第151話 クラスの隔たり 一
集まりの解散後、ヴィルは早速心当たりのある場所、図書館へと足を運んでいた。
第一目標はルイだ、まずは彼と話すのが先決だとヴィルは考えていた。
ここアルケミア学園の図書館は他の学園付属の図書館とは一線を画す。
総蔵書数は十万冊を誇る巨大図書館は国内最大規模、学園の持ち物では無く王国のものである為、生徒のみならず教師や外部の人間も利用する知識の海だ。
読書を趣味とするヴィルもまた頻繁にこの王立図書館を利用しており、中の作りに関しては最早勝手知ったる場所である。
ヴィルは受付で学生証を提示してから入館すると、脳内で図書館の地図を開きながら思案する。
この図書館は役割の大きさと利用人数の多さから施設としても巨大で、一つの役割を果たす建物としては学園で一番巨大な建造物となっている。
普通に考えればそんな場所で一人の人間を探し出すのは中々困難だ、がそこはヴィル、考え無しにここに探しに来た訳では無かった。
まず放課後にルイが居る場所として真っ先に図書館に来たのは、ヴィルが図書館を利用する際にルイの姿を目撃していたからだ。
それも一度や二度では無く、かなりの高頻度、ヴィルが欠かさず毎日来ていない事を考えればルイは恐らく毎日ここを利用しているのだろう。
そんな人間の行動を鑑みれば、下手に園内や寮を当たるよりも確率は高いと判断した。
あとは図書室のどこにいるかが問題だが、そこはルイ自身の性格面から推測出来る。
ルイは排他的な性格の生徒だ、読書の邪魔をされる事を嫌っているのは教室での彼を見ていればすぐに分かる事だ、図書館でも静かに過ごす事を望んでいるだろう。
ならば本を借りて寮の自室で読めばいいと思うかもしれないが、貴重な図書を取り扱う王立図書館には貸し出し不可、持ち出し不可の代物も相応に多い。
となれば必然的に図書館の読書スペースを活用するしかない訳だが、まだ数が多い、もう少し絞り込む必要がある。
読書スペースには三種類あり、飲食可能なスペース、複数人での相談が可能なスペース、そして会話禁止の個人用スペースだ。
ルイは個人利用で確定として、三種類全て一人でも利用は可能だが一つ目と二つ目は周囲の雑音を嫌う彼は選ばないだろう、よって三つ目の個人用スペースの可能性が極めて高い。
後は複数個所に点在する個人用スペースの、どこにルイが居るのかが問題だが……
「おや?ヴィルじゃないか。こんな所で会うとは奇遇だね。もう集まりは終わったのかい?」
考えながらヴィルが歩いていると、左の方からそう声を掛けられた。
聞こえた方角を向いてみれば、そこにはヴィルの数少ない読書仲間である、シュトナ・バックロットが片手で本を抱えながら手を振っている所だった。
シュトナは騎士の家系で、将来の目標は自身も父や祖父と同じように騎士となる事であり、ヴィルと似た部分がある。
それだけでなく読書という趣味まで同じとあって、ヴィルとシュトナは示し合わせる事無く図書館で会っては、他愛も無い会話をする少し不思議な関係を築いていた。
「今日は済まなかったね。聞いているかもしれないが、借りていた本の返却期限が今日まででどうしても参加出来なかったんだ。そこで代わりと言っては何だが、ヴィルから集まりの内容を教えて貰えないかな?時間があればでいいのだが」
「勿論良いよ、共有しておこう」
「ありがとう、助かるよ」
そこからヴィルはまず孤立している生徒を挙げた事、そしてそこで挙がった生徒に対しヴィルを中心に対話を試みる結論に至った事を含めて、会議の流れを簡潔にシュトナに報告していった。
「なるほど。それでヴィルは図書館に来たのか……これは邪魔をしてしまったかな?可能であれば夏季休暇の間の思い出話でもしたかったのだが……」
「残念だけどそれはまた次の機会だね。落ち着いたら話そう。それでルイの件なんだけど心当たりは無いかな?多分どこかの個人用スペースに居ると思ってるんだけど」
「ふむ、個人用か。場所の候補が多すぎて絞れんな。私もルイの姿は時々見るが特段話したりはしないのでね、力になれず済まないな」
「いや良いよ、ダメもとだったしね。話を聞いてくれてありがとう」
「こちらこそ、報告感謝するよ。探し人が見つかる事を祈って……いや待った、ルイの居所だが心当たりがないでもないな」
「本当かい?」
「ああ。確か後期が始まったタイミングで持ち出し禁止図書の一部閲覧が解禁されたんだ。夏季休暇中は生徒だけ見る事も禁じられていたからね、もしかしたらルイもその近くの個人用スペースにいるかもしれない」
「持ち出し禁止図書か……」
シュトナもルイと同じく図書館に入り浸る身、知らなかった情報にヴィルは更に絞り込みを行う。
禁書及び持ち出し禁止図書が置かれているのは一階の奥、その近辺にある個人スペースは二か所のみである。
まだ確実にルイが居ると決まった訳では無いが、これで一筋の光明が見えた。
ヴィルは助言をくれたシュトナに礼を言う。
「ありがとう、早速当たってみるよ」
「そうかい。助けになったのなら何よりだよ。それでは私はこれで」
シュトナは軽く別れの挨拶を済ませると、足早にその場を立ち去って行った。
抱えていた本を読むのと、これ以上ヴィルの邪魔をしたくなかったのだろう。
ヴィルは心中でシュトナに再度礼を述べて、シュトナの助言を得て絞り込んだ二か所の内、最も持ち出し禁止図書が置かれている区画に近い個人用スペースへと向かう。
普段利用しない生徒から見れば樹海のような書架の森を抜けた先、見張りの為か出入口近くに司書が座っている区画、持ち出し禁止図書が置かれている区画へと辿り着いた。
だが用があるのはここでは無い、そのすぐ傍にある個人用スペースだ。
ちらと覗き込んでみれば見事当たり、真剣な表情で本を読み込む青年の姿があった。
男子としてはかなり小柄な体格、クリーム色の髪、神経質そうな顔立ちの目はぎゅっと細められ、視力があまり良くないであろう事が窺える。
彼こそヴィルの探し人であるルイ・ミローその人だ。
シュトナの助言が無ければあと一時間は図書館を彷徨っていただろう、ヴィルは三度感謝しつつルイの後ろから声を掛ける。
「やあルイ、勉強熱心だね。そんな所に悪いけど少し時間を貰っても良いかな?話がしたいんだ」
「……誰かと思えばヴィルか。今は見ての通り読書中だ、邪魔をしないでくれ」
「その本、光属性系統の魔術書だよね。ルイは物理の方が得意だったと思うけど、物理魔術への応用とかを考えてるのかな?」
「………………」
「僕も魔術の適正は低いけど色んな属性の魔術を勉強したよ。利点を知れば欠点も知れる、対策としてやってて損は無いからね」
「……もういい、分かった。場所を移すからそれ以上喋らないでくれ」
「ありがとう、助かるよ」
最初の方はヴィルの言葉を無視していたルイだったが、やがてわざとらしく溜息を吐いて折れ、立ち上がる。
静寂な個人用スペースで普通に話をしていれば当然目立つ、ルイはそうして集まって来る非難の視線に耐えかねたのだ。
ここまではヴィルの作戦通り、同じ読書好きとして少し心苦しいが今は手段を選んではいられない、霊峰登山までの日程ともう一件ローラが控えている事を思えば仕方が無い。
二人は図書館を出て、静かに話せる所へと場所を移した。
―――――
ヴィル達が暮らす学園寮、その裏手にはひっそりと花壇が存在している。
滅多に人が寄り付かず手入れも最低限しか行われないそこは、ヴィルのような他人に話を聞かれたくない者にとっては重宝する場所だ。
近くにはベンチもあるが二人に座る気配は無い、ヴィルもルイもそこまで時間を掛ける気は無かった。
「それで、話って何なんだ?僕も忙しいから手短に頼みたいな。もっとも、君の言う要件は分かっているつもりだけどね」
読書、と言うよりは勉強を中断させられて不機嫌そうにヴィルを見るルイ。
ヴィルもその気持ちには共感しかないが、ヴィルにも引けない理由というものがある。
柔和な笑みを浮かべつつ、ヴィルは早速本題を切り出す。
「それなら話は早いね。ルイ、君にはもう少しクラスに協力する姿勢を見せて欲しい。先生も言っていた通り霊峰登山は全員の団結が必要不可欠だ、誰か一人でも欠けていたらクラスの士気に関わるし、何よりルイの為にならないと僕は思う」
「僕の為?違うね。全員で一致団結とやらをして霊峰登山を成し遂げたという体裁を保つお為ごかしだろう」
「それは穿ち過ぎだよ。山では何が起こるか分からない、だから積極的にコミュニケーションを図る必要があるんだ。それが世界一の標高を誇る霊峰なら猶更ね。疲労や体調を会話や返答から推し量る為にもルイの協力は必須なんだ」
「なるほど。団結の必要性については認めよう、僕の登山についての知識が欠如していた、霊峰登山の時には協力してもいい。ただだからといって仲良しこよしを演じるつもりは僕には無いぞ。クラスの連中と無駄なお喋りをするくらいなら本と向き合っていた方がよっぽど有意義だ」
「確かに霊峰登山で協力してくれるのなら僕としては文句は無いね。一応形として次の集まりに出席してもらって、そこで協力する意志と姿勢を見せれば皆納得すると思う。僕も別に無理やり誰かと仲良くするよう強制するつもりは無いし」
「ならいい。集まりは面倒だがちゃんと顔を出す。もう用が無いなら僕はこれで行く」
ある程度話が纏まった所で、ルイはふんと鼻を鳴らし踵を返して去って行く。
霊峰登山までの協力は取り付けられた、一時凌ぎの最低限ではあるがこれでクラスと先生からは一応の納得を得られる事だろう。
――だがそれでは不十分だ、今後のクラスにとっても、何よりルイにとっても。
「君がそれでいいのならそれでいいと僕は思うよ。僕が損をする訳じゃないし何より君の選択だ、文句を言う筋合いは無いさ」
「……何が言いたい?」
わざとらしく声を挙げたヴィルに対し、ルイは振り返って真意を問う。
だがいくら睨み付けてもヴィルには通用しない、何より敵意も殺気も足りなさ過ぎる。
「入学から五か月近く、Sクラスは皆驚く程成長してる。元から優れていたシアはより上達したし、アンナみたいに攻撃魔術が苦手だった生徒も不得意を克服しつつある。きっとこの先王国にとって必要不可欠な人材に育っていくだろうね」
「まさか、僕が成長していないとでも言うつもりか?」
「それこそまさかだよ。君は努力の人間だ。毎日欠かさず図書館に通って本を読み漁り、一日何時間も自習をしてる。教科書なんてまだ数か月なのに端がボロボロで、きっとこの学園で君より自習をしてる生徒は居ないだろうね」
「それがどうした。この話の流れで僕を褒めたい訳じゃないだろうに、結論から言えばいいだろ」
「それじゃあお望みのままに。ルイもまた学園に入学して大きく成長した生徒ではあるけど、そのやり方には限界がある。――君の成長は近い内に頭打ちになる、断言しても良い」
笑みはそのままに、瞳の奥に冷徹な光を宿したヴィルは言う。
それはルイに自身の限界を伝える最後通告、唐突な物言いにプライドを傷付けられたルイは静かに怒りを滲ませる。
「何が言いたいかと思えば、頭打ちだって?その根拠はあるって言うのか?」
「勿論。君は入学試験を二位で通過してる、これは凄い事だよ。実技だって君程正確に魔術を行使するのは僕にも難しい位だ」
「お為ごかしはやめてくれ。入試成績一位だった君が言っても嫌味でしかない」
「それは失礼。僕が言いたいのは前期試験の結果だよ、確かルイは三位だったね」
「っ……!それがどうしたって言うんだ!」
ヴィルの気に障る物言いに、ルイは遂に声を荒げて怒りを露わにする。
だがそれこそがヴィルの目的、ルイから冷静な判断力を奪う事が第一目標だった。
「あの入学試験で二位なら勉強法次第でシアに勝てたと僕は思ってる。にも拘らず果たされなかったのは何故か、それは君が独りだったからだよ」
「一人?そうさ、僕はいつも一人だ。子供の頃から一人でやって来て、自力でこの学園に入学して……」
「一人で努力をする事は必ずしも誤りじゃない、凄いし誇るべき事だ。けど人に頼ったり誰かと一緒に挑んだりする方が上手くいく事も世の中には多い。君は一度でも自分の意志で教師に教えを乞いに行ったかい?分からない所で悩んでいるクラスメイトに手を差し伸べたかい?」
「それは……教師はともかくクラスメイトにものを教えて何になるんだ。そんなもの時間の無駄でしかない」
「その意味が分からない内は、君の中の焦燥は無くならないよ。僕には分かる、成長する周囲への焦り、伸び悩む不安、足りない力への渇望、僕にも覚えがある」
自分でも時間はあるのだろう、ルイは下唇を噛んでヴィルから目線を逸らす。
種明かしをしてしまえば、誰にでも当てはまる情報で相手の感情を引き出す小手先の技術だ、だがその中身は多少の装飾こそあるものの事実としてヴィルが通った道でもある。
「このままじゃ万全な霊峰登山は望めない。だから僕達からだけじゃなく、君の方からも歩み寄って欲しいんだ。登山の為にじゃない、もっと先のクラスと、何よりルイ自身の為に」
ヴィルの言葉には経験に裏打ちされた含蓄があった。
だからこそルイの心にも響かせる事が出来たのだろう、ルイは先程まで抱えていた怒りを忘れ、静かにヴィルへと向き直る。
「……確かにここ最近、僕はずっと伸び悩んでた。前期試験が三位で終わった事もそうだが、今日実技の授業で思い知らされたよ。僕と同じ穴の貉だと勝手に思い込んでいたアンナさんが、あんなに長く走れていて愕然とした。きっとそれが君の言う人と一緒に挑むって事なんだろうな、今じゃSクラスで一番のお荷物は僕だ。……本当に、変われるのか?自慢じゃないが、僕は人と対話する能力が欠如している人間だぞ」
「それもルイという人間の性質だよ、皆が皆他人と上手くやれる訳じゃないんだ。さっき話に出てきたアンナだって人と話すのは得意じゃない。でも最近はかなりクラスに馴染んできてると思わないかい?君もいつか上手くやれるようになる、今からやればきっとね。勉強と一緒だよ、誰だって最初は上手くいかない」
「勉強と同じ……そう言われるとそうかもしれない。予習と復習の繰り返しからくる経験を積んでいけば僕もいつかは……」
「あー、まあそう身構えず気楽にね。ここではいくらだって失敗していいんだ、うちのクラスには一度や二度の失敗で見捨てるような、そんな薄情な人は居ないんだから」
真剣に考えこむルイを見て、ヴィルは苦笑しつつ抑える。
真面目なのは良い事だがルイは何事にも力が入り過ぎる、多少は力を抜いて接した方が上手くいく事だろう。
そうしてヴィルは、作戦会議で挙がった二名の内一名の現状を打破する事に成功した。
多少早急が過ぎた風にも思えるが仕方が無い、残るローラはかなりの強敵だとヴィルは考えている。
取り敢えず今は半分解決した事に満足しつつ、ヴィルはルイと少し話しながら寮へと歩いていった。
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