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第189話 親善交流会開幕

今更ですが「」が普通の台詞、王国語で、『』での会話が帝国語って感じになってます

 

 貿易都市ドラウゼン、その巨大闘技場は異様な空気に包まれていた。

 人は、集まれば自ずと空気に熱気を孕むものである。

 実際の気温も然り、雰囲気や圧力といった感覚以外で表現できないものもそうだ。

 そしてこの巨大闘技場には、千や二千では利かない人数が集まってその舞台に注目をしている。

 王国の平民は勿論の事、王国貴族や王族といった普段はお目に掛かれないような貴人から、帝国や聖法国、商業国家から一目見ようとやってきた商人や、各国の貴族など実に様々な人種が一堂に会していた。

 彼ら彼女らは皆、王国と帝国の今後の関係を左右する親善交流戦を動向に注目してこの場に集っている。

 そんな場なのだから、会場の空気は過熱し、盛り上がるのは当然と言える。

 だがその熱気は、会場の外の市場などとは異なり奇妙な緊張感をも伴っていた。

 観客は皆理解しているのだ――何かの間違いで交流戦が破綻すれば、再び戦乱の世が訪れるのだという事を。


 ―――――


 そんな闘技場の中央には、緊張、興奮、不安、様々な感情を見せる一年Sクラスの生徒達の姿があった。

 観客席中から視線を集める彼ら彼女らは、その殆どが緊張の色を覗かせていた。


「なんかめっちゃ注目されてるね!」


「それはそうでしょう。ある意味で市場のお祭り騒ぎのメインイベントを私達が務めるんだもの。好奇であれ品定めであれ誰だって注目するわ」


 会場を見渡したリリアがワクワクした笑みを浮かべ、バレンシアがふうと溜息を吐く。

 リリアとは正反対に人に過度に注目される事を嫌うバレンシアにとって、この環境は歓迎出来るものではなかった。


「うう、なんだか緊張してきました……」


「大丈夫ですよ。基本的に見られるのは帝国の生徒か代表のヴィルさんくらいのものですから。私達はそれらしく落ち着いた振る舞いをしていれば良いのです」


 青い顔で不安を口にするアンナが、フェリシスのやや楽観的な意見に励まされる。

 実際はクレアもアンナと同じように注目されるのが嫌……というよりはマーガレッタを見て欲しいという気持ちが強いだけなのだが、アンナはフェリシスはなんて頼もしいんだとばかりに目を輝かせていた。


「良いかお前ら。今日のパーティーが終わったら手筈通りに頼むぞ。あれだけ馬車の中で話を詰めたんだ、緊張して話し掛けられませんでしたなんて許さないからな」


「フェローよ、お主の頭の中には女の事しかないのか?お主が緊張などする玉でない事は知っているが、こんな所でも平常運転とは……いや、だからこそ見る者も肩の力を抜けると考えるべきか……」


 口元に手を当て、小声で男子に念押しするフェローに、カストールが呆れつつもそのいつも通りが周囲に与える影響について思案する。

 緊張した時は自分以上に緊張している者を見るとかえって冷静になれるという話はあるが、逆にいつも通り過ぎる馬鹿(フェロー)を見ても冷静になれるのではないかと。

 そうして皆が思い思いに緊張をほぐす中、闘技場の中央に一人の少女が姿を現した。

 その人物はSクラスの生徒並びにアルケミア学園の生徒達には見慣れた生徒会長であり、王国民にとっては滅多にお目に掛かれない殿上人でもある。


「生徒会長、交流戦見に来てたんだね」


「立場を考えれば来てない方が問題とすら言えるからね。女王陛下は近頃体調が芳しくないからご出席は難しい。となれば次に第一王子や第一王女に声が掛かるのは当然だよ」


 ひそひそと耳打ちしてきたニアに、ヴィルが同じく耳打ちで返す。

 王とは軽率に玉座を動くべき存在では無く、極めて重要な行事にのみ出席するものである。

 その点で今代の王はかなし出席のハードルが低く、頻繁に国民に姿を見せる事を良しとしており、今回の親善交流戦にも参加する予定であった。

 しかし折り悪く持病が悪化し、出席が困難な状況となった為、その名代として白羽の矢が立ったのが王位継承権第二位の第一王女であり、アルケミア学園の生徒会長としてSクラスとの関わりもあるヴェステリアだったという訳だ。

 王子や王女の役目は主に、「王家の顔」としての公務にある。

 外交における象徴としての出席や、国内での権威を示す存在として振る舞う必要がある。

 特にヴェステリアのような若き王族は、将来的に王位を継ぐ可能性を見据えて、若い内からこうした場に姿を見せ、国民や他国の貴族にその存在を印象付けるのが常であった。

 その点において、今回のような役割は正にうってつけであると言える。


「ご来場の皆様、大変長らくお待たせいたしました。これよりアルケミア王国とバルグ帝国の学生親善交流会、開会式を始めさせて頂きます。司会はアルケミア王国第一王女、ヴェステリア・ゼレス・レオハート・フォン・アルケミアが務めさせて頂きます。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」


 会場中が拍手に包まれる。

 ヴェステリアのカリスマの為せる業か、それまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 静寂の満ちる闘技場に、拡声器で大きくなったヴェステリアの声だけが響く。


「帝国代表の学生に登場して頂く前に、まずは王国代表の学生達をご紹介いたします。王立アルケミア学園より、一年Sクラスの皆様です」


 再びの拍手、しかし先程までの注目が分散していた時とは異なり、会場中全ての視線と熱量がSクラスへと向けられる。

 殆どの生徒は委縮してしまっていたが、一部貴族や耐性のある者は笑顔で手を振り返していた。


「二十名在籍しているSクラスですが、全員の紹介は時間の都合上省略させて頂きます。それでは登場して頂きましょう。バルグ帝国より、ローゼン・クレーネ貴族女学院の生徒達です!皆様、盛大な拍手をお願いいたします」


 万雷の喝采に包まれて、闘技場の反対側の巨大な扉が開き、帝国の生徒達がその姿を現す。

 ――赤と白を基調に、金糸を織り込んで編まれた制服が並ぶ姿は圧巻の一言。

 その一糸乱れぬ隊列の美しさに、観客席からは拍手の合間から自然と感嘆の溜息が漏れた。

 富国強兵を掲げる帝国らしい力強さを感じる入場、その中にもどこか華を感じられるのは、その集団が全員女子生徒で構成されている為だろう。

 整った足並み、気品を漂わせた姿勢、その一人ひとりが帝国の威信を背負っているという事実を、何より雄弁に物語っていた。


「すごい。軍隊の行進みたい」


「見事だね。日頃の訓練の賜物、と言った所か……今から戦うのが楽しみでならないよ」


 クラーラが思わず声を漏らしシュトナも対戦相手の統率力に目を細めて高く評価する。

 確かにそれは、学生の領分を超える光景であり、帝国の精強さを王国に対して誇示しているようにも思えた。

 そうしてSクラスの前に揃ったローゼン・クレーネの生徒達、総勢四十五名。


「……多くね?」


「はぁ~、そりゃアンタ、予備戦力ってヤツじゃないの?ここまでの道中とかで体調不良になったら大変でだろうし。まあ最悪全員相手でもデキるでしょ、アタシ達なら」


「お、おう」


 ザックが戸惑う声を上げ、クレアがわざとらしく溜息を吐きながら答える。

 少々くさい台詞を呟くクレアは、近日中に戦う事になる対戦校を前に、戦いの空気に酔っていた。

 ザックは何も言わない、水を差せば瞬く間に不機嫌になり責められる事を学習しているからだ。

 そうして、王国と帝国、異なる国の異なる学び舎の生徒達が一堂に会する。

 戦意、敵意、警戒、興味、好奇、様々な感情が闘技場の中央で交錯し、場の空気がじわじわと熱を帯びていく。

 そんな状況を断ち斬ったのは、司会を務めるヴェステリアだった。


「それではまず、開会に先立ち、両国代表から一言ずつ挨拶を頂戴いたします」


 ヴェステリアの言葉と共に拡声器を手渡され、アルケミア学園代表であるヴィルが一歩、帝国側へと歩み出る。

 人並み外れた美貌に人好きのする笑みを浮かべ、堂々とした足取りで進み出たヴィルに、観客席からどよめきと黄色い声が上がった。

 それはローゼン・クレーネの生徒達も例外では無く、流石に露骨に声を上げる者は少なかったが、少なくない数の色の混じった視線が向けられる。

 しかしヴィルはそれらを意に介さず、帝国の生徒達と真正面から向き合う。


「バルグ帝国、ローゼン・クレーネ貴族女学院の皆様、初めまして。アルケミア学園代表のヴィル・マクラーレンと申します。まずは王国と帝国、両国にとっての新たな交流の礎となるこの親善交流会で皆様と交流出来る事を光栄に思うと共に、関係者の皆様へ感謝申し上げます」


 向き合うのは帝国の生徒達だが、闘技場に響くのはいつも通りの王国語。

 Sクラスの中で最も流暢に帝国語を話せるからという理由で代表に抜擢されたヴィルだったが、こうした内外に向けた演説の際は、残念ながらそのスキルが活かされる事は無い。

 噛まず詰まらず、すらすらと言葉が吐き出されてヴィルの舌が踊る。

 ヴィルは一拍置き、あえて視線を帝国の生徒たち一人ひとりに巡らせる。

 微笑を湛えながらも、視線の奥に宿るのは見る者を釘付けにするような真剣さだ。

 自分達の住む王国、その未来を背負うヴィルの姿を、観客の多くが静かに見守る。


「互いに国や言語は違えど、学ぶ意志と国の誇りを胸に持つ者同士。今回の交流では国の威信の誇示ではなく、互いへの理解と敬意を育む交流の場としたく存じます。この親善交流会が、両国にとって、ひいては世界にとって大きな一歩となる事を真に願います」


 そう締め括り、惚れ惚れするような所作でお辞儀をした所で、会場から拍手の雨が降り注ぐ。

 小さなミス一つ無い大成功を収めたヴィルを見て、クラスメイトからは安堵の溜息が漏れる。

 演説を終えたヴィルが拡声器をヴェステリアへと返し、続けて帝国側の代表生徒へと手渡された。

 そうしてヴィルと同じように一歩を踏み出したのは、明らかに他の生徒とは一線を画す空気を纏う少女だった。


「――王国の皆々様、御機嫌よう。(わたくし)はローゼン・クレーネ貴族女学院代表、バルグ帝国帝位継承権第二十三位、アステローゼ・ヴォール・ローゼンハイム・バルゲストと申します。短い間ではありますが、こうして王国の地に足を着け、ましてやそれを歓迎して頂ける事、心より感謝申し上げますわ」


 アルケミア王族が名にアルケミアという単語を持つのと同様、バルグ帝国でバルゲストの家名を名乗る事が出来るのは唯一、バルグ皇族のみである。

 アステローゼ・ヴォール・ローゼンハイム・バルゲストと名乗った少女も例に漏れず、多子で知られるバルグ皇族の一員だ。

 背の中程まで伸ばされた暗い紺の髪、切れ長で見る者に鋭い印象を与える目、端正に整った顔立ちと相まって、彼女の放つ気配は、演説の言葉とは裏腹に剥き出しの刀身かのような冷たい威厳を感じさせた。

 ヴェステリアとアステローゼ、民に好かれるアルケミア王族と民に畏れられるバルグ皇族、同じ国を率いる者であっても、その在り方はあまりにも異なるものだった。


「王国の方々がこの場を重視して下さっているのと同様、我々帝国としてもこの親善交流会は歴史の節目であると捉えています。異なる歴史、文化、価値観を持つ帝国と王国は、長きにわたり争いあってきました。しかしこうして未来を担う若き学び舎の生徒同士が対面し、競い合い、理解を深め合う。それこそが新たな友誼の礎となると、私は信じております。どうかこの良き日に、長き平和が実現される事を祈りますわ」


 そう締め括り、優雅にお辞儀をするアステローゼに、会場から拍手が送られる。

 しかしその数や音量はヴィルの時と比べて明らかに少なく感じられる。

 それも当然だろう、何せ十歳より上の世代は、帝国との戦争を知っている上に、実際に経験した者も多いのだ。

 いくら平和条約が締結されたとはいえ、心情的に素直に受け入れられるものではない。

 だがアステローゼに気にした様子は無く、すまし顔でヴェステリアへ拡声器を返却していた。


「それでは王国と帝国、両国の代表生徒の握手をもちまして、親善交流会の正式な開会を宣言させて頂きます。お二人は私の前へとお進みください」


 観客とお互いの生徒達に見守られる中、ヴィルとアステローゼが闘技場の中央、ヴェステリアの側へと近付いて行き、手が届く距離まで来た。


「――――」


「――――」


 測るような、探るような、品定めの視線が交錯する。

 二人共、真っ先に視線を向けてもおかしくない外見には目もくれず、ただ互いの瞳の色を見ていた。

 何を考えるのか、何を見るのか、瞳の奥の奥の思考を覗き込む――


「それではお二方、握手を」


 そんな静かなやり合いは、笑顔のヴェステリアの催促で打ち切られた。

 催促を受け、ヴィルから手を差し出し、そこにアステローゼの白く綺麗な手が合わせられる。


「今ここに、アルケミア王国とバルグ帝国の親善交流会、開会を宣言いたします!」


 闘技場が何度目かの拍手に包まれ、親善交流会の幕が遂に上がる。

 帝国の生徒の手を取り、歴史が動く一幕を担う事になったヴィルは一人安堵していた。

 勇者としてではない、シルベスター次期当主としてでもない、ただ帝国語が堪能というだけで選ばれたに過ぎない一人の王国民としての一歩。

 長く争い続けてきた、犬猿の仲とも言える王国と帝国の関係改善へと繋がる一歩を、ただのヴィルとして踏み出せる事が、何より嬉しいのだ。

 ヴィルがそんな感慨深さを覚えていると、手を握ったままのアステローゼがふと口を開いて……


『随分と思わせぶりなお顔と眼をなさりますのね、王国の貴公子様?言葉巧みに笑顔を振り撒く仮面の裏には、重く暗澹とした感情が潜んでいる。この私が見通せない程の闇、帝国の血に塗れた宮廷でもそうそうお目に掛かれない代物ですわ。その必死に覆い隠す醜悪、実に私好みですわよ』


 いきなりにそんな事を言うもので、ヴィルは思わず両眉を上げて驚きを露わにしてしまう。

 複雑かつ難解で、ヴィルにしか聞こえない声量で。

 これで少しでも表情に悪意が見えれば素直に対応出来たのだが、ニコニコと対外的な笑顔から繰り出される帝国語に、対処を迷ってしまったのだ。

 アステローゼはそれを帝国語が理解出来ず呆気に取られたと判断したのか、どこか勝ち誇ったような表情をしているようにも思える。

 こうして揶揄われたままでは癪なので、ヴィルはすぐに笑みを戻して意趣返しをする事にした。


『お気に召して頂けたようで何よりです。アステローゼ様のその虚飾に覆われた仮面も素敵ですが、私としては中身の方に興味がありますね。動物でも派手に飾られた外見をもつもの程、その内側は純粋で臆病だったりするものです。貴女様の中身が果たしてどのような色をしているのか……楽しみにしています』


 流暢な帝国語で返され、アステローゼの目が点になる。

 暫くぱちくりと瞬きを繰り返した後、すっと目が細められて口元は深く笑みを刻む。

 それは先程までの外交的な笑みとは異なり、獲物を前にした獣のような獰猛さに満ちていた。

 ――親善交流戦まで、残り三日。


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