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第187話 貿易都市ドラウゼン道中 二

 

 Sクラス男子が雄叫びを上げていた一方その頃、女子生徒を乗せた馬車でも会話が繰り広げられていた。

 もっとも、その内容は男子がしていたような人目を憚るようなものではなく、ごくごく一般的な雑談ではあったのだが。


「ドラウゼンかぁ、楽しみだなぁ。見た事も無いような他国のおしゃれな服とかアクセサリーとか、家具とかがあるんだって!港町だし魚料理とかもあるのかな?早く着かないかなぁ」


「楽しそうね、ニア」


「そりゃそうだよ!みんなで行く久しぶりの観光だよ!?霊峰は登山だったし、夏季休暇は結局予定が合わなくってみんなでは遊べなかったし、新人戦は忙しくってそういう感じじゃなかったし。今回は結構時間がありそうだからずっと楽しみにしてたんだから。シアは楽しみじゃないの?」


「勿論私も楽しみにしているわ。と言っても、私の場合観光が、というよりも帝国との交流戦が楽しみなのだけれど。私の力がどこまで通用するのか、確かめられる良い機会だもの」


「うーん……シアも結構戦闘狂だよね」


 薄く唇を笑ませるバレンシアを見て、ニアが呆れの混じった苦笑を零す。

 ニアの反応は至って普通だったが、この場では少々分が悪いと言わざるを得ない。


「ん。やっとヴィルと一緒に戦える。楽しみ」


「帝国とか王国とかどうでもいいけど、ここらで一回ストレス発散しとかないとね」


「霊峰登山中は一切魔術を使えず、団体戦の練習は肩慣らし程度で消化不良。あともう幾日もすれば思う存分魔術を振るえると考えると滾りますわね。ヴィルにもバレンシアにも、絶対に負けませんわよ!」


「新人戦では力及ばず出場三枠を逃してしまったからね。その分の不満をこの拳に乗せて暴れられるのが実に待ち遠しい」


「……嗚呼、血が滾る。魔眼が疼く。此の忌むべき魂が贄を欲す。静めよう……宥めよう……」


 クラーラがニマニマと笑窪を作り、クレアがポキポキと指の骨を鳴らし、マーガレッタが闘争心を剥き出しに高らかと笑い、シュトナが悔しさを滲ませつつ力強く不敵な笑みを浮かべ、クロゥが馬車の天井を見上げて意味の定かで無い台詞を並べる。

 バレンシアを含めた五人に共通しているのはニアのような観光への思いではなく、貴族としての帝国との和平ではなく、まだ見ぬ強敵との闘争であった。


「うう……なんかあたし場違いだよぉ……」


「わかる。うちはニャーの気持ちわかるよ」


 項垂れるニアの肩に手を置き、リリアが深く頷きながら同意を口にする。

 ニアのはす向かいでは、アンナがぶんぶんと首を縦に振って激しく共感の意を示していた。


「そうだよね。あたしたちおかしくないよね。みんながおかしいんだよね、うん!」


「そうおかしいおかしいと言われると少し複雑ね」


 精神を持ち直したニアに、バレンシアが心外だとばかりに嘆息する。

 そんなドラウゼンの話は流れ、お次はとある噂話へと移っていった。


「そういえば知ってるかしらあ?王都の方で仮面を着けた騎士が話題になっているんですって。物凄く強いらしくって、なんでも剣を投げてくるとか。噂ではその人が『英雄の子』なんじゃないかって言われているらしいわ」


 レヴィアが何の気無しに出した話題に、ニアの肩がびくりという擬音が似合う程に上がった。

 周囲はその妙な反応に首を傾げたが、すぐにレヴィアの噂話に興味を戻す。


「『英雄の子』?本当なの?」


「そっちはあくまでも噂よ。けどこのタイミングで出てくるなんてそうとしか思えないわよねえ。ここ最近話題になる事も多かったし、ワタシは噂なんて言ったけど、皆殆ど確定情報みたいに話してたわねえ」


「所詮は噂だし何とでも言えるでしょうけれど……そう……」


 バレンシアが頤に手を当てて考え込む。

『英雄の子』――シルベスター家には理由は定かでは無いが公表されていない嫡子が居り、いずれ両親をも超える英雄になってくれる、という噂話の事だ。

 そのあやふやな真偽から一度は忘れられ掛けた噂話だが、学園に銀髪で規格外の生徒(ヴィル)が現れた事により再燃していた。

 そんな所に仮面で顔を隠した騎士が現れたとなれば、噂と結び付けて考えるのは当然の流れと言える。

 だがバレンシアには一つ、気になる点があった。


「その仮面の騎士とやらが現れたのってここ最近の話よね?具体的にはいつ頃なの?」


「確か一か月前くらいだったから……ワタシ達が霊峰登山をしていた頃かしら」


「そう、よね……」


 歯切れ悪く返答し、考え込むバレンシア。

 それを見たレヴィアはお見通しとばかりに、ニヤリと口角を上げて、


「ヴィルじゃないかって疑ってるなら残念だけど違うわよ」


「……レヴィアあなた、分かっていてそんな話し方をしたわね」


「ウフフ」


「本当、性格の悪い」


 悔し気に顔を顰めて抗議するバレンシアに、レヴィアが口元を隠すように手を当ててくすくすと笑う。

 バレンシアが期待していたのはレヴィアが指摘した通り、仮面の騎士、即ち『英雄の子』と目される人物がヴィルであるという間接的な証拠だった。

 いや、証拠とまではいかないまでも、せめてヴィルである事を否定しないものであってほしかったのだが、残念ながらその期待は見事に打ち砕かれた。

 とは言え所詮は噂、伝わっている過程で時系列がおかしくなっている可能性も十分あるし、そもその騎士が『英雄の子』であるという証拠も無い。

 我ながら何とも女々しい思考だが、どうにもヴィル=『英雄の子』という説から離れられないのだ。

 バレンシア難しい顔をして思案していると、話に興味を持ったリリアが混ざりに来た。


「なになに?どったん?」


「例の仮面の騎士の話よ」


「あーね!最近何かと話題だよねー。みーんなその話ばっかしてるんだもん。ね、ニャー」


「え!?あ、そうだね!」


「え、ニャーってばなんでそんなオーバーな反応?」


 困惑するリリアにツッコまれるニアは焦っていた。

 ただ仮面の騎士や『英雄の子』に関しての話をする分には、ニアに焦る要素など無い。

 多少ヴィルと繋げて考える者も居るだろうが、今回の仮面の騎士はヴィルが王都付近から離れた期間に、ヴィル≠仮面の騎士の布石を打つ為に表舞台に顔を出した偽物である。

 これで疑惑の殆どは逸らせるだろうが、ことバレンシアの前となると話は別だ。

 バレンシアは特にヴィルと『英雄の子』を強く結び付けて考えている人物であり、噂程度では考えは揺るがないだろう。

 そうした疑いの目が向けば、ヴィルの活動にも支障が出る、それは避けたい。

 どうにか話題を変えようと思い悩んでいると、ふと丁度良い話題があった事を思い出す。


「あ、そうだ!仮面と言えばほら、最近黒い仮面の義賊も話題だよね!」


「黒い仮面の義賊?」


 こういった方面の話に疎いバレンシアが首を傾げる。


「あー、なんだっけそれ。この前聞いた気がするんだけど……」


「ふむ。巷では仮面が流行っているのかな?二つの噂が一度に出てくるとは、是非聞かせてもらいたいね」


 ふわっとした記憶を反芻するクレアと話に興味を持ったシュトナを皮切りに、他の面々もニアの話に耳を傾けている。

 これ幸いと、ニアは記憶を掘り起こしつつ皆に聞こえるように話し始めた。


「黒い仮面の義賊ってのはね、ここ最近王国のあちこちで活動してる義賊集団のことなの。何もない闇の中から現れて、統率の取れた連携で後ろ暗いお金とか財産とかをあっという間に盗んでいっちゃうんだって。正体不明、神出鬼没、今一番話題の義賊なんだよ」


「あ、それわたしも聞いたことあります。協会とか孤児院に寄付してあげてるなんて、すごいですよね」


 滔々と黒い仮面の義賊についての話をするニア。

 それにアンナが手を合わせて義賊を賞賛し、それを見たがクレアが苦笑する。


「アンナだって貴族でしょうに……ま、アンタの家は義賊とか無縁の善政っぽいしそういう反応でもおかしくないか」


「クレア。別に貴族全員が義賊を忌み嫌ってる訳じゃあないのよ?中には自分達は義賊だからって関係の無い貴族や商人を狙うのも居るけど、今回は証拠を揃えて犯行に及んでいたわあ。そういうのを嫌うのはそれこそ義賊に狙われるような事をしている人達ねえ。まあ義賊だってれっきとした犯罪行為なのだし、やり方はどうかと思うけど」


 レヴィアは困ったように嘆息しつつ、噂の義賊についてそう評価する。

 王国の膿が少しでも排出されるのであればそれに越した事は無いが、それで何の問題も起こらないのでは法律の意味が無い。

 証拠を然るべき所へ提供でもすれば良いのにと思う反面、正当な手続きを踏んでいれば相応に時間も掛かるだろうとも思う。


「黒い金がイイことに使われるんだし、アタシはやり方なんてなんでもいいと思うケドね。そういう義賊って大抵すぐに捕まったりするもんだけど、今回のは珍しく逃げれてるわよね。そんだけ強いってことなのかしらね」


「確かにクレアの言う通り、義賊の入れ替わりが激しいのはそうかもしれないわね。間違った努力だけれど悪徳貴族だって馬鹿ではないのだし対策だってするし、国だって貴族が被害を訴えれば動かざるを得ない。そうなればどれだけ腕の立つ賊でもいつかは尻尾を掴まれるわ。捕まった分だけまた出てくるのでしょうけど」


 バレンシアは将来『裁定四紅』の一家を預かる者として、一人の貴族として貴族の腐敗を嫌っていた。

 貴族とは選ばれた血の持ち主ではあるが、その血に見合う努力と誇り、自覚を持たなければならないものだと考えている。

 それが出来ないのであれば貴族は務まらないし、権力を笠に着て私利私欲を満たす者はどのような手段であれ罰されるべきだとも。

 その点でバレンシアは義賊容認派とも言えるのだが、マーガレッタは口をひん曲げて嘆息する。


「義賊なんてそうそう話題に挙がっても困りますわ」


「義賊が民衆の支持を受け台頭するという事は即ち、腐敗した貴族が増えているという事にほかなりませんからね。同じ貴族として爵位の格を落とす許し難い行為です。しかしマーガレッタ様に後ろめたい事など何一つとしてありませんとも。大丈夫、自信を持って下さい」


「ちょっとフェリシス!?その言い方だとまるでわたくしに後ろめたい事があるみたいじゃありませんの!別にわたくしは悪事なんて……本当にやっていませんわよ!?」


 馬車中からの視線を受けて、慌てたマーガレッタが両手をぶんぶん振って否定する。

 無論クラスメイト達もマーガレッタを本気で疑っている訳では無い。

 マーガレッタは性格こそやや()()だが、それは本人の矜持や責任感の裏返しでもある。

 裏金や賄賂を用いるくらいなら、自分の足で真正面から交渉に臨む、それがマーガレッタという貴族のイメージだ。

 両親や家の事については不明だが、マーガレッタ自体は新人戦以降の変わりようでクラス内外からそんな高評価を受けていた。


「けど心配ですね。交流戦で義賊の方達が騒ぎを起こして中止なんてことになったら……」


「大丈夫だよアンナ。黒い仮面の義賊は貴族の邸宅が多い王都近郊で活動してるらしいし、こんな端っこまで来ないよ」


 愁いを帯びた表情をするアンナに、ニアが心配は無用だと安心させるように声を掛ける。

 黒い仮面の義賊が狙うのは貴族や商人の不正な財産であり、本人を狙って何かをした事は今までに一度も無いのだ。

 そんな義賊がはるばるドラウゼンまでやって来るとは思えず、寧ろ不在を狙って王都近郊で暗躍する可能性が高い。

 ニアはそうした考えで高を括っていた。

 ともあれそんな調子で黒い仮面の義賊についての話題は終わり、ドラウゼンに到着するまで二転三転する話題で馬車の時間は賑やかに流れていったのだった。


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