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第19話 銀髪のダークホース 二


「ありがとうございます」


 一言残し、ヴィル・マクラーレンと名乗った青年は席を立って行った。

 それを見送り、バレンシアは震える吐息をゆっくりと吐き出していく。


(あんな人、初めて見たわ……)


 バレンシアは公爵令嬢だ、容姿の整った男性など腐る程見てきた。

 それこそこの国の第一王子などは、世界でも最高峰の美丈夫であろうとバレンシアも思ったものだ。

 だが、ヴィルという人物はバレンシアの知るその最高峰を超えてきた。

 かの王子を人の辿り着く事の叶う天井と考えるのならば、ヴィルはさながら天上の美しさといった所だろうか。

 それ程までに、ヴィルの与えた衝撃はバレンシアにとって大きなものとなっていた。

 それに何よりも――


「なあシア、さっき隣に座ってたのぁ誰だ?」


「ちょっ……勝手に隣に座らないでもらえるかしら。びっくりして手が出る所だったわ」


「手が出るってなんだよ……。いやそれよりさっきの男だ。あのスカした野郎は誰なんだ?」


 スカしたって……と嘆息し、バレンシアは何やら誤解をしていそうなヴァルフォイルに説明をする。


「彼、誠実そうで良い人だったじゃない。あの人は今さっき初めて会って少し話をしただけ。平民だそうだしどうもならないわよ。それより……」


 いっそ露骨に安心した表情をするヴァルフォイルに、一つ空白を置いてから問い掛ける。


「ヴァルフォイル、あなた彼をどう思う?」


 確かな鑑定眼を持つヴァルフォイルの目に、ヴィルは一体どう映ったのか――


「アイツは気に入らねぇな。シアの隣にいきなり座りやがって、慣れ慣れしいぜ」


 ただそう言い切った幼馴染に頭痛がした。

 バレンシアは掌で頭を押さえながら溜息を吐き、あのねと続け、


「私が言いたいのは見た目から感じ取れるものとか、強さとかそういう何かよ」


「んだそういうことかよ、それなら最初から言えってんだ。そうだな……途中から見てたが自信満々に喋ってやがるわりには歩き方がなっちゃいねぇな。妙な雰囲気はするがありゃ素人に毛が生えたようなもんだ」


 ヴァルフォイルがほぼ最初から見ていたという事実に呆れつつ、バレンシアはその評価に眉を顰めた。

 バレンシアに強者を詳細に見分ける術はないが、ヴァルフォイルは信頼出来る観察眼を持っている。

 これまで何人も見破ってきた実績を持つヴァルフォイルがそう言うのだ。

 彼――ヴィルは頭が回り喋るのが好きだが、実力の伴わないただの自信家だったのだ――とは、とても素直に信じられる事ではない。

 バレンシアの見たヴィルの仕草が、表情が、声が、目が、それを否定する――ヴィルは確かに彼の言う所の『可能性』を持っている一握りの存在であると。

 だが、ヴァルフォイルの言葉を否定する材料が無いのもまた事実。

 真実を確かめる方法はただ一つの単純なもの。

 ――それは


「――来たわね」


 仮想闘技場Cの中央、幾つもの試合が始まっては終わり、また始まる。

 その一角、今正に件のヴィルがその姿を見せていた。

 無駄な装飾の一切無いシンプルな直剣を腰に下げ、落ち着いた歩調で会場へ足を踏み入れる。

 その一連の流れは、確かに揺らぐ事のない自信に満ちているように見えた。

 そしてその対戦相手はといえば――


「『拳闘士』シュトナ・バックロットか。あの野郎も終わったな」


「たしか騎士家出身でガントレットを付けて戦う酔狂者、それが彼女だったわよね。けれどあれはとても――」


「アイツは酔狂者なんかじゃねぇよ。そんな噂は何も分かってねぇ奴らがほざいてるだけだ。独自に確立された戦闘スタイル、洗練された拳撃。いっぺん戦って侮れる奴なんざそうそういるもんじゃねぇよ」


 ヴァルフォイルがここまで評価するシュトナという人物、その立ち姿からは確かな努力に裏打ちされた自信が透けて見えている。

 紺色の髪を一つ纏めに後ろに流し、凛々しい眼差しを対戦相手であるヴィルに向けている彼女はしかし、得意としている筈のガントレットを手にしていない。

 完全な無手、それが今のシュトナの装備である。


「両者、前へ!」


 審判の合図でヴィルとシュトナがお互いに歩み寄っていく。

 一方は不敵に、また一方は優雅に、ゆっくりと距離は詰められた。


「初めまして、私は騎士家のシュトナ・バックロットという。良ければ君の名前を聞かせてはくれないだろうか」


 そう言い、握手の形で差し出された手を見て、ヴィルは応える。


「これはご丁寧にありがとうございます。僕はヴィル・マクラーレンと申します。良い戦いをしましょう」


 固く、手を握る。

 そこから伝わる感情は、初対面ながら確かにお互いへの信頼で満ちていた。


「ところで、シュトナ様は無手を得意とされるご様子ですが、手を保護するような武具は着けておられないのですか?」


「ふむ、君はどこかで私の事を?」


「いえ、なんとなくそう思っただけです。どこか満足のいっていないご様子でしたので」


「――そうか、君にはそう見えたのか。ふ、その通り。いつもはガントレットを使うんだが……生憎私のものは特別でね、魔術具扱いをされてしまったんだ。この試験は魔術具の持ち込みを禁止しているからね、仕方なく無手で挑む事にしたという訳さ」


 これらの会話は距離の離れたバレンシア達に届いてはいない。

 だがヴィルの表情やシュトナのやや芝居がかった仕草等から、大体の察しはついていた。


「剣と拳じゃ流石に厳しいんじゃないかしら。一撃防ぐ為の魔力消費だけでも相当の労力よ」


「けっ!男なら正々堂々拳で勝負しろってんだ、剣なんか捨ててよぉ」


「あなたね……入学試験の場でそんな事する人がいる訳……」


 バレンシア達がそう議論をする中、ヴィルはあまりにもあっさりと自分の剣を審判に預けてしまった。

 どよめく受験者達。


「これで公平になりましたかね?」


「――フフッ、感謝する!」


 そしてそのままお互いに不敵な笑みを浮かべ、両の手を握り構えを取る。

 この突飛な行動にはバレンシアもヴァルフォイルも、試合を見守る受験者達も言葉が出ない。

 試合に注目する者の度肝を抜きつつ、いよいよ第三十四試合が開始される。


「「『御天に誓う(フィーリア・リレイル)』!!」」


 二人の輪郭が一瞬揺らぎ、直後突進し互いの距離がゼロになった。

 激突――――。

 拳と拳が打ち合わされ、肉体同士とは思えない轟音が闘技場に鳴り響き――ヴィルの方が打ち負ける。

 骨まで痺れるような衝撃を右手に感じ、直後の右蹴りを左腕でガード、その勢いに乗り、五メートル程距離を取る。

 弾き飛ばされたヴィルは空中で態勢を整え、右手を着き着地。

 想定していた以上の威力の拳撃にびりびりと痺れる右手、ヴィルはシュトナの身体強化のランクを一つ上方修正する。


(出力はこれくらいかな)


 そう判断したヴィルは先程より多めに魔力を回し、シュトナの出方を窺う。

 対するシュトナは再度空いた距離を一気に詰め、休む暇を与えないと言わんばかりの猛攻を繰り出していく。

 右、左、右、左、右、左、右――。

 足も交えられて行われる連撃をヴィルは受け、流し、合わせ、初動を潰す事で凌ぎ続ける。

 時折打撃が相殺される度に空気が震え、この爆発音のような音だけを聞いて誰が素手同士の戦いだと見抜けるだろう。

 拮抗する試合。

 だが、次第にヴィルの勢いがシュトナの猛攻を食い破り始める。

 拳撃が弾かれ、腕が逸らされ、蹴脚を見切られ、体捌きが崩されていく。

 生じる隙を見逃さずヴィルが攻勢に転じ、一転シュトナが防戦一方を強いられる。

 先程までと異なる不利状況に、流石のシュトナと言えど苦しい表情を隠せない。

 だが一方のヴィルはと言えば、試合開始からここまで涼しい顔を崩していない。

 その両者の表情の差が、そのままこの試合の優劣を物語っていた。


「ちょっとヴァルフォイル、彼とんでもない凄腕じゃない。あなた素人に毛が生えたようなものだとか言っておいて……ヴァルフォイル?」


 適当な事を言ったヴァルフォイルに一言言ってやろうと本人の顔を見て、口を噤む。

 それは当の本人が、あまりにも真剣な表情をしていたからだ。


「どうしたの?」


「初めてあの野郎を見た時は確かに素人丸出しだった。それは間違いねぇ。つまりアイツは歩き方から何から全部偽装してたってことだ。あの野郎……!」


 自信のあった観察眼を誤魔化され、怒りを露わにするヴァルフォイル。

 だがそれも仕方のない事か、ヴァルフォイルは自身の観察眼に誇りを持っていたのだから。

 と、ここでバレンシアが気付いた――いつの間にか会場の喧騒が鳴り止んでいる。

 複数の試合が同時に行われ、観客の注意が分散する筈のこの試験。

 しかしヴィルとシュトナの間で繰り広げられる派手な試合が、ヴィルの人の目線を引き付ける空気と容貌が視線を集め、何かの大会の決勝戦かと言わんばかりの状況を生み出していた。

 そして、そんな状況を作り出した当事者達はというと――


「ふっ……!」


「くっ……!」


 ヴィルの拳撃と同時に、シュトナの苦鳴が響く。

 これは打撃をもろに食らった為ではなく。その打撃を腕で受けた結果だ。

 突き抜ける衝撃が防御を貫通し、シュトナの胸を打ったのだ。

 そしてこれをきっかけに、両者の拮抗は完全に崩壊し、ヴィルの側に傾いていく。

 崩れた防御の合間を縫うようにヴィルが左の手刀を放つ、がこれはシュトナの右手に掴まれる事で阻まれてしまう。

 だが――


「な――――――!?」


 信じられないとばかりに度肝を抜かれた声を上げるシュトナ。

 だがそれは、試合を見ていたバレンシアやヴァルフォイル達観客側も同じ気持ちだ。

 恐らくこの光景を見た殆どの者が、同じ感覚を共有した事だろう。

 ――掴まれた左腕でシュトナの右腕を掴み返し、一人の女性を片腕で放り投げるなどという芸当、誰が信じられようか。

 空中に舞い上げられ驚愕に震えるシュトナの眼下、ヴィルが跳躍する。

 片足をシュトナの足と腕の間に入れて膝で胴を抑え込み、右肘で左腕を封じ反対側の腕も同じように拘束する。

 敗北を予感したシュトナも何とか抵抗しようとするが、味方である所の地面はそこには無い。

 条件はヴィルも同じだが、空中戦の練度があまりにも違う。

 動きを封じられた態勢のまま、宙で加速し――――両者は地面に叩き付けられた。

 衝撃と共に激しい砂埃が吹き荒れ、二人の姿が見えなくなる。

 試合を見る観客も、審判も固唾を呑んで結果を見ようと目を凝らす。

 そして――


「――完敗だヴィル・マクラーレン。君の勝ちだよ」


 砂埃が晴れたそこには、先程の空中の態勢のまま地面に押し倒され、手刀の形を取った左手を突き付けられたシュトナが、ヴィルに向かって降参の意を示している姿があった。

 あれだけの衝撃があったにも拘らず、シュトナは苦し気な様子を見せていなかった。

 保護術式は命を守る術式であって、被術者の苦痛を取り除く事を目的としていない。

 無論痛覚がそのまま残っていれば支障が出る為、『御天に誓う(フィーリア・リレイル)』は痛覚を一定レベルで軽減するよう設定されているが、それはあくまで軽減に過ぎない。

 今のように、空中からあれだけの勢いで叩き付けられれば、相応の苦痛があっても不思議ではないが、当のシュトナにはその片鱗すら無かった。

 つまり、空中の段階で勝利を確信していたヴィルは、シュトナが地面に接する直前に何らかの方法で衝撃を殺していたという事になる。

 相手の殺傷を目的としない護身術には、投げた相手に対するダメージを最小限に抑える技術があると聞くが、ヴィルはそれを使ったのだろう。

 二人の実力差は歴然だった。

 その後審判がヴィルの勝利を伝えて『御天に誓う(フィーリア・リレイル)』の術式が解かれ、ヴィルとシュトナは互いに握手を交わし控室へと戻っていった。

 これは大会ではない為、受験者達による拍手や歓声などは無い。

 だがその後戻った喧騒の内容は、先程の試合についてのものが殆どだった。


「さっきの試合凄かったな……」


「あのカッコいい人誰だろうね……」


 そんな声があちらこちらから聞こえてくる。

 ヴィルのその実力と容貌も相まって、先程の戦いは余計に人々の印象に残った事だろう。


「……まさか、ここまでだなんてね」


 先刻までのヴィルの試合を思い出し、バレンシアは思考する。

 ヴァルフォイルの事前評価を聞いても、尚消えなかったヴィルという青年への警戒。

 理路整然とした話し方に気品を感じられる仕草。

 何かあるとは考えていたが、これ程だとは考えもしなかった。

 先程の戦いも、得意分野と思われる剣を捨てての試合。

 相手は拳での戦いの常識を覆す戦いぶりが評判であった、『拳闘士』シュトナ・バックロット。

 ガントレット無しの本調子では無かったとはいえ、ああまで圧倒されるとは会場に居た誰にも想像出来なかった事態だろう。

 最小限の予備動作に俊敏な足取り、正確無比な攻撃に加え、最後に見せたあの凄まじい怪力。

 そのどれもが、バレンシアを満足させる強者の証であった。

 そう、バレンシアはこの学園に自らを打倒するような、大きく成長させてくれるような人物を求めて入学を志したのだ。

 彼が、ヴィル・マクラーレンという青年がその好敵手足りえるのか。


「――あなたは、私の期待に応えてくれるのかしら」


 その後バレンシアの呟く期待に応えるように、ヴィルは続く第四十二試合、第五十三試合共に相手を寄せ付けぬ圧倒的な勝利を収めたのだった。


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