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第150話 夏季休暇を終えて 二

 

 午前に行われる一から三限までの実技授業を終えたSクラスは昼休憩を挟み、今度は霊峰登山に向けた座学の授業を行っていた。

 実技三連続授業からの昼食を挟んでの座学を三限連続、まだ日中は温かいこの時期のこの時間帯は眠気が天敵となる。

 だがこの時間は眠ってはいけない重要度の高い知識を多く教わる授業であり、もしうたた寝をしようものなら鉄拳制裁されなかねない。

 この授業の担当はまたもグラシエル、特定の教科を担当しない彼女は代わりにこうした専門知識を必要としない授業を教えている。

 と言ってもある程度の知識や理解力は必要とされるが、それを苦とするグラシエルではない。


「霊峰エルフロスト、標高8982メートル、世界最高峰の山であり、お前達も知っているだろうが最も古いものでゼレス教の神話にもその存在が記述されている。最も早く神が降り立った地は霊峰の麓であったとされているな。そして神話に度々登場したからこそエルフロストは霊峰たり得ている。そんな霊験あらたかな山に、我々は魔術具と身一つで登る訳だが……ここまでで質問のある者は?」


「先生~。そんだけ高い山登んのにどうしてあんなに思い魔術具を背負うんすか?」


「ザック……その理由に関しては以前話しただろう。まあいい、今回だけは復習の機会を作れたという事で不問にするが、以後似たような質問は認めんぞ。他の者もだ」


「すんません」


「……魔術具を必須とする理由は二つ、標高の高さと恒常的な異常気象から来る寒さ対策だ。これが普通の山であれば魔術でどうにでもなるのだろうが、あの山は特殊だ。霊峰の表層は年中雪と氷で覆われているが、その下には魔力を乱す抗魔石で構成されており、魔術が一切使用出来ない。その為魔術具を用いて温度を調整する訳だ。他にも呼吸や運動機能の補助など様々な効果があるが……まあ今は良いだろう」


 抗魔石は罪人に用いる拘束具にも使用されている有用な鉱石であり、エルフロストは王国を世界有数の産出国へと変えた資源の山なのだが、こと登山となればその資源が牙を剥く。

 霊脈上に位置するにも拘らず、抗魔石の効果で地表に魔獣が自然発生しないのは恩恵と言えるかもしれないが、その結果として標高の高い山に必須の防音や身体強化が一切使えないのはかなりの痛手である。

 特殊な加工を施した魔術具であれば持ち込めるとはいえ重量は相応、故にSクラスは前期から体力づくりを行っていたのだ。

 グラシエルはその後も一般的な登山における注意事項、霊峰特有の注意事項などについて事細かに説明を続け、こう締めた。


「登山期間は一か月を超える長丁場になる。全員で揃って登頂するのが理想だが現実はそう甘くない、厳しい戦いになるだろう。だがこれを乗り越えた時、お前達は他校の生徒とは一線を画す生徒に慣れるだろう。この試練を乗り越え、唯一無二の存在になる事を期待する」


 霊峰登山は王国の国教でもあるゼレス教徒の間において、しばしば聖地巡礼の一環として、自らに課す試練として扱われる事がある。

 ゼレス教の影響力が弱まっている昨今そうした考えは廃れつつあるが、グラシエルはその事を言っているのだろう。

 例年霊峰登山を行う過程で一定数死亡事故が発生しており、それがこのクラスの誰かに怒らないとも限らない。

 だがこのクラスならば過酷な霊峰登山も乗り越えられる、ヴィルは内心でそう確信していた。

 時間的には少々早いが切りは良い、授業も終わりかと皆が思った所だったが、グラシエルは浮ついた空気を咎めるようにじろりと睥睨する。


「まだ話は終わっていないぞ。……最後に、霊峰登山ではこれまで以上にクラスでの連携が必要となってくる。既に四か月以上お前達は一つのクラスとして共に学園生活を送って来た、皆の仲も相応に深まった事だろうと思う。だが一部の生徒が未だ孤立している現状を私は憂いている。意外と思うかもしれないが、登山はコミュニケーションが重要となる。残り二週間、お前達には今まで以上に積極的に交流を深めてもらいたい」


 最後にそんな課題を残し、新学期の一日目の授業は幕を閉じたのだった。


 ―――――


 教師に何かを教わるという意味での授業は六限目で終わったのだが、ヴィル達の一日が終わった訳では無い。

 授業終了後、Sクラスの一部の生徒は教室に残り作戦会議を行っていた。

 議題は当然グラシエルが残した課題であるクラスの団結、その解決方法についてだ。


「さてと、まずは先生の言ってた孤立してる生徒っていうのが誰なのかってことからだね」


 集まりの纏め役を買って出たのはリリア・フォン・ヴォルゲナフ、Sクラス随一の社交性を持つ明朗快活な少女だ。

 彼女の交友関係はSクラス、一年生の枠に留まらず上級生、果ては教師陣にまで広がっていると本人は語っている。

 今回の課題を解決する上でなくてはならない存在だ。


「フッ、孤立、か……。我が戦いは常に孤立無援、そういった意味では我もまた孤独か」


 意味深に笑うその実特に意味は無い発言をするのはクロゥ・フォン・ヴォルゲナフ、Sクラス随一の変人性を持つ少女だ。

 彼女の変人性はSクラス、一年生の枠に留まらず上級生、果ては教師陣にまで認知されており、学園屈指の変わり者として地位を確立している。

 そんなクロゥは家名を見て分かる通りリリアとは従妹の関係にあり、よく行動を共にしていた。

 この二人の他にはヴィル、ニア、バレンシア、ザック、クレア、クラーラ、アンナ、フェロー、レヴィアが教室に残っていた。

 その他の欠席した生徒に関しては皆用事がある者ばかりで、マーガレッタやフェリシスなどは後程話の内容を纏めて伝えて欲しいと話していた。

 だが、皆が皆明確な用があって欠席している訳では無い。


「クロゥは放っておくとして、まず微妙なラインの生徒からかなー。ジャックんとかはどんな感じ?」


 ジャック・エリエクタス、平民出身で比較的大人しい性格の生徒だ。

 基本的に自分から誰かに話しかけたりする事は無く、教室外でも誰かと一緒に行動している所は滅多に見ない。

 そんな点からリリアは危惧を口にしたが、ジャックに関してフェローから意見が出る。


「あいつなら大丈夫だろ。たまに一緒に飯食おうぜって誘うんだが結構素直に付き合ってくれるぜ?性格的に自分から積極的にってのは難しいかもだが、俺達の側から話しかけりゃちゃんと返してくれる」


「そっかそっか!じゃあジャックんは大丈夫かな。ならルイルイとか?」


「ルイね。確かに彼は先生の言う孤立している生徒に該当するでしょう」


 次にリリアが挙げた生徒に対し、バレンシアを含めて概ね意見が一致する。

 ルイ・ミロー、ジャックと同じく平民出身であり、ジャックとは違いかなり排他的な性格をした生徒である。


「この中でルイルイと喋った人っている?うちはちょっと話しかけたことあるんだけどあんまり反応がよくなくってさー」


「ないわね」


「ねえな」


「あたしもないかな。なんか話しかけるなオーラみたいなのあるよね」


 集まった生徒の中にもルイと日常的に話す者は居なかった。

 別段問題行動を起こすような生徒では無いのだが、それはそれとして協調性に欠ける。

 他者との迎合を拒むその姿勢は学園生活ではまだしも、霊峰登山のような一致団結が求められる行事においては許されない。

 ではどうするか、その解決方法について話し合うのが今回の居残り会議の目的である。


「うーん、だれか一人でも喋れる人がいたら話は早かったんだけど……」


「なら僕が一度話しかけてみようか?僕は結構な頻度で図書館に通ってるんだけど、そこでたまにルイを見かけるんだよ。寮の部屋も隣同士だし、きっかけ自体はあると思う」


「あそーなん?じゃあヴィルっちに任せていいかな?もちろんうちたちも話しかけてみるしさ」


「了解、任されたよ」


「ありがとー!これでルイルイに関してはもう解決したも同然だね!」


 接触の機会に心当たりがあったヴィルが引き受けると、リリアが気の早い発言と共に満面の笑みを浮かべる。

 他の面々も一様に同じような表情を浮かべており、そこからヴィルに寄せられる信頼の程が窺えた。

 ヴィルとしても全く考えが無かった訳では無かったので、向けられる過剰な信頼に応えなくてはという気持ちが湧くばかりだ。

 そして残りは一人。


「なら最後の一人はローラかしらあ?あの子はあの子で中々手強そうねえ」


「確かにレヴィアの言う通りだな。前に俺が声掛けた時なんてめちゃくちゃ睨まれたんだぜ?ありゃ相当手強いぜ」


「それはアンタが悪いでしょ。アタシでも睨むわ」


「手厳しいなぁ、流石の俺も傷つくぜ」


「そんなヤワなメンタルだったらナンパなんてしてないでしょ」


 およよと泣き崩れる振りをするフェローにクレアがツッコむ。

 長い学園生活でフェローの実力を認めているクレアだが、相変わらずフェローの軽薄な部分には辛辣な様子だったが。

 レヴィアが挙げたローラについては、ヴィルが個人的に仲良くなりたいと考えていた生徒だった。

 ただ仲良くなりたいというのはやや表向きの色が強く正確では無い、正しくは距離を縮めて聞きたい事がある、だ。

 ローラは以前ヴィルを怖いと評した、グラシエルとジャックもまた同時に。

 ヴィルとグラシエルならば分かるのだ、だがそこにジャックが入ってくれば話は異なる。

 一体何がローラにそう判断させたのか、ヴィルは前回聞きそびれた事を知る為に交流を図るつもりだった。

 これは正に渡りに船の機会と言える。


「ローラさんかぁ。うちも話しては見たけどルイルイと同じでいい感触がなかったんだよー。ちなみにローラさんの隣の席って……」


「あ、わたし一応となりです」


「おお、アニャかー!どうどう?ローラさんとは授業中とかしゃべったりするの?」


 ちなみにアニャとはアンナのあだ名であり、リリアしか使用していない。

 リリアは本人に拒否されない限りは必ず知り合いにあだ名を付けており、それがまた適当なのだ。

 問われたアンナはうーんと口に出して頭を悩ませる。


「それがあんまりで。授業の都合で全く喋らないってわけじゃないんですけど、ほとんどないですね。……ほら、ローラさんってちょっと雰囲気怖いじゃないですか。それでわたしの方が遠慮しちゃってる感じもあるかもしれません」


「なーるほど。やっぱり話しかけづらいよね。隣はアニャだけだから、他に席が近いのは……」


 ローラは一番後ろの窓側の席であり、その前方に座っているのは――


「僕だね」


「ってまたヴィルっちじゃん!」


「これもうあいつ一人で良いんじゃないか?」


「ダメダメ!クラスの問題はクラスみんなで解決しなきゃ、誰か一人に頼っててもダメだよ!」


 頭を抱えて叫ぶリリアにフェローが諦める事を提案するが、リリアが正論で返して却下。

 彼女の言い分はもっともだが、ヴィルにはヴィルで自分がやれるという自信と根拠があった。


「実は席が近いだけじゃなくてね、夏季休暇前に一度話す機会があったんだよ。だからもしかしたらと思ったんだけど」


「そうなの?う~ん……なら仕方ない、かな?まあヴィルっち一人に押し付けるわけじゃないし……まあいっか!」


「結局良いのかよ!」


 またもフェローのツッコミは無視され、リリアは立ち上がり会議の内容を纏めていく。


「それじゃルイルイとローラさんにはヴィルを中心に声をかけていくって認識でいいかな?」


「「「「異議なし」」」」


「よし!それじゃあくれぐれも任せきりにならないように頑張っていこう!解散っ!」


 かくして霊峰登山へ向けたSクラスの人間関係改善に関する会議は終わりを迎え、クラスは問題解決に向けて動き出したのだった。


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