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第153話 聖地フローリア 一

 

 一年Sクラスを乗せた馬車が斜面を登って行く。

 最低限整備されているとはいえ山道でもそこまで馬車に揺れが無いのは、ひとえに降り積もる雪が緩衝材の役割を果たしていたからだ。

 ヴィルが窓の外を覗けば、そこからはしんしんと降り積もり続ける雪を見る事が出来た。

 今の季節は初秋、雪が降るには少々季節外れに思えるかもしれないが、ここは一年を通して雪が降り続ける特殊な土地だ。

 ――聖地フローリア、ゼレス教の神話によれば世界が創造された後に、初めて神が降り立ったと言われる地である。

 抗魔石が豊富に産出される霊峰エルフロストでは魔獣が発生せず、その結果溢れる魔力が天候に影響して成立する極寒の永久凍土。

 ほんの少しの距離を進んだだけで激変する気候に、一部の生徒は全く適応出来ないでいた。


「うおぉ、さみぃぃ……マジで一瞬で気温変わるのな、油断してたぜ……」


「アンタバカじゃないの?先生も散々上着は手元に置いとけって言ってたじゃない。ホンット人の忠告聞かないんだから」


「いやいや、普通こんなに一瞬で変わるなんて思わんだろ!クソッ、デカい荷物の方に突っ込むんじゃなかった……」


「ザック、僕ので良ければ貸そうか?本当は重ね着しようと思ってたんだけど、宿に着くまでの間くらいなら魔術で何とかなるし」


「マジか!?サンキューヴィル!これで凍死せずに済みそうだぜ!」


「チョットヴィル、あんまり甘やかしても何もいい事なんてないんだから、自分が損するだけよ?」


「僕が損をして友人が得をするならお安い御用だよ」


「聞いたかクレア、あれが正真正銘の善人の在り方だぞ」


「アレは善人通り越して聖人君主か何かでしょ。よそはよそ、うちはうちよ」


 寒さに震えていたザックはヴィルから上着を貸してもらいご満悦、クレアといつも通りのやり取りを繰り広げ実に温かそうである。

 そんな二人をこれまた温かい目で見るヴィルに、バレンシアは対照的なしらっとした冷たい視線を向けていた。


「あなた、もうニアには何も言わないのね」


「「ん?何が?」」


「いいえ。聞いた私が馬鹿だったわ」


 痛みに耐えかねるように頭に手をやるバレンシアに対し、ヴィルとニアの二人は顔を見合わせて首を傾げる。

 ザックに上着を一枚貸したせいで他の生徒と比べてやや薄着になっているヴィル、他の地域の冬でなら根性次第で寒さを凌げるかもしれないが、ここフローリアの極寒には耐えられない。

 そんなヴィルの隣の席にはニアが座っており、ヴィルが得た筈の温もりを補うようにぴったりとくっつき、腕を絡ませていたのだ。

 それは明らかに付き合っている男女の距離感であり、どれだけ親しいとしても幼馴染の距離感では無い、にも拘わらず当人達は付き合っていないと言うのだから始末に負えない。

 更に言えばニアがヴィルを温めているのではなく、実際はニアがヴィルの温度を調整する魔術の恩恵に与っているというのだから驚きだ。

 夏はヴィルにくっついて冷気を補給し、冬はヴィルにくっついて暖気を補給する、それがニアの豪語する一年の生存戦略だった。


「僕も最初は断っていたんだけどね、毎季節毎日のようにせがまれるから諦めたんだよ。ほら、ニアって押しが強いから」


 とは、どこか遠い目をしたヴィルの談である。

 そんな会話を繰り広げながら雪道を進む事三十分、一行を乗せた馬車はフローリアで宿泊予定の宿の前で停止した。

 フローリアは霊峰の側にある唯一の街という事で、聖地である他にも宿泊地として王国では有名だ。

 国内外から問わず観光客が訪れるここは、ピンからキリまで多種多様な宿が構えられており、一年Sクラスが二日に渡って宿泊するここはその中でも最もランクの高い宿だった。

 ある程度の断熱機能のある馬車内でも寒かったが、その馬車を出ると刺すような寒さというよくある表現すら生温い貫く冷気に襲われる。

 やはり大雪と風が組み合わさると寒さも段違いだ、誰もが即座に宿に駆け込みたい衝動に駆られる。

 だがすぐに入室という訳にはいかない、着替えなどを入れた大きい荷物は後続の馬車に積んでおり、そこから協力して取り出さなければならないのだ。


「全員聞こえているか?宿に入る前に手短に説明を行う!我々がこれから二日に渡って宿泊する『夏の大雪』は学園で貸し切っている為他の利用客は居ない!だがだからといって宿の方に迷惑を掛けないよう各自注意しろ!それから男子と女子の部屋割りは次の通りだ!」


 力のある男子を中心に順次荷物を取り出す最中、グラシエルは吹雪に負けない大声で宿の説明を行う。

 入口から見て左側が男子、右側が女子の領域となっており、そこからそれぞれに部屋が割り当てられている形だ。

 だが細かい部屋割りについて説明している暇は無い、もし悠長に説明などしようものならその間に凍り付いてしまう事だろう。

 早々に説明を終え、荷物を持った生徒達が次々に宿へと入って行く。


「すげぇ、でけぇ……」


「ホント、こんな豪華な宿一回も泊ったコトないわ」


「田舎の割に中々綺麗な場所ですわね。まずはお風呂に入りたいですわ」


「そうですね。では荷物だけ部屋に置いてすぐに行きましょうか。お手伝い致します」


 中へ入った生徒は口々に感想を呟く。

 ザックとクレアのような平民は未体験の光景に驚きを露わにしているが、マーガレッタとフェリシスのような貴族は豪華さに馴染みのある為か反応は地味なものだ。


「ヴィルもニアも意外と驚かないのね。こういう所は慣れているの?」


「うぇ!?いやぁ、学園とかもの凄い豪華だしそのせいかなぁ。ね、ヴィル!」


「そうだね。ニアも僕もシアとマーガレッタの家に行ったばかりだから、それもあるかもしれない」


「そう、それ!」


 王城にも訪れた経験のある上級貴族であるレイドヴィルは勿論の事、彼に付き従うメイドである所のニアもまたこうした豪華な建物には慣れてしまっている。

 だがヴィルとニアにそうした経験は無い、ニアは後付けであちこちを見回しては凄い凄いと感動を口にして回った。

『夏の大雪』はフローリアでも長い歴史を誇る高級宿で、普段は貴族や有名な登山家や冒険者などが宿泊するのだが、霊峰登山が恒例となっているアルケミア学園は毎年ここを貸し切りにしており、『夏の大雪』もその事を受け入れこの時期は事前の予約を受け付けていない。

 それは豊富な資金を有する学園だからこそ築く事の出来た協力関係だった。

 そんな宿に着いて生徒達がまずやる事と言えば、宿の探索である。

 内装、施設、それぞれの部屋の雰囲気、そうしたものを確かめるには始めに一度回ってしまった方が手っ取り早いもの。

 それに何より楽しい、宿の探索もまた旅行の醍醐味の一つと言えるのではないだろうか。

 まずやって来たのはヴィルの部屋、生徒の部屋は基本的に全て同じで、位置の関係上男子と女子でのみ違いがある為、ヴィルは男子代表として勝手に選ばれたのだった。


「まあいいけどね。別に見られて困る物も無いし」


「お邪魔しま~す。へぇ、結構あたしたちの部屋とは違うんだね。なんというか……雰囲気?が違う気がする」


「そうね。どちらかと言うと調度品がシック寄りなのかしら。とても落ち着くわ」


「ま、俺らはほぼ一緒だから特に何も思わんな。よし!それじゃ次は女子の部屋だ!行くぞ野郎共!」


「フェローってこういう時期待を裏切らない反応するよね、悪い意味でだけど。あたしの部屋はこっちだよ」


 一行は早々にヴィルの部屋から引き上げ、女子側の代表であるニアの部屋へと足を踏み入れる。

 女子の部屋はバレンシアが評したシックの反対、カジュアルな雰囲気の調度品でまとめられており、男子の部屋とはまた違った良さが感じられた。

 男子女子共にこれで『夏の大雪』の中でも一番安い部屋だと言うのだから、この宿のレベルの高さが窺える。

 だが一部の男子達はそんな事など気にも留めていない様子で、


「こっちはこっちで良い部屋だな……なんか良い匂いしねえ?」


「言われてみれば確かに。つか廊下から既に違った気がするぜ」


「これだから男子はホントに。悪いわねニア、こんな役目背負わせちゃって。せめてアタシがコイツら今直ぐ叩き出すから」


「別にいいってこれくらい。それより早く他行こっ!あたしご飯食べるとことお風呂気になってたんだ~」


 フェローとザックを気にも留めず、ニアは好奇心に満ちた表情で部屋を飛び出して行く。

 それに続くのは同じく興味深そうに内装を眺めていたヴィル、幼馴染とはいえ女子の部屋に入って一切の反応を見せないのは慣れ切っているからか、それともニアを家族と考えているからか。

 いずれにせよ格の違いを見せつけられる形になったフェローとザックには、女子達からしらっとした視線を向けられる事となった。

 次に一行が向かったのは食堂、広く豪華な空間が広がっていたもののまだ食事の用意も始まっていないようで、一通り見て回った後何事も無く次へと向かう。

 宿内をくまなく探索しつつ、最後に訪れたのは浴場だ。

 浴場は男女別、宿として力を入れている部分であるらしく、共用スペースの時点でかなり広々としていた。

 と、そこには既にマーガレッタとフェリシスの姿があった。


「あら?皆さん揃ってどうしましたの?」


「マーガレッタとフェリシスこそどうしたの?って……もしかして先に?」


「はい、二人でお先に頂きました」


「おいおい着いて速攻入ったのかよ、自由にもほどがあんだろ!」


「だって寒かったんですもの。それに長距離の移動で道中体を拭く事しか出来ませんでしたし、何より先にお風呂ですわ」


 緩み切った頬で声音だけは申し訳なさそうなフェリシスと、胸を張って何故か誇らしげなマーガレッタ。


「そういえばここのお風呂は最高でしたわよ。こんな寒い場所でこれだけのお湯に浸かれるなんて、まるで天国ですもの」


 二人共ややしっとりとした空気を纏っており、その表情はとても満足げだった。

 そんなマーガレッタの言葉に、いやでも他の生徒達もそれぞれの期待が高まる。

 と、それまで宿の探索をしていた女子生徒達に羨望の色、その様子を見逃していなかったヴィルはそこで一つ提案をする事にした。


「折角だしこのままお風呂に入ってしまうのはどうかな?まだ食事まで時間があるし、長旅の疲れも溜まってるだろうし、何より寒いからね。食事の前に一度すっきりしておくのも良いかなと思ったんだけど」


「はーい!あたしは賛成!」


「良いんじゃないかしら。私もしっかり体を清めておきたかったし、こうも見せつけられてしまっては気になるものね」


「アタシもさんせー。流石にこっから外に出る元気はないし、やることなかったから丁度イイでしょ」


「そうと決まれば早速入ろうぜ。そんじゃ女子達、また後でな」


 好評価を得たヴィルの案は可決され、一行は男女で別れてそのまま浴場へと向かう。

 男子はヴィル、ザック、フェロー、ヴァルフォイル、カストール、ルイ、ジャックと全員が揃い踏み、女子の方も先に入浴を済ませたマーガレッタとフェリシスを除いてほぼ全ての生徒が揃っての入浴となっていた。

 ただ一人、ローラの姿だけが無かったのがヴィルには心残りだったが、霊峰登山前に説得を行えなかった時点で望み薄だったのだ、ここは自分の力不足と甘んじて受け入れる他に無い。

 一年Sクラスはローラ一人を欠いたまま、初日の宿を満喫したのだった。


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