第185話 帝国への備え 二
ヴィルが交流戦の代表に選出された翌日、一年Sクラスは帝国戦を見据えたチーム戦についての実技授業を行っていた。
Sクラスとは学年の中で特に秀でた才能の集まりであり、補助的な役割を担う者以外は、個人戦において圧倒的な強さを誇る。
それぞれが一芸二芸を有する強者達だが、そんな彼ら彼女らにも苦手な分野というものはあり、またそれだけでは足りない場面も存在する。
「チーム戦、まだまだ課題は多いね」
ヴィルはクラスメイト達が悪戦苦闘する姿を見つつ、自身も参加しながら思案する。
チーム戦は個人戦とは違う――耳にタコができる程聞いた言葉ではあるが、その言葉を分解すれば主に三つの要素から成り立っている。
一つ目は技の選択。
「チョット!むやみやたらに雷ばら撒くのやめてくれる!?当たりそうで怖いんだケド!?」
「クレアこそちょこまかと動くのはやめて下さいまし!狙いが狂いますわ!って、そもそも『避雷身』を付与してるのですから当たりませんわよ!!」
味方の筈のマーガレッタの雷撃がすぐ傍を掠め、クレアが怒号を上げる。
チーム戦なのだから当然ではあるが、戦場には敵だけではなく味方も存在する。
例えばマーガレッタは、自身の魔術特性を生かした無差別な落雷爆撃を得意としているが、味方の居る戦場では使い方を考えなければならない。
例えばクレアは、槍を用いた高速の一対一の戦闘を得意としているが、チーム戦ではその得意を生かす工夫が必要となる。
前者は単独で集団を相手に突撃する、後者は周囲のサポートで一対一の状況を用意するなどの工夫だ。
二つ目は組み合わせの選択。
「役回り的にワタシはアンナと一緒の方が良いかしらねえ?まともに治癒を使えるのはここだとアンナとニアだけだもの。生命線を守るに越した事はないと思うんだけど……どうかしら?」
「良いんじゃないかしら。こと守りにおいてレヴィアの右に出る人は居ないでしょうし、そこと誰か前衛を二人くらい付けていきましょう。他はヴィルとヴァルフォイルあたりを単独で突っ込ませれば上手くいきそうな気がするわ」
レヴィアとバレンシアが班分けについて話し合い、組み合わせを考案していく。
チーム戦では味方との協力が必要不可欠だが、リスクを考えれば全員でひと纏まりに動く訳にもいかず、これまた当然相性というものがある。
魔術や属性、役割や性格など、様々な要素を加味した上で細かく班を分け、時には単独行動を取る事も考えられるだろう。
事前に組める作戦の中でも最も重要な点であると言える。
最後、三つめは連携の強化だ。
「合わせて!ルイルイ!」
「あ、ああ……!」
「う~ん、やっぱ合わないなぁ。ルイルイもうちょいパッと重ねられない?うちももっと合わせにいくからさ!」
「そうだな……これは提案なんだが、三からカウントを始めてはどうだろう?別に発動速度を求められてる訳じゃないんだ。もっと落ち着いて集中する事が狙撃の成功率を高めると思う」
「けどパッと撃ってパッと次行きたくない?そしたらみんなも楽になると思うんだけど、どうどう?」
「……そういう事なら僕も努力しよう。但しやるなら妥協は無しだ。完璧に合わせられるようになるまでやるぞ」
「おっけ!任せて!!」
リリアとルイが繰り返し繰り返し、魔術の合わせ技の練習を行っている。
連携とは単なる同時行動や位置取りの一致では無く、戦術的な意図を共有した上での信頼から成り立つ阿吽の呼吸だ。
相性の良い班分けを行った以上、ただそれだけで終わらせるのはあまりに惜しい。
合わせ技や連携を考案し、練習し、実戦レベルにまで引き上げる、その積み重ねが勝利を確かなものとするのだ。
「ヴィル。ちょっと来てもらってもいいかしら」
「勿論。何かな?」
クラスメイト達の様子を俯瞰していたヴィルが、バレンシアから呼び出しを受ける。
バレンシアがレヴィアと班分けを考えていたそこにフェローも合流しており、班分けに呼ばれたのだろうとヴィルは推察した。
その読みは当たり、四人による作戦会議が始まった。
「レヴィアと話していて決まったのは、アンナはレヴィアと一緒に行動してもらって、治癒魔術師を護衛するわ。加えて私、シュトナ、ニアで万が一にも生命線を盤面から取り除かせない布陣に。クレアとザック、マーガレッタとフェリシス、リリアとルイはペアで確定でしょう?ヴィルとヴァルフォイルには単独で好きに動いてもらおうと考えているのだけれど……どうかしら?」
「良いんじゃないかな?シアとレヴィアが話し合って決めたなら間違いないと思うよ」
「ちなみに俺ってどうなってるんだ?」
「フェローに関してはまだねえ。中途半端に出来る役が多いと迷うのよ」
「こいつ、俺の気にしてる所をずけずけと……まあ、レヴィアの言う事は間違っちゃいねぇけどな。器用貧乏は俺の第一の改善点だしよ」
苦い顔をするフェローが、腕を組みながら思い悩むさまを見せる。
フェローは剣、魔術、体術と幅広い選択肢から戦術を組み立てる戦い方を得意としている。
その点においてはヴィルと似ているが、なまじ似ているが故にヴィルと比べてしまい、何か突出した強みを作ろうと長く思い悩んでいた。
「器用貧乏と言うには洗練されていると僕は思うけどね。フェローのそれは器用貧乏というより万能型な気がするけど」
「ヴィルがそう言ってくれるからこそなんだよな。どうせならこいつに任せてりゃ大丈夫って安心してもらえるような奴になりたいだろ」
「カッコつけるわねえ」
どこか恥ずかし気に語るフェローとは対照的に、レヴィアとバレンシアはしらっとした目でフェローを見ている。
本音の割合が多く感じられるが、フェローが格好をつけるのもいつもの事である。
そして、バレンシアが無視して続けるのもいつもの事。
「それならフェローは攻撃班に入って貰いましょうか。今の所カストールとローラ、クラーラとクロゥで考えているのだけれど、どちらが良いかあなたが決めなさい」
「そこの二つか。なら後者の」
「カストールとローラの班ね。分かったわ」
「ちょい待て!俺後者って言ったよな!?」
「どうせ女子二人だから言ったんでしょう?あなたの考えはお見通しよ」
「なら最初から聞くなよ!希望持たせんな!」
フェローは思考を見透かされた恥ずかしさと怒りで真っ赤になっているが、ヴィルは悪くない班割りなのではないかと考える。
カストールとローラ、恐らくは耐久性を持ち味とするカストールを前衛に、後衛として精霊術師であるローラで各個撃破を狙っていく作戦だと思われるが、中衛としてフェローを入れる事でより万全な班になる事が予想される。
フェローの趣味に基づいた希望が通らないのは悪いが、ヴィルとしてもこの組み合わせに反対する要素は無い。
「うん。これなら良い班になるんじゃないかな。三人の能力の相性も良さそうだ」
「ヴィル、お前まで……」
「となると残りはジャックになる訳だけど」
「そこなのよね……」
と、ここまでつらつらと話していたバレンシアが言い淀み、レヴィアも難しい顔をして悩む素振りを見せる。
二人がここまで原因は視線の先、クロゥと模擬戦を繰り広げている男子生徒、ジャック・エリエクタスにあった。
「否!否!否ッ!!汝の渾身は斯様に生易しいものか。断じて、否!曝け出せ、己が闇を……己が深淵を……」
「いやマジで勘弁して下さい!俺にそんなノリ期待するだけ無駄っすよ!マジ、勘、弁……!」
鍔迫り合いでクロゥに押し込まれ、苦し気な声を上げている黒髪の男子生徒がジャックだ。
平均的で年相応な体格、身長、顔、と特徴に乏しく、普通な外見に性格的な暗さが合わさり、一癖も二癖もある生徒の揃った一年Sクラスの中では埋没してしまいがちな生徒である。
だがそんな一見問題の無さそうなジャックが、今作戦を立てるバレンシア達の悩みの種となっているのには、ある理由があった。
それは――
「ジャック……彼には悪いのだけれど、いまいち戦い方が分からないのよね……」
「あ、それワタシも分かるわ。魔術剣士っていうのはそうなんだろうけど、どうにも印象が薄いというか」
「お前ら散々な言い草だな……ジャックとはたまに誘って吞みに行ったりしてるが良い奴なんだぜ?いや、俺もどんな戦い方するかとか聞かれるとうーんって感じなんだが。悪いジャック!」
それぞれジャックに対しての印象を述べるが、どの意見を聞いてもジャック・エリエクタスという人物の戦闘スタイルを明らかにするものではなかった。
前述の没個性という要素を加味しても、ジャックの戦い方は誰の目から見ても特徴のあるものではなかったのだ。
クロゥに押され気味の模擬戦を行うジャックから、何かを見出そうと目を皿にする二人を横目に、レヴィアが静観するヴィルに意見を乞う。
「ヴィルはどう思っているのかしら?あなたなら上手く言い表せると思うのだけど」
「そうだね……僕としてもどう言えば良いものか悩む所ではあるんだけど……」
顎に手を当てて言葉を選びつつ、ヴィルは纏まった考えを自分に視線を向ける三人に話す。
「剣術を主軸に魔術の小技を上手く使う戦いが得意。だけどフェロー程の汎用性と応用性は無く、あくまで使い方としては対個人に限られる。身体能力・魔術・剣術共に高水準で纏まってる……かな」
「うーん……ヴィルでもそのくらいか。こりゃ本格的にどうするか迷うな」
ヴィルの分析を聞いて尚、評価し難い結果にフェローが腕を組んで唸り声を上げた。
同じく悩みつつ、バレンシアは憂い顔でジャックとクロゥの戦いを眺めている。
「彼の配置としては、クラーラとクロゥと一緒に動いてもらう事は確定なのだけれど……この先三年もあればこうした機会は幾らでもあるもの。どうせなら今回で彼の特色を把握しておきたかったわね」
ヴィルの視線の先では、ジャックが押しの強いクロゥに追い詰められていた。
クロゥ的にはジャックの闇属性魔術に親近感が湧いたか、琴線に触れる何かがあったのだろう、学園内でも度々絡みに行っているようだった。
クロゥに執着され、フェローとの酒の席に付き合い、半年以上クラスメイトとして苦楽を共にしながらも印象を残さなかったジャック・エリエクタスという生徒。
そんなジャックの戦いを見ていたヴィルは、ある一つの違和感に気付いていた。
それは、
(ジャックの戦い方は、どこか不自由に感じる……)
具体的にそれが何なのかは分からない、枷を嵌められている囚人のような、翼をもがれている鳥のような、当人にとって動きを制限する何かがあるようにヴィルの眼には映ったのだ。
その様子は五年前、ヴィルが魔術を制限されるようになって初めて模擬戦をした時、失われた万能感に焦燥を覚えた時とは明らかに違う。
――恐らくジャックは、自らの意思で戦いの選択肢に縛りを設けているのだ。
自らの意思で枷を嵌め、自らの意思で翼を閉じ、爪と牙を隠している。
ヴィルはその確信を得た瞬間、得も言われぬ感情を覚えた。
それは同情ではなく、共感ではあり得ず、憐れみとは異なっている。
(――面白い)
ジャックという一個人への興味、それがヴィルの胸中に強く湧き上がった感情だった。
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