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第186話 貿易都市ドラウゼン道中 一

 

 一年Sクラスが授業を再開してから一週間、一行は学園から貿易都市ドラウゼンに向けて、馬車に揺られて向かっていた。

 学園都市ベールドミナからドラウゼンまでは馬車で二日と、そう遠くない道のりだ。

 霊峰までの道程とは異なり、海上貿易を盛んに行っているドラウゼンまでの道路はしっかりと舗装されており、その快適性と安全性は保障されている。

 もっとも、それを抜きにしても学園の馬車は快適な旅路を提供出来るよう作られているのだが。

 そんな馬車の一つで、向かい合わせで座る生徒達の間では貿易都市についての話題が話されていた。


「明日にはもうドラウゼンか。霊峰までの道と比べりゃあっという間だったな」


「そりゃ距離と高度が違うからね。霊峰までの道のりは登って下ってを繰り返してたし、悪路だったからね、その分時間も掛かるよ」


「結構酷いもんだったよな。ケツが痛くてどうしようもなかったぜ」


「ザック、分かるぜその気持ち。女子が座り直す回数が増えて目のやり場に困ったよな」


「これっぽっちも分かってないだろお前」


 うんうんと分かった風に頷くフェローに、ザックが冷静なツッコミを入れる。

 普段なら女子生徒の目を気にしてこの手の発言を控えているフェローが、人目を憚らず下ネタを話している理由は単純明快、馬車内に女子が居ないからである。

 今回の馬車の編成では、教師陣が一台、Sクラスの生徒は二台に分かれて乗る事になっていたのだが、その別れ方を決める際にフェローが、


「おーい、折角だし今回は男子で集まって話そうぜ!」


 と言うので、特に断る理由の無い全員がフェローに従った結果、男子だけがまとまって一台の馬車に乗る事になったのだった。

 とはいえ異性についての話を苦手としている生徒も当然ながら居る訳で、その代表たるルイはフェローの発言に顔を顰めていた。


「相変わらず下世話な会話だな。そういうのは他所でやってくれ」


「何だよ。ルイだって男なんだから下世話な話の一つや二つするだろ?」


「しない」


「んだよつれねえなぁ。じゃあ何でこっちの馬車に来たんだよ」


「消去法だ!フェローのせいで他の馬車は女子だけになったからな、一人だと気まずいんだよ」


 嫌そうな顔をして窓の外に視線を投げるルイにフェローが苦笑した。

 当初は気難しく一人で居るのが好きな生徒という評価だったルイも、今は本人の心変わりと努力があって、不器用さやはっきりとした物言いもすっかり受け入れられている。


「そりゃ悪かったな。しゃーない、なら別の話――男子だけを集めた理由について話すとするか」


 やや声を低く落とし、真剣な表情で呟くフェロー。

 その代わり様に他の男子のみならず、視線を外に向けていたルイも渋々といった様子ではあるがフェローに目を向ける。

 そうして馬車中の視線を集めたフェローは、表情を崩さず、クラスメイトの男子を集めた本題を切り出した。


「――今回対戦する帝国の学院が、女学院だというのは周知の事実だと思う」


「落ちが読めた。僕は休ませてもらうからな」


 フェローの神妙な第一声でルイが匙を投げ、他の面子もまたかと呆れた表情になり、場から緊張の空気が抜けていく。

 ただ一人、フェローだけはその現状に憤りを隠せずにいた。


「何だよお前ら!こんな若い内から枯れてんのかよ!もっと欲望に正直になろうぜ!なあジャック!?」


「え?あ、ああ……」


「フェローよ、この流れで押しに弱いジャックに振るのは少々卑怯ではないか。せめて己の弁論で賛同者を得るべきであろう!」


 そうフェローを窘めたのは、一目瞭然、一年Sクラスの中でも随一の恵まれた体格を誇るカストール・フォン・ガルドールだ。

 入学後遂に二メートルを超えた上背に、一般的な女子生徒二人分はあろうという肩幅という、類稀なる恵まれた体格。

 加えて本人の趣味と実益を兼ねたトレーニングによって鍛え上げられた分厚い筋肉の鎧は、広く快適な筈の高級馬車であって尚、肩と首を丸めて座らなければ乗れない程の巨体になっている。

 そんな巨体と巌のように厳つい顔から誤解されそうな彼だが、いざ付き合ってみれば豪快で優しく、何よりフェローとは違う意味で紳士だ。

 しかし窘められたフェローは意に介さない。


「カストールめ……全く、最近の若者は控えめでなってないのなんの」


 やれやれと肩を竦めてクラスメイトを非難するフェローは、「あのな」と一言置いて、


「いいか?俺達は学生で、学園都市で生活してる。辺りを見回せば可愛い女子ばっかりだ、眼福だよな。けど、だ。相手は同じ学生、そう簡単に手を出せないのはここ半年の生活で皆も分かった頃だろうと思う」


 それはフェローだけだ、フェローならいとも容易く手を出すだろう、というツッコミは、彼のツッコミ待ち姿勢が露骨過ぎた為に全員にスルーされた。


「学園都市と言うだけあって、ベールドミナの店はその殆どが学生向けの商品とサービスを取り扱ってる。そのせいで、大人の店は他の街と比べても格段に少ない。皆無と言っても良い」


 話している内容としては、女子が聞けば呆れた視線をもらうどころかクレア辺りから罵倒を頂戴しそうな低俗な内容だ。

 しかしこの場に居合わせているのは男子のみで教師も不在、そして何より異常に真剣な眼差しで語るフェローの妙な威圧感が、誰にも介在を許さない。

 半ば強引にその場の全員が巻き込まれた形だが、唯一貴族として付き合いの長いカストールが、致し方無しと相槌を打つ。


「ふむ。では何か?ドラウゼンでは女子の眼を盗んで、歓楽街にでも赴こうと、そういう心積もりという訳であるか?」


「ちっちっちっ。甘い甘い。女の質なら王都か商業国家に行った方が高い。ドラウゼンは貿易と漁業が主だからな、そこら辺は質より量なんだよ」


「相も変わらず偏った知識よ。それで?お主の用が女でなければ一体何だというのか」


「女は女で間違っちゃいねぇよ。俺の目当ては帝国の女……ローゼン・クレーネ貴族女学院の女子生徒だ!」


「「「「…………っ!」」」」


 会心の笑みから繰り出されるその言葉に、馬車の空気が驚愕に染まった。

 この男、見境が無さ過ぎる、と。

 そんな空気を感じ取ったのか、フェローがひとりでに弁明を始めた。


「考えてもみろ。帝国とは和平が結ばれたとはいえ交流はほぼ皆無。行き来するのは挑戦的な商人と冒険者くらいでその他の出入国者はまあ少ない。特に俺みたいな貴族は帝国行きなんざ認められないだろうしな。だが今回は向こうから出向てくれるばかりか公式訪問。つまり千載一遇の好機なのさ!」


 ぐっと拳を握り込み、演説を始めたフェローは誰にも止められない。

 その情熱と勢いのままに、何処までも付き進んでいく。


「聞けばパーティー、食事会、自由時間とかなり話せる時間はありそうだからな。その間に出来るだけ話し掛けて距離を詰めて、帝国女子とお近づきになる!国家を超えた愛なんて燃えるだろ!なあお前ら!」


「下心が透けて見えてる所か建前すら見当たらないとは、流石フェローだね」


「おっとヴィル、褒めてないなー?それくらいは俺にも分かるんだぜ?まあ、最悪一夜の仲とはいかないまでも酒を呑んで楽しめりゃ良いさ」


「最悪とはいっそ清々しいね」


 肩を竦めて呆れ声を出すヴィルは、「それで?」と続ける。


「ただ自分のやりたい事を宣言したいが為に僕達を一つの馬車に集めた訳じゃないんだろう?何か協力して欲しい事があるんだよね?」


「流石ヴィル、察しが良いな。男子諸君を呼んだのは他でもない。――協力要請だ、力を貸してくれ」


 やたら真剣な表情で頼み込むフェローの協力要請、その中身はこうだった。

 まず、王国と帝国の生徒同士で食事会とは別に食事を共にする機会を設ける。

 食事会のように堅苦しくなく、飲み会のような場が理想だと言う。

 貿易と漁業によって財政を成り立たせているドラウゼンには、他国から輸入された珍品や新鮮な魚介類を扱う良い店が多く、その中には貴族が気を抜いて酒と料理を楽しめるような、やや格式の下がる飲食店もある。

 そうした店を選ぶ事で王国の食文化を体験してもらいつつ、帝国の女子生徒との自然な交流を図ろうとしていた。

 だがフェロー一人では説得力に欠け、人が集まらない可能性も十分ある。

 そこで王国の交流代表であるヴィルが帝国の交流代表に話を通し、Sクラスの男子が集結する事で違和感を極力消す。

 無論男子だけでは怪しまれる為、こうして話を通した上で女子達にも提案して当日に臨む。

 そういう計画だった。


「向こうのお嬢様方だって堅苦しい場ばかりじゃ肩が凝る。そしてそういうお嬢様程市井の暮らしってのに憧れてるもんだ。それが他国のなら尚更な」


「そういうものなんだね。まあ僕としては帝国の話に興味があるから、多少目を瞑るくらいは構わないけど……他の人はどうだろう」


「確かにお前らがビビる気持ちは分かる。こんな計画が女子にバレたら当分は白い目で見られるだろうからな。けどま、俺の下心抜きにしても今回は男全員で協力したいって俺は思ってるんだぜ?」


 それまではいやらしい顔で悪巧みをしていたフェローだったが、ここにきて唐突にいやに透き通った表情を見せる。


「俺達の代ってA以下は男女比がとんとんだが、うちは女子の比率が高いから肩身が狭いだろ?クラス階級の制度でカリキュラムは違うし、下位クラスとも距離があるから実質仲良く出来る男はクラスメイトだけだ。そんな貴重な存在だからこそ仲良くやりたいじゃねぇか。俺は女子と一緒に飲む酒も好きだが、男連中と酌み交わす酒もまた違う醍醐味があると思ってる。最悪の最悪男子飲み会も無しじゃないしな。お前らはどうだ?」


 そう締め括ったフェローの言葉に、しばしの沈黙が落ちる。

 遅れて声を上げたのは、口の端を上げて笑うザックだった。


「いいじゃねぇか。ここの皆で一緒に何か出来るって言うなら馬鹿やったってな。最近はバタバタして碌に遊べてなかったし、俺は協力するぜ」


「オレぁヴィルと勝負できりゃ何でもいいぜ。次こそ(酔い)潰す」


 以前ヴィルとの飲み比べに敗北したヴァルフォイルが闘志を歯を剥き出しに咆える。

 この二人を皮切りに、


「フェローを自由にする訳にもいかんからな、致し方あるまい。我輩も参加させてもらおう!ヴィルとヴァルフォイルが演じたという飲み比べも気になるしな!」


 カストールが腕を組んで高笑いし、


「なあ、それって俺も行かないと駄目か?駄目かぁ……」


 ジャックが半ば無理やりに流れに呑まれ、


「残ったのは僕一人か……仕方無い。これまでの不義理もある。クラスとしての親睦を深める目的だと言うなら今回は付き合わせてもらう」


 ルイが溜息交じりに降参し、これで一年Sクラス男子、全員の参加が確定した。

 男同士で親睦を深めるだけならこんなに手の込んだ作戦を立てる必要は無いのではないか、そんな野暮は誰一人として発さない。

 明確な言葉にはしないが、敢えて言うのであれば男は単純なのだ。

 その日、とある移動中の馬車の一台にて、雄叫びにも似た声が響いたという。


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