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第152話 クラスの隔たり 二

 

 翌朝、ヴィルは早速ルイをクラスの輪に引き入れた事を報告しに、会議の纏め役を務めていたリリアに話し掛けていた。


「えぇー!?もうルイルイの協力取り付けたの!?早過ぎない!?昨日の今日だよ!?」


「確かにちょっと早いかもしれないけど、それもルイ自身に自覚があったからじゃないかな。少し話をしたら積極的に協力したいって言ってくれたよ」


「はえー。冗談で解決したも同然とは言ったけど、当然のようにされるとそれはそれで怖いなぁ。けどまあ進歩は進歩だし、早いに越したことはないもんね。よし!ヴィルっちよくやってくれた!」


 リリアはヴィルの報告に対して純粋な驚きと喜びを見せ、笑顔でサムズアップ、ヴィルの貢献を讃えた。

 その過剰とも言える反応にヴィルは笑みを返し、丁度教室に入って来たルイに対し手を掲げ、そのまま手招きする。

 ルイは最初訝しむような視線を向けていたが、傍にリリアの姿を認めると合点がいったとばかりに頷き、荷物を自分の席に置いてからヴィル達の傍へとやって来た。


「おはよう、ルイ」


「ああ……お、おはよう……?」


「何故疑問形なんだい?」


「いや、今考えてみればこうしてクラスメイトにまともに挨拶をするのも初めてだと思ってな。後期になって初めてというのも情けない話かもしれないが」


「少し遅いくらいどうって事ないよ。これから慣れていけば良い」


 たかが挨拶、されど挨拶、人と人とのコミュニケーションにおいて最も重要と言っても過言ではないだろう言葉のやり取り。

 他の人が当たり前にしている行為に戸惑いを覚えながらも行うルイ、ヴィルはただそれが嬉しかった。

 そしてそれはリリアも同じ気持ちだった。


「なになに?もう結構仲いい感じじゃん!いいねいいね!」


「ほらルイ、リリアにも挨拶しないと。クラスメイトだろう?」


「そ、そうだな、改めて言うのは少し面映ゆいが……おはよう、リリアさん」


「うんっ!おはよう、ルイルイ!さん付けはいらないよ!」


「そうか。だがその、ルイルイというのはやめてもらえないか?何だか馬鹿にされているような感じがして……いや、リリアさんにそういうつもりが無いのは承知しているんだが」


「えー、可愛くない?あとさん付けはいらないよ!」


「いや、可愛い可愛くないの問題では無くてだな」


「さん付けはいらないよ!」


「…………」


 リリアは話し上手だがとにかく推しが強い、それこそ同レベルのコミュニケーション力を有するニアくらいしか太刀打ち出来ない程に。

 殆ど人と会話してこなかったというルイには相当な強敵だろうが、しばらくリリアを相手していれば大抵の人とそれなりに会話が出来るようになっているだろう。

 ()()()会話する二人を見守りつつ、ヴィルは時計を見やりながら教室の前の扉に意識を向ける。

 いつも通りであればそろそろ開く頃合い、やや遅刻ギリギリのこの時間が彼女の登校時間だった。


「…………」


 ガラガラと音を立てて前の扉が開く、すんと澄ました表情をした少女が入って来る。


「おはよう、ローラ」


「…………」


 声を掛けられたローラは笑みを湛えるヴィルを一瞥、こくりと軽く首を動かし、すたすたと自分の席へ歩いて行ってしまう。

 そのままの勢いで誰とも会話をせずに着席すると、仮眠かはたまた寝た振りか、外部からの接触を遮断するように即座に机に突っ伏してしまった。

 相変わらずの反応、以前生徒会室で話した際に多少は打ち解けたとヴィルは考えていたのだが、どうやら少々考えが甘かったらしい。


「ローラさんは流石のヴィルでも手強そうだね。ここはうちの出番かな!」


「確かに、リリアが居れば百人力だろうね。ところで気になったんだけど、どうしてリリアはローラを呼ぶ時さん付けなんだい?他の人にはあだ名を付けてるのに」


「あー、それね……いや、最初はローランって呼ぼうとしてたんだよ?でも実際呼んだら二度とそんな名前で呼ばないでーって怒られちゃって。もしかすると嫌だったのかな?我ながらいいあだ名だと思ったんだけど……」


「なあ、なら僕のあだ名もやめてくれないか?僕もそれなりに嫌なんだが」


「……ルイルイ、いや、なの……?」


「う……嫌、という程では……ただ少し苦手だと感じるだけで……」


「なら大丈夫だよね!ルイルイ!」


 このリリアをして打ち解けられなかった難敵、それがローラだ。

 何故そこまで頑なにクラスメイトとの交流を拒むのか、ヴィルは疑問を覚えずにはいられない。

 ローラはルイのように成績を追い求める生徒ではない、放課後に勉強をしている姿を目撃した事も無い、故に勉学から無駄を省くというルイの目的とは外れる。

 無論他人との交流をあまり好まない生徒も居ない訳では無い、ジャックなどがそれに当てはまるが、その彼もフェローなど人から話し掛けられれば普通に話しているという、ローラ程極端に嫌っている生徒は覚えが無い。

 何か理由があるのか、あるのであればその理由は何なのか、ヴィルはそれに興味があった。

 だが残りの期間を考えても、ルイの時のように最適な策を練っている時間は無い。

 ヴィルはまず手当たり次第に話しかけてみる事にした。


 ―――――


「今日は良い天気だね。少し前は雨が降るかもと言っていたけど、この分なら今日の実技の授業は大丈夫そうかな」


「…………」


 ある日の授業と授業の合間、騒がしいSクラスは次の授業の準備に勤しんでいた。

 次の授業は体力づくりを兼ねた連戦形式の模擬戦、ヴィルは崩れる気配の無い天気を眺めつつ話し掛ける。

 相手は当然ローラだが、こちらも当然返答をしない。

 だがこの程度で諦めるヴィルではない。


「前から思ってたけどローラってかなり体力がある方だよね。純粋な魔術師って結構肉体面を怠る人が多いから、素直に驚いてるよ」


「…………」


 ある日の実技の授業、ヴィルは走り込みの際、前方に見つけた周回遅れのローラに並び再度話し掛ける。

 周回遅れと言っても決してローラが他と比べて遅い訳では無い、寧ろ武術の類を持たない魔術師としては体力がある部類だろう。

 それに学園どころか銀翼騎士団(シルバーナイツ)の中ですら最高峰のヴィルと比べてしまっては、大抵の生徒は周回遅れという事になってしまう。

 それに第二視界領域(プライベート)を持つヴィルだからこそ隣に並んでみて分かる、ローラの筋肉は単に筋トレを続けて作られるものではない。

 体を動かす必要に応じて作られる、戦闘用ではないやや特殊な筋肉の付き方をしていた。

 と、ヴィルがそんな内容を考えている事から分かる通り、相も変わらずローラからの返答は無い。

 だがこの程度で諦めるヴィルではない。


「ローラさえ良ければお昼一緒しても構わないかな?出来ればニアも一緒に」


「どうかな?」


「……あたし、一人で食べたいから」


 ある日の昼休み、今度はニアと共に昼食を食べないかと聞いてみたのだが、敢え無く誘いを断られてしまう。

 前期を終えてこれまで、一度としてローラが食堂で昼食をとっている場面を見た事が無い。

 食堂は弁当の販売(料理も弁当も料金は学費に含まれている)も行っている為、どこか別の場所で食べているのだろう。


「ずっと一人で寂しくないのかな……?」


「さあ、どうだろう。少なくとも僕にはローラが望んで一人で居るようには見えないけどね」


 一人教室から去って行くローラ、その背中は何を考え何を思っているのか、ヴィルにもニアにもその真意は知れない。

 だがこの程度で諦めるヴィルではない。


「それ、写真機だよね。写真撮るの好きなの?」


「……………………」


 ある日の放課後、ヴィルは学園の敷地内で夕焼けに照らされる校舎を撮影するローラに話し掛けていた。

 勿論偶然ではない、ヴィルはローラの放課後の行動を探る中で、彼女が頻繁に学内の風景を撮影している事を知っていたのだ。

 ちなみに写真機とは魔術具の一種で、撮影した光景を紙に焼き付けて保存が可能な代物。

 かなり高価な品ではあるが今ではそう珍しいものでもない、最近の貴族の中には絵ではなく写真で自分の姿を残させる者も居るという。

 そんな写真機ではあるが、ローラの持っているものはかなり古い型のように見える、少なくとも近年注目され始めヴィルが見かけるような、流行りの見た目はしていない。

 ヴィルがそんな分析をしていると、耐えかねたのかローラがわざとらしく溜息を吐く。


「あんた、一体何なの?」


「何、とは?」


「とぼけないでよ。ここ最近あたしのまわりをうろちょろうろちょろ、いい加減ウザいったらないんだけど」


「それは失礼。けど僕にもちゃんと理由があるんだよ。先生が言っていた通り、Sクラスは霊峰登山に向けて団結する必要がある。その先に向けてという意味も勿論あるけどね」


 今伝えた内容はルイと同じ、真っ当で至極当たり前な一般論だ。

 ありきたりな言葉であるが故にその効力は保証されている、だが……


「何それ。それってあたしが付きまとわれてる理由になってないんだけど」


「……分かった。これ以上しつこく話し掛けたりはしない、誓うよ。その代わりもう少しクラスに協力して欲しいんだ」


「ああ、そういうこと。別にいいけど、あたしはあんたらみたいに馴れ合うつもりはないから。ああいうのは無理」


 興味が無いと、心底つまらないとでも言いたげな表情は、終始変わる事が無い。

 それは無関心、無頓着、或いは拒絶と諦観。

 暗い色が瞳を過ぎるがそれも一瞬の事、すぐに元の色がヴィルへと向けられる。


「もういい?」


「待って欲しい。勿論誰と仲良くするかは個人の自由だよ。けどこのままだとクラスは纏まらないし、ローラは孤立したままだ。それは君も望む所じゃないだろう?」


 ここから先、ルイに対しては彼の向上心や焦燥感を刺激する事で協力をこじつける事が出来た。

 そこにはヴィルの事前準備もあったが、何よりルイの中に一定の土壌が存在した事が大きい要因だった。

 だがローラにはルイのような向上心や焦燥感が無い、そしてヴィルの事前準備もまた情報不足より完全では無い。

 ローラが望んで一人で居るようには見えない、そう感じたのは自分の勘違いだったのか、今の彼女を見た齟齬にヴィルは頭を悩ませていた。

 事実ローラはヴィルの言葉を鼻で笑いあしらう。


「望む所じゃないって、あたしのこと何にも知らないくせによく言うね。あたしは望んでこうしてるの。そういうの、余計なお世話って言うんだけど、知ってる?」


「君は以前、生徒会室で仲良くして欲しいという僕の言葉を否定しなかった。あれは譲歩の証じゃなかったのか」


「ああ、あれ?あれは副会長が居たから言っただけ。確かにあたしの変な感覚であんたを嫌わないとは言ったし、あれはあたしの本心……譲歩でいい。けどそれとこれとは話が別。あたし、あんたみたいな自分が正義ですって顔したわっかりやすい善人とか嫌いだから。そういう奴に限って裏があるし、あんたは特に歪に見える。……それじゃ、あたしは行くから」


 そう言って、ローラはヴィルを置いて寮の方角へと歩き去ってしまった。

 いつのまにやら空は暗く、相応の時間を消費、否、浪費してしまった事にヴィルは今になって気付いた。


「はぁ」


 ヴィルは近くにあったベンチへと腰掛け、すぐ傍にまで迫った夜を見上げて徒労の溜息を吐く。

 取り付く島も無いとは正にこの事、一切の妥協も譲歩も引き出せずに終わってしまった。

 どうもローラに対しては強く出られない、元の性格というのもあるのだろうが、人として致命的に相性が悪い感覚があるのだ。

 未だかつて感じた事の無い奇妙な感覚、或いはこれがローラが自分に対して感じていたという、名状し難い恐怖に似た感覚なのかもしれない。

 ともかく自分だけでは埒が明かない、そう考えたヴィルは一旦ローラとの距離を縮める狙いを捨て、友人達の手を借りる事を決めた。

 特に嫌われている自分でなければ、もしかすると上手くいくのではないか、そんな希望的観測をヴィルは抱いたのだ。

 しかし結果は芳しくなく、ニアやリリアといったコミュニケーション力に秀でた生徒達であってもローラの心を開く事は終ぞ叶わなかった。

 そしてグラシエルから出された課題は解決しないまま、Sクラスは霊峰登山へと挑む事になったのだった。


次回はいよいよ霊峰へと向かいます

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