見つかって、治らないって、すぐに分かったの。このネックレスを頂いたのはおばあさまが亡くなる前日。今思えば、おばあさまには全て分かっていたのかもしれないわね。肌身離さず持っていたお守りを手渡して、強く生きなさいって。……それ以来、私の目標は強く優しく生きる事。最後まで幼い私に死期を悟らせなかったおばあさまのように、強く気高く生きる事。その気持ちを、私はこうしてネックレスに触れる度に思い出すの」
過去を懐かしむように、驚くほど穏やかに目を瞑ってネックレスを撫でるバレンシア。
彼女が触れているのは他でもない、過去の思い出そのものだったのだ。
バレンシアの祖母がどういう人物だったのか、ヴィルには分からない。
だがその祖母はバレンシアの目標となるだけの偉大な存在だったのだろうと、その事だけは理解出来た。
「話してくれて、ありがとう。そのおばあさまが、大好きだったんだね」
「――ええ、そう。私の気持ちは昔からずっと変わっていないの。だから本当にあなた達には感謝してもしきれない。この恩にはいつか必ず報いるわ」
「そんなのいいっていいって。それより今後とも仲よくしてね、あたしたちもう友達なんだから!」
ヴィルの言葉にバレンシアが応え、それを受けてニアがいつも通り明るく声を上げる。
バレンシアはその言葉に少しだけ目を丸くした後、小さく笑って答えた。
その笑顔を見てヴィルも笑みを浮かべる。
三人、一緒に歩いていく。
誰でもない誰かに、一度願った事をもう一度。
このなんて事のない平和な光景が、当たり前の日常になりますよう。
ひとまずこの話で一区切り、次回から学園の生活やクラスメイト達に視点を当てていきたいと思います。
魅力的な女の子や魅力的な女の子、それから魅力的な女の子を描いていければと思っております。
男女比がやや偏っているのは単純に筆者の趣味です。
ともあれ今後とも応援よろしくお願いいたします。
誤字、感想等ありましたらお気軽にどうぞ。