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第181話 帰還報告

第7章開幕です!

 

 霊峰登山を終え、Sクラス一行は無事ベールドミナに帰還した。

 本来の予定からは二週間近く遅れており、本来であればすぐにでも授業を再開したいというのが学園の本音ではあったが、生徒達の疲労を鑑みて、結局一週間の休息を設ける事となった。

 寮の自室に籠ったり、学友と食事に赴いたり、図書館で読書と自習に取り組んだり、生徒達は各々体と精神の安定に努めている。

 そんな中、ヴィルとニアは霊峰での一連の騒動と、ヴィルの身に宿った加護についての報告に、王都テルミアのシルベスター邸を訪れていた。


「お帰りなさいませ、レイドヴィル様」


「ただいま。メイド長と顔を合わせるのは久し振りだね」


「そうですね。霊峰では大変な目に遭われたとお聞きしておりましたが、お元気そうで何よりです。ニアも、レイドヴィル様にご迷惑をかけてはいませんか?」


「問題ありません、メイド長。レイドヴィル様には助けられてばかりですが、きちんと自分の役目も果たしています。大丈夫です」


「それは……問題が無いと言い切って良いのかは分かりませんが、ともあれ元気そうで何よりです」


 上品に微笑むのは、他のメイドとはやや異なる仕事着を身に纏う、シルベスター邸の使用人達を取り纏めるメイド長。

 立ち姿のみならず所作の端々まで洗練されたその在り方は、齢三十五という若さでメイド長として抜擢されるに相応しい代物だ。


「今日は父上と母上は?」


「本日は地方支部の視察でお二方共ご不在です。ですが事前にお話があると伺っておりましたので、代理としてダリオン様とアイリーン様が応接室にてお待ちです。どうぞこちらへ」


「分かった」


 両親に直接伝えられないのは残念ではあったが、代理として二人が居るのであれば問題は無い。

 どちらも要職を任される信頼に足る人物、後日正確に報告してくれる事だろう。

 ニアと共にメイド長に案内され、応接間の扉が開け放たれると、すぐに暖かな紅茶の香りと共に、二人の姿が目に入った。


「ダリオン、アイリーン。今日は二人に会えて嬉しいよ」


「去年の任務以来ですか。こちらこそ、久方振りにレイドヴィル様とお会い出来て光栄です」


「ほんとにね。わたしなんて丸二年くらい会ってないから、レイドヴィル様もニアもすっごい大人っぽくなっててびっくりしちゃった」


 ころころと表情を移ろわせる賑やかな、長いブロンドの髪が特徴の女性がアイリーン、言葉とは裏腹に表情をぴくりとも動かす事無く、普段から険しい表情に見える男性がダリオンだ。

 ダリオンは目礼、アイリーンは手をひらひらと振ってレイドヴィルとニアを歓迎する。

 レイドヴィルは微笑みを返しながら、応接室の椅子に腰を下ろした。

 ニアもその隣に控え、姿勢を正す。

 メイド長が静かに扉を閉めるとまずは紅茶で人心地、室内には柔らかな静寂が落ちた。


「えー、でもほんとレイドヴィル様おっきくなったよねー。しかもめっちゃかっこよくなってるし。え、学園じゃめちゃくちゃモテるんじゃないの?」


「まあ、ね……。今でこそいくらか落ち着いたけど、一時期は毎日のように校舎裏に呼び出されて辛いものがあったよ」


「やっぱりー。え、結婚しとく?そろそろわたしをお嫁さんにしとく?先手打っとく?」


「今更言葉遣いに関しては何も言うまいが……少しは控えろ、アイリーン。レイドヴィル様はお疲れの中わざわざ時間を割いて報告にいらっしゃっているのだ。それにレイドヴィル様程では無いにせよ、我らも多忙な身の上、無駄話は避けるべきだろう」


「はーい。まったく、ダリオンさんは頭も表情筋も固いんだから」


 真面目に諫めるダリオンと唇を尖らせるアイリーンは、それぞれ七翼(シルレール)と呼ばれる七つの部隊の一隊長を任されている。

 そも銀翼騎士団(シルバーナイツ)は王国騎士団とは違い、国内で唯一貴族が運営する騎士団であり、その組織構成も少々他とは異なっている。

 銀翼騎士団(シルバーナイツ)が持つ役割を大きく分けて七つで七翼(シルレール)であり、絶対ではないがそれぞれが固有の任務を持つ。

 ダリオンの二翼が要人警護、アイリーンの四翼が魔獣討伐といった具合だ。

 元々万年人材不足とあって、隊長ともなれば本部で待機する事も少なく、二人揃う事すら珍しい程である。

 そんな中で二人が居るという事は、相応に重要な報告があるという事。

 堅物な性格のダリオンは当然として、奔放なアイリーンも悟っていたのか、すぐに大人しく両手を膝の上に置いた。


「それで、今日はどのようなご報告を?」


「霊峰で起こった事の全容。それから僕に宿った月女神の加護について」


「…………」


 ダリオンの端的な問いにレイドヴィルが答え、アイリーンが分かりやすく眉を上げる。

 そこからの流れはフローリアでの事情聴取と殆ど同じ。

 違ったのは、レイドヴィルが女神ゼレスと会って話した事、それから月女神の加護を得た事、権能を使用して黒龍と戦った事も詳らかに語ったという点だ。

 暫く相槌のみで聞き入っていたダリオンとアイリーンは、レイドヴィルの報告が終わって初めて口を開いた。


「いやぁ、なんと言うか……レイドヴィル様が話してなきゃ信じられないお話だねー」


「だが信じる他あるまい。ここで疑う事の無益さは論ずるまでも無い。……事実として受け止めるには、あまりにも神話的な話ではあるが」


 当然と言うべきか、勇者と女神の邂逅という神話の一場面のような話に、二人は困惑を隠せない。

 恐らく誰に話したとて帰ってくる反応は驚きか困惑くらいのもの、そういう意味では至って普通の反応である。


「ってかニアは知ってたんじゃないの?なんかさっきから初耳顔だったけど」


「いや、あたしも今知ったの!今まさに驚いてるの!まさか遭難してた時にそんなことになってたなんて……先に話してくれても良かったのに……」


「そう恨めし気に睨まれてもね。帰りの馬車の中で話す訳にはいかないし、昨日帰って来たばかりで話す暇は無かったし、ベールドミナから王都までの馬車で急いで話す事でも無いだろう?」


「そうだけど……」


 納得はしつつも不満そうなニア。

 隠匿性に関しても効率に関しても最善だとレイドヴィルは考えたのだが、ニアはそうでもなかったらしい。

 と、指を振りながらちっちっちっとアイリーン。


「まったく、レイドヴィル様は女心が分かってないなー。ずっとそばにいるんだから、重要な話こそ誰よりも先に教えて欲しいものなの。たとえ国を揺るがすような秘密でもね」


「そういうのは恋人とか夫婦でやるものじゃないの?」


「だからでしょ!?」


「えぇ……」


 困ったようにレイドヴィルは額に手をやるが、アイリーンはまるで意に介さず、ふふんと胸を張った。

 ダリオンが小さく咳払いをして話を本筋へ戻す。


「……話を戻そう。月女神の加護とは具体的にどのようなものなのですか。聞いた限りでは霊峰の地で龍種と渡り合える程強力で異質な力のようですが」


「詳細な能力についてはまだ完全に把握出来てないから何とも言えないけど、分かっている限りは基本的に強化と耐性って感じかな。一つだけ『運命の逸脱者』っていう、具体的な効力が分かってないものがあるけど、女神曰く定められた運命を破壊し、再構築する力であると」


「運命……聖書にもある個人に定められた流れの事ですか」


 ダリオンの言葉にレイドヴィルが頷く。

 宗教の持つ力が大きく衰退した現代で、レイドヴィルは特別に宗教というものを信じてはいなかったが、一般教養として聖書の内容は記憶している。

 その中には女神が口にした運命に関するものと思われる記述があり、ダリオンはその事を指していた。


「けどこればっかりは証明の仕様が無い能力だから、そこまで気にしなくても良いと思ってるよ。問題なのは」


「強化と耐性の方?」


 小首を傾げながらのアイリーンの問いに、レイドヴィルが再度頷く。

 強化と耐性、その単語だけ聞けばそこまで強力なものとはあまり思えないが、その度合いが問題だった。


「身体強化は底が知れないね。抗魔石の影響を受けて尚、普段以上の身体性能で動けたし。それに黒龍との戦いで一度、真正面から爪を受けたんだけど、信じられないくらい傷が浅かったんだ。エネルギー操作の防御力を加味しても、相当なものだと思う。あれで全力じゃないんだから自分でも怖い位だ」


「ふむ。こちらはレイドヴィル様が負われた傷も黒龍の大きさも目にしておりませんので何とも言えませんが、お話を聞く限りでは凄まじい能力のようです」


「それから耐性の方もかなりだと思う。こっちは実際に発動した事がないから正確ではないかもしれないけど、生半可な毒や魔術は無効化までいけるんじゃないかなと考えてるよ」


「えー、ほんとに?じゃあどうする?今から耐性含めて確認してく?」


「そう。今日はその事について話をしておきたかったんだ」


 何気なくアイリーンが提案した権能の試用、それこそがレイドヴィルが今回の報告で伝えておきたかった内容だった。


「権能は確かに強力だよ。けどこれは人が人ならざる者、魔王に対抗する為の無理のある力だ、当然代償が伴う。権能の使用にはかなりの負担が掛かるんだ。現状の僕が扱えるのは半分程度、仮にこれを限定解放としようか。この限定解放の状態でも代償はどんどん蓄積していってる。これが今後どんな影響を及ぼすのか、僕にも分からない。だから必要に迫られた状況以外では使わない事にしようと考えてるんだ」


 今回の黒龍戦ではやむを得ず行使し、これから先も似たような場面が訪れる事が予想される権能。

 だがレイドヴィルが女神から賜った権能は、本来は魔王を打ち倒す為のもの。

 今後どれだけ権能を行使できるのか、そしてその代償がいつ致命的な影響をレイドヴィルに及ぼすのか、それはレイドヴィルにも誰にも分からない。

 だからこそ、常用は勿論の事、検証の為であっても、むやみに使う訳にはいかないというのがレイドヴィルの判断だった。


「いいんじゃないのー?むりしてレイドヴィル様になにかあったらそれこそ世界の危機なんだし、わざわざ確認のために使わなくていいって。わたしから言っておいてなんだけど」


「こちらも同意見です。実際に目で見て評価を下せないのは惜しいですが、最終的な目的の事を思えば優先すべきがどちらかは明白。それにこの先使わざるを得ない場面はあるでしょうから、そこで誰かが見て報告すれば済むでしょう」


「うん。あたしも安全第一がいいと思う」


 ヴィルの判断に対し、その場の全員が同意する。

 誰一人として、他人にだけ危険を押し付けるような真似は良しとはしなかった。

 その温かな空気の中、レイドヴィル小さく息を吐いて頷いた。


「ありがとう。皆がそう言ってくれるならこの方針でいかせてもらうよ。父上と母上にもそう報告しておいて」


「承知致しました」


 ダリオンが頭を下げ、アイリーンがにこにこと繰り返し頷く。

 それからひとしきり、霊峰での出来事の細かな補足や今後の方針についての確認が交わされた後、応接室の空気はゆるやかに落ち着いたものへと変わっていった。

 紅茶の香りが再び意識に戻り、少し冷めかけたティーカップを手に取りながら、レイドヴィルはふと窓の外に視線をやる。

 王都の空は高く澄んでいて、雲一つ無い。

 レイドヴィル達は束の間の穏やかな日常を胸に刻みながら、静かにその日を終えた。


久し振りにちょびっと解説をば

月女神の加護は権能を使っても良いよという権利であって、常時発動の効果を除き、権能を行使して初めて効果が発動します

以上、解説コーナーでした


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