第147話 ヴィルの貴族邸訪問 アルドリスク家編 一
訪問シリーズ第三弾、ここの前後編で五章は一区切り、六章へと移っていきます
もうしばらくお付き合いください
レッドテイル家を訪れてしばらく、ニアはいつものメンバーと共に王都の貴族街を訪れていた。
向かう先はマーガレッタの実家であるアルドリスク家、理由としてはマーガレッタとフェリシスが迷惑を掛けてしまったクラスメイトに正式な謝罪をしたいからという事らしい。
夏季休暇終盤になったのは言わずもがな学業が多忙だったのと、皆の予定が合うのがこの日くらいしかなかったからだった。
だが……
「……これ、一体何の意味があるのかしらね」
「シアってばまだ言ってるの?確かにヴィルが来れなかったのは残念だけどそんなに言う事なくない?」
「ニアが行くのは良いと思うわ、迷惑を掛けられた本人なのだもの。ヴィルが来れないのにパーティーを開くのは意味の半分を失っているようにも思えるけれど……まあそれも急用では仕方ないと思う事にしましょう。けれどどうして私達まで招かれているのかは甚だ疑問だわ」
むすっとした表情で馬車の中を見渡すバレンシア、その視線の先には、
「お、今すれ違ったのって銀翼騎士団の馬車だよな。最近何かと話題だし気になるよな」
「『仮面騎士』だっけ?あれもホントの話か分かんないけど」
「あ、でも父の知り合いが銀翼騎士団の本部から出てくる所を見たそうですよ。全体的にぼんやりとしていて、正体については見当もつかなかったとか」
「その人強いの?」
雑談で盛り上がるザック、クレア、アンナ、クラーラの姿があった。
今回アルドリスク家に招待されたのはヴィルを含めた七人、マーガレッタは被害を被った者とその友人に謝罪と、これから仲良くして欲しいという思いを込めてパーティーを企画していたのだ。
しかし最も被害が大きく、マーガレッタを助けた本人である肝心のヴィルが居ないとあって、バレンシアは溜息を吐いていたのだった。
「そんなに嫌だったんなら断ればよかったのに。別にあたし一人で行けるよ?まあ仮にみんなが断ってても無理矢理連れて来てたけど」
「結局連れて来られてたんじゃない……。私は元々マーガレッタとそりが合わないのよ。子供の頃からライバル視しされて突っかかって来てたし。入学当初程苛烈ではなかったけれど、程度の差こそあれ険悪な仲だったのは事実だったわ。合わないから会いたくない……けどニアを一人で行かせるのはもっと嫌だから行くのよ」
「うわぁ、あたし愛されてるぅ~」
「茶化さないの」
「いてっ」
そんなやり取りをしながら馬車に揺られる事数時間、一行はアルドリスク邸へと到着した。
扉を開ければそこには出迎えが、メイド達数名と共に一際目立つ青い巻き髪の少女が腰を折る。
「ようこそいらっしゃいました。以降の案内は私、フェリシスが務めさせて頂きます」
「こちらこそお招きありがとー。ごめんね、ヴィルが来れなくなっちゃって」
「いいえ、急用という事ですし仕様がありません。こちらこそ予定を調整出来ず申し訳無く思っています。ヴィルさんには後日改めてお礼を考えておりますので。それではご案内します」
一行はフェリシスの案内の下アルドリスク邸内部へと足を踏み入れる。
アルドリスク邸はニアが以前見たレッドテイル邸とは異なり、これぞ貴族というイメージ通りの豪華絢爛、あちこちに財力を誇示する装飾や絵画の数々が見受けられた。
華美な内装は物珍しいのか、クレアがきょろきょろと周囲を見渡して一言。
「何と言うか趣味がわる……」
「それ以上は言うんじゃねぇ!家の人達がそこにいんだぞ正気か!?すんません、俺もこいつも貴族の屋敷に招かれたりすんのは初めてなもんで」
「お気になさらず。その程度で目くじらを立てる程狭量ではありません」
フェリシスはふっと笑みを見せてそう言うが、ザックは心なしかメイド達から向けられる視線が険しくなったような気がしてならなかった。
果たしてメイド達が怒ったのか、窘めたのか、或いはひっそり共感していたのかは終ぞ分からないままだ。
しばらく歩くと通されたのは応接室、中は広々としていて六人でもまだ少し寂しい位だった。
「今マーガレッタ様をお呼びしますので、ここでしばらくお待ち下さい。それでは失礼します」
そう言ってフェリシスが退室した後には、ソファに腰掛けて全力で脱力するザックの姿があった。
「だぁー疲れた!もう疲れた、やっぱこういうとこは神経使うぜ」
「何よだらしないわね。もっと肩の力抜いたらどう?」
「てめぇが言うか!?あんな貶すような事いきなり言うからこっちは焦ったんだよ!力の一つや二つ入るわ!」
肩を竦めて煽るクレアに憤るザック、このいつもの面子が集まる空間では二人共いつもの調子を取り戻している様子だった。
「それでビビってるようじゃまだまだね。アタシは貴族相手でも態度を変えたりしないわよ」
「クレア、あなたここじゃそれで良いかもしれないけれど、下級貴族相手にそんな態度を取ったら不敬罪で処罰されかねないわよ」
「どうして下級貴族相手ならいいワケ?」
「身分が低い貴族程プライドが高くて器が小さいものよ。逆に上級貴族になると領地争いとも縁遠いから余裕があって大らかな人が多いのよ。必ずしもそうとは限らないけれど」
「ふーん、確かにそう言われればそうかも。シアのアドバイスだし気を付けとくわ」
「俺じゃ不満だってか、ええ?」
何故かバレンシアの助言だけは聞き入れるクレアにザックがツッコむ一幕などを挟みつつ時間は流れ、数分後には扉が鳴らされる。
ニアが返事をすると失礼しますという声と共に扉が開き、戻ってきたフェリシスともう一人が姿を現した。
「お待たせしましたわね。本日お越し下さりありがとうございます。不在の当主に代わり感謝申し上げますわ」
これまた豪奢なドレスに身を包むは金髪のドリルヘアー、自信の宿った表情にはめ込まれた瞳は鮮やかなエメラルド、見事なカーテシーを披露するのは今回のパーティーを主催したマーガレッタ・フォン・アルドリスクだ。
彼女はすべての視線を集め、まるで自らの存在感を誇示するかのように堂々と立ち振る舞う。
「うん!お招きありがとうね。あんまり礼儀作法とか自信ないからお手柔らかにお願い」
「勿論ですわ。今日は皆さんに楽しんでいただけるよう最善を尽くしますわね。ヴィルがいないのが残念でなりませんけれど、仕方の無い事ですわよね。他の皆さんもどうか礼儀は気にせず、ご自分の家だと思ってくつろいで下さいまし」
にっこりと微笑みながら率先して挨拶するニアに、マーガレッタも同じく笑顔で答える。
その何の変哲も無い光景でただ一点、バレンシアはマーガレッタを見るフェリシスの視線がじとっと白々しいものを見るものになっていたのが気になっていた。
「ほらアンナもそう堅くならず。クラーラくらいリラックスして下さいな」
「ん」
「確かにクラーラちゃんはいつも通りだよね……。うん、わたしも一生懸命頑張るね」
「そういうのをおよしなさいな」
しかしバレンシアのその疑問は口に出す機会には恵まれず、話は続く。
ただ、彼女の疑問はすぐに解消される事となる。
「今パーティーの用意をしていますからもうしばらくお待ちになって下さいまし。今紅茶を持って来させますわ。それとあらかじめ伝えておきますけれど、今から来る給仕はついこの間雇ったばかりの新人なんですの。ですから多少の粗相は大目に見てあげて下さいな」
「別に俺らは気にしねぇよ。むしろ新人教育相手としちゃ丁度良い相手だろ。遠慮なく使ってくれよ」
「そう言って下さると助かりますわ。来なさいな」
ザックからの言葉にマーガレッタはどこかしたり顔で微笑みながら言うと、手を二度叩いて新人だという給仕に合図を出す。
「――失礼します」
扉の向こうからどこか中性的ながらも低い声が届く、どうやら新人は執事であったらしい。
その執事は落ち着いた声色で入室の許可を求めると、すっと音も無く扉を開く。
白い手袋の上にはティートレイと紅茶の用意、洗練された所作で一礼する執事は目の醒めるような銀髪で――
「は?」
脳内の疑問について考えていたバレンシアは予想だにしていない現実に声を漏らし、他の面々も皆似たようにぽかんと口を開き放心している。
この場で違う反応を見せていたのはニヤリと唇を歪ませるマーガレッタと嘆息するフェリシス、そして真面目くさった表情を見せる新人執事で……
「紅茶と焼き菓子をお持ちしました。本日はお嬢様のご友人方という事で特別な茶葉で用意させて頂いております。どうぞごゆっくりお楽しみ下さいませ」
「………………あなた、何をやってるの?」
バレンシア達の視線の先には、あまりに似合い過ぎる執事服を身に纏ったヴィルの姿があった。
スラっと伸びた長い手足と高身長は、まるで何年も同じ服を着続けているかのようで、この手の服装にありがちな服に着られている感が全く無い。
それにはヴィルに浮足立ったような気配が存在していない事も一役買っていた。
バレンシアは声を掛けられて尚淡々と給仕を続けるヴィルに見切りをつけ、先程からずっと笑いを噛み殺そうとして漏れ出ているマーガレッタをキッと睨み付ける。
「マーガレッタ。これがどういう事か説明してもらえるんでしょうね」
「いえね、たまたま、本当にたまたまヴィルがど~うしてもお金に困っていると相談をしてきたものですから、一人の友人として助けになれればと雇い入れましたの。みなさん期待通り反応をして頂けたようで何よりですわ」
「呆れる位白々しいわね、冒険者活動で稼げるヴィルがお金に困っている訳が無いでしょう。フェリシス、あなたのあの反応は知ってたって事でいいのよね?」
「……騙す形になってしまい申し訳ありません。もう暫くマーガレッタ様の余興にお付き合い下さい」
「はぁ……ヴィルももういいから着替えて戻って来て。これ以上付き合う必要は無いわ。……ヴィル?」
痛む頭を押さえるバレンシアがヴィルに声を掛けるが、ヴィルは澄ました表情のまま紅茶を淹れ続けている。
まるで聞こえていないかのように、まるで自分の仕事に誇りを持っていて業務中は聞く耳を持たないプロのように。
やがて耐えかねたマーガレッタが口に手を当て爆笑する。
「無駄ですわ!ヴィルはしばらくの間当家の執事、主人であるわたくし以外の命令は聞きませんのよ!」
「ウワー、性格悪っる。やっぱ仲良くはできないわ」
「てかヴィルわたしにも何も言ってなかったんだけど。やっぱ性格悪い同士気が合うのかな?」
「ちょっとそこ二人!ヴィルはともかくわたくしの性格が悪いだなんて誤解ですわ!そもそも今回の企画はヴィルの持ち込みですのよ!まあわたくしも面白そうだからと同調しましたけれど……」
「大丈夫です。マーガレッタ様のその性格の悪さもまた魅力、逆に性格の良いマーガレッタ様などマーガレッタ様ではありません」
「そこまで言いますの!?」
ひそひそと悪口を呟くクレアとニアにマーガレッタがツッコみ、フォローになり切れていないフェリシスのフォローにマーガレッタが同じくツッコむ。
怒り心頭といった様子のマーガレッタはつかつかと音を立てて歩いていき、ヴィルの引いた椅子へと腰掛ける。
続けてティーカップを手に取り、ヴィルの入れた紅茶を口に含む。
「む、美味しいですわね……」
「ええ、本当に。私は先にお試しという形で飲ませてもらいましたけど驚きました。メイドの皆さんにも好評だったようで、シャーリーなんて泣いていましたよ」
「悔し涙ですわね。彼女の紅茶も凄く美味しいもの。けれど……」
「シャーリーが悔しがる気持ちも分かります。私もよく淹れますから」
マーガレッタがあまりの美味しさに舌鼓を打ち、フェリシスが苦笑を零す。
その光景を見たマーガレッタも遅れて飲んでみれば、口の中に広がる紅茶の香り、渋みを抑え旨味を引き出す最適な温度、およそこの茶葉の本領全てを発揮したようなそんな紅茶だった。
と、バレンシア達が紅茶を味わっていると、
「なんだこれうめぇ!」
紅茶と一緒に出された焼き菓子を口にしたザックが驚きのあまり叫び声を上げた。
ザックが持っていたのはスポンジケーキだったが、彼の叫びを耳にしたクレアが続いてクッキーを口にする。
「ホントに美味しい。やっぱ金持ちの出す食べ物は違うわね」
「あ、その焼き菓子もヴィルさんが作ったものですよ。美味しいですよね」
「……ヴィルは逆に何ができないワケ?普通に美味しすぎるんだけどいやマジで」
「恐縮です、お客様」
「それムズムズするからやめて」
フェリシスの訂正を受けたクレアが真顔でヴィルを問い質すも、当の本人は恭しく頭を垂れるのみ。
何でも卒なくこなすヴィル、冒険者活動の際に簡単な料理が出来る事は分かっていたが、よもや菓子作りにまで精通しているとは思ってもみなかった。
ただ思ってもみなかっただけで出来る事自体に不思議は無いのがヴィルの凄い所だろうか。
そんなやり取りを行いつつ、一行はパーティーの準備が終わるまでの間ティータイムを楽しんだのだった。
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