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第193話 ダンスパーティー 二

 

 レヴィアは一人、酒の入ったグラスを片手に会場を歩いていた。

 特段目的は無い、強いて言うなら顔の良い男を探している所だろうか。

 ――レヴィア・フォン・サンゲルタンは面食いの男好きである。

 少なくともレヴィア自身はそう公言しており、事実目鼻立ちの整った男性には目がない。

 アルケミア学園入学初日にはヴィルに一目惚れしたと告白を行い、その後も複数人の男子学生とデートを行っている。

 しかし特定の相手は居ない、それ所か口付けすら許した事の無い清い身である。

 こう言うと毎度の如く驚かれるのだが、レヴィアは貴族令嬢の一人としてその辺りの分別は弁えていた。

 ともあれ、顔の良い男を見ていると気分が良いし、愛を求められるのもまた気分が良い。

 今日のパーティーでもダンスに誘われれば誰であれ応じたし、これはと思った相手にはレヴィアからダンスの誘いを申し入れた。

 そうして踊る事、見られる事は気分の良い事ではあったが、それはそれとして少々疲れてきたのも事実。

 流石に一度休憩し、会場を見て回りながら良い男でも探そうと思ったのだ。

 時折知人に挨拶をしながら品定めをしている、そんな時だった。


『うおー!マリツェラー!アタシはもう疲れたぞぉーー!!』


「!?何!?」


 唐突に背後から抱き着かれ、驚いたレヴィアは手に持っていたグラスを落としてしまう。

 破砕音のした方角にあちこちから視線が注がれるが、すぐに注目は霧散し、スタッフが掃除に駆け寄って来る。

 スタッフにごめんなさいと謝罪をしつつ、レヴィアはグラスを取り落とした元凶を確かめるべく振り返る。

 そこにはクラスメイトの中でも小柄なリリアと同じくらいだろうか、撫でやすい位置に来る淡いクリーム色の頭髪、くりくりとした瞳やあどけない表情が庇護欲を誘う少女だった。

 が、しかしレヴィアとこの少女は知己ではない、マリツェラという名前には聞き覚えがあるが帝国の生徒だった筈であるし。


『ごめんなさいね。折角抱き着いてもらった所に申し訳無いけれど、人違いじゃないかしらあ?』


『んぉお?おお!全然違う!誰だ!いきなりぶつかってごめんな!!」


『え、ええ。あなたこそ怪我は無い?』


『ダイジョブダイジョブ!ぶつかって悪かったな!!』


 レヴィアはそのテンションの高さに若干引き気味になりつつ、少女は嵐のように颯爽と去って行った。


「何だったのかしら……」


 それから数分後。


『うおー!マリツェラー!もう疲れたしめっちゃ似てる人と間違えたし散々だったぞぉーー!!』


「はぁ……」


 またも同じ少女に間違えられ、レヴィアはそっと溜息を吐いた。

 今回は嫌な予感がしたので何も持っていなかった事が幸いしたが、もしグラスや皿を持っていれば先の二の舞である。


『あなた、また間違えてるわよ』


『あれ?ホントだー!ごめんな!何回も!!』


「本当にもう……」


 レヴィアはこめかみを押さえながら、やや遠くを見つめた。

 傍から見れば迷惑に思っていると捉えられるのが自然だろうが、レヴィア自身は少女の事を面倒には感じていなかった。

 レヴィアは異性に好かれるのも好きだが同性に好かれるのも相応に好ましい、面倒見の良い性格なのだ。


『ねえ、あなた、マリツェラって子はどこに居るの?二度も間違えられると、逆に会ってみたくなるのだけど』


『おおっ、それな!アタシも見失ってからずっと探してんだけど、どこ行ったかなー。けどけっこー似てるぞ!服の色とか!』


『そう……それは光栄ねえ』


『まあ見つからないなら仕方ないなー。アタシ、トーリィ!友達になろーぜっ!!』


『ワタシはレヴィアよ。よろしくね、トーリィ』


 それからレヴィアとトーリィは他愛の無い雑談に興じた。

 王国の話、帝国の話、交流会の話、レヴィアと間違えたマリツェラの話などなど。

 それはパーティーでの社交辞令的な会話からは得られない、心の安らぎをレヴィアにもたらしていた。


『それじゃあ。そろそろワタシは戻るわね』


『むぅ。そっかー。レヴィアが男装してたら一緒に踊れたのになー。今から着替えられないかー?それかアタシが着替えるか!』


『あんまり周りの人を困らせないのお。そんなに急にサイズの合ったタキシードが用意出来る訳ないでしょう?』


『うー……』


『――だから、次に踊るのは交流戦で、ね?』


『おお!そうだ!そうだな!約束だぞ?交流戦では踊ってくれるんだよな!?』


『ええ。勿論よ』


『やったー!それじゃーまたなー!!』


 ぶんぶんと手を振りながら、トーリィはまたも嵐のように去って行った。

 ダンスもパーティーまるで関係が無い、我ながら謎な時間を過ごしたものだとレヴィアは思う。

 しかしそれが思いのほか楽しい時間だったと気付き、レヴィアは口元をそっと笑ませたのだった。

 ただ一点、トーリィが交流戦で本当にダンスをしないかだけ、気掛かりに思いながら。


 ―――――


 ザックは一人、会場の端の方で数時間振りの食事にかぶりついていた。

 改めて言うような事でも無いが、今回のダンスパーティーは男女比に大きな偏りがある。

 帝国側が女学院という事で当然ながら男子生徒は居らず、帝国側の男性となると基本的には国賓、そうそう気軽に王国の学生と踊れる身分に無い人物達だ。

 となると、自然と王国側の女性は王国側の生徒か貴族を相手に選ぶ事になるのだが、ここに関しても前述の理由で基本的に学生が選ばれる。

 そしてこればかりは仕方のない事だが、Sクラスは男子生徒の数が少ない。

 数人男装で数を補ったとしても、こうなれば必然、Sクラスの男子生徒はダンスに引っ張りだことなる。


「わたしと一曲、ご一緒して頂けますか?」


「あー、はい。自分なんかで良ければ」


 ―――――


『私と踊って貰えるだろうか?』


『よ、喜んで?』


 ―――――


「私と踊って」


「あ、はい」


 ―――――


 しかも相手は王国の人間だけではなく、当たり前だが帝国の人間も含まれる。

 これはザックの知らない話であるが、帝国の人間、特に学生にはある程度のノルマが課せられていた。

 具体的に何人以上と踊れという指示は出ていないが、誰とも踊りませんでした、では交流会の意味が無く王国との親交を軽視しているとも捉えられかねない。

 そういう訳で、ザックは二国の女性からもう何曲もぶっ通しでダンスの相手をさせられ、食事にもありつけず、ようやく束の間の休息を甘受していたという所だった。


「だぁああ!まさかこんな忙しいとはな。落ち着く暇もねー」


 ザックは自分にダンスの申し込みなどある筈が無いと高を括っていた。

 同級生を見てみろ、万能の天才で女性人気が天元突破しているヴィル、容姿に優れ女性の扱いにも長けたフェロー、威圧感は凄まじいものがあるが紳士なカストール、男装しても翳らない華の持ち主であるバレンシア、性格はアレだが貴族としては完成しているマーガレッタ、人形的な愛らしさで女性人気を獲得するクラーラなど、ライバルどころではない面子が揃っている。

 そんな粒揃いの中でまさか自分を選ぶ者が居るとは、欠片も考慮していなかった。

 とはいえザックは自分がモテているなどと分不相応な思い上がりはしていない。

 大方他の面子に尻込みし、特段恐れる所の無い自分を取り敢えずで選んだのだろうという、やや悲しい自己分析に至っている。

 実際は純粋にザックの事が気になって声を掛けて来た者も一定数居たのだが、幼少よりクレアに貶されて来たせいか、少々見誤っていた。

 悲しい男である。

 ともあれそうしてダンスも一段落し、早く交流戦始まんねぇかなぁと名前も分からない料理に舌鼓を打っていた、その時だった。


「私と踊って」


「またか……」


 またもダンスの誘いを受け、ザックはバレないようそった溜息を吐く。

 会場の端で頬一杯に料理を詰め込み、あからさまにダンスに乗り気ではない態度を示していたのだが、この少女には通じなかったらしい。

 しかし誘われたものは仕方が無い、ここで断ればアルケミア学園の一員としての義務を放棄する事になってしまう。

 ザックはここまで一人としてダンスの誘いを断っていないのだ。

 仕方無い、仕方無いと自分を納得させつつ、ザックは了承の返事をしようとして、ふと気付く。


「あのー、間違ってたら失礼なんですが、さっき自分と踊りませんでしたかね?」


「むむむ。これはお見事、意外にも」


「しかして残念無念かな」


「うお!なんだ!?」


 近くのカーテンの中から声がしたかと思えば、シュバッと飛び出してくる少女が一人。

 思わず驚き声を上げてしまったザックの目には、瓜二つの容貌を持つ二人の少女が居た。

 栗色の髪をお揃いで切り揃え、これまたお揃いのドレスで着飾り、これまたお揃いのポーズを左右対称にこなして見せる少女達。

 それ即ち――


「あ?双子?」


「いかにも」


「我ら帝国はグリティア家の双子なれば」


「姉妹揃って踊りの申し子」


「その名も!」


「ティーナ!」


「トゥーナ!」


 周囲に居た参加者達が思わずどよめきの声を上げ、ザックも一切反応を返せない。

 しかし注目の的となった双子達本人は満足げで、この状況を楽しんでいるように見えた。

 殆ど無表情で、どうにも感情が読みづらいがハイタッチまでしているのだから楽しいのだろう。

 ともあれ今しがた派手な自己紹介があったように、双子のティーナ&トゥーナなグリティア家という帝国貴族の令嬢らしい。

 貴族というのはやはり変わったのが多いなと思うザックであった。


「ええと……で、どっちがさっき踊った方?」


「むむ。見事当てられたならば、次はもう片方と踊る権利を差し上げよう」


「元より我らの舞は二つで一つ」


「片方とだけ踊るなど、我ら姉妹、ひいては帝国への侮辱」


「いやそこまでではねぇだろ」


「さあどちらと踊ったのか、答えて見せよ」


「右か?左か?」


 これは答えるまで終わらないやつだと、ザックは二人手を繋いでくるくると回る双子を見てすぐに諦める。

 しかしどちらと踊ったかと問われると、ザックにはてんで見分けがつかないので説明は出来ない。

 ここは直感に頼って……


「ティーナさん。今ダンスを申し込んで来たあんたが、さっき俺が踊った相手だ」


「なんとこれはお見事」


「貴殿にはトゥーナと踊る権利を進呈しよう」


「別に欲しくねー」


 何とか正解したザックだったが、今度は何故ティーナは二度も自分にダンスを申し込んで来たのかという疑問に駆られ、しかし考える事を放棄した。

 この手の相手に頭を使っても徒労に終わるだけである。

 また踊るのか、持ってる料理はどうしようか等と悩んでいると、覚えのあり過ぎる視線がザック達に突き刺さった。


「むむむ。これは……殺気!ドス黒い!」


「トゥーナ、あそこに鬼のような顔をした悪魔が!」


「いやあんたら散々な言いようだなおい…………いや、そこは俺も同意なんだが」


 三人の見る先、殺気にも似た視線の主はクレアであった。

 大方自分が女子生徒二人に囲まれているのが気に入らないのだろう、とザックは考える。

 クレアは普段はザックをすげなく扱う癖に、他の女子と話していると露骨に機嫌が悪くなるのだ。

 商家の長男としてだとか仮にも婚約者が居るのだからだとか、もっともらしい理由を並べて。

 それなら普段から……と余計な事を考えていると、そのクレアがズンズンと近付いてくる。


「おっとまずい」


「我らこれにて」


「「退散!」」


 決めポーズを揃って披露、ティーナ&トゥーナは脱兎の如き駆け足で逃げて行った。

 残されて呆気に取られるザックの側には、むすっとした表情のクレア。

 その後、ザックはクレアの機嫌取りに終始尽力し、何だかんだあってパーティー最後のダンスを二人で踊り、なんとか許されたのだった。


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