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第176話 闘争 一

 

 魔力が漲る、それ自体はずっと体内にあったのに随分と久しい感覚になるのは、霊峰に多く眠っている抗魔石があったせいだ。

 自分のもののはずなのに、ぐちゃぐちゃと掻き乱される魔力はただただ不快な感覚を残していた。

 けれど今は、霊峰から少し離れたことで完全にいつもの調子を取り戻していて、頼れる相棒が戻って来たかのようだ。

 もっとも頼れる、という点においては、隣に立つヴィルに勝るものはないだろうとも思う。

 巨大クレバス『氷龍の(あぎと)』、霊峰の底ですらヴィルは魔力を操り身体強化を行使し、自由に動き続けていた。

 しかし今のヴィルから噴出する魔力は、抗魔石の効果範囲を離れた事で更にその勢いを増している。

 一体どこからこれだけの魔力が湧いてくるのか、正直想像も付かないし、その秘密を知りたいと、そう思ってしまっている自分がいる。

 けれど今じゃない、今は良いのだ。

 今はただ、頼もしいとそう考えるだけで良い。

 今必要なのは、ただ隣に立って共に戦うことだけなのだから。


「『来て、炎獅子』」


 長い詠唱は必要ない、もう何度も何度も行使してきた魔術は、それこそ息をするような簡単なものだ。

 空中に描いた魔法陣から炎が落ちる。

 それは粗く獅子の姿を取り、魔力の繋がりを通してあたしの敵意を剥き出しにする。

 一目見て真っ当ではないと理解する角張った輪郭、どこまでいっても無機質なカラスじみた瞳。

 明らかに生物としては欠けているがそれでいい、戦うのに生物云々は関係がない。

 その『炎獅子』が続けて三匹、魔法陣から転び出る。


「――行って」


『炎獅子』達が駆ける、足元の雪を溶かしながら、足跡に炎の轍を残しながら、黒龍へと襲い掛かる。

 精霊魔術――正確には疑似精霊魔術だが、本物が絶えて久しい現代では一般に精霊魔術と呼称して問題ない。

 適性こそ血に左右されるものの、術者は自身の属性適正に拘らず多様な属性を操り、更に精霊自体の特性と組み合わせて無限の戦術を構築できる。

 あたしは家が嫌いで、家族が嫌いで、精霊にも良い思い出なんて何一つないけど。

 それでもあるものは使う、使って、ヴィルに並び立てるなら。


「――――ッッ!!」


 黒龍の爪が振るわれ、駆ける『炎獅子』の一匹が両断される。

 あまりに呆気なく、虫でも潰すように容易く――けれどこれでいい。

 ――瞬間、両断された『炎獅子』が微かに膨らみ、凄まじい勢いで爆発した。

 黒龍が痛みに絶叫し、のた打ち回る尻尾が二匹目の『炎獅子』を押し潰し、再び爆炎に襲われる。

 精霊は魔力の塊、術式で炎に形を与えているに過ぎないため、それが崩されればほつれから中身が零れるのは必然。

 かといって傷付くのを恐れ、攻撃をしなければ、


「精霊の攻撃がくると。なるほど、模擬戦の時も思ったけど、精霊術師の戦い方は敵に回すと厄介だけど、味方だと凄く頼もしいね」


 なすがままに『炎獅子』の攻撃を受けるという訳だ。

 これにはヴィルも思わず唸り、あたしの魔術を評価してくれた。

 あたしはそれが隣で戦うことを認めてくれた証のように思えて、心が温かくなる感覚を覚える。

 けれど、


「ま、そんな上手くはいかないか」


 今しがた最後の『炎獅子』が叩き潰され、精霊が全滅した。

 最期の爆発自体はそれなりにダメージを与えていたようだが、爪や噛み付きによるダメージはほぼ皆無のようだ。

 分かっていたことではあるが、鱗の堅牢な守りは鉄壁だ。


「なら、これはどう?『羽ばたけ、風見鶏』、『纏え、岩猿』」


 続けて二度、簡易詠唱により精霊が呼び出され、魔力がそれぞれ動物を模っていく。

 小鳥のような『風見鶏』は翼をはためかせて滞空し、あたしの身長を優に超える『岩猿』は地面から生えて拳同士を打ち合わせる。


「行って!」


『風見鶏』が文字通り、風の速度で黒龍へと突撃していく。

 この精霊は『炎獅子』や『岩猿』のように本体が攻撃を行う種類ではない。

 その攻撃手段は単純明快。

 ――矢のように体を尖らせた『風見鶏』が、黒龍の胴体へと突き刺さって爆発する。

 それも一匹ではなく、次々に呼び出される十数匹が順番に特攻していく。

 この『風見鶏』は機能を絞っているが故に必要魔力が少なく、牽制的な使用法が主となる。

 だがこれも決定打にはならず、所詮は足止め程度。

 だから、


「そこ!」


 ――足の止まった黒龍の腹に、『岩猿』の拳が直撃する。

 その肉体もさることながら、拳は人が受ければバラバラになってしまうのではないかと思うくらいに巨大だ。

 しかも『岩猿』の肉体を構成しているのは魔力だけではなく、土や岩といった物体も含まれている。

 そんな拳から繰り出される打撃を受ければ、例え鱗が守ろうと衝撃が突き抜ける。

 黒龍が呻き声を上げ、巨体を揺らした。

 衝撃の余波が雪原に波紋のように広がり、舞い上がる雪が視界を遮る。


「……よし」


 確かな手応えを感じながら、あたしは次の一手を考える

 しかし黒龍もそう簡単に倒れる相手ではない、雪煙の中から鋭い黄金の瞳がぎらりと光った。

 巨大な翼をはためかせ、黒龍が空へと逃れようとする。

 その最中も『風見鶏』が特攻を続けているが、最早黒龍は意にも介さない。

 口元に炎が灯り、安全圏から精霊を焼き尽くさんと――


「――もう空は君のものじゃないよ」


 跳び上がったヴィルの踵落としが頭部に直撃し、無理矢理に閉じられた口腔内でブレスが爆発する。

 地上から空中の黒龍までざっと二十メートルはあるだろうか、それだけの距離をたった一歩で詰め、一撃でブレスを阻止した脚力には驚嘆を隠し切れない。

 あたしの魔術が作り出す精霊達とは異なり、ヴィルの魔力は純粋な暴風のように周囲の空気を震わせている。

 魔力量という点において、ヴィルの方がよっぽど本物の精霊だ。

 悶絶する黒龍に更なる追撃、長くしなる蹴脚が横っ面をぶち抜く。

 重たい音が空を鳴らし、遅れてやってきた衝撃波があたしの所まで届いてきた。

 尋常では無い威力、それでも黒龍は落ちない。

 瞳に燃える怒りのままに、蹴り動作の直後で身動きが取れないヴィルを吹き飛ばす。


「ヴィル!!」


 錐揉み回転しながら宙を舞うヴィル。

 ヴィルのことだ、ぶつかる直前に防御はしていただろうが、あの高度からの墜落では下手をすれば死にかねない。


「『羽ばたけ、風見鶏』!」


 込める魔力の量を多く、鷲程度の大きさで生まれた精霊がヴィルに向かって飛翔する。

『風見鶏』を空中で姿勢を安定させたヴィルの頭上に合わせると、意図を察したヴィルがその足を掴む。

 流石に人を持ち上げて飛び立つような出力はないが、空中から人を運んで滑空する程度の芸当は可能だ。

 何とかヴィルを救えたことで、あたしは安堵の溜息を吐く。

 けれど当のヴィルは未だ険しい表情をしていて――


「――逃げろ!ローラ!!」


「え……?」


 困惑するあたしの周囲に影が差す。

 それは巨大な、それこそ十メートルを優に超える――


「やば――」


 雪の積もる地面が爆発する。

 大質量を誇る巨体が大地を割り砕き、轟音が間近で発生したせいで耳が痛い。

 それでも、


「くっそ、あっぶないっての!」


 口をついて出た悪態を勢いのままに吐き出し、何とか隙間から這い出てその場を離れる。

 黒龍が襲ってくる直前、『岩猿』を間に滑り込ませていなければあたしは間違いなく潰れていた、それはもうぺしゃんこに。

 今回は間一髪逃れることが出来たが、まだ危機は去っていない。


「あいつ、ずっとあたしを見てる」


 黒龍の縦長の瞳は、距離を取ろうとするあたしの動きを追従している。

 恐らく鬱陶しく攻撃を続ける精霊を生み出しているのがあたしだということを、黒龍は完全に理解しているのだろう。

 自身に甚大な被害をもたらすヴィルを脅威として認識しつつも、まずは邪魔な精霊の元凶を始末しようという訳だ。


「そんな簡単にやられるかっての……!」


 重い足を引き摺って走る。

 直近で雪が降ったのか足が沈み、ここ数日全く動けていたかったのも相まって、遅々とした走りに自分で腹が立つ。

 それでも力の限り走らなければならない、気を抜けば死が待っている。


「『沈め、水亀』!『輝け、月光蝶』!『墜とせ、影狼』!」


 立て続けに精霊を呼び出し、足止め、身体強化、呪いで時間を稼ごうと試みる。

 けれどどれだけ小石を積み上げたとしても壁にはなり得ない、『水亀』は潰され、身体強化は焼け石に水、『影狼』の呪いは黒龍の魔力に阻まれて意味を成さない。

 ……ああ、龍の高みはどこまでも遠い。


「こんのっ!」


 死に物狂いで逃げる、逃げる、逃げる。

 恥も外聞もない、ただ自分の命が惜しくて逃走している。

 対して黒龍は悠々と空を舞うでもなく、ただひたすらに地を蹴り、迫る。

 それはまるで狩人の如く、逃げ惑う獲物を弄ぶかのような狩猟本能の顕れ。


「くっ……!」


 必死になって魔力を練り上げる、次の一手を、次の精霊を。

 けれど焦りばかりが募り、次第にまともに精霊を呼び出す事すら難しくなっていく。

 それでも諦める訳にはいかない。

 精霊の呼び出しに失敗しようと、魔力が尽きかけようと、足がもつれそうになろうと、思考も足も止める訳にはいかないのだ。

 背後で黒龍が息を吸い込む音が聞こえる、次の攻撃の準備に入ったのだ。

 ブレスか、あるいは他の大規模な攻撃か、どちらにせよ、まともにくらえば終わる。


「『羽ばたけ、風見鶏』!『纏え、岩猿』!!」


 背後で閃光、即座にブレスと判断し、二種の精霊を呼び出して対処する。

『風見鶏』を可能な限り呼び出してブレスの射線上に割り込ませ、『岩猿』に防御姿勢を取らせてその背後に身を隠す。

 直後、直撃――――


「くっ……!あっ……!」


 灼熱が身を焦がす、震えるような寒さからの寒暖差に頭がおかしくなりそうだ。

『風見鶏』は一秒と持たずに溶かされ、『岩猿』の纏う岩も、どういうわけかぐつぐつと水が沸騰しているような音を出し始めている。

 ――きっと、足りない。

 黒龍のブレスの威力は、これまでの経験で嫌という程理解している。

 咄嗟に精霊を間に合わせることには成功したが、こんなものでは到底防ぎきることはできない。


「ああああああああああ!!」


 着実に迫る死の恐怖に叫びながら、必死に魔力を追加して『岩猿』を強化する……が、正しく焼け石に水だ。

 どうしよう、どうすればいいと思考を回す。

 回そうとするが、まともに考えがまとまらない、有効な手段が思いつかない。

 じりじりと『岩猿』がすり減り、命に刻限を設けられる。

 やがて打開策の浮かばないまま、『岩猿』諸共焼き尽くされ――


「――危ない所だった。ぎりぎりだったね」


 一気に気温が下がる。

 理由はあわやブレスに焼かれるという所だったあたしを、ヴィルが横から掻っ攫ってくれたからだ。

 本当に後少しでも遅れていれば、あたしは苦しむ間もなく火葬されていただろう。

 またヴィルに助けられてしまった。


「ありがとう。でも……」


 助かったのはありがたいが、打開策のない現状、無闇に戦っているだけではいずれ力尽きてしまう。

 もう何度もヴィルの攻撃が直撃しているにも拘らず、黒龍の戦意は衰える所を知らず、寧ろ高まっているようにすら感じられる程だ。


「一体どうすれば……」


「一緒に考えよう。大丈夫、その為の時間は僕が稼ぐよ」


 優しい微笑みは前を向いた瞬間闘志が漲り、一歩前へと足が進む。

 その背中のなんと頼もしいことか。

 ――無駄にはしない。

 ヴィルが時間を作ってくれるというのなら、それに応えるのがあたしの役目だ。

 そっと白い息を吐き、思考を冷静なものへと切り替える。

 黒龍はもう、あたしを見てはいなかった。


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