第17話 紅と銀の出会い 二
「――試験終了。受験生の皆さんは速やかに筆記具を置いて下さい」
監督者がそう指示した途端にあちこちで吐息が漏れ、弛緩した空気が教室中に漂う。
普段弛んだ姿を見せないバレンシアも、流石に疲労したのか背もたれに体を預け、眉間を揉む様に目を労わっている。
ここは筆記試験会場C、60人程度の受験生を抱え先程まで基礎知識、歴史、魔術の三つの試験が行われていた。
優秀と言われる家庭教師を雇い、猛勉強して備えた甲斐もあり何とか満足のいく回答が出来たと、胸を撫で下ろすバレンシア。
途中凄まじい難易度の問題がいくつか混じっていたものの捨て問題と判断、この学年の中でも相当上位に食い込んだと確信をしていた。
他の受験者の成績によっては一位も十分狙える出来だ。
次は実技試験、筆記試験でかなりの体力を持っていかれたが、まだまだ気力は十分。
意識を切り替え、次に指定された試験会場へと移動を始めようと教室を出て、
「これはバレンシア様、お久しぶりでございます」
「あの、もしよろしければ途中までご一緒させてくださいませんか?」
「あら、あなた達も一緒だったのね。ええ勿論、構わないわよ」
退室した直後に、以前から交流のある貴族令嬢二人と遭遇、共に行動する事に。
そして話題は当然と言うべきか、自然と先程の筆記試験についてのものになったのだった。
「バレンシア様は先程の筆記試験、どうでしたか?」
「そうね……私の感覚だと九割近くは答えられたと思うわ」
「まあ!さすがですわ!」
「『真紅の若き天才』の異名は伊達じゃありませんね!」
『真紅の若き天才』という単語を聞いて口が引き攣った。
――誰だろうか、これほどまでに恥ずかしい通り名を考えてくれたのは。
名も知らぬ誰かに堪えがたい怒りを覚えつつ、何とか話題を変えようと楽しそうに話している二人に話題を振る。
「そ、その真紅なんたらは置いておいて、あなた達はどうだったの?」
「わたくしたちはあまり……元々自分の学力よりも少し上の学校でしたから」
「けれど悪くもない、可もなく不可もなくという感じでした。周りも大体同じだったようで……あ、それで思い出したのですが……」
と話の途中、何かを思い出したように貴族令嬢の片方が声を上げた。
「私達の試験会場に、見たこともないほど容姿の整った銀髪の殿方がいらっしゃったんです。その方があまりにも美しい方でしたから見惚れてしまって……危うく試験をすっぽかしかける所でした」
「そうですわね。なんというかバレンシア様に似た『空気』の持ち主で、纏う空気まで美しかったですわ」
「そんなに?どこの貴族なの?」
「……それが、誰もお分かりにならなかったのですわ。わたくしも友人方に聞いてみたのですけれど、誰一人心当たりがないと」
「終始涼しいお顔であの試験を受けていらっしゃいましたから、勉強の出来る環境にある方なのでしょうけどね」
「貴族じゃない、どこか有力な家の出身という事かしら。その人には私も是非一度会ってみたいわね」
「おや?バレンシア様も興味がおありで?」
意外そうな顔と嬉しそうな顔で迫られ、その圧に気圧されながら嘆息する。
どうして同年代の女子達はこういった話題を好むのだろうか、バレンシアの体感では下級貴族の令嬢に特に多い気がする。
正直、あまりその心理が理解出来ないのだが、
「違うわよ。私はただその人がどの程度の実力を持っているのか気になるだけ。筆記が出来るから実技が出来るとは限らないけれど、噂の彼が容姿だけでないといいわね」
バレンシアの瞳に宿る炎を見て燃えてますわね、やらいつも通りのバレンシア様ですね、やらこそこそ話す二人を一睨、すたすたと早歩きで置き去りにする。
それから慌てて追いついてきた二人と他愛も無い話に花を咲かせながら、バレンシア一行は仮想闘技場の方向へと向かっていったのだった。
―――――
「それではバレンシア様、わたくし達はB会場ですからここで」
「バレンシア様ならば心配ないでしょうが、ご健闘をお祈りしています」
「ええ、あなた達も頑張って」
道中会場の違う二人と別れ、バレンシアは一人仮想闘技場Cに到着していた。
楕円を描く仮想闘技場Cは天井付き、中央に保護魔術『御天に誓う』発動可能な設備が三つ搭載され、その周りには千人は収容出来そうな観客席が360度を囲っている。
普通『御天に誓う』は発動に相当量の魔力結晶を消費する為、大規模で重要な大会などでしか使われる事は無いのだが、王立校のアルケミア学園は入学試験ですらこうも容易く用いるのか。
既に知っていた事ではあるが、財力の底が全く見えない。
そんな事を考えつつ闘技場の中央を見ると、もう幾つかの試合が始まってしまっているようだ。
今もけたたましい咆哮を上げて、茶髪の青年が身の丈程の大剣を振り回している。
青年は相当強く、対戦相手は防戦一方になってしまっていた。
彼がこの学園に入学を志す者の平均とは思っていないが、実技試験が始まってすぐに強者が発見出来た事で、バレンシアは期待を大きくする。
願わくば彼と、彼以上の強者がクラスメイトになってくれるよう祈りながら。
闘技場中央の様子を見ながらバレンシアが到着した時には、既に席の殆どが埋まりつつあったものの、五分程彷徨った果てに何とか三席セットの一列の開いていた席を確保する事に成功した。
これでようやっと一息つけるかと、内心では考えていたのだが……
「あの紅い髪ってもしかして……」
「『真紅の……』あれなんだっけ……」
やはりここでもバレンシアの噂というものは知れ渡っているらしい――その恥ずかしい通り名と共に。
そこまで周囲の席に空きがある訳でもないのに、両隣の席はともかくとして心なしか周りの風通しが良くなった気さえしてくる。
そんなに近寄り難い空気でも出しているのだろうか、頭の中で肩を落としつつ、来たる自分の試合に向けて気合を入れ直そうとした直後、一人の青年に声を掛けられた。
――それは聞く者の心を絡め取るような、魔性を秘めた穏やかな声だった。
「失礼、お隣よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんどう――――――――」
振り向き、瞬間世界が停止した。
――次に人が見る事の叶う、世界で最も優れた芸術品は何かと問われれば、真っ先に彼の事を挙げるだろう。
それ程までに完璧な容姿をした青年だった。
陽の光を返すさらさらとした銀髪、見た者に穏やかな印象を与える御空色の双眸がバレンシアの瞳を捕らえて離さない。
どこか中性的な、しかし重量のある魔性の柔らかな声に今も耳は囚われたままだ。
こちらを見る意外そうな、少し驚いた表情も驚く程様になっていて、より一層青年から目が離せなくなる。
青年の身長はバレンシアよりも頭一つ分高いくらいか、体つきは決して細くはないのだがどこか華奢な印象だ。
しかし注意深く見てみると、冒険者のような安物の服の内側は、見事に鍛えられている事が分かる。
それも隆起した筋肉ではなく引き締まった、計算された筋肉の付き方が青年の知識の深さを物語っている。
まるで完成された彫刻のような、人を超えたような美しさを持った青年に、心臓の鼓動が高鳴って止まない。
――不覚にも見惚れてしまった。
「ええと……大丈夫ですか?」
「……はっ!ええ。隣よね、どうぞ座って」
やや声が上擦りながらも何とか応答し、それを受けて青年が真ん中の一席を空けて静かに着席する。
遠くを見る横顔も綺麗……などと考えかけた思考を物理的に振り切り、ようやくバレンシアは現実へと意識を引き戻す。
これが件の『容姿の整った銀髪の殿方』だろうか、そう考えた瞬間当初の疑問が頭をよぎった。
「くつろいでいらっしゃった所に申し訳ありません。何分他の席が空いていなかったものですから」
「いえ、それは構わないわ。――それよりあなた、名前は何て言うのかしら?」
青年はバレンシアの問いにやや驚いたような表情を見せたが、合点がいったように爽やかな笑みを見せた。
そして――
「ああ、そういえばまだ名乗っていませんでしたね。申し遅れました、僕はヴィル・マクラーレンといいます。以後お見知りおきを」
そう言って青年――ヴィル・マクラーレンは優雅にその名を名乗ったのだった。
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