第154話 聖地フローリア 二
Sクラスがフローリアに着いた翌日、この日は移動の疲労を鑑みて休息日として生徒達に自由が与えられていた。
朝食は宿で用意されているが昼食と夕食は自由、勿論宿で食べる事も可能だが外の飲食店を選ぶ事も可能となっている。
そしてここフローリアは観光地であり世界有数のゼレス教の聖地、訪れる場所には事欠かない場所である。
となれば当然観光だ、ヴィルは朝食を済ませて直ぐニアを誘いに部屋を訪れた。
だが、
「え~、寒いし外出たくないよ。だって朝窓を開けてあくびしたら涙が凍ったんだよ?あたしは宿でいいかなぁ」
と後ろ向きの姿勢だ。
だがこの地に縁のあるヴィルとしてはニアにも見て欲しいものがあり、そう簡単に諦める訳にはいかなかった。
「でも折角フローリアまで来たんだし、行ってみても良いんじゃないかな?滅多に無い機会だよ?」
「え~、でもなぁ……ちなみにヴィル一人なの?」
「いや、何人かで一緒に行く予定だよ。シア、ザック、クレア、フェロー、クラーラ、アンナでしょ。後はヴァルフォイルにカストールにリリアにクロゥに、ルイとジャックも行くって言ってたかな?マーガレッタとフェリシスは二人で色々と見て回るみたいだし、シュトナは一人が性に合ってるって。ローラには断られちゃったんだけど」
「ってそれもうあたし以外全員じゃん!?あたしも行くよ!」
「え?でも外は寒いって。別に無理はしなくても……」
「行くよ!行きますよ!わがまま言ってごめんって!おいてかないで~」
という訳で、ニアがSクラスのほぼ全員が聖地観光を敢行する事となった。
慌てて準備を済ませたニアが玄関へ向かうと、そこには勢揃いしたSクラス生徒の姿がある。
結局一緒に行動する事にしたのか、二人で見て回ると言っていたマーガレッタとフェリシスや、単独行動すると言っていたシュトナも集まって話していた。
そこへ遅れてやって来たニアを見て、服を何枚も着込み暖かそうな格好のバレンシアがふっと微笑む。
「あら、遅かったわね。昨日は絶対に外に出ないと息巻いていたけれど、結局ヴィルの口車に乗せられたのかしら。流石幼馴染、ニアの扱いが上手いのね」
「ニアは暑がりで寒がりだけど寂しがりでもあるからね。皆が外出する事を教えたらすぐだったよ」
「そーゆー会話やめてくれるかな!?待たせてごめんね早速行こうか!」
ニアの言葉を皮切りに、一同は『夏の大雪』を出発する。
まず最初に向かう先はここフローリアの目玉にして最大の観光名所であるフローリア大聖堂だ。
そもそも大聖堂とは何かと言うと、協会が聖地と指定した場所を管理する為の建物であり、世界にたった三カ所しかない特別な聖堂である。
ちなみに大聖堂が置かれた三カ所の聖地は世界三大神秘とも言われ、ここ霊峰エルフロスト及びフローリア、同じく王国の東部にある精霊樹海、最後に西は聖法国の地獄門という具合になっている。
そんな大聖堂には日々巡礼者や教会と縁があったり信心深い貴族などが訪れ、礼拝を行っているのだ。
とは言え一年Sクラスの生徒の中に信心深い生徒は居らず、今回は純粋な観光目的での訪問となる。
極寒の中での集団移動、幸いにも宿から大聖堂まではそこまで距離が無く、また巨大な建物が故見失ったり道に迷ったりする事も無く、ものの十数分で辿り着く事が出来た。
――荘厳という一言ではかの建物の偉容を表すには言葉が足りず、壮観という一言ではかの建物の大きさを表すには言葉が小さ過ぎる。
それ程までに巨大で、かつ繊細な美を醸し出す大聖堂は見る者に畏敬の念と畏怖すら抱かせる、学園や王城とはまた違う見事な建造物。
すぐ側まで近づいて見上げれば、首が痛くなる程にその頂点は遠い。
そこは間違い無くフローリアで一番の建物だった。
「でっけー」
「ホント、これを人が建てたってんだから信じらんないわ」
「フッ、懐かしいものよ。我が生きていた時代にはまだ完成しておらなんだ。あれがここまでになるとは……これも人という種の力、か」
「そうだねぇ、人ってスゴイねぇ」
「すっごいそっくり。みんな仲良しでなによりだね」
揃って背を反らし見上げるザックとクレア、そして同じく背を反らす姿勢で大聖堂を見るリリアとクロゥ、そのその四人を見てくすくすと笑いを零すニア。
普段なら耳聡いクレアがザックと仲良しなどと言われた事聞きつけ怒りを露わにした場面なのだろうが、今は大聖堂を目の前に意識が集中していたらしい。
一行は大聖堂の外観を見つつぐるりと周りを一周、それから中へと足を踏み入れていく。
「凄いな、あれがかの有名なロスティア様式とトルム様式の併用建築か。実際に目にしたのは初めてだ」
「ルイは詳しいんだね。普通見ただけで建築様式まで当てられないよ」
「その言い方、ヴィルも分かっていたんだろう?だが、これを見れただけでもここに来た価値はあったな。その……誘ってくれた事、感謝する。僕一人じゃ、寒さにうんざりで外にすら出なかったかもしれない」
「水臭いね、友人なんだからそんな礼は不要ってものだよ」
「ほう、二人共何やら楽しそうに話しているな。ヴィルが博識なのは知っていたがルイも似た口か。良ければ私にも一つ教えてもらえるかな?」
「シュトナ、か。こうして誰かに話すというのも少し恥ずかしいものがあるが……いいだろう。あの部分はトルム様式といって今でも使われる技法なんだが、少しくすんで色が変わってる箇所があるだろ?あそこからロスティア形式という昔の技法になってるんだが、分かるか?」
「ふむ。確かに言われてみれば色が違う……というより素材と掘り方が違っているのかな?」
「そうだ。というのもこの大聖堂は建造に二百年以上を要した建物で、当然それだけ長い年月をかけていれば廃れる技の一つや二つある。所謂流行というものだが、その時代毎に建築様式が変わっている箇所が幾つか散見されるんだ。ただでさえ今ではお目にかかれないロスティア形式が、こうして他の技法と組み合わさり調和が取れている。これがどれだけ素晴らしいものか分かるか?」
「いやはやなるほど、ルイに言われなければこの価値に気付けなかった所だったよ。それ程までに奥深い建物だったんだね。私もまだまだ知らない事が多い。もしルイさえ良ければだが、このまま解説をお願いしても構わないかな?君の話し方は上手く、何より面白い」
「そ、そうか?僕で良ければ別に……。んんっ、それじゃあ、あっちのステンドグラスなんだが……」
ルイとシュトナは教室で隣の席だが、これまでのルイの排他的な態度もあって殆ど会話をしてこなかった。
だがヴィルに説得されてからのルイは彼基準で積極的にクラスメイトとの交流を試みており、その中には当然隣のシュトナも含まれていた。
それからというもの読書家という共通点もあり意気投合、Sクラス内ではルイにとってヴィルと同じくらい話せる相手になっていたのだ。
今も気分良く舌を回すルイに対し、シュトナは時折質問をしながら大聖堂の細かな解説に聞き入っている。
予想よりもずっと早く馴染んだ様子のルイに微笑みつつ、ヴィルは二人に混ざり様々な視点から大聖堂を満喫したのだった。
―――――
大聖堂を後にしたSクラス一行は次の目的地、神代の居住区跡へと足を運んでいた。
神代の居住区跡とは文字通り、神が地上で人の隣人として生活していた時代の、神と人とが暮らした居住区の跡地の事を指す。
今でこそ完全に朽ち果ててしまい、建物の一部が瓦礫として残り、その敷地の一部が雪で覆われないよう大きな建物の中に納まってしまっているが、当時はそこそこ大きな村があったとされている。
当時から信仰の対象であった神が実際に地を歩き、すれ違う人々と挨拶をして、何気ない世間話に花を咲かせ、共に酒を飲んで眠り、また朝日が昇る。
文献で目にし授業で耳にしても想像し難い光景だと今を生きる多くの人は感じるだろうが、紛れも無い事実だ。
今も教会や各国に残る多くの文献、多くの物証が神代の存在を確かに証明している。
その物証の一つがここ神代の居住区跡である。
「観光名所っつってもこっちはなんもねぇな。まあ跡っちゃ跡なんだろうが」
「本当、ヴァルフォイルってこういう所に向いてないわよねえ。文化的価値とか歴史的価値とか、そういうものに目を向けて価値を見出せないのって凄く勿体無いと思うわあ。ま、何にもないけどねえ」
「そういうあなたもヴァルフォイルと同じじゃない、レヴィア。それに、何も無いのは向こうの博物館の方に殆どの出土品が運び出されているからでしょう。後で向かう予定ではあるけれど、今はこうして人の軌跡を見るのも悪くは無いわ」
「それはシアの言う通りなんだが、どうしても俺らの年じゃ退屈に感じるわな。ヴィルとルイとシュトナはめちゃくちゃ楽しそうにしてるが……ありゃ一緒になるにはちときついな」
「うむ!吾輩も見聞を広めるべく混ぜてもらったが、三人共々何を言っているやらさっぱりであった!好きこそものの上手なれ、裏を返せば興味の無い分野はとんと上達せぬものよ。やはり吾輩には分かりやすい展示の方が性に合っていような」
フェローとカストールが視線を向ける先には、ヴァルフォイル達が何も無いと一言に切り捨てた居住区跡を見て、驚く程話を広げている三人の姿がある。
何が出来ても不思議では無いヴィルや博識なルイはともかくとして、あまりそういった素振りを見せないシュトナまでもが話に混ざっていたのは意外だった。
「ルイがあんな楽しそうに人と話してるのも同じくらい意外だったがな。俺、まずあいつが他人と喋ってるのも殆ど見た事ねぇぞ」
「そうねえ。けど最近はワタシにも話してくれるようになったのよ?ほんの少しだけど」
「ならヴィルの影響でしょうね。ルイの説得を買って出たのは彼だもの。今も決して好奇心から話に混ざっているんじゃなく、ルイのサポートをしてるのでしょうね、ええ」
「オレにぁ、バリバリ好奇心で喋ってるようにしか見えねぇが」
「冗談よ。ヴィルの事だもの、ルイの補助はついで、自分の好奇心に従ってるだけだと思うわ」
「同感だな」
間違いなく、この中で一番フローリア観光を楽しんでいるのがあの三人だろう。
彼ら彼女らのような年の子供に歴史的文化財の価値を知れというのも無理がある話かもしれないが、三人に限っては例外であるらしかった。
とはいえ他の生徒にとって退屈である事もまた事実、そろそろ見せるものとして工夫がされた博物館へ移る頃合いだろう。
だが三人には外で最後に見たいものがあるらしく、博物館とは反対の方向へと歩き始める。
何かあっただろうかとその他生徒が三人の後を追うと、そこには独立した小さな建物があった。
中へ入り先へ進めば下へと下って行く階段、更に先へ歩いて行くと、そこには巨大な石碑が設置されていた。
この建物は最近になって建て替えられたのか真新しく、当時の何かという訳ではないらしいが、その石碑だけは今にも崩れてしまいそうな程に朽ちてしまっている。
全員が石碑の前に辿り着いた所で、ヴィルはぽつりと呟いた。
「――『勇者、レギン・シルバー、ここに眠る』」
「あなたこの文字が読めるの?レギン、という事はこれは初代勇者の霊廟なの?」
「うん。しかも本人の遺骨が埋葬されていると言われている、正規のお墓だよ。ここまで来る道のりもそうだけど、この辺りだけ少し掘り下げられているのが分かるかな?」
「そう言われれば確かに……なら上の霊廟だけは建て替えで、このお墓は当時の?」
「その通り、彼が生きて死んだ、その時代に建てられた本物だよ。何千年もこうして無事なのは管理が行き届いていたからだろうね。凄い事だよ」
ヴィルは静かに、墓石を見て感慨を口にする。
その表情は先程までのワクワクしたものとは打って変わって、どこか感慨深げで張り詰めたものへと変わっていた。
それがどういう意味を持っているのか、バレンシアには分からない。
ただの憧れか、それとも他の何かなのか。
ただ生中な感情でない事だけは明らかだった。
それから一行は霊廟を出て博物館を巡り、フローリア観光を楽しんだのだった。
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