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第179話 落着 二

 

 ヴィルとローラが帰還したその後、二人の治療を待って事情聴取が行われた。

 氷龍の顎と言えば世界最大のクレバスとして有名で、深さは二千メートルとも三千メートルとも言われており、一度落ちればまず助からないというのが共通認識なのである。

 だが二人はそこに落ちて一命を取り留めたばかりか、いかなる手段を用いてか生還したのだから、教師、生徒、ガイドを問わず事情を知る全員が話を聞きたがった。

 そうした背景もあって事情を話す事になった二人だが、こういう場はローラが明らかに苦手としている部分という事もあり、代表してヴィルが話す形になる。

 事情聴取というより発表会のような様相を呈する状況で、ヴィルは語る内容を取捨選択しつつ順に話していった。

 クレバスを落ちる最中、壁を蹴って削って、減速しながら何とか川に着水した事。

 そこから荷物の回収に成功するも、ローラと共に巨大な魔獣に追いかけられ戦闘になった事。

 魔獣の肉を調達しつつ、見つけた洞窟で一週間以上の時を過ごした事。

 魔獣の骨で作った道具を使い、十日を掛けて壁を登る心積もりであった事。

 八日目時点で再び黒龍に見つかり、逃走を図り、しかし逃げ切れなかった事。

 黒龍と戦闘になり、ローラの精霊魔術の助けを借りて間一髪追い払えた事。

 現実ではないあの場所で女神に会った事と権能を使用した事は伏せつつ、大まかな経緯を簡単に話して聞かせた。


「と、僕から話せるのはこれくらいですね。これが僕とローラが帰ってくるまでの全容です。改めて、ご心配をおかけしました」


 そう締め括り、深々と頭を下げるヴィル。

 立場に拘らず、この場にいる者は皆情に厚い、故にクラスメイトが如何に身を案じてくれたかは想像に難くない。

 それだけに、ヴィルは心配を掛けた事実が心苦しかった。


「顔上げなよ!ローラさんも無事助かったんだし、終わりよければすべてよしだよ!心配はしたけどね!」


 リリアがそう口にし、笑顔でヴィルの肩を叩く。


「そうだぜ。二人が無事だったってだけで百点満点なんだからよ」


 ザックが気持ちよく笑い、ヴィルを励ます。

 そこからリリアとザックを皮切りに、皆がヴィルに温かい声を掛ける。


「皆、ありがとう」


「お前とローラに非など無い。今は余計な事は考えず、ゆっくり身を休めるといい。より詳しい話は後程、帰路で、詳しく、聞かせて貰いたいものだがな」


「……ええ、それは勿論」


 目を細め、言外に圧を掛けてくるグラシエル。

 グラシエルの事だ、その中身までは知らないにしろ、ヴィルが意図的に事実を伏せた事には確実に気が付いている。

 無論相手グラシエルであっても明かす事は出来ないが、答えず躱せる程諦めの良い相手ではない事は、ヴィルもこの半年で嫌という程理解している。

 何か言い訳を考えておかなければと思いつつ、その日は治療と簡単な事情聴取で終了した。

 翌日はヴィルとローラの体調を見つつ、一日フローリアに滞在した後帰路に就く事と相成った。

 Sクラス側は当然ヴィル達が戻って来るとは知らなかった為、出立の準備が出来ていなかったというのもある。

 そして今日はそのフローリアを旅立つ日だ。


「皆さん、今日まで本当にお疲れさまでした」


 前に立つアルティスは一度言葉を切り、ゆっくりと生徒達を見渡す。

 その顔には、安堵と申し訳なさとが同居していた。


「今回の霊峰への挑戦は、私が経験してきたどの登山よりも過酷なものでした。天候は味方せず、黒龍の脅威に見舞われ、生徒さんの二人がはぐれ、ガイドの内三名が帰らぬ人となりました。……私は、皆さんの命を預かる立場でありながら、その役目を全うする事が出来なかった。ヴィルさんとローラさんが生きて戻って来られたのは奇跡……いえ、お二人が最後まで諦めなかった結果です。私は、無力でした」


 唇を噛み締め顔を伏せるアルティスは、黒龍から逃れ洞窟に避難した時から、ずっと自分自身を責め続けていた。

 もっと上手くやれた、もっとやり方があったと、生徒達を危険に晒し、ガイド仲間の友人を失ってしまった事を悔いている。

 そこに過失は無く、もし彼を罵る権利を有している者が居るとすれば、それは命を落とした三人のガイドだけだろう。

 だがそうして他の誰も責めていなかったとしても、アルティスだけは、彼だけは自分を最後まで決して許さない。


「ですが、皆さんはやり遂げた。それは紛れもない事実です。私が誇れるものがあるとすれば、それは――この困難を乗り越えた皆さんの強さです。皆さんに心からの感謝を。一か月間、ありがとうございました」


 例えどんな言葉を掛けたとしても、それはアルティスの覚悟と責任を軽んじる結果になってしまう。

 だから生徒達は言葉ではなく拍手で、アルティスの健闘を称え、彼に深い感謝の気持ちを伝えた。

 その気持ちはアルティスにも伝わったのか、最後には涙を流してガイド仲間に小突かれていた。

 続けて他のガイドがそれぞれ感想を述べ、どんどんと終わりと別れは近づいてくる。

 実際は一か月以上を掛けた長期実習だったが、本人達が必死に取り組んでいた為、体感ではあっという間に時間は過ぎ去っていたのだ。

 団結した組織がバラバラになる事に、寂寥感が募る。

 それでも、今はまだ別れを惜しむ前に、やらねばならない事があった。


「それでは、亡くなられた三名のガイドの方々に。一同、黙祷」


「――――――――――」


 グラシエルの声が静かに、だが確かに全員の耳に届く。

 生徒達も、教師も、ガイド達も、誰一人として声を発する事無く、すっと頭を垂れた。

 ざわめきも、風の音も遠ざかる中、全員が静かに、深く、想いを捧げる。

 あの日、確かにここに存在し、懸命に生き、そして護ろうとしてくれた三つの命に、心からの祈りを込めて。

 静寂の中、ただ、彼らを想い、黙祷が捧げられた。


 ―――――


「それでは皆さんお元気で!皆さんのご活躍をお祈りしています!」


 フローリアの門前で、ガイド達が手を振り、生徒達を見送る。

 生徒達もそれぞれ感謝を込めて頭を下げたり、涙ぐみながら手を振り返したりして、別れを惜しんだ。

 馬車の窓から覗く景色、積もる雪が浅くなっていく毎に、生徒達は霊峰登山の終わりを改めて実感する。

 過酷な未体験は終わりを告げ、再び日常へと戻るのだ。


「ヴィル、もう身体は大丈夫なの?」


「うん。治療はアンナとスウェナさんにやって貰ったし、一日休めたお陰で大分楽になったよ。それに、今はこうして皆と一緒に戻れるっていう事実が、何よりの薬だよ」


「……その様子なら大丈夫そうね。これ以上心配させられたらこっちの身が持たないから安心したわ」


 冗談めかして肩を竦めるバレンシアだが、ヴィルは彼女がどれだけ自分の事を本気で心配したかを知っている。

 帰って来た直後の反応もそうだが、クラスメイトに聞いた限りでは下山の判断にも否やを唱え、下山中も相当気に病んでいたらしい。

 態度こそ落ち着いていたようだが、Sクラスの中ではニアに次いで参っていたのではないだろうか。

 ヴィルは自分を心配してくれていた事を嬉しく思いつつ、それを顔に出すとバレンシアが不機嫌になるので何とか堪える。


「ただ、また移動が長いから身体がなまりそうでそれだけが怖いね」


「私も身体は動かしておきたいから、休憩時間の運動に付き合ってもらえるかしら。学園に戻るまでには勘を取り戻しておかないと」


「良いね。久し振りにやろうか」


 移動時間の楽しみと言えば、馬を休ませたり夜営をする為の休憩時間、そこで行われる運動という名の模擬戦である。

 血気盛んな若者達にとって、じっとしているという行為は大人が想像している以上に苦痛な時間だ。

 それはザックやヴァルフォイルだけでなく、バレンシアやヴィルとて同じ事。


「ふっ――」


「逃がさない」


 剣撃をいなし、後方へ逃れようとするヴィルへバレンシアが追撃の刺突を見舞った。

 鋭く容赦の無い一撃だったが、予期していたヴィルは剣の腹で受け、再び流す事に成功する。


「速くなってるね。以前よりも反応が鋭い」


「そっちこそ。まさか今のが受けられるとは思ってもみなかったわ」


 二人は笑みを浮かべながらも、その目線は油断無く相手の隙を窺っている。

 時は夕刻、持ち回りの野営準備から外れていたヴィルとバレンシアは、早速運動がてらの模擬戦を始めていた。

 観戦者はヴィルが帰って来て以降傍を離れたがらないニア、打ち鳴らされる木剣の音に寄って来たクラーラ、アンナ、ザック、クレア、少し離れた位置にローラだ。


「そう言えば、例の持ち込んでいたナイフ。結局あれのお咎めは大丈夫だったのかしら」


「随分と急だね。あれは結果として黒龍への対抗策になったからって見逃してもらえたよ。アルティスさんには次はやめて欲しいとは言われたけど」


「けれど止めるつもりもないのでしょう?」


「冒険者時代の職業病かな。どうにも武器を携帯していないと落ち着かな」


「そこっ!!」


 虚を突くバレンシアが一足で間合いを詰め、横薙ぎの一撃がヴィルを襲う。

 胴に視線を向けつつ本命は手首、木剣を取り落とさせての決着を狙う作戦だ。

 予想だにしていなかったバレンシアの奇襲に歓声が沸き、そして


「勝負ありだね」


 木剣の切っ先がバレンシアの首筋へと突き付けられる。

 冷静にバレンシアの狙いを見抜き、腕をぐんと落としてカウンター気味に横薙ぎの一撃。

 勝負ありだ。


「読んでいたの?」


「目線が向いていなかったのは良かったけど、ブラフの視線の先が狙える場所じゃなかったからね。逆に意図して見ていない箇所に攻撃が来るんじゃないかと予想したんだ」


「それが見事に的中、と。はぁ……」


「次、わたし」


「クラーラ!次アタシの番だったんですケド!」


「え?俺の番じゃなかったっけか?」


「アンタは余計なコト言わないでよ!」


「もう三人で一気に戦っちゃえばいいんじゃないですか?ヴィルくんなら大丈夫ですよ」


「アンナって結構淡々と無茶を言うよね」


 その後アンナの提案通り三対一を演じつつ、ヴィル達は久方振りの模擬戦を楽しんだ。

 ローラはただ一人、クラスメイトに囲まれて楽しそうにしているヴィルを見ていた。


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