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第18話 銀髪のダークホース 一

 

 肩の凝る筆記試験を終え、レイドヴィル改めヴィルは一人仮想闘技場Cに到着していた。

 楕円を描く仮想闘技場Cは中央に『御天に誓う(フィーリア・リレイル)』発動可能な設備が三つ搭載され、その周りには千人は収容出来そうな観客席が360度を囲っている。

 そしてその中央を見るに、もう幾つかの試合が始まってしまっているようだ。

 今もけたたましい咆哮を上げる青年が身の丈程の大剣を振り回している。


(事前に集めた資料には無かった人だな。平民出身かな?)


 などと思考を巡らせつつ、周囲の開いている席を探すヴィルだったが……


「……空いてない」


 ヴィルの周囲の席は軒並み埋まってしまったようで、対岸の方は幾らか空いているが今からでは時間が掛かってしまう。

 移動できない事は無いが次の試合も控えているし、何より他の受験者の戦い方をしっかりと見ておきたい。

 なんとか座れる場所はないかと辺りを見回していると、幸運にも一ヵ所だけ空席を見つける事が出来た。

 そこは三席セットの席が並んでいる一角で、一人紅髪の少女が座っているが頼めば相席させてくれるだろうか。

 試合全体も見渡せてかなり良い席だなと思いつつ、その少女の方へ近寄り声を掛ける。

 相手は貴族のようであるし、礼儀作法に気を使いながら、


「失礼、お隣よろしいでしょうか?」


「ええ、もちろんどう――――――――」


 少女が振り向き、瞬間世界が停止した。

 ――次に人が見る事の叶う、世界で最も優れた芸術品は何かと問われれば、真っ先に彼女の事を挙げるだろう。

 それ程までに完璧な容姿をした少女だった。

 光が波打つ真紅の頭髪は今まさに燃えている炎のよう、そしてその火よりもなお熱量の高いルビーの双眸が、ヴィルの瞳を捕らえて離さない。

 女性にしてはやや低い、胸の奥にまで響くようなアルトの声に今も耳は囚われたままだ。

 こちらを見る意外そうな、少し驚いた表情も驚く程様になっていて、艶やかな唇が目立ちより一層少女から目が離せなくなる。

 座っている為少し分かりづらいが、少女の身長はヴィルよりも頭一つ分低いくらいか、体つきは細く華奢だが、その振る舞いからかなりの鍛練を積んで来た事が窺える。

 だがそれを感じさせない玉のような肌は純白で、どこかビスクドールじみて作り物めいた美しさだった。

 まるで完成された彫刻のような、人を超えたような美しさを持った少女に、心臓の鼓動が高鳴って止まない。

 ――不覚にも見惚れてしまった。

 そんな少女に視線を奪われていたヴィルだったが、ヴィルの方が先に我に返る。

 これではいけないと雑念を振り払い、何とか声を掛ける事に成功した。


「ええと……大丈夫ですか?」


「……はっ!ええ。隣よね、どうぞ座って」


 ヴィルが呆けていたからだろうか、少女も驚き顔で静止していたが、ヴィルの言葉を受けて動き出してくれたようだ。

 それから少女に着席の許可を得てようやく着席する事が出来たヴィルは、一旦落ち着いて気を逸らすように再度闘技場の中央を見るが、


(さっきの試合は終わってしまったかな)


 あれだけ大きな大剣を振り回す青年が、どのような戦いをするのか見てみたかったのだが……


(まあ彼とはまた会えるだろうからね)


 というのもヴィルは先程の一瞬、ある程度の動きを見るだけで彼の実力をある程度見抜いていたのだ。

 そしてそれが、この会場の中でもかなり優れた部類であるという事もまた。


「くつろいでいらっしゃった所に申し訳ありません。何分他の席が空いていなかったものですから」


 故に、まずは快く相席を許可してくれた少女に感謝を述べるべきだと考えたのだ。


「いえ、それは構わないわ。――それよりあなた、名前は何て言うのかしら?」


 警戒するように、値踏みするような目線で問う少女に驚かされながらも、そういえば初見の衝撃で自己紹介を忘れていたなと思い返した。

 そして――


「ああ、そういえばまだ名乗っていませんでしたね。申し遅れました、僕はヴィル・マクラーレンといいます。以後お見知りおきを」


「ご丁寧にどうも。私はバレンシア・リベロ・フォン・レッドテイルよ、よろしく。それにしてもマクラーレン?聞いた事の無い家名ね」


 ヴィルは如何にも不思議ですという風に首を傾げる少女――バレンシアに苦笑しつつ、


「それは当然ですよ。僕は孤児院の出身ですし、この名前も院長に貰った名前ですからね」


「孤児院の……?じゃああなた、貴族や名家の出身ではないの?」


「ええ。僕は元々貧民街で暮らしていた孤児なんです。親の顔は知りませんし、物心ついた時にはもう孤児院に住んでいましたよ」


 そう……と神妙な面持ちで視線を落とす様を見て、ヴィルは内心で慌てる。

 少し気を使わせてしまっただろうか。


「僕の事はさておき貴女がバレンシア様でしたか。お噂はかねがね承って……」


「ねえ、その噂に私の通り名というか、二つ名のようなものが出回ってはいなかったでしょうね」


 ヴィルの言葉を遮って問うバレンシアはやけに必死な様子で、目の奥が笑っていない。

 そんなバレンシアの様子に気圧されながらもヴィルは記憶を掘り起こし、自身の記憶にない事を確認してから、


「い、いえ、生憎世間には疎いもので……僕が聞く限りでは無かったと思いますが」


「そう……変な事を聞いてごめんなさいね。ただ少し、ほんの少し気になっただけだから気にしないで」


「そ、そうですか。ええ、分かりました」


 何か気になる事があったのだろうかと思いつつも、これ以上余計な事は聞かない方がいいだろうと口を噤む。

 ヴィルが無言になり、追及して来ない事を悟ったバレンシアもそっと胸を撫で下ろす。

 そして一息吐いて気を取り直すと、ヴィルに質問を投げかけた。


「ところで話は変わるのだけど、あなたは今回の試験についてどう思っているのか聞いてみもいいかしら」


「どう、とは?」


「平民のあなたから見て、この試験はどう映っているのか、純粋に気になっているのよ。別に深く考えた意見で無くとも構わないわ」


「そうですね……僕の意見が一般人の総意という訳ではないですが……」


 ヴィルは顎に手を当て、数瞬の間に考える。

 どう映るのかとはまた難しい質問だ。

 彼女の知る由の無い事ではあるが、ヴィルはそもそも平民ではない。

 可能な限り一般の人達に寄り添おうと考え学んできたヴィルだが、それでも本当の意味で平民の気持ちを理解する事は不可能だ。

 そんな言葉はとてもではないが言えないし、言ってはいけないとそうも思う。

 貴族として生を受け、何不自由の無い幼少期を過ごしたヴィルの人生は、一般人からしてみれば想像も出来ないお伽噺も同然だろう。

 そしてそれは貴族(ヴィル)の側からしても同じ事――だが答えない訳にはいかない。

 何故なら、目の前の少女が真剣にこちらの話に耳を傾けてくれているからだ。

 つまりはこの暇つぶしのような会話でも、きちんと話を聞いてくれる善性の人物だという証左。

 ならば問われた側としても真摯に答える義務がある。

 ヴィルは言葉を選び、自分個人の考えを話し始めた。


「僕は今回の試験は学力も戦闘力も、さして重要な要素では無いと考えています」


「それはどういう事かしら?先の筆記試験も今の実技試験も、確かに私達の実力を問うものだったと思うけれど」


「勿論そこを軽んじてはいないでしょうね。単純に実技と学力で合格する人もいるとは思いますよ。ですが、この学園の謳う『実力』は必ずしもその二つだけでは無いとも思うんです」


 元々こうして討論をするのが好きなヴィルは、さらに舌の動きを滑らかにしていく。


「アルケミア学園は貴族平民、そのどちらにも寄っていない公平な教育機関です。王国でも上位と言われる学校の中でもトップクラスに採用人数が多く、入試前試験を通っていれさえすれば、この試験に落ちたとしても提携するマンモス校に入学する権利が与えられる。王立とはいえこれほど優遇された教育機関はそうないでしょう」


 バレンシアは楽しそうに話し続けるヴィルに時折相槌を打ちつつも静かに話を聞いている。

 その様子を横目に見つつ、ヴィルの話は続く。


「この学園から排出された卒業生はSクラスを筆頭に、極めて優秀な人材が揃っています。戦闘力の優れた者、叡智に優れた者、専門に特化した者とその豊富さは枚挙にいとまがありません。では戦闘力は極めて優れていながら学力の低い人は?誰にも真似の出来ない優れた技能を持ちながら戦闘能力の低い人は?この試験だけではその人達の本当の資質を図る事は出来ないのではないでしょうか」


 その言葉を聞き、バレンシアの脳裏に一人の人物が思い浮かんだ。

 バレンシアも認める実力の持ち主だが頭の弱い、そんな幼馴染。

 確かに実技と学力の二項目だけでは、彼がSクラスで合格する未来は見えづらい。

 ではヴィルの言う本当の『実力』とは一体なんなのか。


「僕はもう一つの『実力』を『可能性』だと考えています」


「『可能性』?」


 頭上に疑問符が浮かんでいるバレンシアに、ヴィルはさらに説明を続ける。


「はい、魔術特性で言えばエクストラのような特異なもの、それ以外で言うと魔眼や異能などのクォントも含みますが、その人の素質や才能が問われる分野です。僕達平民は貴族の方々と比べて魔力量や属性適性が低い傾向にありますからね。その人が将来何が出来るのか、その人に何が眠っているのかを測る、それがこの試験の本質なのではないでしょうか」


「――――――」


 唖然、という表情でヴィルを見つめるバレンシアの視線に気づき、ヴィルは少し慌てる。


「ああ、ごめんなさい。つい気持ち良くなってしまって……これは僕個人の見解ですから、あまり気になさらないでください」


「……ちゃんと、考えているのね、あなた」


 得心のいったように、満足そうな笑みを浮かべるバレンシアが少し照れ臭い。

 ただ自分の意見を一方的に話し続けただけになってしまったが、彼女に満足してもらえたのならそれでいいだろう。

 久し振りに自分を知らない同世代と話す事も出来たし。

 そう割り切り、会話が一段落した所で会場を見ると、


「おっと、そろそろ僕の試合の番のようですね。それではバレンシア様、僕はここで失礼いたします」


「ええ、健闘を祈っているわ」


 ヴィルはありがとうございますと一言残し、観客席の階段から会場の控室へと移動する。

 元々緊張はしていなかったが、今は半ば徹夜状態にも拘らず身体が軽く気分が優れている。

 久々に他人と話したからだろうか、それとも最初の衝撃が良い刺激になったのだろうか。

 どれにしても――


「――戦うのが楽しみだな」


 そう呟き、ヴィルは舞台への一歩を踏み出したのだった。


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