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第20話 一年Sクラス 一

 

 四月の暖かな朝、夜明けと出会いを予感させるような、そんな朝だった。

 未だ多くの人々が心地良い微睡みを堪能する中、ヴィルは大量の荷物を持ってベールドミナの宿屋を後にする。

 背中にはパンパンに詰まったバックパック、右手に車輪の付いた鞄を持ち、左手には鍵で守られた細長い鞄を下げている。

 入学早々このように厳重な保管を必要とする荷物を持ち込む生徒は稀で、もし生徒の目に入れば奇怪な目で見られる事になるだろう。

 その鍵付きの鞄は、丁度剣が入りそうな大きさをしていた。

 ヴィルが膨大な荷物を背負い直していると、その後方からもう一人がやって来る。


「ふぁああ、遅れてごめん。ほんっと朝早いねヴィルは」


「そうかな?どの道荷物を寮に預けてから学園に行かなきゃならないし、こんなものじゃないかな」


 欠伸をしながら詫びを入れたのは、ヴィルの専属メイドであるニアだ。

 普段はメイドも認めるメイドとして完璧な仕事をしている彼女だが、今は友人モードである為か少々気が抜けているようだ。

 とはいえヴィルがその事を注意する事は無い。

 元よりニアには、もっと砕けて接して欲しいというお願いをしていた。

 ヴィルには慕ってくれる人達は沢山いるが、気の置けない友人は少ないのだ。


「まあいいけどね、朝に歩くのは気持ちいいし。……このバカみたいな量の荷物が無ければだけどね~」


 ニアは恨めしそうに口をひん曲げ、ニア自身の荷物とヴィルの持つ荷物を見やる。

 そこには予備の制服や、寮で生活をするための普段着や日用品などが大量に詰め込まれていた。

 これでも必要最低限の量しか入れていないのだが、それでもかなりかさばってしまっている。

 だがそれも当然か――これから通う事になる王立アルケミア学園の寮では、都合四年間を過ごす事になるのだから。

 と、ここでヴィルは、ニアが不満そうな顔をこちらに向けているのに気が付いた。

 しきりに制服の胸元を弄ったり、スカートをひらひらさせたりして何事かアピールしている。

 これの正解は――


「ニア、その制服とても良く似合ってるよ」


「むふー、よろしい!ヴィルの方こそすっごく似合ってるよ。まるでヴィルのためにあるみたい」


 どうやら正解できたようである。

 ヴィルはニッコリ笑顔を見せるニアを見て、そっと胸を撫で下ろした。

 そう、ヴィルとニアは今日が入学式な事もあり、既にアルケミア学園の制服を着用していたのだ。

 ヴィルの方――つまりアルケミア学園の男性用の制服は、紺を基調としたスタイリッシュなデザイン。

 所々に意匠を凝らした金の模様と黒のラインがアクセントになり、風格と気品を醸し出している。

 肩には王立アルケミア学園の紋章が描かれたワッペン、左胸のポケットには同じ紋章のバッジ。

 一年生であることを示す緑色のネクタイは、首深くまで締められておりやや固く真面目な印象を受ける。

 対するニア、女性用の制服は、男性用と同じ紺を基調としたカラーに金の模様と黒のライン、そこに白のレースをあしらった清楚かつ可憐なものとなっている。

 またスカート部分にはフリルが施されており、それがニア生来の愛らしさを引き立てていた。

 二人共目立つ格好をしているせいか、はたまた素材が良いからか、人通りの少ない早朝にも拘らず人の注目を集めている。

 だがヴィルはその視線に慣れた様子で荷物を持ち直すと、


「それじゃあ行こうか」


 そう言って二人は並んで歩きだした。

 話題は当然と言うべきか、アルケミア学園の事についてだ。


「にしても流石だよねぇ、きちんとSクラスになっちゃうんだもん。しかも筆記試験で主席だって話じゃない?これは注目間違いなしだね」


「偶然……とは口が裂けても言えないね。これまで僕に勉強を教えてくれた皆に報いる為にも、中途半端な順位じゃ終われなかったから」


 二度と戻らない何かを思い描くように、遠く苦笑するヴィル。

 だがそれも一瞬の事で、瞬きの後にはいつも通りのヴィルがそこにあった。


「というか結局ニアもSクラスだったよね?一緒に通えて一安心だよ」


「まあ勉強はヴィルに教えてもらったし、模擬戦もローゼル様に手解きはしてもらったから。元々後方支援向きだし三回中一回負けちゃったけど……やっぱり勝ち負けじゃなかったみたいだね」


 ニアのその結論に、ヴィルも頷きで肯定を返す。

 実技試験中にも話していた自論である三つの実力の事、それはSクラスやAクラスの名簿を見れば一目瞭然。

 Aクラスには優秀な人材が揃っているのに対して、Sクラスは強力な人材が揃っている。

 それはヴィルやニアのような特異な者や、バレンシアやヴァルフォイルの様な純粋な強者、さらにこの国、或いは世界に三人と居ない稀有な才を持つ者まで。

 それは学園側が事前に提出させた受験者の情報から、厳しく精査したという証拠でもある。

 とはいえ――


「それが胡坐(あぐら)をかいていて良い理由にはならないだろうね。勉強内容は例年以上に厳しくなるだろうし、これからは戦闘技術についても難しくなる。行事も増えるようだし忙しくなるよ」


 ワクワクした表情でそう語るレイドヴィルだが、一方のニアは既に涙目だ。

 今にも荷物を取り落としそうになりながらヴィルにすり寄り、


「お願いします引き続き勉強を教えてください何でもしますからぁ!!」


「分かった、分かったから離れて」


 震えながら縋りつき、どさくさに紛れて胸を押し付けてくるニアに声を上げ、ヴィルはやや疲れたように、だが傍から見れば楽しそうに寮までの道のりを進んでいったのだった。


 ―――――


「――以上をもって新一年生520名への祝辞とする。改めて入学おめでとう。諸君のさらなる成長を期待する」


 割れんばかりの拍手が会場を埋め尽くす。

 厳しい入試試験を突破した新一年生と、彼らに向けた祝福を行ったアルフォンス学園長がその受け取り手だ。

 現在時刻午前九時、王立アルケミア学園の大講堂にて在校生の新学期の始まりを知らせる始業式と、新一年生の入学を祝う入学式が執り行われていた。

 座席は前からSクラスを先頭に、一年生から四年生まで全員が出席している。

 そこに学園の教師陣まで揃えば、迫力のある光景の出来上がりだ。

 だが小一時間程続いた式もここで閉幕、それぞれがそれぞれの教室に向かい、二年生以上にとってはいつも通りのホームルームが始まる。

 だが新一年生にとっては違う。

 この学園では基本的に一年生から四年生までの四年間、同じ教師が担任に就き学園生活を共にする。

 つまりはこの後のホームルームが、今後四年間の学園生活を左右すると言っても過言ではないのだ。

 故に人によっては未来への期待感に気分が高揚する。

 そう、例えば――


「ねぇヴィル!私達のクラスは誰が担任になるのかな?真面目な先生かな?軽い先生かな?楽しい先生だといいなぁ。ね、ヴィルもそう思わない!?」


「テンション高いねニア」


「そりゃ当然だよ!ヴィルとはこれからずっと一緒にいられるし、こうして外の世界に触れるのも楽しみだし、先生にも期待しちゃうよね!」


 ニアのような人物が正にそれだ。

 くるくると回りだしそうな程に盛り上がっているニアに苦笑しながら歩いていると、Sクラスの教室が視界に入ってきた。

 確かにニアの言う通り、これからの生活に期待する気持ちはヴィルにもある。

 同じSクラスのクラスメイトとの切磋琢磨、先輩との交流、また公式試合などでの強者との邂逅。

 人並み以上の競争心を、使命を持つヴィルにとって、より強く成長する事は最優先事項であり、義務だ。

 そして返すのだ――この借り物の命を。

 決意を新たに扉に手を掛け、一思いに横へ開こうとして――


「ヴィルどうしたの?」


「いや、こういうのはニアが開けたいのかなって思って。譲ろうか?」


「……子供じゃないからそんな気遣いいらないから、早く開けて」


 恥ずかしそうに半目で睨みつけてくるニアを少し揶揄いつつ、今度こそ教室の扉を横に開く。

 その先に広がっていた光景は――


「あたし、この瞬間が一番好き」


 そのたった一言だけが、静まり返った教室にぽつんと響いた。

 Sクラスの教室内は前方に黒板、そしてその黒板を中心に放射線状に生徒の座席が広がる、意外にもオーソドックスな形だ。

 教室内が静まり返っているのは、決して無人だからではない。

 数人揃っていた生徒全員が一様に、ヴィルを見て固まっている為である。

 サラサラの銀髪に御空色(みそらいろ)の瞳、天上の魔貌が初見の網膜に叩き付けられ、その情報処理に時間が掛かってしまっているのだ。

 初めてヴィルを見た人は大抵同じような反応を返すので、もうヴィルも慣れ切ってしまっている。

 その為固まった数人をよそに表情を崩さず、ヴィルは自分の席へと腰掛けた。

 そしてそれに続きニアもヴィルの右隣、自分の席へむにむに口元を動かしながら腰を下ろす。

 ちなみに先のニアの発言はこの景色をニアが心の底から面白がっており、毎回楽しみにしているからである。

 その後、ちらちらと視線を受けつつも話しかけられるような事は無く、残りの生徒と担任教師の到着を二人話しながら待つのだった。


 ―――――


「あなた、入試の時の……」


「これはバレンシア様、お元気そうで何よりです」


 と、ニアと二人談笑していると視界の端に燃えるような髪色――バレンシアがヴィルに話しかけてきた。


「様付けはいらないわ。あなたもSクラスになったようだし、ね……」


 そう言って、どこか嬉しそうに自分の席へ腰かけるバレンシア。

 この学園の制服はニアにも似合っていたが、バレンシアにもよく似合っているな、などと考えながら、ヴィルは左隣に座るバレンシアを見る。


「ヴィル、この方が?」


「そう、彼女がバレンシア・リベロ・フォン・レッドテイル様。入試試験の時に会ったっていうのは話してたよね」


「うん。初めましてバレンシア様、あたしはヴィルの幼馴染で、同じく孤児院出身のニア・クラントって言います。以後お見知りおきを」


「ご丁寧にありがとうニア、あなたも普通に接してくれると嬉しいわ」


「そう?それじゃあバレンシア、これからよろしくね。あ、バレンシアってちょっと呼びにくいよね?シアって呼んでもいい?」


 あまりにもあっさりと態度を変えたニアに驚くバレンシアに苦笑しつつ、ヴィルは辺りを見回す。

 可能な範囲で顔と名前を一致させ、結論。


「この席順はある程度決められてるのかな。僕にニア、その他も結構知己が近くなるように選ばれてるみたいだ」


 ヴィル達が座る席は教室の左後方、窓側からバレンシア、ヴィル、ニアという並び順だ。

 三席一セットの机と椅子が並び、ヴィル達の一個後ろの席だけが二席になっている。

 全部で20席、その全てがいつの間にか埋まっていた。

 新しい環境で新しい友人を作ろうとする者、元からの友人と話をする者、一人密かに時間を待つ者。

 皆それぞれに時間を潰して、やがて来るその時を待っていた。

 そして――


「「「「――――――っ!!」」」」


「――全員着席済みか。とりあえずは合格をやろう。とりあえずは、な」


 扉を開けそう言って教壇へと上るのは、長身で女性らしい起伏に富んだ妙齢の女性。

 その女性が放った『気』の圧が、教室内の会話と空気の乱れを霧散させる。

 一言も発させず、身じろぎすらも躊躇わせるような鬼気。

 その発生源たる女性を見た時、まず真っ先に目に入るのはその豪奢な金髪だ。

 膨らんだその毛量は一般的な女性の二、三倍くらいか。

 手入れを怠っているのかやや粗の目立つその髪を腰まで伸ばし、縛る事無く好きにさせている。

 碧色の目や高い花など顔のパーツ一つ一つが派手に主張をし、特に目立つのは人よりも長い耳――


「長耳族……エルフ?」


 息の詰まるような世界の中、ただ一言の呟きだけが教室に響く。

 そして教室中の視線がその発生元に注がれ、


「もしかしてとは思ったけどそうか、Sクラスの担任は王国の宮廷魔術師筆頭、グラシエル・フリート=グラティカだったのか。それなら納得だ……」


 視線の先には、一人顎に手を当て熟考するヴィルの姿があった。

 ただ当の本人は、周囲の視線に気づいていないようである。

 ヴィルの呟きに目を細めるグラシエルはその銀髪を見て、


「ふむ、お前は私を知っているのか。であれば、私の二つ名もまた知っている筈だな?」


 碧の片目を閉じ、試すようにヴィルを睥睨するグラシエル。

 だがその刺すような視線を受けてもけろりとしているヴィルは、そうですねと一拍置き、


「『爆炎の魔術師』、『極彩色』、それから――『貴族嫌い』」


 最後の二つ名を聞いたグラシエルはニヤリと口の端を上げ、


「いかにも、私は『爆炎』のグラシエル、『貴族嫌い』のグラシエルだ。王国の魔術師で最も高い地位に立ち、非貴族の中で貴族に最も近い位置にいながら貴族を嫌悪する長耳族。それが私だ。これからよろしく頼むぞ、Sクラス」


 誇示するように両腕を広げ、吐き捨てるように自身をそう言い表す。

 だがヴィル達生徒側から見たグラシエルの表情は、直前の言葉とは裏腹に心底楽し気に見えた。


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