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第149話 夏季休暇を終えて 一

ここから6章に入ります

ヴィルにも大きな変化が起こりますのでお楽しみに!

 

 暑さも落ち着いてきた月初め、王立アルケミア学園は新学期を迎えていた。

 朝早くにも拘らず、久し振りに会う友人達との会話に学園中が賑やかな空気に包まれる。

 ヴィル、ニア、バレンシアのいつもの三人で歩いていても向けられる視線がいつもより少ないのは、皆自分達の会話に集中しているからなのだろう。

 それはヴィル達も同じ事で、Sクラスの教室に到着するとクラスメイトから順番に声を掛けられる。


「よう、久し振りだな仲良し三人衆。元気してたか?」


「その呼ばれ方は初めてだけど久し振りだね、フェロー。こっちは見ての通り元気だよ。そっちは?」


「俺の方は家で面倒な顔合わせだよ。つまらねぇったらなかったぜ。そっちは冒険者ギルドとかなんやかんやしてたんだろ?羨ましいぜ」


 肩を落とすフェローの話を聞いてみれば、どうやら実家のパーティーとその移動で夏季休暇を丸ごと潰してしまっていたらしい。

 以前自身で家族仲が悪い事を覚えていたヴィルにとっては、それだけでフェローの心労は察して余りある。

 ヴィルは心の内で、フェローを次回の冒険者活動に誘う事を決めた。

 軽くフェローと話したヴィルがバレンシアとニアを見れば、リリアやレヴィア達に捕まったようで楽しそうに話しており、邪魔する事もあるまいと自分の席へと座る。


「おはようございます、ヴィルくん」


 すると後ろの席のアンナが声を掛けて来た。


「おはようアンナ、マーガレッタの邸宅で会った以来だね。その様子だと夏季休暇中何か良い事があったのかな?」


「そうなんです!実はあの次の日に、前に言ってた幼馴染の男の子に会って謝れたんですよ」


「そうだったんだ。その幼馴染の人はどうだったの?」


「なんと言うか、そう言えばそんなこともあったねみたいな感じでした。本人はあんまり覚えてなかったみたいで、謝ってくれたことは嬉しいって言ってもらえたんですけど」


「そういうのって案外気にしてるのは自分だけって事が多いよね。けど良かったじゃないか。これでちゃんと前に進めるね」


「はい!」


 嬉しそうに顔を綻ばせるアンナ。

 彼女は過去に起こしてしまった事故に幼馴染を巻き込んでしまい、長らくその事を気に病んでいたの。

 過去の後悔が解消されたのであればそれはアンナにとって僥倖、ヴィルにとっても過去の清算は他人事では無く、友人がそれを成したのであれば祝福すべき事だ。

 それからしばらく二人で話していると、アンナの左隣に遅れて一人の女子生徒が着席する。


「おはよう、ローラ」


「…………」


 そう呼ばれた少女はこくりと軽く首を動かし、その後はそこから発生する会話を厭うように机に突っ伏してしまった。

 ローラ・フレイス、黒髪黒目の三白眼、一貫した気だるげな表情は余人に近寄りがたい印象を与え、教室内外を問わず常に一人で行動している生徒だ。

 そんなローラは特異な魔術特性やクォントを持つ生徒が多く在籍するSクラスの中でも、特に珍しい精霊魔術を扱う魔術師であり、ヴィルは以前彼女の力を借りた事があった。

 その時からヴィルへの態度、というより他人への態度はこんなもので、それは夏季休暇を明けても変わっていない。

 以前は特別にヴィルを嫌っているように見えていたローラだが、力を借りた際にその誤解も無事解け、今は他の生徒と同じくらいの好感度に落ち着いている。

 これから先に期待だ。

 そんな事を考えていると、ローラと同じく遅れてやって来た三人がヴィルの前の席にやってきた。


「だぁー!何とか間に合ったな」


「ホント、何で朝っぱらから全力ダッシュさせられなきゃならないのよ……」


「ヴィル、おはよう」


 騒がしく着席するのは左から順番にザック、クレア、クラーラ、ヴィルと行動する機会が多い見慣れたメンバーである。


「三人共どうしたんだい?今朝は一段と騒がしいね」


「聞いてよヴィル。こいつが朝っぱらから課題どこに置いたか分かんないとか言い出してさ、探すの協力させられるわ新学期早々遅れかけるわ散々だったの!」


「悪かったって。今度何か奢るから許してくれ」


「じゃあクラーラもザックの課題探しを手伝って?」


「わたしはただの寝坊」


「…………」


 今日も今日とてそそり立つ癖毛の横に並び立つ寝癖を見て、薄々察しの付いていた回答が返ってきた所で予鈴が鳴り、立っていた生徒は速やかに着席し、喋っていた生徒は口を閉じて前を向く。

 程なくして前方の扉が開き、豪奢な金髪を纏う女性がその姿を現す。

 グラシエル・フリート=グラティカ、『爆炎の魔術師』や『極彩色』とも称される宮廷魔術師も務める、鋭く尖った耳が特徴のエルフだ。

 そんなSクラスの担任教師である所のグラシエルは教壇に着いて開口一番、


「ふむ。どうやら夏季休暇で気の抜けた生徒は居ないようだな、安心安心」


 そんな言葉の後に視線を向けられ、ザックとクレアがピンと背筋を伸ばして姿勢を整える。

 二人の慌て振りにヴィルが苦笑すると同タイミングで、グラシエルもまたふっと笑みを見せた。


「おはよう諸君。新学期初日に全員が揃っていて何よりだ。今日からはまたいつも通りの学園生活が始まるが、もしもまだ休暇気分を手放せていない者が居れば早急に捨てるように。ここの教師陣は初日だからと言って手を抜く事を良しとする奴は居ないからな。ではまず連絡事項から……」


 休暇明けあるあると言うべきか、厳しめの挨拶の後に連絡事項を伝えていくグラシエル。

 恐らく他の学年やクラスでも同じような光景が広がっているのだろう、そして初日から濃密な勉強漬けを強いられているに違いない。

 しかしことSクラスだけは少々異なる、それは夏季休暇明け早々に一年Sクラスを待ち受けるとある行事が原因だった。


「さて、前期に説明した通り今日から丁度二週間後、我々一年Sクラスは霊峰エルフロストの頂上を目指す恒例行事が待っている。そこで移動の五日を除いた一週間、諸君には霊峰登山に際して必要となる基礎知識と注意事項についての座学の履修、そして怠っていた者は居ないと信じているが……念の為体力づくりの実技の履修を主に行ってもらう事となる。その間通常授業は無い訳だが気を抜くな、諸君が挑むかの霊峰は数々の挑戦者の命を奪ってきた極めて危険な土地だ。実技は勿論の事、座学に関してもしっかりと学ぶように。以上で朝礼を終わる。早速校庭に集合だ」


 そう言い残すと、いつもと同じくグラシエルが早々に教室を出て行き、Sクラスは準備に運動着を持って移動を行う。

 道中まではクラスメイトの大半が固まり、遅れない程度に談笑しながらの移動となった。

 校庭に着いてからは男女別の更衣室へ、それぞれ着替えを行っていく。

 着替えというのは往々にして男子の方が早く終わるもの、今回も例に漏れず校庭には体操着へ着替え終わった男子達の姿があった。


「最近は随分と涼しくなったよなぁ。朝は寧ろ肌寒い位だぜ」


「もう秋なんだから当然だろうが。それに、こっから運動すりゃ暖かくもなんだろ」


「脳筋みたいな発言だな。あ、脳筋だったわ」


「テメェ……あとでぶっ飛ばす」


「言っとくが授業無いから模擬戦も無いからな?あと授業外も勘弁してくれ。体力馬鹿のお前の相手なんかやってられん」


 睨み付けるヴァルフォイルに舌を出すフェロー。

 フェローが煽りヴァルフォイルがそれに怒る、幼い頃から交流のある二人のいつものやり取りだ。


「ふぅむ。ヴィルよ、さてはお主また背が伸びたのではないか?」


 二人を見ていたヴィルに話し掛けてきたのは、比較的身長の高いヴィルをして見上げる程の巨体を誇るクラスメイト、カストール・フォン・ガルドールだ。

 カストールはただ上に大きいだけでなく横にも大きい、年齢通りにはとてもではないが見えない筋肉の塊のような青年である。


「そうかな?自分ではあんまり分からないんだけど、まあ成長期だしね。ちなみにそう言うカストールは背って伸びてるのかい?」


「フハハハハ!最早不要と言いたくもなるであろうがこれで意外と伸びておるのよ。とはいえ他人からしてみれば誤差のようなものではあるか。吾輩がこだわっているのは上背ではなくこの筋肉よ!」


「それは着替えの最中に見てたから分かるよ。夏季休暇中は随分と鍛えたんだね、上半身と下半身、万遍無く筋肉量が増えてて驚いたよ」


「やや、まさか既に看破されていたとは……。だがそうか、この努力を理解してくれるか。流石はヴィル、学園でも屈指の筋肉の持ち主よ!」


「お、ヴィルもカストールも鍛えてんのか。ちなみに俺もそこそこ筋トレはしててだな」


「お前ら男三人でなんて会話しようとしてんだ。傍から聞いてて気持ち悪いぞ」


 ザックも混ざっての筋肉談義に発展しようとしていた三人の会話はツッコむフェローに阻まれ、敢え無く話は流れた。

 そうこうしている内に着替え終わった女子達が合流し、グラシエルの指示の下、校庭の周回が始まる。

 内容としては休暇明けの体力の確認及び体力づくり、その為の持久走という、初日である事を考えれば相応に重い代物だった。

 しかしそこはSクラス、休暇中も各自鍛錬を怠っていなかった彼ら彼女らに衰えは見られない。

 ただ衰えが見られないだけで、元の体力から大きく成長した訳でも無い。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「大丈夫かい、アンナ。呼吸を落ち着けて、自分のペースでね」


「は、はい……」


「本番は走る訳じゃ無いんだ、誰かに抜かれても焦る必要は無いよ」


 校庭を走る途中、アンナの隣に並んだヴィルは軽く声を掛けて追い抜いて行く。

 クラスの中でもトップクラスの肉体と体力を有したヴィルは、十周以上も走る事となれば必然的に何人ものクラスメイトを追い抜かす形になる。

 彼はその際初めて追い抜く生徒に対し、一言掛けてから行くようにしていた。

 その行為自体に何か意味がある訳では無かったが、ヴィルは何となしに声掛けを行っていた。


「テメェも飽きずによくやるぜ。一体どういうつもりでやってやがんだ?」


「ヴァルフォイル。どういうつもりも何も無い、ただのお節介だよ」


 アンナを追い抜いた直後後方から追い縋る生徒、ヴァルフォイルは得体の知れないものを見る目でヴィルを見る。

 ちなみにヴァルフォイルはこのクラスで唯一と言って良いヴィルに比肩する身体能力の持ち主であり、今も周回遅れを起こす事無くヴィルに着いて来ていた。


「ハッ!やるのは勝手だ、オレは理解できねぇがな。だが油断してると追い抜くぜ」


 そう言い残すと、ヴァルフォイルは脚の回転速度を上げて一気にヴィルを追い抜かして行く。

 流石の身体能力だとヴィルをしてまだ驚かされる、これで身体強化を使っていないというのだから世界は広い。

 だが、


「――まだ負けられないよ、特に君には」


 加速するヴィルは追い抜き際に一言発し、驚いた表情を見せるヴァルフォイルを抜き去りにして尚速度を上げていく。

 これは持久走だ、必要以上に速く走っても意味など無い事はヴィルも理解している。

 だがそれはそれとしてだ、クラスメイトでありライバルでもあるヴァルフォイルを相手に負けたくないと思う感情は無視出来ないものだ。

 口の端を楽し気に歪めて、追い抜き、追い抜き、二人は疾走する。

 その後、持久走の域を超えた速度で走ったヴィルとヴァルフォイルは揃ってグラシエルの注意を受け、授業は終わりを迎えたのだった。


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