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第14話 いざ、王立アルケミア学園へ 一

 

「があぁぁぁあああ!!ぐぅぅぅううう!!」


 闘技場の中、一人の青年の苦痛に歪む悲痛な叫びが響く。

 さらさらとした銀髪を振り乱し、止まらない冷汗で額に張り付く髪を気にする様子も見せず、端正な顔を苦し気に歪めている。

 それも当然か、彼は一人練習用の『御天に誓う(フィーリア・リレイル)』で、痛覚を通常の数倍に引き上げた状態で自傷行為に及んでいたのだから。

 刃物、鈍器、炎、電気等、試せるものは一通り試し、効率的な攻撃手段の模索と精神の鍛練に励んでいた。

 それは傷つける為では無い、守る為の修行だ。

 二度と同じ事を繰り返さない為に、彼は自分を限界の先にまで追い込んでいた。

 それはまるで、過去に犯した罪に対する贖罪のような、清算のような自傷行為。

 しかしその甲斐あって、彼は相応の激痛に曝されても眉を顰める程度にまで、体の危険信号を無視する事に成功していた。

 イザベルを失った一件以来、彼はこうした常人から見れば無茶な修行を行うようになっていた。

 だが、最初から意欲的に修行に励んでいた訳では無い。

 一時期は心を砕く絶望と後悔に、無気力になる事もあった。

 だがそんな時であっても彼の背を押したのは、失われたイザベルの言葉だった。

 ――人を助けて、いつも笑顔でいる事。

 それは正に、彼が思い描く理想の騎士であった。

 圧倒的な力で悪をくじき、存在自体が人の拠り所となる、そんな正義の騎士。

 いずれ来たる目覚めの日に、情けない今の姿は見せられる訳が無いのだ。


(まだ、まだだ!もっと強く!もっと!もっと!!)


 人を、守らねばならない。

 弱いままではいられない、守られるままではいられない――救われるままではいけないのだ。


(もっと、もっと!もっと!!)


 制御装置を操作し、痛みをさらに引き上げる。

 人体が想定していない、現実に存在しない激痛の浸食に意識が白熱し――


「く、ぁ―――――――――」


 ――十五歳になったレイドヴィル・フォード・シルベスターは意識を失った。


 ―――――


「――ル君!レイドヴィル君!起きなさい!」


 耳が痛くなるほどの大声に、レイドヴィルはベットから飛び起きる。

 どうやらここは医務室のようで、意識を失った後ここに運び込まれたようだ。

 先程声のした方を見てみると、白衣を着た女性が怒り心頭といった表情でこちらを見ていた。

 ――こんなに怒った顔をしているナリアを見るのも、もう何回目になるのだろうか。

 それはさておき、まずは朝の挨拶からだ。

 人を安心させるように意識して作っている笑顔を、慣れた様子で浮かべるレイドヴィル。


「おはようございますナリアさん。今日もいい朝ですね」


「いい朝ですねじゃない!朝から意識不明の患者を見せられる医者の気持ちも考えなさい!というか、こうして倒れるのは今年で何回目だと思ってるの」


「申し訳ないですナリアさん。倒れないように気を付けてはいるんですけど……それから倒れたのは今年で五回目ですね」


「ご丁寧にどうも!まったく、少しは周りに気を使いなさい。傷付くのを見たくない人だっているんだから」


「あはは……分かりました、気を付けます。それと、いつもの事ですが……」


「両親にも誰にもレイドヴィル君が倒れた事は口外しない、でしょう?本当に……どうかしてるわよ」


「……それでも、ですよ。出来るだけ人に心配は掛けたくありませんから。朝からお世話になりました」


 はいはいとおざなりに手を振るナリアに頭を下げ、レイドヴィルは医務室を出ようとする。


「――失礼いたします」


 と、そこに一人のメイドが入って来た。

 歳はレイドヴィルと同じくらいか、明るい茶髪の映える少女だった。

 愛らしい顔立ちは微笑めば人の目を魅了するだろうに、今は仕事だと言うように澄ました顔をしている。

 だが無表情という訳では無く、見る者の心を安らかにさせるようなそんな表情だ。

 その隅々まで洗練された立ち姿や所作からは、相当厳しい教育を受けた事が窺える。

 そんな少女を見てナリアは、


「ちょうどよかった。ニアちゃんも何か言ってあげて頂戴よ」


「レイドヴィル様はご自身のお好きなようになさればいいと思いますよ。私はそれを全身全霊で支えるだけです」


 ニアと呼ばれた少女が自慢気にそう答えると、ナリアはやれやれという風に額に手をやった。


「全く主従で揃いも揃って……もういいわ、行きなさい」


 お世話になりましたと二人が出て行った後、ナリアは溜息を吐いた。

 ――あの子は、レイドヴィルは異常だ。

 常人ならば、あんな痛みに耐える訓練を行なおうなどと思う筈も無い。

 前にレイドヴィルが訓練で頻繁に倒れ始めるようになった頃、ナリアはレイドヴィルの修行を覗きに行った事があった。

 そして実際に自分の目で見て、ナリアは茫然自失に陥った。

 あんなものを、訓練と呼んで良い訳が無い。

 痛覚と言うのは人間に備えられている危険信号の一つだ。

 故に人はその痛みに耐える事は出来ない。

 だから人は皆痛みから逃れて生活する、だからこその危険信号なのだ。

 やはりまだあの事を消化できていないのだろうか。

 自分への罰のつもりかどうかは分からないが、その様はまるで狂気の――


「――天才とは狂気の一歩先にいる人物の事である、ね」


 ふと、どこかで聞いた言葉がナリアの脳裏をよぎる。

 ナリアには、その言葉がレイドヴィルの事そのものに思えて仕方がなかった。


 ―――――


 レイドヴィルとニアは二人、長い廊下を歩いていた。

 二人の出会いは三年前、学園に通う事になれば寮暮らしとなるレイドヴィルの為、一緒に学園に通うサポート役としてニア・クラントが選ばれた。

 元々、彼女はその特殊な能力も相まって、幼少期からレイドヴィルに仕える為に侍従としての教育を受けており、まだ未熟だが最低限の教育は完了したと、教育を行っていたメイド長が今回の同伴役に推薦したのだ。

 彼女がレイドヴィル専属のメイドとしての教育を受けるきっかけとなったのは、さらに遡って七年前。

 物心つく前に孤児として、シルベスター家が運営する孤児院に居た当時五歳のニアは、日頃から自分達の援助を行ってくれている貴族や騎士達に、感謝と見学を兼ねてシルベスター邸を訪れるというイベントに参加していた。

 見学の中で、他の孤児達が騎士やメイドになりたいと口々に話す中、成長が早く周囲よりも少し冷めていたニアは引率から離れ、入ってはいけないと言われていた闘技場へと足を踏み入れていた。

 ――そしてそこで出会った美しい銀髪の少年、彼女はその少年に目を奪われた。

 一生懸命に大人達と立ち合い、あまつさえかなり体格差のある男を蹴り飛ばしたのだ。

 ニアは将来は騎士、特にメイドになどなりたくは無かった。

 人を守って死ぬなど意味が分からなかったし、貴族に仕えて無茶な要求をされたり、貴族同士のいざこざに巻き込まれるなど考えたくも無かったからだ。

 将来はそこそこ大きな町に住み、誰か好きな男の人と結婚して慎ましやかに暮らしたい、そう思っていた。

 けれど少年を見てその考えは変わった。

 ――この人に仕えたい、そう思ったのだ。

 その後すでに秘匿対象となっていたレイドヴィルを見ていた事がバレ、孤児院の大人にしこたま怒られたのだが。

 しかし、当時のメイド長に絶対に口外しないようにと口止めされた時に直談判。

 何度もしつこく仕えたい仕えたいとお願いするニアに、大人達が止めに入ろうとした所で、メイド長が何かを見出したのか、お試しという事で一度面倒を見て貰える事になったのだ。

 その際、運良くある特殊な能力があるという事が分かり、物覚えが良かった事もありメイド見習いとしてこれまで修業を積んできたという訳だ。

 そんなニアとレイドヴィルは既に長い間時間を共に過ごしており、ある程度の意思疎通ならば言葉を介さずとも行う事が出来る、阿吽の呼吸の域にまで達している。

 あとは各能力を伸ばしていくだけという所まで来ているのだが――


「悪いねニア。今回もまた倒れた事をナリアさんに伝えてくれたんだろう?僕が言うのもなんだけど、毎回訓練に付き合ってくれなくてもいいのに」


「はぁ……頭が堅いなぁヴィルは。あたしがしたい事だからいいの。ヴィルももっと楽に生きればいいのに」


「そうはいかないさ。最初は誰かに決められた道だったかもしれないけど、僕はもうこの道を歩くと決めたんだ。お堅く生きるとするよ」


「ま、いいけどね。あたしはそれをサポートするだけだし。辛くなったらいつでも言ってよね。体を張って助けてあげるから、文字通り、ね?」


 そういいながら最近やっと育てきた、と反応に困る報告をしてきた胸を強調するように姿勢を変えるニア。


「そういうのはいらないって最初に言っただろう?僕はそんな風に人を使いたくないんだ」


「冗談だってば。まあ丸っきりの冗談ってわけでもないけど。どんな時でも助けるくらいには考えといてよね」


 メイド長が見れば眉を吊り上げそうな軽い口調で、ニヤニヤしながら話すニアの様子を見れば、二人が十年以上の付き合いであると言われても信じてしまいそうになる。

 最初は敬語以外を使うのを渋っていたニアだが、こうしてため口を使い続けていると物覚えが良い事もあり、案外この距離に慣れてしまったようだ。

 レイドヴィルは安心したように微笑みながらも、脳を仕事仕様に切り替える。


「ニア、今日の予定は?」


「はい。今日の午前中は午後の件の打ち合わせを。その後孤児院の方達と冒険者ギルドでパーティー解散の手続きを。午後からは銀翼騎士団(シルバーナイツ)として盗賊団の殲滅任務となっております。それから明日は……」


「学園の入学試験、だね」


「その通りです。なので早めに休まれた方がよろしいかと。レイドヴィル様に限って万が一などないと思われますが、念のためです」


「分かった。それじゃあ今日は早めに休む事にするよ。ニアもしっかり休んでね」


 レイドヴィルが切り替えたのを察したのか、ニアも口調を仕事仕様に改め淡々と仕事をこなす。

 これぞ現メイド長が合格を言い渡した若きメイドの鑑、ニアの姿である。

 レイドヴィルはその変わり様に苦笑しながらも、ニアの忠告は受け入れる姿勢だ。


「それじゃあ取り敢えず冒険者として活動してこようかな。ニアはどうする?」


「これからローゼル様に護身術を教えてもらうことになっています。私はレイドヴィル様とは違いまだ合格を頂いていませんので」


 以前話題にも挙がっていた通り、ローゼルは先代の執事長を務めていた人物である。

 彼は極めて優秀な執事で、得物に縛られない形の護身術を得意としており、孤児院の件で接する事の多くなった二人に指導をかって出たのだが――


「護身術以外の事を教えてくれるのは大・変ありがたいのですよ?馬術や医術などはまだ役に立つのですが……やれお茶やお酒のテイスティングだのやれ暗殺術だの、一体私は何になればよろしいのですかっ!」


「――立派なメイドになればよろしいのではないですかな」


「ひいっ!」


 ニアの背後、僅かばかりの気配すら悟らせずするりと現れたのが件の人物、ローゼルである。

 時折こうして人を試したように驚かせるのだが、当の本人は無自覚を装っているという厄介な人物だ。

 こういった悪ふざけを除けば極めて優秀な人物なのだが。


「お早う御座いますレイドヴィル様。顔色一つ変えないとは流石、気付いておられましたな。師匠として鼻が高い。ニアにも見習って欲しいくらいですぞ」


「おはようローゼル。僕の場合後遺症が残ってるとはいえ術式の空間把握範囲が広いからね。ほんのちょっと得意なだけだよ」


「ご謙遜を。レイドヴィル様がちょっとならば(わたくし)など不得意もいい所になってしまいますな」


 冗談を交わしはっはっはと笑う二人に、ニアが肩を震わせて怒りを露わにする。


「ローゼル様!そうやって毎度毎度驚かせるのはやめてくださいと言っているでしょう!」


「はて?何の事やらさっぱり……」


「とぼけるのはおやめください!まったくもう……」


 と、恨みがましい視線を寄越すニアにこれではいけないと思ったのか、ローゼルがやり方を変えた。


「ニア、普段からそのようではいざという時にレイドヴィル様の盾となる事も出来ませんぞ。私が侵入者であった場合どうするつもりだったのですか」


「ぐ……でもレイドヴィル様の方が感度高いですし……」


「いざという時の話です。常にレイドヴィル様が何とかしてくれるとは思わないように」


 別に盾になって欲しくは無いんだけどなぁ、と呟くレイドヴィルを余所に説教は続き、より厳しい訓練内容にする事で同意(強制)したようだ。

 先程までの余裕の笑みはどこへやら、涙目になってレイドヴィルを見るニアに手を挙げて一言。


「それじゃ、僕は打ち合わせがあるからこれで。お互い頑張ろう」


「そんな!?レイドヴィル様ぁ~!」


 死地に赴く戦士を見送り、レイドヴィルは午後から行われる盗賊討伐の打ち合わせへと赴く。

 今回盗伐目標となる盗賊は活動範囲が広く、複数のグループに分かれて犯行を行っているとみられている。

 相手が複数犯だとはいえ、本来ならば正騎士団単体で鎮圧可能な規模なのだが、近年は対魔獣を意識した警戒網を張っている為、確実な戦力を割く事が叶わない。

 そのため今回は、正騎士団との共同作戦という事に相成ったのだ。

 正騎士団と銀翼騎士団(シルバーナイツ)の仲が悪いというのは有名な話だが、真相として現在不仲なのは末端のみで、中枢部は普通の貴族同士の関係性を保っている。

 トップも昔こそ王国騎士団に「正」の字を付け加える程に仲が悪かったようだが、銀翼騎士団(シルバーナイツ)副団長のヴェイクが元正騎士団出身という事もあり、その関係性は極めて良好。

 レイドヴィルは顔を合わせた事は無いが、現王国正騎士団長にして『剣聖』と呼ばれるウィリアム・フォン・ウェルドールとヴェイクは元同僚で、両騎士団の重要な会談などではアルシリーナではなく、ヴェイクが出席する事が恒例となっている程だ。

 今回も同じくヴェイクは正騎士団本部へ会談へ出向いており、今頃襲撃時刻などを打ち合わせて帰路についている筈、と考えながらレイドヴィルが歩いていると、気が付けば会議室に着いてしまっていた。

 一人でいると勝手に考え事をしてしまう癖に呆れながら扉を開くと、ちらほらと既に集まっている人の姿が見えた。

 少し早かったかなと思いつつ順番に挨拶をしていると、一人の少女がレイドヴィルに向かって駆け寄って来た。

 ――穏やかそうな少女だ。

 歳はレイドヴィルと同じ十五歳、身長はやや低いが女性らしさに富んだ肢体に、深い藍色の瞳。

 淡いクリーム色をした髪は、夜空に浮かぶ月を思わせる。

 彼女の名前はムーナ・クレイストールという。

 ムーナはシルベスター家に代々仕えている準男爵家の娘で、三年前に初めて騎士団員として活動を始めたレイドヴィルと同時期に活動を開始。

 その稀有な魔術特性は主に夜間の任務で圧倒的な制圧力を誇り、夜間の任務では若くして主戦力として数えられる程に重宝されている。

 そんな彼女は少々人見知りで中々自分から人に話しかける事が出来ない性格なのだが、最初に話しかけてくれたレイドヴィルには心を許しているようで、会えば必ずこうして話し掛けに来てくれるのだ。


「はあ、ふう……おはようございますレイドヴィルさん。今日はレイドヴィルさんも参加されるんですね」


「おはようムーナ。ムーナがいるって事は、今回は夜襲になるのかな」


「多分そうだと思いますよ。わたしってお昼だと本当にただの一般人ですからね」


 自虐的に冗談めかしてそう言うムーナに、レイドヴィルも確かにと同調して答える。

 彼女もまたミアのように天体魔術を得意としているが、決定的に異なる点が一つある。

 それはムーナの場合、日が落ちた状態でないと魔術が使えないという点だ。

 さらに、天候の良し悪しによって術式の威力が変動する点も大きな問題点である。

 しかしその欠点はサポートによって解消可能な点でもあり、レイドヴィルがいる時は彼がムーナの傍に付く事で術者が狙われる事を防ぐ。

 離れた場所から天候を操作する事で術式の威力を安定させる。

 主にこの二つの点を満たす事が出来れば、彼女に敵は居ない、そう言い切れる。

 そんなムーナも普段は普通の女の子、人に話しかけるのが苦手だとはいえ、人と話す事自体が嫌いな訳では無いのだ。


「そういえば、レイドヴィルさんアルケミア学園に通うんですよね。おめでとうございます!」


 そうでしたと言わんばかりに手を合わせて喜ぶムーナだが、喜ぶのは少し時期尚早だ。


「いやいや、まだ早いから。入学試験は明日だしちゃんと受けるから」


 レイドヴィルは自分の事のように喜んでくれるムーナに苦笑交じりに訂正を入れるが、一方のムーナは首をかしげて不思議顔。


「あれ?上級貴族の方達って裏口入学とかないんですか?ほら、お金とかコネとか」


「いや無いよ……王立学園はその辺り厳正だし、何より上級貴族にそんなイメージ持ってたの?」


「え!?いやそうじゃなくてですね、学園の偉い人に話とか通ってないのかなと思いまして」


「ああ、話は通してあると思うよ。けど王国は貴族への過度な優遇を避けているからね。それがなくても僕はきちんと試験を受けて学園に通いたいんだ。親に頼って入学したんじゃ格好が付かないからね。勿論ニアも表からだよ」


 どこか遠くを見つめるように話すレイドヴィルに、ほあ~と感心の声を上げるムーナ。

 それからムーナはたしかにそうですねと続け、


「レイドヴィルさんなら入学試験なんて楽勝ですもんね!事実、入試前試験に受かったから明日試験を受けるわけですし!」


「うーん……楽勝っていう程簡単な問題ではなかったけどね」


「あぁ確かに、国内最難関校ですもんね。ちなみに入試前試験の結果はどうでした?」


「結果は発表されてないけど、そうだね……九十点は堅かったと思うよ」


「やっぱり楽勝じゃないですか!!ていうか、同年代でレイドヴィルさんに勝てる人とかいるんですかね」


 からかわれたことに気付いたムーナが、遅れてふと疑問を唱える。

 レイドヴィルはどの分野で言っているのかは分からないけどと前置きし、顎に手を当てて指折り数え始めた。


「まず父様とも交流の深いウェルドール家の娘クラーラ・フォン・ウェルドール。それから『裁定四紅』の内バーガンディー家の息子ヴァルフォイル・リベロ・フォン・バーガンディーに、レッドテイル家の娘バレンシア・リベロ・フォン・レッドテイル。それから風魔術で有名なフェロー・フォン・フロストリーク。正騎士団内部でも大きな発言力を持つバスト・フォン・ガルドールの息子のカストール・フォン・ガルドール辺りが僕の警戒している人で同年代の……どうしたの?」


 誇るでもなくつらつらと膨大な情報を言い連ねていくレイドヴィルに対して、ムーナはどこか引き気味だ。

 最初の方こそなるほどなるほどと頷いていたが、今は顔を引きつらせて心なしか距離を取られているようにも感じる。


「レイドヴィルさん――もしかして本試験に出る人の名簿を記憶してたりしないですよね?」


「してるよ?ある程度の有名人はだけど」


 絶句。

 呆れて物も言えないとはこの事かと思うほどに言葉が出てこない。

 急に動きが止まってしまったムーナを不思議に思ったのか、レイドヴィルが狼狽しだした。


「えっと、そんなに変かな?さすがに全員は覚えてないよ?」


「全員覚えてたら気持ち悪いですよ!!ていうかほんと記憶力良いですよねー。ちょっと羨ましいです」


 いいなーと呟くムーナを見て、ふと一つの疑問がレイドヴィルの中で湧き上がった。


「ムーナは学園とかに通う気はないのかい?同年代の人達で集まって色々するのは楽しいと思うんだけど」


 その言葉を受けて、ムーナは意外そうな驚いた顔をした後自嘲気味に俯いて答えた。


「わたしには無理ですよ。わたしって勉強とか苦手ですし、何より魔術が特殊すぎて実技試験に受かる気がしないですし……」


「別にアルケミアだけが学園じゃないよ。難易度の低い、実技を問わない学校だっていくつもある。王国はその辺り力を入れてるからね、考えてみてもいいと思うんだけど」


 ムーナはうーんと考えた後、やっぱりいいですと断り、


「わたしには銀翼騎士団(シルバーナイツ)での役割がありますから。その役割を一生懸命頑張りたいんです。二つの事を同時にすると、中途半端になっちゃいそうですから」


 苦笑交じりにそう答えるムーナに真っ直ぐ通った芯を感じて、それを羨ましいと思う自分がいた。

 レイドヴィルはいつも思う――自分に己というものはあるのだろうかと。

 自らの人生は世界の安寧の為にあると知り、自らの命を自分を救ってくれた人からの借り物だと定義した。

 趣味も嗜好も自我もあるのに、どこか自分というものだけが欠落しているように思えてならない。

 この身に満ちる知的好奇心も、抜け落ちた自分を埋める道具の一つに過ぎないのではないだろうか。

 そう仮定したとして、いつか自分はその穴を埋める事が出来るのか。

 もし埋める事の出来ないまま、この得体のしれない焦燥感と共に生きていくとするのなら、それはどれだけの――――


「レイドヴィルさん?どうかしました?」


 その声に現実に回帰すると、心配そうに下から覗き込むムーナの顔が目の前一杯に広がって、レイドヴィルは二歩後ずさる。

 また悪い癖が出たと頭を掻き、何でも無いよと答えて茶を濁した。

 その後もこの間の任務がどうとかローゼルの雑学がこうだとかの話をしている内に、会談を終えたヴェイクが会議室へと到着し、会議室はその役割を果たし始めた。


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