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第191話 帝国という国、その学生 二

また今更ながらアステローゼの一人称はわたくし

ルビを振るのは話の一回目だけにしてます

 

 親善交流会二日目、両国の生徒達は忙しい一日を過ごしていた。

 まずアルケミア学園生徒会長を含めた王国の重鎮と会談、ローゼン・クレーネ貴族女学院側は帝国での日々の暮らしや国の様子などを話し、アルケミア学園側はローゼン・クレーネの印象や前日の食事会での出来事などを話し、二校の親交をアピールした。

 クラスでは帝国との戦争を経験した貴族が、帝国の生徒に対して怒りや憎悪の視線を向けるのではないかという危惧もあったのだが、実際には杞憂だった。

 好奇の視線や警戒する空気こそあったものの、表立って敵意をぶつけるような者は居なかったのだ。

 一部笑顔の硬い者も居たが、それはもしかすると二度と戦争をしたくないという考えから、思う所もありつつ飲み込んだのではないだろうか。

 両国共に多くの兵を、強者を、英雄を失った戦は、厄災の乱入もあって決着の付かないまま和平という終わりを迎えた。

 今回は有耶無耶になったが、もし次があればどちらかの国が属国になるか、あるいは滅びるまで終わらないかもしれない、そんな恐怖が現実的に存在している。

 だからこそ複雑な感情を押し殺してでも、未来の平和の為に出来る事をしたのだ。

 続けて昼食を挟み、帝国から招かれた国賓との会談が同様に行われた。

 こちらも概ね違いは無かったのだが、やはりと言うべきか、唯一帝国人の人となりだけは異なっていた。


「――――」


「――――」


「……なんか、すっごい睨まれてる気がするね……」


 帝国貴族の一人が話す中、ニアが他に聞こえないよう小声でぽつりと零す。

 ニアの言う通り、会談に参加する帝国の国賓の少なくない人数が、Sクラスに向けて敵意をぶつけている。

 敵意、拒絶、猜疑、果ては憎悪まで。

 一部とはいえその露骨な視線に怯え、委縮してしまう生徒も居た。

 しかし流石と言うべきか、敵意を通り越して殺意を浴びせられる事が日常と化していたヴィルにとって、ただ睨まれるだけなど児戯に等しい。

 淡々と自らの役割をこなし、二日目は終了した。

 三日目も気は抜けない。

 この日は朝から王国と帝国それぞれの伝統楽器や楽団が公演を行いそれを鑑賞、続けて両国で親しまれている神代を舞台とした演劇を、それぞれの国の役者が合同で演じ鑑賞。

 昼食は別でとり、夜までは自由時間となったのだが、その自由時間も名ばかりのもので、殆どの生徒が今夜のダンスパーティーの準備に追われていた。


「女子は大変だな。俺達の為に長い時間掛けて髪を結って化粧して、苦しいコルセット締めて。俺もデートの時はそれなりに身なりを整えて努力してるつもりだが、こればっかりは頭が上がらん」


 フェローは不誠実な男ではあるが、その辺りの理解はあるらしく、神妙な顔をして頷いている。

 全く褒められた経験値では無いのだが。


「確かに。僕達の為というのは自意識過剰だと思うけど、大変な思いをして着飾ってくれてるのは確かだよね。だから僕達は掛ける言葉をきちんと選ばなきゃならない。特にザック、ヴァルフォイル。間違ってもクレアやシアにまあまあだとか似合ってないだとか馬子にも衣裳だとか言っちゃ駄目だからね?」


「俺か!?いやまあ言っちまいそうだけどよ……」


「ってかその言い方、ヴィルの方が貶してんだろうがよぉ……」


「二人が言いかねないから言ってるんだよ。折角のパーティーなんだから、皆で楽しみたいじゃないか」


 ザックとヴァルフォイルが揃ってしかめっ面を披露し、それを見たヴィルとフェローがやれやれと肩を竦めた。

 時は夕刻、既に会場はパーティーの準備が完了しており、ちらほらとドレスや礼装に身を包んだ参加者が入場し始めている。

 ヴィル達Sクラスはダンスパーティーの目玉の一団という事で、更にその前から会場入りし準備を始めていた。

 男子組は簡単に髪を整えてもらい着替えるだけなので随分前に終わっていたのだが、女子組はそれらの準備により時間が掛かる上に、化粧まであるので絶賛準備中だ。

 ヴィル、フェローは鍛えられた肉体で見事にタキシードを着こなし、パーティーに出席すれば淑女の人気を一身に集め、大いに注目される事だろう。

 ザックはやや場に不慣れな印象を受けるものの、がっちりとした肩や上背が幸いし、自然にパーティーに溶け込む事請け合い。

 カストールも似合っていると言えば似合っているが、二メートルを超える身長と岩のような筋肉の上にタキシードという、違和感が凄まじい事になっている。

 ルイとジャック、そして貴族の筈のヴァルフォイルは、服に着られているような印象が強く、どうにも似合っていない。

 ともあれそうして一足先に身支度を整えた男子組は、駄弁りながら待機中である。


「全く嘆かわしい……お前ら碌に女子も褒められないとか本当に男か?同じ男として恥ずかしいぜ」


「ふむ。お主の言う同じ男としては、寧ろ節操の無いお主の方が恥ずかしいのだがな。しかし素直に褒めるべきという考えには同意見よ。とはいえ照れてものも言えぬ気持ちは分からないでもないがな!」


「「そんなんじゃねぇ!!」」


 またも揃って否定する二人を、カストールはフハハと笑い飛ばす。

 カストールは誠実な男ではあるが、誰もが認める紳士であり、女性に対する姿勢も健全な範囲で秀でている。

 図体が凄まじく大きく、武官的な印象が先行するカストールだが、Sクラスの中では間違いなく最も貴族らしい貴族の青年だろう。


「ま、その辺はカストールらは俺以上に上手くやるから心配してないけどな……ルイとジャックという不安要素もある」


「ぐっ……!不安要素だと?」


「否定できねー」


 睨みながらも悔し気に呻くルイと冷や汗を垂らしながら口をへの字に曲げるジャック、両者共にコミュニケーション能力に秀でているとはお世辞にも言い難く、特にダンスまで行う今回のパーティーでは相当の苦戦を強いられる事が予想される。

 一応礼儀作法の授業で作法やダンスについては学んでいるが、実践出来るかというのは別問題。

 特にルイの場合知識の学習については問題無い所か優秀そのものなのだが、実際体を動かすとなると苦手らしい。

 ぐぐぐと歪んでいくルイの顔を見て、ヴィルはまあまあと窘めるように手で押さえる。


「向こうだって全員が全員パーティーに慣れてるって訳じゃないだろうし、心配いらないよ。実践に不安があるって言うなら、手本になる人は幾らでも……」


「――ならばその手本、このシュトナ・バックロットが引き受けようじゃないか」


 ヴィルの言葉に割って入ったのは支度が終わったらしいシュトナ、だがその恰好は普段とはあまりにも異なっている。

 ダンスパーティーという事で当然ながら可憐なドレスに身を包んでいる……のではなく、まるで男装でもしているかのような、シンプルなタキシード姿だったのだ。

 否、まるでではない、シュトナの所作は端々まで男性のそれであり、まさしく男装であった。


「…………すげぇな。そこらの男より断然決まってて、美男子そのものだぞ」


「ありがとう、フェロー。私も自分の事ながらかなり様になっていると思っていてね、ひらひらとしたドレスよりもこちらの方が好ましい。ルイも存分に手本にしてくれて構わないとも」


「…………その心意気には、感謝しておく」


 様々な感情を噛み殺した無表情を披露するルイ、それを見たシュトナは満足げだが、果たして本当に手本になっているのかどうか。

 ともあれ女子組の準備も無事終わったらしく、シュトナを筆頭に続々と更衣室から姿を現し始めた。


「いやー!なんかみんなでパーティーって新鮮だね!いつも以上に楽しみだよ~」


「フ。斯様な遊戯に興じるなぞ本意ではないが、我が半身と盟友が演じるのであれば致し方無し。(たま)の休息もまた一興、か……」


 リリアは黄色を基調にした、広がる短いスカートでやや露出の多いドレスに身を包んでいる。

 下手をすればパーティーにそぐわない下品な印象を与えてしまうが、本人の快活な性格や花のような笑顔が相まって、健全な華やかさを醸し出していた。

 クロゥは間違いなく本人の希望だろう黒のスリムなドレス。

 所々に紫の詩集があしらわれているのは髪色に合わせたものか、本人が持つ妖しい雰囲気と合わさって良く似合っている。


「わ~。ヴィルくんのタキシードすっごく似合ってますね!ほらローラさん、見て下さいよ」


「そんなに言われなくても見てるわよ。ったく、どうせ何着たって一緒でしょ。ヴィルなんだし」


 楽しそうに笑うアンナは髪色に合わせた水色のドレスで、フリルの多い装飾が可愛らしく仕上がっている。

 長い髪は後頭部の辺りで一本に纏められ、見る者にいつもとは違った印象を与えていた。

 口を尖らせてそっぽを向くローラはネイビーのドレスで、装飾を含め全体的にやや地味めに纏められている。

 目立つ事を嫌うローラらしい服装だが、彼女を着替えさせたメイドの配慮か、髪飾りにリボンが使われており、アクセントとして役立っていた。


「おーほっほっほ!王国の華、マーガレッタ・フォン・アルドリスクが様相を変えて、スタイリッシュなタキシードに身を包み登場ですわ!さあヴィル!思う存分賞賛なさいな!!」


「はい、マーガレッタ様!まさしく世闇の中で咲いて輝く一輪の黒き薔薇。普段の華やかなドレス姿もまた気品と威厳に満ちておられましたが、今宵のタキシード姿はそれとはまるで異なる輝きを放つ麗人です。女性らしい柔らかさを損なう事無く堂々たる風格が引き立てられ、まるで肖像画から抜け出したかのような気高さと精緻に磨き上げられた仕草が調和し……」


 高笑いを披露するマーガレッタはシュトナと同じくドレスではなくタキシード、スレンダーな体形は男装と相性が良く、しかしその中にも隠し切れない淑女の華が存在している。

 豪奢な髪はやや控えめに纏められつつも、平常通りの縦ロールを薔薇を模した髪飾りで飾り、普段とは異なる装束でも本人の自信は損なわれていない。

 尽きぬ賛辞を述べ続けるフェリシスは深めの青のドレス、だが他と比べるとやや控えめな印象を受ける。

 恐らくマーガレッタを引き立てる為だろうが、髪留めが色こそ異なるもののマーガレッタと同じものを使用しており、彼女のこだわりが垣間見えた。


「ほらクラーラ。いつもと違う髪型が気になるのは分かるけれど、あんまり触っちゃだめよお。折角整えてもらったのに崩れちゃうわあ」


「むう……パーティーなんて、嫌い」


 甲斐甲斐しく世話を焼くレヴィアは、身体の線がはっきりと出るタイトなドレスに身を包み、その恵体を惜しげもなく活かし見せつけている。

 自身の髪色と同じドレスに加え、胸元にはアメジストのネックレスが光り、これぞ貴族令嬢という華美な理想を体現していた。

 クラーラは憂鬱そうな表情を浮かべる顔の下をタキシードで着飾っており、どこか不本意そうな雰囲気をも放っている。

 しかしそんな本人の意志とは裏腹に、同世代ではかなり低い身長の少女が男装しているという事実がどこか背徳的な魅力を醸し出し、それ以上に均等の取れた身体にタキシードが良く似合っていた。


「いやぁ、やっぱナイわぁ、ナイナイ。こんなヒラヒラした服アタシの柄じゃないって」


「そうかな~?めっちゃ似合ってると思うけど。クレアの気にし過ぎだって」


 顔を顰めながらドレスの裾を繰り返し引っ張るクレアは、薄いブラウンを基調とした、非常に可愛らしいドレスを着用していた。

 本人は嫌がるだろうが、普段の飾らない性格とのギャップがクレアの魅力をより引き立てており、どこぞの貴族令嬢と見紛う程である。

 ニアは橙色が眩しい華やかなドレスを見事に着こなしており、本人の性格が相まって愛くるしい印象を見る者に与えていた。

 元来の明るさとシルベスター邸での教育によって、今日のパーティーでは相当数の男性を魅了して帰って来る事だろう。

 皆それぞれ着飾り、見違える程に綺麗になったが、まだ一人姿を見せていない生徒が居る。


「ニア。シアはまだ掛かりそうなのかい?」


「シア?あ~、待ってて、すぐ連れてくる!」


 ヴィルに問い掛けられたニアは、どこか使命感を帯びた笑みで頷くと、器用にもヒールで走りながら更衣室の方へと消えていった。

 それからしばらく、


「……いじょうぶだって。他のみんなもシアもすっごく似合ってるから!自信持って!ほらみんな待ってるよ」


「ちょっと、まだ心の準備が……」


 ニアに背を押され、最後の一人、バレンシアがその姿を現した。

 その瞬間、ヴィルが息を呑んだ。

 誰よりも真っ赤なドレスが似合うであろう彼女は、大半の予想を裏切りタキシードによる男装姿で登場したのだ。

 普段は括っていない長く綺麗な髪を後ろで一本に纏め、前髪も後ろへと流している。

 身に纏う漆黒と真紅のタキシードは、夜の帳と炎を彷彿とさせ、肩から腰、脚にかけてのしなやかなラインが女性としての柔らかさを損なう事無く、毅然たる威厳を帯びていた。

 胸元にはルビーのブローチ、見覚えのあるそれはバレンシアが祖母から遺されたネックレスを流用したもので、ささやかに光を宿している。

 平時の凛とした表情はあまり変わらず、しかし僅かに不安の色が見えて、顔色を窺うような視線がクラスメイトへと、ヴィルへと向けられていて――


「どう、かしら。自分で鏡を見ても変な感じがして、似合ってないと思うのだけれど……」


「いや……いや、そんな事はないよ。凄く、似合ってる。驚いたよ」


 衝撃を受け、目を丸くしていたヴィルだったが、何とか正気に返り感想を口にする。

 飾らない素直な賛辞を受けたバレンシアは若干頬を赤くしつつ、照れたように微笑みながら口を開き……


「おうシア!なんつーか変な感じだが結構似合ってるじゃねーか。普段の服のがオレぁ好きだけどな!」


 割って入ったヴァルフォイルがバレンシアに対し、照れ隠しで褒めているのか定かでは無い発言をし、


「案外様になってんじゃねーか。あれだな、馬子にも衣裳ってやつだな!」


 ザックがクレアに対し、普段のように揶揄う発言をし、見事二人してヴィルの忠告を受けて尚地雷を踏み抜いて見せたではないか。

 これにはフェローもあちゃーと額に手を当て、カストールは腕を組みながら首を横に振って匙を投げ、女子組からは呆れや非難の視線が寄せられた。

 その後、ヴァルフォイルはしばらくバレンシアに口を利いてもらえなくなり、ザックはクレアから腹部に一発良いのを貰い、ヴィルは二人のご機嫌取りに奔走する事になったのだった。


男装、良いよねって

お読み頂き誠にありがとうございます

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感想等ありましたら顔文字絵文字、何でも構いませんので是非是非('ω')

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