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第15話 いざ、王立アルケミア学園へ 二


 夜は更け、空からは無数の星々と、主張激しく輝く明るい月がその姿を晒していた。

 この状況は、襲撃者たるレイドヴィル達にとって絶好の追い風となる。

 定刻が迫るレイドヴィル一行は、襲撃場所までもう少しという地点で最後の準備を行っていた。


「ムーナ、まだ少し冷えるでしょ?これ毛布とスープね」


「あ、ありがとうございます。――――ほぅ、おいしい」


 両手で抱えるようにカップを持ち、穏やかな顔をしているムーナをちらりと見てから隣に腰掛ける。

 傍にあった倒木に体を預け空を見上げると、そこには一面の星の海が広がっていた。

 その物思いを誘う夜空に、戦の前の緊張も高揚も忘れてしまいそうになる。

 そう感じたのはレイドヴィルだけではないようで、周りを見渡してみると今回作戦に参加する騎士達も、この後に待っている血生臭い展開を忘れて星空に見入っているようだ。

 特に大きな満月は騎士を魅了するのに十分であったようで、皆が談笑する話題に引っ張りだこと言った所か。

 その様子を見ていたレイドヴィルも、周りと同じく話題に選ばせてもらう事にした。


「月が綺麗だね。こんなに綺麗な月を見るのは久し振りだよ。もう春だけど空気が冷えてるからかな」


「……そうですね。けどわたしは星の方が好きです。月は一人きりで、ちょっと寂しそうですから」


 どこか悲し気にそう呟くムーナの表情を見て、レイドヴィルは押し黙る。

 天にただ一人でぽつりと佇む月を見て、彼女は何を思ったのか。

 その横顔から覗く眼差しはどこか友人を案ずる様な、そんな色を宿しているように見えた。


「太陽って暖かくてみんなから愛されてて、いつも誰かに見てもらえるじゃないですか。けど月は違うんです。月は冷たくて寂しがり屋で夜にしか出てこれなくて、だから闇を照らしても誰にも喜んでもらえない感じがして」


 そう言ってムーナは自分の掌を一瞥してから見上げて月に手を伸ばし、そっと輪郭に沿わせるように撫ぜる。

 やがてどれだけ手を伸ばそうとも届かないことに気付いて顔を下ろし、レイドヴィルが見ていた事に気付くと恥ずかし気に自嘲じみた苦笑をこぼし、


「――だからわたしは月が嫌いです」


「そっか……」


 ――ああ、やはりだ。

 嫌いと言いながらその目は暖かい。

 その慈しむような目が何よりも雄弁に物語っている。

 その表情が本人も気付いていない本心を代弁している。

 ――きっと彼女は月が大好きなのだ。

 月が好きだから心配で、傷ついて欲しくなくて、傷ついているのを見たくなくて、だから変われないその在り方が嫌いなのではないかとレイドヴィルは思う。

 それが正解かどうかは分からないけれど、それでも彼女の心の一端に触れられた気がした。


「おーい二人共、そろそろ時間だ。出発するぞ」


「それじゃあ行こうか、父様が待ってる」


 そういってレイドヴィルが手を差し出すと、ムーナは少し驚いた顔をして、それからおずおずと手を取った。

 おっかなびっくり、差し出されたその手は少し冷たかった。


 ―――――


「三、二、一、――――突入」


「ッ!」


 舞台は山奥の古ぼけた屋敷。

 号令と同時に激しい音と共に、窓をその周りの壁ごと突き破り、騎士達の一グループが屋敷へ侵入する。

 先頭を行くのはレイドヴィル、その僅か後方にムーナと数人の騎士が続く。

 レイドヴィル達に与えられた役割は敵戦力の殲滅と、そしてその役割を果たすムーナの護衛だ。

 突撃した先は廊下のようだ、レイドヴィルを含めた護衛役が左右を見渡し安全を確認――合図を出す。


「『詠み手はここに、解に示す法を織る。紡ぐは月輪。天に纏わる帳を晴らす』」


 手で皿のようなものを作ったムーナが、神聖な雰囲気を纏い、簡略詠唱を淀みなく言い切る。

 すると次第に、ムーナの手の平に光が集まり始めた。

 それはまるで降り注ぐ月光が歪曲しているようで、手の上に集まった光は空に浮かぶ夜の太陽――月を(かたど)っていく。

 するとこれまで目を伏せ気味にしていたムーナが顔を上げ、廊下の先へ目線を送る。

 ――瞬間、手の上にあった月から光線が飛び、曲線を描いて廊下の角を曲がっていった。

 直後、男の断末魔が夜の廊下に響く。

 警戒しつつレイドヴィルが廊下の先を覗いてみると、そこには絶命した二人の盗賊の姿があった。

 検分してみると片方は首を貫かれており、そのせいで一人分の声しか聞こえなかったようだ。

 直接見えない敵を発見し、かなりの遠距離から正確に狙撃してのける。

 相変わらず敵には回したくない魔術師だと、レイドヴィルは頼もしく思う。

 ――これがムーナの固有魔術『偽装月界』。

 降り注ぐ月の光を手の平に集めて偽りの月を生成、月光を用いて攻撃・防御・索敵をこなす万能魔術だ。

 前述の通り夜である事、天候が整っている事が条件となるが、それさえ満たせれば無類の強さを誇るシルベスター家の秘密兵器。

 だが本人自体は一般人程の身体能力しか有しておらず、剣の間合いに入られると対処が難しい為、こうしてレイドヴィル達が傍に張り付き露払いを行うのだ。


『周囲に敵影は』


「えーと……他は大丈夫です、近くにはいません。――それじゃあ掃討を開始します」


 無数の極光が放たれ、屋敷の内外を問わず飛翔していく月光。

 見えはせずとも分かる――その先には盗賊たちの死が待っていると。

 目をぎゅっと瞑り、額に汗を浮かべ魔術を行使するムーナ。

 強力な魔術、とりわけ術者から離れれば離れる程に、魔術というものは莫大な集中力を必要とする。

 畢竟、ムーナは周辺への警戒が疎かになる訳で――


「いたぞ!あそこだ!」


「殺せぇ!!」


 目を血走らせた盗賊たちが、ムーナ目掛けて走って来る。

 そして無防備になっているムーナに、その凶刃を振り下ろそうとして――


『させる訳が無いでしょう』


 低い姿勢から放たれたレイドヴィルの剣撃が、盗賊の目論見を見事に阻止する。

 その不意を突く一撃に、盗賊の姿勢が崩れ仰け反った。

 そこへすかさず一閃、粗野な男を真っ二つに切り捨てる。


「テメェ……」


 仲間を失った男が呻くようにレイドヴィルの方を憎し気に睨みつけるが、対するレイドヴィルは涼しい顔を崩さない。

 その空気を察して、盗賊の方も意識を切り替えたようだ。

 独特ながら隙の少ない構えで、レイドヴィルと対峙する。


「テメェら銀翼騎士団(シルバーナイツ)だろ!どこから嗅ぎつけやがったんだチクショウめ!それにテメェ!なんなんだよその仮面は!ぼやけてうっとうしい!!」


()ですか?私はただの騎士ですよ』


「そのモヤモヤする声もうぜぇ!立ち姿も技量も飛び抜けてやがる、絶対にただもんじゃねえんだよ!」


 この盗賊がレイドヴィルを見て、ここまで警戒するのも当然と言える。

 何故ならレイドヴィルは『霧相の面』という、目元を完全に覆う形の仮面を被っているからだ。

『霧相の面』とはシルベスター家の保有するアーティファクトの一つで、使用者の顔は勿論、髪型や体つき、声まで偽る事の出来る優れ物だ。

 周囲の人物が今のレイドヴィルを見れば、体全体に霧か靄が掛かったように見える事だろう。

 更に偽る対象を選ぶ事も出来る為、今回のような集団戦闘では誤爆を防ぐ意味でも非常に使いやすい。

 しかし、そんな『霧相の面』でも立ち姿や歩き方や話し方などは誤魔化せない為、普段とは異なる人物を演じる。

 姿勢、仕草、癖、歩幅、足運び、剣技、戦術。

 レイドヴィルが普段使っている一人称も、『僕』ではなく『私』に切り替え、より丁寧な話し方をする。

 別人を装うというこの訓練は、ここ最近の指導役であるローゼルの元、何度も繰り返し繰り返し練習し完成したものだ。

 超一流の識別眼でもない限り、見える部分から正体を見抜く事は不可能だろう。


『――罪と咎には相応しき罰を。どこからでもどうぞ』


「舐めやがっ、てぇ!!」


 怒号と共に男が疾走、激しい斬り合いに硬質な音が響き渡る。

 数合斬り結び、レイドヴィルは自分の勝ちを確信した。

 盗賊の方も技術では勝ち目が無いと感じたのか、大振りにやや反りのある剣をレイドヴィルに向けて叩き付ける。

 それに対し、レイドヴィルは寝かせるように刀身を傾け、曲刀を滑らせ迎撃。

 その勢いのままにすれ違い、直後自らの左脇下を右手が潜り、背後の男に向けて刺突を放つ。

 レイドヴィルの奇抜な剣技に驚くもそこは手練れ、肉を削られながらもレイドヴィルの無防備な背中に剣撃を放ち――


「チッ!背中に目でもついてやがんのかよ!!」


 レイドヴィルは手応えが無かったと見るや、すかさず右手の剣を手放し左手で掴み、逆手持ちの状態で背後からの一撃を完全に退けて見せたのだ。

 そしてすれ違ってからのこの一連、レイドヴィルは一度も背後を振り返っていない。

 だがそれは決して、相手を軽く見ている訳では無い。

 ――レイドヴィルは元々、魔術の評価項目の一つである、有効範囲の極めて広い人物である。

 レイドヴィルを治療した件の後遺症で、術式範囲自体は体表五センチ以内、またはその範囲内の単一の物体と言う限られたものになってしまい、術式威力も大きく減衰したが、副次的能力である空間把握能力が衰えた訳では無い。

 レイドヴィルは半径五メートル以内の物体の動きを魔力の流れでほぼ完全に把握しており、その明度は彼に近づけば近づく程鮮明になっていく。

 ――『第二視界領域(プライベート)』、つまりレイドヴィルのすぐ背後などは、完全に彼の間合いであるという事だ。


「が――!!」


『――――ッ!』


 動きの止まった膝に後ろ蹴りが直撃、苦悶を上げる男の脇腹に追撃の回し蹴りが吸い込まれるように突き刺さる。

 その回し蹴りを受けた男は吹き飛び、廊下を二回三回とバウンドしてから――止まった。


「はあ……はあ……やるじゃねえか、なら次は――」


『――申し訳ありませんが、あなたに次はありませんよ』


 レイドヴィルに言われた男は不思議そうに首を傾げ、やがて何かに気付いたのかゆっくりと目線を自身の胸元へと向ける。

 ――そこにはぽっかりと、あまりにも致命的に大きな風穴が開いていた。

 それを自覚した瞬間男はごぶりと血を吐きばたりと横に倒れ、そのまま二度と起き上がる事は無かった。

 その結果を見届け、レイドヴィルはするりと剣を鞘へと納める。

 今しがた盗賊の男の胸に穴が開いたばかりだが、レイドヴィルの心にもちょっとした穴が開いていた。

 どうせならば剣で決着を付けたかったと思う自分がいるのだが、それでは下手人に失礼というものだろう。

 そしてその下手人はと言えば、


「ふぅ、これで終わりですかね。屋敷の中も視える範囲の敵は全員倒しました。その穴の開いちゃってる方で最後です」


 やったーとばかりに伸びをして、完全に気を抜いているようだ。

 そんなムーナに労いの言葉を掛けて仮面を外し、盗賊団の所持していた金品を回収し合流地点へと向かう。

 道中で捕まっている人がいないか肉眼で確認したが、ムーナの索敵通り人の姿は見当たらなかった。

 しかしこうして満月の冷たい日の夜にこうしていると――


「――あの日もこんな夜だった」


「なんです?」


 どうやら考え事に留める筈だった言葉が、口から漏れてしまっていたらしい。

 いきなり言葉を呟いたレイドヴィルに、ムーナが疑問を見せる。


「ああいや、ムーナと一緒にこうやってると初任務の事を思い出してね」


「ああ、そういえばわたし達が初めて一緒に任務に就いたのも、こんな満月の日でしたもんね」


「あの時は勝手が分からなくて苦労したよ。人を助けるやり甲斐みたいなものを感じたのもあの時だったんだけどね。あの経験があったから、今の僕が居ると言っても過言じゃない」


 今でも鮮明に覚えている。

 あれは凶悪な人身売買組織を取り締まった時の事だった。

 まだ当時十二歳のレイドヴィルは銀翼騎士団(シルバーナイツ)として初めての実戦で、初参加ながらも次々と敵を薙ぎ倒していた。

 その道中、廊下に倒れ込む一人の少女を見つけ助けたのだが――


「驚くような桃色の髪の女の子だった。特徴的だったからね、覚えてるよ」


「そうですそうです!それで、レイドヴィルさんが……『大丈夫ですかお嬢さん、助けに来ました』って言ったんですよね。それがホントおかしくて、思わず笑っちゃいそうでした」


 決め顔で声真似をして、それからくすくすと笑うムーナにどこか釈然としない様子のレイドヴィル。

 本人的には特に何か意識をした覚えはないらしい。


「レイドヴィルさん的には納得できないかもしれないですけど、そのセリフがあったからわたしはレイドヴィルさんと積極的に話してみようと思ったんですよ?その前はわたしなんかとは立場も全然違くて、怖い人なのかもって思ってたんです」


 当時の情景を思い出すように、ムーナが窓から顔を出しどこか遠くを見る。

 そこからレイドヴィルの方を振り返った時のその顔はとても楽し気で、とても穏やかな顔をしていた。


「あの子、元気でいてくれるといいですね」


 それに関しては同感だと、レイドヴィルはそう思った。


 ―――――


 あれから更に夜は更け、馬車はシルベスター家へと到着した。

 既に空は明るく、太陽がその顔を見せ始めるのも時間の問題だろう。

 ムーナも馬車に揺られる内に、すっかり熟睡してしまったらしい。

 レイドヴィルが肩を揺すって起こそうとするも、うにゅむにゅと口を動かし幸せそうに眠ったままだ。

 これ以上起こすのは忍びないとムーナをメイドに任せ、レイドヴィルはシルベスターの敷地内から孤児院へと繋がる隠し通路へと歩みを進める。

 仄暗い明りが僅かに照らすのみの隠し通路は、自分が土竜か何かになったような気分にさせる。

 既に日付が変わってしまった為今日と呼ぶべきか、今日はアルケミア学院の入学試験当日で色々と準備を行わなくてはならない。

 残念ながらムーナのようにぐっすりとはいかないのだ。

 まず準備の一環として、平民という設定のレイドヴィルが貴族の敷地から学園に向かう事は出来ない為、カモフラージュとして孤児院で諸々の準備を行う予定になっている。

 向こうでは既にローゼルが殆どの事前準備を終えている筈だが、流石に本人抜きに全ての準備を行う事は出来ない。

 というよりレイドヴィルが申し訳無いと、敢えて全ては終えないようにと頼んでおいたのだ。

 ……それでもローゼルの事だから、大部分を終わらせてしまっているのだろうけれど。

 だが正直、今はそのお節介がありがたい。

 馬車の中で仮眠を取ったとはいえ街道の凹凸が激しく、十分な休息を取れていなかったのだ。

 入学試験は午前で終わる予定の為、何とか耐え切れるだろうと再度気合を入れ直すレイドヴィル。

 そうして考え事をしながら黙々と隠し通路を歩いていると、壁で塞がれている地点まで辿り着いてしまった。

 ――トントン、トトトン。

 予め決めておいた符丁で、壁の裏側へと合図を送る。

 すると然程も待たずに重い音を立てて、壁改め扉が開く。


「お待ちしておりましたレイドヴィル様。どうぞこちらへ」


「出迎えありがとうローゼル。……もしかしてずっと待ってたんじゃないよね?」


「もちろんずっとお待ちしておりましたとも…………と、言いたい所ですが(わたくし)も年ですからな、先程まで仮眠を取らせていただいておりました。レイドヴィル様ならばこれくらいの時間に来られるのではないかと」


「流石ローゼル。綺麗に予想が当たったね」


 扉を通ると、その先には先程までとは全く異なる景色が広がっていた。

 質素な部屋ながら、家具や飾ってある絵などから持ち主の細かなこだわりが見て取れる。

 この一室は、ローゼルが普段過ごしている孤児院の院長室だ。

 万が一にも関係者以外に隠し通路の事が知られないようにと、秘匿しやすい場所を選定したそうなのだが、ローゼル自身は己の部屋に隠し通路がある事をどう思っているのだろうか。


「こちら、私の方で今日着て行かれる平民用の服一式、レイドヴィル様好みの剣、寮生活用の日用品などをご用意させていただきました。制服も一式揃えておきましたので、後程ご覧ください」


 何でもない事のようにさらっと紹介するローゼルにうんうんと頷き、用意してくれたという荷物に手を伸ばし――


「いや待って。突っ込みたい所がいっぱいあるんだけど。まず準備が全部終わってる件については?」


「はい、レイドヴィル様はお疲れだろうと思い全て終わらせておきました。なに、礼などは不要ですとも」


「それはありがとう。ありがとうなんだけど……じゃあ既に合格を前提にした寮生活用の準備も終わってる件は?」


「はい、レイドヴィル様が落第になる事などありえないと思い全て終わらせておきました。レイドヴィル様とて落ちる気などありますまい?」


「――まあ、自信はあるけどね」


 レイドヴィルの自信に満ち溢れる顔を見て、ローゼルもまた誇らしげに頬を緩ませる。

 もう少し入試試験の準備というものをやってみたかったのだが、ローゼルの嬉しそうな顔を見てレイドヴィルもまあいいかという気持ちになってしまう。

 と、そこでふとローゼルが、真剣な表情でレイドヴィルの方を見つめてきた。

 今度は何だろうと身構えるレイドヴィルだったが――


「少し、こちらへ寄っていただけますか」


 いっそ拍子抜けする程真面目にそう言われ、警戒は解かないままにゆっくりとローゼルに近づく。

 すると、何かを確かめるように両の手をレイドヴィルの腕に触り、肩へ置き、淡い青色の瞳がレイドヴィルを射抜く。


「――大きく、なられましたな」


 ローゼルが初めてレイドヴィルに会ったのは、胸に抱いた小さな赤子の時。

 あの時はどこか只者でない気配を感じつつも、まだどこにでもいるような子供だった。

 それが今や、場を支配するような圧倒的な存在感を放ち、両者の目線は丁度同じ高さになっている。

 ローゼルとてよもや赤子のまま成長しないと思っていた訳ではないが……


「時が経つのは本当に早い。こんなにも強く立派になられるとは……」


「強さはともかく肉体が立派になっただけだよ。何も変わってない自分の中身が嫌になる」


「私は外側だけでなく内側の事も言ったつもりなのですが……レイドヴィル様がそう仰るのならそうなのかもしれませんな。ですが――」


 一度言葉を切り、これから伝える言葉が、気持ちが目の前の発展途上の青年に伝わって欲しいと、ローゼルは心から願う。


「少なくとも私はレイドヴィル様の事を評価しておりますよ。それこそこれまでに出会った誰よりも。しかしそれは何も、身体技能や才能に限った話ではございません」


 既にローゼルの持つ知識の殆どを吸収してしまった弟子に対し最後の説教を行うその姿が、レイドヴィルには寂し気に、しかしどこか嬉しそうにも見えた。

 話に聞き入るレイドヴィルを見据え、ローゼルは尚も話を続ける。


「貴方様は言葉通り誰よりも努力家でいらっしゃる。貴方が望むものを見つけ、それに向かって努力し続ける事はきっとレイドヴィル様の力となりましょう。そしてその力は国や世界のためには勿論、何よりレイドヴィル様、貴方様のためになる。私はそう確信しております」


「世界じゃなく、僕の為……」


 頭の中のどこにもなかった突然の発想に虚を突かれ、思わず自分の掌に視線を落とす。

 とても簡単な事に思えるのに、とても難しい事を聞かされた気がする。

 レイドヴィルは勇者となるべく生まれ落ちた。

 そしてみんなその『勇者』に期待をして、教育を施してくれたのではないのか。

 レイドヴィルも、最初から自分が勇者であるという事実を丸々信じ込んでいた訳ではない。

 産まれた年など偶然である可能性もありうるし、ミアの占星もヴィルは外れている場面を目にした事があった。

 だが、期待をされている事は嫌でも分かる。

 自分自身努力をする事は苦ではなく、寧ろ新しい事を出来るようになる事は気持ちの良い事だった。

 尽きない好奇心を埋めようと、必要不必要を問わず知識を溜め込んでいる内に、勉強面も十二分以上に充実していった。

 成果を出して、期待されて、成果を出して――そうしている内に自分自身も、人の為に人の為にと視野を狭めてはいやしなかったか。

 そうでなくとも考えが凝り固まって、重く沈んで決めつけてはいやしなかったか。

 ――強くなったのも賢くなったのも、その全ては自分の為。

 そう考えてしまって、本当にいいのだろうか……


「そう難しく考える必要はありません。ただご自分がしたいと思った事を成せばよいのです」


 突然視界の端から眩い光が差し、鋭い痛みが頭の内側を刺す。

 何事かと窓の外を覗くと窓の外、町より国より遠い向こうから、日の光が街を照らし始めているのが見えた。

 もうそんな時間かと驚く半面、何故だろうか、鮮烈な日光を放つそれがレイドヴィルには昨日とは随分違って見える。


「――とても清々しいお顔をなさる。私のお説教も少しは役に立ったという事ですかな」


「いつも助かってるよローゼル。これで凄く気分良く試験に臨めそうだ」


「それはなによりです。学生の頃に得る事のできる体験はそのどれもが貴重なものばかり。――どうか価値のある学園生活を送られますよう、祈っております」


「まだ合格はしてないんだけど……うん……。それじゃあまずはご飯を食べてもいいかな?まだ何も食べてないんだ」


「畏まりました、この腕によりをかけて」


「僕も手伝うよ。それくらいはさせてもらわないと」


 嬉しそうに張り切るローゼルの後を追いかけ、レイドヴィルは朝の空気を大きく吸い込んだ。


次回はようやく本作のメインヒロインの登場です。

自分の文章力に苦戦しつつですが頑張りますので、お楽しみに!


お読み頂き誠にありがとうございます

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