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第25話 初めて目にする銀閃は 二


 やがて十数分待った頃だろうか、倉庫内が慌ただしくなり出発や準備、という単語がヴィルの耳に入ってきた。

 そろそろ頃合いか、考えを纏めていると、バレンシアの悲鳴交じりの怒号が倉庫内に響き渡る。

 何事かと目線を落とすと、男がバレンシアの胸元を弄り、赤い宝石の埋め込まれた銀色のネックレスを引っ張り出している所だった。

 その瞬間、バレンシアの瞳に堪えようのない悲哀が確かに過ぎって――


「黙ってな。へっ、このネックレスは俺達遊ぶ金に換えてやっから……」


「――それは彼女の大切な物だ、その手を放せ」


 躊躇い無く屋根の穴から飛び降り、無遠慮に友人に触れた不埒者を罰する。

 ――ネックレスを奪おうとした男の腕を前腕の中程で斬り落とし、直後大量の血が噴き出す。

 やや遅れて、男が自分の両腕を失った事に気付き、


「あ……俺の腕――――」


 それ以上の言葉は吐かせない。

 喉を掻き斬り、急所に攻撃を受けた男が横倒しになり事切れる。

 唐突に現れたヴィルの姿を見たバレンシアが、信じられないと驚愕の表情で声を零す。


「――――ヴィ、ル?」


「ああ、そうだよシア――助けに来た」


 安心させるように微笑み、剣にこびり付いた血を振り落とす。

 それ以上の言葉は後回し、拘束されるバレンシアを背後に、臨戦態勢を取る男達を相手取る。

 相手は既に武装済み、剣や槍など様々な武器を携えた男達の中心に、リーダーと思しき男が立つ。

 粗野な男、あれは魔術師か。


「よーお、蛮勇持ちの勇者様はそこの貴族様のご学友かい?たく、どいつもこいつも野蛮で困る。一人誘うのにも苦労するってのにポンポンと殺しやがって……今日だけで三人だぞ?――さすがに見過ごせねぇよなあ」


 ドスの利いた声で威嚇をする男にヴィルは――


「なに笑ってやがんだおい」


「いや何、勇者様、というのが少し面白くて……ふふ。告白するとね、実は僕は勇者なんだ。驚いてもらえたかな?」


「――殺せ!」


 侮られた事に激昂したリーダー格の男が部下に指示を出し、部下が五人、一斉攻撃を仕掛ける。

 連携の取れた波状攻撃が、唐突にヴィルに襲い掛かる。

 だが……


「――それじゃあ僕は殺せない」


 ――セリフの直後、襲い掛かった五人の男が急所から一斉に血を吹いて息絶えた。

 ヴィルの見せた一瞬の剣技に、倉庫内の空気が硬直する。

 今、この瞬間だけは組織の男達も、バレンシアも、等しく同じ吃驚を共有していた。

 リーダーの指示、それから五人の連携、これらは決して悪いものではなかったとバレンシアは感じている。

 それぞれの立ち位置も最良の選択で、何より五人の内の一人は気配を完全に消していたのだ。

 もしバレンシアが同じ攻撃を受けていれば無事で済んでいたか怪しい、それ程の攻撃だった。

 だがその攻撃を、ヴィルは苦も無く凌ぎ切ったばかりか全員の急所を正確に一閃、同時に絶命させたのだ。

 それは胸を突かれたような衝撃、思考が追い付かず固まってしまうのも無理はない。

 ――だが、その代償はあまりにも大きい。


「ふっ――――――!」


 この場で唯一驚きを共有しない人物――ヴィルが二たび剣を振るう。

 代償を払ったのはヴィルの近くに居た二人、共に腹に、首に、風穴を開けられ絶命する。

 ヴィルは一瞬の隙も見逃しはしなかった――揺らぎのない凪の視線が、倉庫内を睥睨し薙ぎ払う。


「ガキだ!ガキを人質に取れ!そんでこいつを……」


 人質は悪党の常套手段、だがその行動をヴィルは読んでいる。

 パチンと軽く指を鳴らすと同時に音エネルギーを増幅、一帯に快音が鳴り響く。

 それ単体では何の意味も無い行為、精々脅かすか注目を集める程度が関の山の音量だ。

 だが事この状況においては――


「――おっそーーーーーーいっ!!」


 声の主の怒りが窺える声と共に、拳大の氷の礫が降り注ぐ。

 無数に放たれたそれらは、正確に攫われた幼子を守るように地面に突き刺さり、男達の蛮行を許さない。

 そのまま子供を抱え、魔術で牽制しながらヴィルに駆け寄って来た功労者こそ――


「ニア、あなたまで……」


「へへ、授業抜け出して来ちゃった。後で先生に謝るのついてきてね」


「お疲れニア。ベストタイミングだったよ」


「ここだけは失敗するわけにはいかないもん、派手にやってやりましたよ」


 得意げに笑うニアを見て、ヴィルは内心で安堵のため息をつく。

 突入前に言っておいた合図だが、完璧に理解しこなしてくれた。

 今回の作戦において最も不安要素であった人質の救出、それが成された以上もう憂いは無い。


「ニア、その子とシアは任せる。僕は、残りを片付ける」


「了解。あたしの友達と、こんなちっちゃな子にまで手を出したんだから――一人も逃がさないで」


 ヴィルに向けられていた親愛の籠ったそれとは違う、本気の怒りに背筋が凍る思いだ。

 ああ、怖い――だからヴィルも手を抜いてはいられない、抜く気も無いが。


「それじゃあ始めようか。実はこの後学園に戻らなくちゃいけなくてね。悪いけど、手短に全滅されてくれ」


 剣を右手にぶらりと下げて構えもしないその姿はしかし、男達に一様に恐怖を覚えさせた。

 これまでに奪ってきた命の数、その重みがそのまま剣気となって悪を圧倒する。


「さっきのお前の動きはただの身体強化じゃない、何か別の魔術だな。一体全体何使いやがった」


「勘が良いね。そういう君は……魔術師、熱関係……?いや、物理じゃない、非物理の雷魔術ってところでどうかな」


「なっ!?なんで……」


「君は武器を持ってない。お仲間が金属じゃない、魔獣の素材から作られた武器を持っているのが気になってね。かと思えば本人は指輪もピアスも金属製。少し注意深く見れば分かる、簡単な推理だよ。ああそれから、そうやって簡単に表情に出すのはお勧めしないよ。手の内がバレるからね」


 答え合わせはするまでもない、恥辱と怒りを顔に浮かべる男の様子を見れば、誰でも分かるというもの。

 そうして感情に振り回される人間の行動は、容易く読む事が可能だ。


「そうかよ……!食らえッ!」


 掌を突き出すようにヴィルに向け、魔法陣が輝き雷槍が飛来する。

 それは路地でバレンシアを気絶させたものと同じ魔術だ。

 しかし此度の魔術は、先のものとは威力が全く異なる。

 確かな殺意の込められた雷槍は容易く人体を貫き、その肉を焦がす事だろう。


「しっ」


 ――その魔術が当たってさえいれば。

 ヴィルは構えを取ってない体勢から剣を斜めに構え、激しく光る雷槍を事も無げに受け流して見せた。

 通常鉄の剣では電気を受け流す事は出来ない為、剣に魔力を流したり対物理・魔術結界を張ったりして対処するのが通常の方法だ。

 だがヴィルはエクストラの中でも極端に固有魔術以外の才能が乏しく、結界類を張る事すらままならない。

 ではどうするかというと、ここでもエネルギー操作を用いて防御していたのだ。

 ここで改めてレイドヴィル・フォード・シルベスターの魔術について説明をしておこう。

 固有魔術『エネルギー操作』。

 運動、位置、熱、光、音、魔力、それぞれのエネルギーに干渉し、相互変換と指向性を変化させる事を可能とする、過去にも類を見ない魔術だ。

 魔術の効果範囲だが、レイドヴィルの体表五センチ以内と、レイドヴィルの触れているモノ、この二つの条件に止まっている。

 レイドヴィル曰く、本来ならば半径十メートルは下らないという事だが、現在は肉体が強すぎる魔術に適応出来ておらず、イザベルの魔術によって大部分が制限されている状態だ。

 また、レイドヴィルは周囲のエネルギーと自身のエネルギーを自由に使える訳だが、後者に関しては扱えるエネルギーに制限が存在する。

 それは生命活動維持に必要な最低限のエネルギーであり、ある程度ならば体内からも抽出する事が出来るが、これが尽きれば当然レイドヴィルは死ぬ。

 しかし自身の命に関わるエネルギー以外であれば、それが魔力でなくとも自由に扱う事が出来る、破格と言ってもいい性能の魔術なのである。

 そして今回ヴィルが使ったのは、雷魔術の分解と指向性の変更だ。

 まず、自身の持つ剣に電気を魔力や音や光など、無害なエネルギーへ変換する力場を形成。

 次に分解したエネルギーを魔力に変換して体内に取り込み、次の戦闘にも対応出来るようにしておく。

 最後に一瞬で変換しきれない雷槍の進む軌道を逸らすように、運動エネルギーを操作する。

 この一連の流れがヴィルが雷魔術を受け流した原理、その詳細な説明である。

 ヴィルはこれまで、一瞬の判断が迫られる戦闘中にも無意識レベルで魔術を行使出来るように、ただひた向きに自分の魔術と向き合ってきた。

 これがその成果、血と涙と努力の結晶なのだ。

 ――雷槍を防いだ事、それが今回の事件の決着、その火蓋を切って落とす。


「はっ!」


 ヴィルが倉庫を駆ける――いつの間にか足首の辺りから引き抜いた投げナイフが放たれ、一つ、命が散った。

 槍が、剣が、魔術が、ヴィルの体を刺し穿たんと四方八方から迫る――すでに鉄板を入れて改造済みの靴裏で受けて快音、返す剣がさらに二つ、命を散らした。

 ニアの氷によって一線が引かれた向こう側、ヴィルの剣技が一種の四面楚歌を舞台に舞う。

 ――舞い、そう舞いだ。

 ヴィルの剣には、足捌きには、踊りにも似た華やかさがあるとバレンシアは思った。

 ただただその形容し難い感情に胸を打たれる。

 ヴィルの行いと結果は事実にしてみれば、文字にしてみれば凄惨の一言に尽きる。

 どうしようもない悪党相手とはいえ急所を抜き、躊躇無く命を奪うその姿には芸術とはかけ離れた感想を抱いてしまうものだ。

 だが想像を絶するような殺人技巧には、どうしてか目を引き付ける不思議な魅力があった。

 美しい、美麗な剣舞、剣戟の調べ。

 そんな言葉がバレンシアの脳内に浮かぶ程に、緩急をつけた動きは一つ一つが洗練されていた。

 バレンシアの見たヴィルの瞳には、ただ青の静寂だけがあった。

 その感情の色が、またヴィルを美しいと思わせる一因になる。

 時間にしてみれば、三十秒にも満たないほんの少しの舞いだった。

 ニアが作った氷の壁越しに見た絵画には、一つの善と一つの悪、それから無粋な死体達が並ぶばかり。

 もはや戦いの趨勢は決し、あとはエピローグを待つのみ――ではない。

 最期の、無駄な悪足掻きが残っている。


「投降を求める事はしないよ。貴族の娘を誘拐して監禁した。死罪にはそれだけで十分だろう?」


「ハハ……なんなんだよバケモンが。欲張った結果がこれってわけか。……ああ、そうかよ。これが俺の終わりだってんなら……」


 乾いた笑い、諦めの表情――否、その目はまだ死んでいない。


「テメェら全員巻き添えだぁ!――『術式融解(メルトダウン)』ッ!……グ、ガアアアアアア!!」


 未だかつて経験した事ない激痛に、狂気を宿した咆哮を吐き出して放つ稲妻。

 それはこれまでの威力とは別次元の、文字通り命を燃やし尽くした最期の一撃だった。

 極太の雷光が、背後に庇ったバレンシア達ごと焼き尽くそうと迫る。

 場の命が焦げるような感覚――敵の命を燃やした一撃に、ヴィルもまた命を燃やして対抗する。


「―――――」


 呼吸するように周囲からエネルギーを吸収し、これまでとは違い両手で剣を構える。

 イメージは光を切り裂く様に、魔力を、稲妻を、全力で分解して迎え撃つ。

 思考は一瞬、ならば結果もまた一瞬だ。


「―――――!」


 轟音が耳をつんざき極光が目を焼く――人体に影響の少ない音と光に電気を変換した結果だ。

 両腕と剣に凄まじい手応え、稲妻を切り裂く剣が今にも持っていかれそうな程の衝撃が手首を通して伝わってくる。

 甘く見ていた訳ではないが想定を修正、剣の位置エネルギーを固定し、運動エネルギーを二分する。

 背後の三人もちゃんと無事だ、後ろを見る余裕など無いが、きちんと()()()いるので安心出来る。

 だがこの拮抗も長くは持たない、今もゴリゴリと貯蔵するエネルギーを消費させられている。

 先程吸収したエネルギーを、その次は魔力を、その次は自分の肉体のエネルギーを、燃やし尽くす。

 魔術の圧が続く、続く、数秒を数分と紛う程に続く――そうして、衝撃は不意に途切れた。

 極光に失明しないよう、閉じていた目を開く。

 半ば白く染まった視界も、幾度も瞬きをする内に段々と元通りになってきた。

 そうして取り戻した視界で、変わり果てた倉庫内を見渡す。

 ヴィルの周囲は酷い有様だった。

 倉庫は半分が崩壊して外が見え、建物周りの草木は焼け焦げている。

 辺りに転がっていた死体は殆どが消え失せ、いくつか残ったその中には全身に火傷を負いつつも息のある雷術師の姿もあった。

 近くに敵影無し、つまりこれで……


「戦闘終了だね。ふう」


 魔術を防いで黒ずんだ剣を鞘に納め、背後の三人に向き直る。

 全員目立った外傷は無し、目的は達成された。


「お疲れ様、ヴィル。怪我とかしてない?」


「こっちは問題ないよ。多少服が汚れた程度で残党の気配も無い。これでおしまいだ」


 子供にも安心させるように笑いかけ、ヴィルはバレンシアに近寄ると、彼女を拘束する鎖を無造作に素手で引き千切る。

 その暴挙に目を丸くしながら、バレンシアは手首をさすり立ち上がろうとした。


「あ、ありがとう……とにかくこれで……きゃっ!」


 だが長い時間正座の態勢でいたバレンシアのすらりとした足は、突然血が巡り始めた事に驚き、言う事を聞かない様子だ。

 その後もなんとか立ち上がろうと試行錯誤するが、一向に立ち上がれる気配が無い。

 これは手助けをする必要がありそうだ。


「ちょっと失礼」


「ごめんなさい、足が思うように動かせなくって!?ちょ、ちょっと降ろし、自分で歩けるから!」


「でも足が痺れてるんでしょ?いつまでもこんな所にいる訳にはいかないし、別に遠慮する必要は無いよ?」


「そうじゃなくて!……流石に恥ずかしいから、せめて背負って頂戴……」


 お姫様抱っこは却下されたので、代替案として背中に背負う事に。

 顔を真っ赤に染めたバレンシアを背負い、倉庫を出る。

 目的地はバレンシアの実家である、レッドテイル家の所有する屋敷の一つだ。

 そこにバレンシアを預け、ついでに攫われた子供も預けてから学園へ戻ろうとヴィルは考えていた。

 それにしてもバレンシアの体は軽い、ちゃんと食べているんだろうかと心配になるくらいに。

 彼女の見た目からもそんなに重くはないだろうと思っていたが、想像以上だった。

 今更女性を背負って歩くのにどうにか思う事は無いが、背に感じる柔らかい感触をなるべく意識しないように、ヴィルは屋敷への道のりを歩いて行く――


「ニア?何かな?」


 横から感じるニアの視線にヴィルが問う。


「いや?別にぃ?ただヴィルが嬉しそうだなーって思って?シアって結構おっきい方だと思うし?ねえ、シアって本当に足痺れてるの?つんつん」


「んっ……!ちょっと止めて!まだ結構痺れてるし、あとそういう事は言わないで頂戴」


 わざわざ言葉にしなくてもいいだろうに、余計な発言をするニアと赤面するバレンシア、それからニアの背で首を傾げる子供。

 あまり目立たないようにして欲しいな、背中で暴れないで欲しいなと思いながら、今回の事件が丸く収まった事に安堵するヴィルであった。


一応次の話で一区切り、そこから本格的に学園の話へと入っていきます。

これまではさしずめ一章といったところ。

今後とも応援の程よろしくお願いします。


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