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第190話 帝国という国、その学生 一

 

 遂に王国と帝国の親善交流会が幕を開けた。

 両国の代表生徒であるヴィルとアステローゼが手を取り合う姿は多くの王国民、帝国の重鎮がその場で目撃し、遠く離れた地では新聞記事や吟遊詩人によって情報が駆けていく。

 開催地であるドラウゼンはこの機会を逃すまいと集まる商人や、帝国の若者を一目見てみたいという観光客で賑わい、通りの大市場は人の足が絶えない。

 そんな経済的にも国際情勢的にも注目が集まる親善交流会は、順調に進行していた。

 始めにヴェステリアの司会でヴィルとアステローゼが手を取り合い、王国と帝国の国交回復を周辺諸国へと強調。

 続いてヴェステリアから、女王陛下が病状の悪化によって出席出来なかった事への謝罪と、親善交流が為された事への祝辞が述べられた。

 その後王国から大臣や貴族の挨拶と、その他四大大国の国賓が順番に挨拶や祝辞を述べ、最後にドラウゼン周辺を治める領主が挨拶を行う運びに。

 そうそうたる面子が続いた流れからの締めの挨拶という事で、真っ青な顔で額からとめどなく汗を流す、苦労人という言葉が良く似合う壮年の領主は、度々噛みそうになりながらも演説を終え、会場からは温かい拍手が送られていた。

 そうして"見せる"部分は一段落、そこからは実際にアルケミア学園とローゼン・クレーネ貴族女学院の生徒の親睦を深める為の催しが開かれていた。

 それは……


「食事会、か。おいどうするよ?俺まともに帝国語なんて話せねぇぞ」


「だ~い丈夫だって。向こうだって全員が全員王国語喋れる訳じゃないでしょうし。テーブル一つにつき一人通訳が付くらしいし」


「そうは言っても限度があるだろ?言語だけじゃなくて価値観も違うお嬢様となんて、何喋れば良いんだよ……」


 楽観的なクレアとは対照的に、ザックは肩を落として後ろ向きだ。

 時刻はお昼時、親睦を深める為の第一の催しは食事会である。

 互いの国の文化や価値観、相手校の人となりを知り、親善交流の目的を達成しようというのがこの食事会の目的である。

 明日の夜には立食形式のダンスパーティーも控えているのだが、そちらは貴族や国賓も参加する代物である為、どちらかというと外部へ向けたアピールの色が強い。

 そんな食事会だが、内容としては各校三人一班を目安に複数のグループに分かれ、そこから更に王国と帝国から一班ずつ固めて、そのグループ毎に一つのテーブルを囲んで食事をとるという形になっている。

 となればザックが不安視していたように、班の組み方次第で大きく難易度が変わってくるのだが……


「ヴィル~。一緒に組も?」


「良いよ。それなら後一人……シア、どうかな?」


「そうね、じゃあ組みましょうか」


 ヴィル、ニア、バレンシアといういつもの三人が班を組み、全員が最低限かそれ以上に帝国語を操れる最強の班が完成した。


「おい!その班組みは流石にズルいだろ!」


「え~、そうかなぁ~」


「おいこっち見て喋れよ!こちとら簡単な単語しか話せない俺とクレア、帝国語は話せるがそもそも口数の少ないクラーラだぞ!格差がえげつねぇ!」


 慟哭するザックの後ろを見れば、要因の一つである筈のクレアはやれやれとでも言いたげな表情と仕草で立っており、クラーラはわたしに任せて欲しいとでも言いたげな表情でヴィルに向かって頷いている。

 確かにこの光景を見れば、ザックの悲痛な叫びも頷けるというもの。


「確かにそれでコミュニケーションに支障が出ると良くないか。それなら僕がそっちに……」


「――ヴィル・マクラーレン様。班を組まれたのでしたら、良ければ(わたくし)と同じテーブルでお食事、如何かしら?」


 そう提案してきたのはアステローゼ、柔らかく自然な笑顔で手を差し出すその傍らには、同じく笑みを浮かべる帝国の女子生徒が二人。

 三人共帝国貴族なのだろう、愛想笑いと分かっていても手本としたい綺麗な笑みだが、アステローゼのそれは群を抜いている。

 愛想笑いとは思えない程に自然で違和感のない笑み、だがだからこそ警戒心が勝る。


「――――」


 どうするの?と、バレンシアの瞳がヴィルに問うている。

 バレンシアの心情は分かる、如何な親善交流会とは言えつい数年前まで敵対していた帝国の、それも皇女が相手だ。

 極力リスクを減らしたいという考えは、持っていて然るべきものではある。

 しかしされど親善交流会、外部の目が殆ど無いとは言え、王国代表生徒が帝国代表生徒から食事の誘いを受け、それを断ったという事実が万が一にでも噂になれば外聞が悪い。

 それ以上に、確実に帝国の生徒達に悪印象を与えてしまう悪手でもある。

 故に、ここは断る選択肢など存在しない。


「ええ。勿論喜んで」


 そうしてヴィルとアステローゼ、王国と帝国の代表生徒の班が一グループとして成立し、食事会は幕を開けた。


 ―――――


 幾つもの楽器の音色が積み重なり、一つの美しい旋律が紡がれる。

 王国が誇る王国宮廷楽団による演奏が、テーブルが集う空間に朗々と広がり、華やかな空気を作り上げていた。

 各テーブルには適正ありと認められたウェイター達によって、これまた王国各地より集められた選りすぐりの料理人達によって作られた、最高級の料理を運ばれていく。

 テーブルは円卓、王国側と帝国側の三人が向かい合うような形で椅子が配置されており、王国側は真ん中にヴィルで両側にバレンシアとニア、帝国側は真ん中にアステローゼで両側に女子生徒達という配置になっている。

 最初の料理が運び終わり、料理長がこの場を任せて貰えた事への感謝を述べた所で、一斉に食事が始まった。


『食事が揃った所で、お互い自己紹介と参りましょうか。それではまず私から。ヴィル・マクラーレンと申します。先程の開会式では王国代表としてご挨拶をさせて頂きました。どうぞよろしくお願い致します』


「これはご丁寧に。ですがこの場でこれ以上言語面での配慮は不要ですわ。私もこの者達も王国語に関しては十分に学んでいますもの。郷に入っては郷に従えとも申しますし、どうかありのままの言葉で」


「そう言って頂けるのであれば、お言葉に甘えさせて頂く事にします」


 ヴィルとしても自国語と帝国語で比べれば前者に軍配が挙がる為、助かる部分が多い。

 通訳が居るとはいえ、間に翻訳を挟むより余程スムーズなのだから。


「次は私ね。バレンシア・リベロ・フォン・レッドテイルよ。よろしく」


「ニア・クラントです!帝国についていっぱい知りたいです!よろしくお願いします!」


「御三方共ありがとうございます。それでは改めまして。アステローゼ・ヴォール・ローゼンハイム・バルゲストです。バルグ皇族という身分ではありますが、この場では一介の帝国民。どうぞ気楽に接して下さいまし」


「エリオネット・ヴォール・クロスタインです」


「マルセリア・ヴォール・ルナミールと申します」


 一通り全員の自己紹介が終わり、ようやくヴィルとアステローゼ、代表生徒が集うテーブルの食事が始まった。

 料理は前菜の季節もののサラダ、アルト豆のスープ、アサンカ麦のパンと進んで、会話はここまでは料理の感想や自己紹介など、当たり障りの無い話題が散見される。

 会話の流れか、はたまた距離感を掴みかねているのか、理由は様々だが、親睦の深まり度合いも前菜程度といった所。

 この先には魚に肉、主菜達が待っている。


「アステローゼ様。此度はお誘い頂きありがとうございます。私からはお誘いする勇気がありませんでしたので、貴重な機会を頂けた事、非常に有難く思っています。もしかすると、代表生徒だから気を遣って頂いたのでしょうか」


「まあ確かに、そういった配慮が全く無かったと言えば嘘になってしまいますが、ね。私はあなたに純粋な興味があって声を掛けたのですよ?」


「そうなのですか?」


「はい。ヴィル様は開会式でも随分と落ち着かれている様子でしたし、その端正なお顔立ちには私のクラスメイトが何人も見惚れていましたから、私てっきり、さぞ高貴な血を継ぐ貴族の方なのだろうと思っていたのですけれど……孤児院出身の平民、なのですね?」


 アステローゼの表情は変わらず、目を細めつつ自然な笑みを浮かべている。

 しかしその瞳の奥の色が、やや自身の評価を落としたようにヴィルには感じられた。


「実を言えばそうなのです。特段隠していた訳では無いのですが……騙したような形になり申し訳ありません」


「いえいえ、決して責めている訳では無いのです。寧ろ感心しましたわ。平民の身で努力を重ね、貴族のクラスメイトを凌ぎ代表生徒に選ばれるなど、帝国では有り得ない事ですもの」


 言外に、平民に代表生徒の枠を奪われる王国貴族を嘲笑う、そんな意図が見える。

 ヴィルの考え過ぎもあるかもしれないが、どうしても開会式のアステローゼが頭を過るのだ。

 そしてもしヴィルの考えが当たっているのだとしたら、友人達を馬鹿にされてそのままに黙っておける訳がない。


「簡単な道ではありませんでしたよ。私のクラスメイト達は皆、身分に拘らず優秀な生徒ばかりですから。誰が代表に選ばれてもおかしくなかったと思います。無論、運で選ばれたなどと言うつもりはありませんが」


「ええ、ええ、勿論分かっておりますわ。私も皇族にして武人、一目見ただけでも帝国に招きたい程優秀な方ばかりですもの。決して、軽んじている訳ではありませんわ」


 微笑みの仮面、その裏側を探り合うような舌戦が繰り広げられる。

 覚えがある、これはヴェステリアと同じだ。

 見惚れる笑顔の裏に悪意を込めて、言葉の裏に毒を仕込み、相手が気付かないままにじわじわと蝕んでいく。

 美しい薔薇には棘があるとは言うが、そこに毒まで混じるとなれば愛でるには相応に気を配らなければならない。

 ヴィルはそれもまた良しとする性分、というより身近にヴェステリアが居たので慣れてしまったのだが、ともあれ今はそれを楽しむ場面ではない。

 横ではニアが会話について行くのを諦めて魚をつついているし、バレンシアはどこか呆れた空気を出しつつアステローゼにほんのりと敵意を向けているし、アステローゼの両隣にはぽかんと呆けた顔が二つ。

 これではいけないとヴィルは話題を変える。


「と、お話しするのが楽しくてすっかり目的を失念しておりました。ここはどうでしょう?王国の話ばかりというのも何ですし、宜しければ帝国のお話をお聞かせ下さいませんか?国の雰囲気や生活、人となりや習慣など何でも構いません。アステローゼ様達が暮らす帝国の日常を知りたいのです」


「はいはい!あたしも気になります!」


 話題転換を試みるヴィルを察して、ニアが勢い良く手を挙げて主張する。

 こうした空気を読んだ行動を迅速に出来るのがニアの強みであり、ヴィルが何度も助けられている評価点でもある。

 王国二人から求められては無下にも出来ず、アステローゼは鷹揚に頷く。


「王国のお話はどれも新鮮で楽しいものでしたが、一方的な楽しみでは交流会の本懐は果たせませんものね。勿論構いませんわ。あなた達、何でも良いからお話しして差し上げて」


「「畏まりました」」


 それから、会話は親善交流会らしいものへと移っていき、大層盛り上がった。

 話すのは殆どアステローゼの取り巻きばかりで、本人から何か話題を提供する事は無かったが、相槌を打ったり捕捉をしたりと会話には参加していた。

 周りのテーブルも、料理が主菜に移るにつれて盛り上がってきたようで、最後のデザートが出される頃にはどっと湧くような笑い声も聞こえてくる。

 かくして食事会は大成功、アルケミアとローゼン・クレーネはダンスパーティー前に親睦を深める事に成功したのだった。


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