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第182話 生徒会庶務

 

 王立アルケミア学園、生徒会。

 そこは本校舎の一階に存在し、位置的にも役割的にも学園の中枢を担う組織である。

 学園長の意向で意思決定の多くを任せられた生徒会は、生徒達から見れば憧れの象徴であり、教師から見れば学園の模範たる生徒達だ。

 社会に出ればどんな家柄よりも信頼に足る経験として、一生誇れる経歴として輝くだろう。

 そんな生徒会役員達が業務を行う生徒会室で、ただ一人、生徒会に所属しないまま業務に参加している生徒が居た。


「マティアス先輩。昨日頂いた資料ですが、年代別、用途別に纏めておきました。それから資料に数点誤りがありましたので、こちらで修正しておきました。ご確認をお願いします」


「もうだと?……分かった、確認しよう」


 修正して纏めた資料を手渡されたマティアスが渋い顔をしているのを見て、ヴィルは内心で苦笑する。

 元々ヴィルは生徒会に関わるつもりは無かったのだが、”レイドヴィル”と彼の有能さを知る生徒会長の鶴の一声で生徒会入りを推薦され、折衷案として生徒会業務の補佐として落ち着いていた。

 生徒会会計、二年のマティアス・フォン・ラファイエットは、その中でヴィルの生徒会補佐入りに最後まで抵抗を示した人物である。


「……問題はない。相変わらず常識外れの速度と精度だな。だが貴様、私が預けた以外の資料まで目を通して修正したな?そうでなければ数字の誤りには気付けない」


「よく気付かれましたね。会長と副会長に許可を頂いて他の資料と見比べてみたら、修正した箇所だけ計算方法が違っていたんです」


「そんな事は見れば理解出来る。全く、そこまで意欲的なのにも拘らず、何故会長のお誘いを断ったのか疑問でならないな」


「マティアスさん、そう何度も掘り返すものではありませんよ」


 そう眉を険しくするマティアスを窘めるのは、生徒会室の奥、最も豪華な執務机に囲まれて腰掛ける生徒会長、三年のヴェステリア・ゼレス・レオハート・フォン・アルケミア。

 この国で最も美しいとも表される金の髪、目鼻立ちの整った中で燦然と輝く碧眼、余裕と自信に満ちた在り方は独特の雰囲気、カリスマとも呼ばれる空気を纏う。

 アルケミアの家名から察せられる通り、ヴェステリアはアルケミア王国の王族であり、王位継承権は第二位。

 この国において、二番目に地位の高い女性である。


「しかしヴェステリア様」


「しかしではありませんよ。その話はもう何度も繰り返して、既に結論は出ている筈です。ヴィルさんは将来騎士を志望する上で生徒会に所属していたという箔無しに、自分の力で勝負がしたいと。私はその意思を汲んだ上で、それでもと無理にお誘いして受けてくれたのです。言うなれば私のわがままのようなものなのですよ」


「……だとしても、私は納得しかねます。中途半端な真似はせず、やるなら正面から取り組むべきでしょう……」


 そう語るマティアスは、どうもヴィルがヴェステリアから提案された正式な生徒会入りを断ったというのが許し難かったらしい。

 聞けばマティアスはヴェステリア親派のようで、彼女が生徒会に居た為に生徒会の門を叩いたようだ。

 その辺りの事情を鑑みるに、一年生でありながら気に入られて、唐突に生徒会へ推薦された自分が気に入らなかったのではないか、などとヴィルは邪推している。


「困りましたね。一体どのように言葉を尽くせばマティアスさんに納得して頂けるのでしょう」


「困ったも何も無視すればいいだろう?ヴェステリアが今口にしたようにこれはわがまま、会長の独断による決定だ。ならばお前が再来年会長になった時にヴィルの手を切ればいい。もっとも、ヴェステリアと私、ヴィルが抜けた生徒会でどれだけ業務が回るのかは疑問だがね」


 困り眉を浮かべて悩むヴェステリアに加勢したのは、副会長、同じく三年のイリアナ・リベロ・フォン・ヴァーミリオンだ。

 燃えるような朱い髪、凛々しく整った表情は厳しさを帯びているものの、その実非常に面倒見が良い。

 副会長としての職務を一切の妥協なく果たしながらも、常にヴェステリアの補佐に徹し、かつ王族相手に媚びるのではなくただの友人として接しており、その信頼も厚い。

 そんなイリアナは腕を組みつつ、「それにだ」と言葉を続ける。


「もしヴィルを正式に庶務として迎え入れれば、学園の貴族の反感を買う可能性もある。同じ貴族として恥ずべき事ではあるがね。生徒会に向く分には問題無いが、ヴィル本人に向いて何かあった場合……と、この想定に意味は無かったか。まあ無駄にヴィルに負担を強いる必要もあるまいよ」


「イリアナ先輩?それはどういう意味ですか?」


「権力的なものはともかく、暴力ならいくらでも返り討ちに出来るじゃないか。実際今まで吹っ掛けられた喧嘩には全て勝利しているんだろう?」


「確かにそうですが、それとこれとは話が別ですよ。四六時中敵視されて勝負を挑まれては敵いません。それから、喧嘩などという野蛮な呼び方ではなくせめて決闘と言って欲しいですけどね。一応正式な規則に則って戦っている訳ですから」


 抗議の視線を送ってもイリアナはにやにやと笑うだけで、ヴィルはそっと溜息を吐く。

 夏休み前にベールドミナで行われた新人戦、ヴィルはバレンシアとヴァルフォイルと共に優勝を果たしたのだが、それからというもの、ヴィルは学園中の注目を集めてしまっていた。

 元々飛び抜けて整った顔立ちの新入生が居ると一部女子生徒の間では話題になっていたのだが、新人戦を機に女子生徒から数十回の告白を受ける運びになり、それが男子生徒の妬みを買い、決闘を挑まれるようになったのだ。

 周囲から向けられる好奇や嫉妬の視線は今更として、度々の告白と決闘はヴィルに精神的負担を強いていた。

 要するにこれ以上注目される理由を増やしたくないというのがヴィルの本音だったのだが、イリアナは特段話していない理由を察していたらしい。


「……副会長のお考えは理解しているつもりです。その上で、私は彼の正式な生徒会入りを強くお勧めします。中途半端な立場で業務に参加させていれば、いずれヴェステリア様の贔屓であると勘繰る輩も出てくるでしょう。そうなればヴェステリア様は勿論の事、彼の評価を落とす事にも繋がります」


 ここまで来て反論を続けるマティアスだったが、その内容は直前までのものとは少し毛色が違った。


「ふむ。確かに一理あるが……意外だな。私はてっきり、お前はヴィルの事が気に食わないのかと思っていたが」


「それは誤解です。私は彼の仕事ぶりを評価している。私が不満なのは、会長直々のお誘いにも拘らず平民の、それも一年が断ったという事実のみです。正式に庶務となれば、私に彼を厭う理由はありません」


「そうですね。マティアスさんはヴィルさんの事が気に入らないのではなく、ヴィルさんと比較した自分へ劣等感を感じているだけですものね」


「会長!?」


 唐突に刺されたマティアスが驚愕の表情を向けるが、当のヴェステリアはにこにこと微笑むのみ。

 裏の顔を知らない者からすれば奇襲にも思えるだろうが、知る側であるヴィルからすれば当然、どころか生温いとすら感じる。

 マティアスは、と言うより殆どの王国民はヴェステリアを神聖視しているが、現実はそんなものである。


「よかったねヴィルっち!ついにマティアス先輩が折れそうだよ!」


 そう満面の笑みで親指を立てるのは、同じSクラスで生徒会書記を務める、リリア・フォン・ヴォルゲナフ。

 鮮やかな金のツインテールが活発な動きにつられてぴょこぴょこと揺れ、本人の人懐っこく明るい性格も相まって、誰からも愛されるマスコットキャラクターのような生徒だ。

 そんな生徒だからこそ、生徒の見本たる生徒会に所属するに相応しいと認められ、性格面で大きな評価を得て在籍していた。

 やけにテンションの高いリリアに、ヴィルは苦笑気味に答える。


「まあ、これでようやく認められたって感じかな。どうもマティアス先輩には良く思われていなかったみたいだし」


「のんのん。それは違うよヴィルっち。先輩は始めっからヴィルっちのこと認めてたよ。あいや、始めっからっていうのは仕事を始めてからね。最初は会長の勧誘断ってたヴィルっちにめちゃおこだったから!」


「そうだったの?」


「そうだよー。あの人他人に厳しいけど自分にはもっと厳しい人だから。いつもヴィルっちには負けてられない―ってやる気満々だっだんだから。気難しいのは元の性格だし、あれで結構いい人なんだよ。うちが入ったときなんか失敗ばっかだったんだけど、先輩が根気強く教えてくれたおかげで今もなんとかやれてるし。いやめっちゃ厳しかったけど!あんま嫌わないであげてね」


 顔色を窺うように、どこか遠慮気味なリリア。

 だが嫌わないという言葉がヴィルからマティアスの感情の事を指しているのであれば、その心配は皆無と言って良い。

 ヴィルは入学してからというもの、好意と同じくらい多くの負の感情を向けられてきた。

 その殆どは遠目からのもので直接ぶつけられても決闘という形ばかりで、それも実力不足とあれば飽きもする。

 だからこそ、真正面からぶつかって来るマティアスは、ヴィルにとっては好ましくすら感じられる程だった。


「ですがマティアスさんの言う通り、正式に迎えるのが最善なのかもしれませんね。どうでしょう、ヴィルさんはまだ正式な生徒会の一員になるのは避けたいですか?」


「いいえ。元々会長のお誘いをお断りした事は心苦しく思っていましたし、マティアス先輩にそこまで言って頂けるのであれば、僕のこだわりなど些細な事でしょう」


「そう言って頂けると私も誘った甲斐があったというものです。それでは改めて。――ようこそ、生徒会へ」


「ありがとうございます、会長。マティアス先輩も、今後ともご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」


「……正式に所属するならば、私も肩を並べるのに不服は無い。これからは生徒会の一員としての自覚を持って、一層励むといい」


 仏頂面で顔を背けるマティアスに、他の役員も思わず苦笑いする。

 そうして、ヴィルは正式に生徒会庶務として迎えられる事となり、学園の生徒として新たな一歩を踏み出した。

 とは言えそれで何が変わるかと言えば、マティアスの心持ちくらいのもの。

 ヴィルにとってやる事は変わらないが、ほんの少し居心地が良くなった、そんな一日だった。


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