第142話 『馬鹿』と『蛇蝎』 三
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甲殻の隙間から蒸気を立ち昇らせ、鋏を幾度も打ち合わせて威嚇する『蛇蝎』。
対して武器を構え魔力を高め、二匹の蛇を仕留めたヴィル達は負傷らしい負傷も無く迎撃の構えを見せる。
一瞬の膠着状態を崩し先手を打ったのは、濃密な殺気を抑えきれなかった『蛇蝎』だった。
「――――!!」
音にならない声で咆哮し、一直線に突進する。
全長八メートルにも及ぶ『蛇蝎』が真正面から突進して来るその様子は、まるで小山一つが迫ってきているような圧迫感を伴っていた。
無論それだけの質量を真正面から受けようとするのは馬鹿のする事、ヴィル達は突進を直前まで引き付けて散開し、囲むように反撃を仕掛ける。
それは先まで取っていた作戦と似た手法、その効果の程は直前の戦闘で立証されていた筈だったが……
「ふっ」
「くっ!」
「あぶねぇ!」
「ちょっ!」
「……っ」
強靭な十脚を駆使し停止した『蛇蝎』は、その場で身を丸めて地面に脚を突き立て、独楽のように回転して周囲の全てを吹き飛ばしたのだ。
攻撃しか考えていなかった一行は奇襲を断念する形になり、逆に『蛇蝎』に攻撃の機会を与えてしまう。
至近距離には脚でのスタンプ攻撃、中距離には鋏と尾を用いての癇癪を起したような乱打。
それが通常サイズの蝎であればまだ可愛げもあるが、脚の一本当たりが両腕を回せない大きさともなれば最早災害だ。
一撃ごとに環境は破壊され、地面は捲れ上がり、衝撃が駆け抜ける。
しかしヴィル達もやられるばかりではない、攻撃と攻撃の合間に反撃を試みてはいるのだ。
ただし、
「この甲殻硬ぇ!」
「この感じ蛇の鱗以上ね。アタシの槍じゃどうにもなんない、わ!」
「興奮状態で硬質化してるんだ!逆立ってる向きとは逆に攻撃してみて!」
『蛇蝎』の興奮状態は身体能力が大きく向上し甲殻が硬質化するが、その代償に体温が急激に上昇してしまい、その排熱の為に甲殻が開く。
ある規則性に則って生えている甲殻は、その開いた向きと逆に衝撃を加える事で比較的容易に剥ぐ事が出来るのだ。
それは以前に戦闘経験のあるヴィルだからこそ可能な助言、そしてその助言を生かし切るのがSクラスの生徒である。
「――なるほどね。それならやれるわ」
真っ先にヴィルの助言を実践してみせたのはバレンシア、炎を纏った魔剣が三度振るわれ、『蛇蝎』の体液を蒸発させながら肉を斬り裂いた。
絶叫する魔獣、当然反撃がやって来るが静止したままのバレンシアではない、潜り込み、掻い潜り、登りながらも絶えず斬撃を見舞う。
『蛇蝎』の肉体には多数の裂傷と火傷が刻まれ、広範囲に渡って傷の帯は続いている。
目に見える戦果を挙げたバレンシアに、他のメンバーも続くように攻撃を仕掛けていく。
「はっ!せい!うおりゃ!!」
ザックの振るう大剣は幅広で質量も大きく、対魔獣という観点においては最も適している武器だ。
事実彼の攻撃は一撃で確実に何枚もの甲殻を剥ぎ、大きなダメージを与えている。
しかし言わずもがな大剣の弱点は機動力、如何な身体能力に優れたザックと言えども、その動きは鈍重なものにならざるを得ない。
そして動きが鈍重になれば必然、相手の攻撃に晒される危険性も高まるというもの。
「――――!!」
『蛇蝎』が位置をずらし、脚を振り上げて落とす。
その足元には剣を振り切った後のザックの姿、機動力に欠ける彼にとっては絶体絶命の状況。
だが――
「させないわよっ!」
スタンプ攻撃が降り注ぐ直前、横からやって来たクレアが落ちる脚に文字通りの横槍を入れ、ザックを窮地から救い出す事に成功する。
クレアは自らの得物が巨大魔獣相手に分が悪いと見るや、すぐさま攻撃の役割を離れ、機動力を生かした他メンバーのサポートに徹していた。
囮、攪乱、支援、その素早い切り替えの判断がザックの命を救ったのだ。
「悪い助かった!」
「礼はいい!それより突っ込め!命ならアタシが何度だって救ってあげる!」
「へっ!――行くぜ行くぜ行くぜ!!」
肩口に剣を担ぎ笑うザックと、その傍にぴったりと付き添うクレアが『蛇蝎』の足元へと突っ込んで行く。
その途中何度も『蛇蝎』からの妨害が入るが、その全てに対しザックが思考を割く事は無い。
何故ならザックに襲い掛かるあらゆる攻撃は、クレアの槍捌きによってその悉くが退けられていたからだ。
クレアが弾きクレアが落とす、その間にザックの足が止まる事は一度も無い。
そして駆け出した速度そのままに、速度と体重と質量が乗ったザック渾身の回転斬りが、他メンバーによって足止めされている『蛇蝎』の脚を捉える。
「ぶっ飛びやがれぇえええ!!」
直撃――。
十二分な威力を有したザックの一撃は蛇以上の難易度を誇る筈の剛脚を一撃で斬り飛ばし、その勢いのままもう一脚の半ばまで刀身をめり込ませた。
大ダメージを与えつつ相手の機動力を削いだ完璧な一撃……だったのだが、そこで終わらないのがザックである。
「……やべぇ」
「ちょっとザック!早く離脱するわよ!このままじゃ二人まとめてぺしゃんこに……」
「…………抜けねぇ」
「は?」
「…………剣が抜けねぇ」
「はぁああああ!?」
冷や汗を垂らして焦った苦笑いを披露するザックに、一ミリたりとも笑えないクレアが絶叫する。
尋常では無い威力で以て深々と突き刺さった大剣は、同じく尋常では無い力でないと抜けそうにない程がっちりと筋肉に呑み込まれていた。
引いて駄目なら押して斬りたい所だが逆も同じ、どこか間の抜けたアクシデントだが紛れも無い命の危機である。
焦った二人は何とかしようとじたばたするが、そこに救いの手が差し伸べられる。
「とりあえず剣は捨てていきなさい!最悪あとで買い直せばいいし!」
「けどこれはお前の親父さんに貰った思い出の武器だし……」
「だー!こんな時にー!!」
「――ザック!そのまま振り抜いて!3、2、1!」
突然の合図に困惑する二人、だがザックの身体は声に反応して両腕に全力を込めて脚を切断しようと試みる。
ここで幾ら力を込めた所で結果は変わらないが、そこに救いの手が加われば話は別だ。
「行っ、け!」
それまで魔術での支援を行っていたニアが全力疾走でザックの下へと到着、助走を生かした綺麗な跳び蹴りで両刃の大剣の背を蹴りつける。
普通の靴で行えば危険行為だがニアの靴は特注品、中敷きには金属が採用されておりこの程度の威力では足までは届かない。
跳び蹴りによって多少は刃も進んだがまだ足りない、もう一度同じくらいの衝撃を当てる必要がある。
「なら、これで――」
慣性により空中で静止したままのニアは続けざま、更にもう片方の足を加えて両足を揃え――
「――届いて!」
ドロップキックの要領で思い切りに両足を打ち出す。
ニアのキックとザックの腕力が乗った大剣は、辛うじて脚を繋いでいた残りの筋肉を断ち斬り、見事計二本目の脚を斬り落とす事に成功した。
確かな手応えに三人は喜びを分かち合いたい衝動に駆られるが、まず真っ先に『蛇蝎』の足元から離脱する。
十脚の内片側二脚を失った『蛇蝎』はその巨体を支えられず、バランスを失って地面へと倒れ込む。
『蛇蝎』は何とか体勢を立て直そうと藻掻くが立ち上がれない、そしてその隙を見逃すヴィル達では無い。
「クラーラ!」
「合わせて」
隙を晒した『蛇蝎』にヴィルとクラーラが肉薄、猛攻を仕掛けるべく連携を図る。
しかし改めて言う事でもないが相手は巨大だ、体表面や脚に攻撃し続けるだけではどれだけ時間があっても足りない。
であれば魔獣の、否、生物の急所に攻撃を仕掛ける他に手段は無い。
そして大概の生命共通の弱点と言えば頭、及び肉体とを繋ぐ首である。
『蛇蝎』の中でも特に甲殻の密集したそこを、ヴィルとクラーラは二人掛かりで露出させようとしていた。
だが硬質化した甲殻に対し生半可な剣撃が通用しないのは明らか、であれば技術で防御力を上回る必要がある。
そしてその技術を持つのがこの二人だ。
「「『鎧通し』」」
それはかつて対バルグ帝国の戦争において、王国正騎士団に所属する騎士が敵軍の重装兵相手に編み出した剣技。
威力では無く速度と精度を重視し、柔軟な筋肉の動きによって正確に鎧の隙間を穿つ超絶技巧。
同じ流派を修める二人の剣技が『蛇蝎』の首へと突き刺さる。
絶えず繰り出される『鎧通し』は次々と急所を守る甲殻を剥がしていき、次第に黒々とした甲殻では無く赤い肉の色が見え始めた。
『蛇蝎』も何とか抵抗しようと藻掻くが、鋏による攻撃は二人の軽々とした体捌きによって躱され、尾による攻撃はバレンシア、クラーラ、ニアによって完全に抑えられている。
これなら行ける、そう判断したヴィルは最後の一撃を決めるべく声を上げた。
「ザック!シア!今ならやれる、止めを!」
「よっしゃ任せとけ!」
「今向かうわ!」
ヴィルの要請に応じて尻尾の方から駆け寄って来るバレンシアと、援護役のクレアを引き連れて来るザック。
後はこの首を落とすだけ、そんな時だった。
「また回転来るよ!」
ニアの警鐘、その言葉通り『蛇蝎』が最後の力を振り絞って全てを脚を地面に突き立てる。
それは蛇を失った直後に『蛇蝎』が見せた回転攻撃の予兆、ヴィル達至近距離に居る者達は回避する準備を行っていた。
対して比較的離れた位置に居たザックとクレアは前回の攻撃範囲を鑑みて、十分な距離を保った位置で距離を詰める準備をしていた、端的に言えば油断をしていた。
そして――
((((来る――!))))
『蛇蝎』が回る、巨体が独楽のように回転し周囲を薙ぎ払う。
準備していた者はしっかりと回避に成功し、それを見たザックとクレアは再び駆け出そうと利き足に力を込めていた。
しかし前回と違っていた点が一つ。
「チッ!」
「クレア!?」
クレアが突如側に居たザックを蹴り倒す。
突然の暴挙にザックは抗議の声を上げるが、彼女の蹴りが無ければ彼の胴から上は下半身と泣き別れていただろう。
事実――
「がっ――」
――ザックを蹴り回避行動を取れなかったクレアが、伸びた尾の一撃を受けて吹き飛ばされ、森の中へと消えた。
そう、蛇蝎は最初のようにただ身を丸めて回ったのではなく、長い尾を限界まで伸ばして回ったのだ。
薙ぎ払うように振るわれた尾の一撃は文字通りに周囲の一切を薙ぎ払い、森の木々の悉くをへし折った。
「クレアーー!!」
「シア!今直ぐに『蛇蝎』の頭を!」
「~~っ!分かってるわ!!」
理解の追いついたザックがクレアの吹き飛んだ方向に駆け出し、この場で唯一治癒魔術を実戦レベルで使えるニアが二人を追う。
バレンシアも一瞬そちらへ行くべきか逡巡したが、ヴィルの言葉を受けて自らの役割を定めた。
そして――
「――『紅蓮瀑布』!!」
天高く跳び上がり大上段からの一撃、高度を生かした振り下ろしは炎に包まれたまま『蛇蝎』の頭部へと突き刺さる。
それは処刑用のギロチンを思わせる、落差五メートルの斬撃。
バレンシアの剣はヴィルとクラーラが開けた甲殻の隙間に突き刺さり、内部から『蛇蝎』を焼き尽くす。
「――――ッッ!!」
『蛇蝎』が絶叫する、頭の上で自らを焼かんとする敵を払おうと左右の鋏を激しく振り乱す。
これだけの巨体だ、頭がほんの一部とはいえ完全に焼き切るまでに相応の時間を要する。
その間炎を放ち続けるバレンシアは防御も回避も叶わない、故に。
「「させない!」」
右にクラーラ左にヴィル、それぞれがバレンシアに迫る攻撃を叩き落とす。
頭よりも尚巨大な鋏は捌くだけでも負担が大きい、だが何があっても攻撃を通す訳にはいかない。
しかしその攻撃も徐々に勢いがなくなり、弱々しく軽い物へと変わっていく。
やがて煌々と燃え続ける紅蓮に耐え切れず鋏が地面に落ちる。
『蛇蝎』が沈黙する、連携の勝利だった。
「はあ……はあ……」
剣を突き刺したままのバレンシアは息を荒げ、しばらく滴る汗を拭う事も忘れたまま力強く柄を握り続けていた。
しかし直ぐに我に返るとバッと顔を上げて、抜いた剣を鞘に納めて『蛇蝎』から飛び降りる。
「ヴィル!クラーラ!行くわよ!」
「ああ」
三人が荒れ地と化した森から木々の中へと駆け出していく。
向かうのは当然『蛇蝎』に吹き飛ばされ森へ消えたクレアの下だ。
距離で言えば然程離れていなかった、三人は直ぐにクレア、ザック、ニアとの合流に成功した。
「クレア、無事かい?」
「ヴィル……」
ヴィルの問い掛けに答えたのはクレアでは無くニア、助けを求める表情で振り返りながらの一言だ。
蹲る姿勢のクレアの側にはザックが寄り添い、ニアはこちらを見ながらも向けた手に治癒魔術の光を輝かせ続けていた。
地面に膝を突くヴィルは近くまで駆け寄りつつ、傷の状態を確認する為声を掛ける。
「クレア、見せてもらうよ」
「……ヴィルか……ごめん、しくった……」
虚勢で笑みを浮かべるクレアはとても強い少女だ、しかしそれとは別に顔は青白く身体は季節に反して寒そうに震えている。
それは明らかにただの負傷では無かった。
腹部から脇腹に掛けて鋭く斬り裂かれた傷口は、内出血よりも酷く紫色に染まっていたのだ。
「毒か」
「なあヴィル、何とかなるんだよな。なあニア!」
「……ごめん。このままでも傷は治るかもだけど、あたしの腕じゃそれが限界。毒は消せない」
「だったら今すぐにでも近くの街に戻って……」
「駄目だ。『蛇蝎』の毒は回りが早い、二時間じゃどこの村にも辿り着けない」
「ならどうしろってんだ!このまま見捨てるってのか!?」
「――ザック落ち着いて。僕が何とかするよ」
激昂しても態度が変わらないヴィルに、ザックは気分を落ち着けるように息を吐いて口を閉じる。
何か策があるのかと、ザックは目でそう問うていた。
ヴィルはその期待に応えるように胸元に手を入れ、そこからあるものを取り出す。
それはバレンシアも入学直後一度だけ見た事のある代物で――
「――懐中時計?」
金色の縁、ⅠからⅫまでの文字が刻まれたチェーン付きの時計。
ヴィルはそれを首から外すと、クレアの傷口に向けるようにして近付けていく。
そして、
「――『廻れ、空時計』」
そう唱えた瞬間、金色の縁の中で時計本体が横に回り始め、徐々に加速していく。
やがて球状に見えるようになると眩い輝きを放ち始め、皆が知る魔術が発動する。
「上級の治癒魔術『聖の腕』ね」
バレンシアの言葉は正しい、或いは身近にアンナという極めて優れた治癒術師が居たからかもしれないが、いずれにせよ慧眼だ。
上級治癒魔術『聖の腕』、一般的に知られる治癒の最上位魔術であり、人体の欠損のみならず殆ど全ての毒物を解毒する万能の癒し。
ヴィルは初級すら満足に扱えない適性の低さでありながら、そのような上級魔術を行使したのだ。
驚きに目を見開く友人達をよそに、クレアの治療は僅か五秒足らずで終了した。
治癒の光が去った後には、毒どころか傷跡一つ残っていない綺麗な肌があった。
突然の事にこの中で一番驚いているであろうクレアが、ぺたぺたと自分の脇腹に触りながら唖然とした声を上げる。
「……ナニコレ?」
「アーティファクトだよ。魔術を吸収・保存して持ち運び、解放時には威力・効果を増幅して放つ。知り合いに掛けてもらった治癒魔術を保険として保存してたんだけど、役に立って良かったよ」
「ヴィル、あなたそれ国宝級とはいかないまでもそれに近い、物凄く貴重な品でしょう?一体どこで手に入れたの?」
「前に言わなかったっけ?お守りだよ、物心付いた頃から持ってたね。だから出所とかは答えられないよ」
ヴィルはそう言って苦笑い、実際はシルベスター家に伝わる家宝な訳だが、それをそのまま伝える訳にもいかないので作り話だ。
それから服が駄目になったクレアにニアが替えを用意し、『蛇蝎』戦は無事欠員無しで幕を閉じた。
「ありがとねヴィル。お陰で助かったわ」
「僕は当然の事をしたまでだよ。友人とパーティーメンバーを助けるのはごくごく自然な事だろう?」
「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう」
「だから気にしなくていいって。二人共律儀だね」
笑いが広がる一行の中で、クレアがぽつりと一言。
「………このまま見捨てるってのか!?」
「!?!?」
「いやー、普段アタシに冷たいアンタがあたふたしてる姿は面白かったわー。しばらくネタには困らないわね」
「いや、ちがっ……!あの時はただ必死で……」
「へぇ必死だったんだー。聞いてニア、コイツってば死にそうなアタシを助けようと必死だったんだってー」
「そうなの~?クレアってば愛されてるぅ~」
「あ、いや、そういうのは別に要らないケド」
煽るクレア、乗っかるニア。
止まらない二人の揶揄いに耐えかねたザックはすっと息を吸い込み――
――その後、森の中には純情を弄ばれた一人の青年の慟哭が響き渡ったという。
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