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第24話 初めて目にする銀閃は 一

 

「『術式融解(メルトダウン)』、これは魔法を模して造られた魔術という技、それを扱う事のできる魔術師に許された最後の足掻きであり、禁忌の手段でもあります。皆さんご存じの事と思いますが、一応説明を。『術式融解(メルトダウン)』は基本的に魔術を使える者なら誰でも使用出来る、汎用魔術に分類される技術です。自身の魔術回路を故意に崩壊させる事で、本来扱う事の可能な魔力の許容上限を超えた魔術を行使できる強力な魔術ですが、その代償も当然大きい。魔術回路を破壊する関係上堪えがたい激痛が走ると共に、その後は二度と魔術を使う事が出来なくなるからです。その痛みは魂崩壊時の痛み、陣痛、尿管結石と共に世界四大激痛に数えられる程です。また欠損した魔術回路が回復する事はありませんから、窮鼠猫を嚙む、その言葉通り追い詰められた犯罪者などが使う魔術として有名で……」


 現在Sクラスの教室では魔術基礎理論と言われる、基礎という名前とは裏腹にかなり難易度の高い専門的な魔術知識を学ぶ授業を、バレンシアを除いた十九人の生徒が受講していた。

 学園二日目から本格的な授業が行われるのはヴィルにとって想定の範囲内だったが、他の生徒はそうでもなかったようで、半分程の生徒は少し苦戦しているようだ。

 だが半分、普段からしているように机に向かう生徒達を見ると、ここが学力的にも優秀なクラスなのだと改めて実感させられる。

 授業の内容はそれ相応に難しいが、幼い頃からこうした事を学んできたヴィルにとっては既知の知識だ。

 新たに学べる事が全く無いという程ではないが、しかし後れを取る事もない。

 取り敢えず教師の言葉や黒板の文字から必要な言葉を抽出し、ノートに要約していく。

 専門用語、術式、魔術法陣、書き慣れたそれらを写す作業は決して無駄ではない。

 記憶というものは、出し入れをする事で脳に定着する。

 如何に記憶力が良くとも、ヴィルは自分で自分を過信していない、してはいけないとそう教わった。

 こうした積み重ねが未来の自分の糧になるのだ――とはやや言い過ぎではないかと感じたものだが、今は正にその通りだと思う。

 そんな事を考えている間にも、講義は進んでいく。

 やがて――


「――今日はここまで、お疲れさまでした」


 鐘が鳴り、教師が退出すると、教室の空気が一気に弛緩した。

 この程度で疲れる事は無いが、ヴィルも周囲に倣い軽く伸びをして体を解す。

 そして視線を上げると、そこにはいつの間にか前の席のクラスメイト――ザックがこちらを向いていた。


「だあー、疲れた!マジで意味がわからねえ。やっぱ難関校の勉強ってムズイわ」


「法則というか、コツを掴めば楽なんだけどね。まあ初日だし仕方ないよ」


「そう言うヴィルは分かったのか?」


「今回の授業内容は取り敢えずね」


「へー、ヴィルって本当に賢いんだ。今度アタシにも教えてね、テスト直前でいいから」


 ザックとクレアと話していると、一つの違和感があった。

 いつもならばヴィルがこうして話していると、ニアが会話に入ってくるのだが……


「…………」


「――ニア、シアは今どこにいる?」


「……え?」


 ニアの耳元に顔を寄せ、突然にヴィルが囁くと、彼女は驚いたような表情を見せた。

 いつも一緒の時間を過ごしたヴィルだ、授業中の不安そうな表情を見るだけで何を考えているかくらいは分かる。


「シアが心配なんだろう?なら迷わなくて良い。僕にとっても彼女は友達だ、協力する。――魔力感知の反応は?」


「……ずっと遠く、街の端の方に反応が。もう一時間は動いてない」


「――了解した」


 ヴィルは頷くとすぐに立ち上がり、ニアにも同じように促す。

 そしてザックとクレアに向かって、


「ごめん、少し体の調子が悪いからちょっとだけ席を外すよ――下で待ってる」


 そう言葉を残し、周囲の注目を集める中、立ち上がるヴィルは窓枠に手を掛け、


「ちょ!ここ三階―――」


 クレアの制止を振り切り、勢い良く窓から飛び出しそのまま音も無く着地、突然の行動に驚いたニアが窓から下を覗くと、ヴィルが教室を見上げて手を伸ばしている。

 Sクラスの教室内は何事なのかと騒々しい。

 全く、ヴィルのこういう思い切りが良い所がニアは――


「ごめん!あたしも体調が悪いから保健室ぅぅう!!」


「チョット!?」


 先行したヴィルに倣い、信じて、飛ぶ。

 ぞわりと顔に落ちる風を感じて、感じて、感じて――直後、衝撃も柔らかに受け止められる。

 先程まで落ちていた感覚が嘘であったかのような自然な抱き留め方に、ニアは心が安らぐような感覚を覚えていた。

 受け止めてくれる事など端から疑っていない――ヴィルがこの土壇場で失敗する事など万が一にもありえない。

 そんなニアを腕に抱え、所謂お姫様抱っこをしたまま、ヴィルが疾走する。

 シアを、学園で初めてできた友人を助ける為に。

 だがニアを抱えて走るヴィル、その時この光景を見て不自然に思った者、違和感を覚えた者が殆どだろう。

 まず人一人を抱えてその速度が出せている事も驚きだが、問題はそこではない。

 ――ヴィルの走る速度と、一歩一歩の足の回転が噛み合っていないのだ。

 一歩、足を踏み出し軽く地面を蹴ると、明らかに込められた力以上の速度で滑らかに前進している。

 唐突な飛び降りと単純な魔力強化では説明のつかない現象に、教室内に微妙な空気が漂っていた。


 ―――――


 一方のヴィルはといえば真剣だ。

 魔力による身体強化を施し、魔術でニアと自身に掛かっている重力を中和、前方から掛かる空気の抵抗を軽減、足と地面の接地面の摩擦力を強化し、空中での運動エネルギーを前方へと収束させる。

 現在使用可能な魔術演算領域をフル活用して可能になる、ヴィルの高速移動術。

 その移動術は数十秒で校庭を越え、学園の敷地を越え、門を越えてニアのクォント――『魔力感知』の指し示す、バレンシアの居場所へと向かう。

 クォント――それはこの世界に在る生物が天より与えられた祝福、あるいは呪い。

 それは鉄の枷すら引き千切る強靭な筋力、それは獣にも劣らない鋭敏な五感、それは人の域を超えた高速再生能力、それは多様な能力を持つ魔眼。

 それら原理不明な異能は纏めてクォントと呼ばれ、極々稀に生物に宿り、人間ならば魔術の開花時期と同じ、五歳程で発現する常外の力だ。

 力の強弱はそれぞれ、魔術で再現可能なものも不可能なものも存在するが、ニアの『魔力感知』は後者の側に当たる。

 ニアの能力は最大人数五人の魔力反応を記録しておく事が出来、対象が半径一キロメートル圏内ならば対象距離や高度など詳細な位置情報が分かり、それ以上離れていた場合は対象の方角のみを知る事が可能になるというもの。

 だが実を言うと、それに似た魔術ならば存在自体はするのだ。

 魔力追跡と呼ばれる、対象に特殊な魔力の塊を貼り付け、常に位置情報を把握する魔術がそれに当たる。

 この二つの決定的に異なる点は、位置情報を知りたい対象に気付かれる可能性の有無にある。

 魔力追跡がある程度の魔術の才がある者には勘付かれてしまうのに対して、『魔力感知』はあくまで対象の魔力を『記憶』するだけな為、勘付かれる事はまず無い。

 故にニアの『魔力感知』は、魔力追跡の完成版とも言える強力無比なクォントなのである。

 そしてこのクォントこそが、幼い日のニアがレイドヴィル専属のメイドとして教育を受けるきっかけとなった要因、その一つである。


「反応は?」


「この先、入り組んだ住宅街の方です!」


 ヴィルは言葉遣いを戻したニアの言葉を聞き、進路をやや左寄りに変えると再び加速する。

 魔力感知に映るシアの反応を追って、徐々に路地裏の奥深くへと入っていく。

 そして――


「血痕……この量だと二人分って所かな」


 二人は小路の一角、地面と壁に夥しい量の血がぶちまけられた場所に辿り着いた。

 そこには致死量と思われる血痕が残されていながら、肝心の死体が無かった。

 ニアの魔力感知が生きている以上、この乾きかけている血がバレンシアのものでないのは確かだ。

 であるならば、


「ここで何者かと交戦してシアが敗北、現在敵本拠地で監禁されていると見るべきだろうね」


「レイドヴィル様……」


「――屋根を移動する。舌だけ噛まないように注意して」


 跳躍―――――。

 一息で二階建ての家の屋根上まで跳び上がり、そのまま屋根を、屋根を、時に中空を蹴って進んでいく。

 魔術で空を飛ぶ事の出来る人間は世界に数える程しかいないが、この時のヴィルは確かに空を()()()いた。

 ニアの指示からバレンシアまでの最短経路を辿り、直進する。

 やがて――


「っ!見つけました!五百メートル圏内!」


「そうか、この辺りだとあの倉庫で間違いなさそうかな」


「そこで間違いありません。近くで下ろして頂けますか」


 ヴィルとニアは目的地へと辿り着く。

 バレンシアの位置情報、その手前20メートル地点で着地、ニアをそっと下ろす。

 二人が辿り着いたのは、街外れにある古びた倉庫だ。

 倉庫の周囲には好き放題に伸びた草、だが一方で倉庫の扉付近には殆ど剥き出しの地面が見えている。

 その地面には人の足跡が重なり合っており、均されている状態だ。

 少なくとも数か月の間、この倉庫には人の出入りがあったらしい。


「突入する。ニアは合図を待って欲しい」


 一言残し、倉庫を観察している際に発見した進入路――屋根にぽっかりと空いた穴の傍に跳躍し、中の様子を窺う。

 薄暗い倉庫内には、両手両足を鎖で拘束されたバレンシアの姿があった。


(シアの無事は確認。男が17……18人、子供が捕まっているのか。手慣れているという事は、日常的に人身売買を行っている組織)


 そう結論付け、ヴィルは突入の機会をただ待ち続ける。

 拘束されるバレンシアと子供の距離が離れている以上、相応に隙を突かなければ状況は悪化する。

 歯がゆい思いもあるが、急いては事を仕損じる。

 ヴィルはその瞬間を見逃さないよう、精神を張り詰めさせていくのだった。


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