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第141話 『馬鹿』と『蛇蝎』 二

初心者マーク付きの作者です

暖かい目でご覧ください

 

 翌日、日が昇るのと同時に目を覚ました一行は簡単な朝食を済ませた後、食べてしまった馬鹿肉の納品分を補充するべく、この日も森の中を探索していた。

『馬鹿』の痕跡を探すのは最低条件として、同時に『馬鹿』以外の魔獣の痕跡を探す事も行っている。

 というのも、ヴィルは当初今回の冒険の締めを『馬鹿』ではなく、もう少し強力で手頃な他の魔獣にしようと考えていたのだ。

 かといって不慣れな魔獣戦は難しかろうと、初日に当たった『マーダーウルフ』クラスの魔獣を考えていたのだが、想定していたよりも皆の動きが良く、『マーダーウルフ』程度では満足出来ないだろうと判断。

 Cランクより上のBランク相当の魔獣を探しているのだが、これが中々見つからない。

 元々この森は王都から一日程度しか離れていない事もあって、それ程強力な魔獣が居る場所では無いのだ。

 精々が『マーダーウルフ』のような集団でCランクの魔獣で、Bランクの魔獣は数が少ない。

 しかし魔獣を探すその過程もまた冒険の醍醐味と、ヴィルはそう考える事にして森の中を歩いていた。


「どう?何か魔獣の痕跡は見つかった?」


「見つかったかどうかを聞かれれば見つかったんだけど、それが妙なんだよ。ここまで奥に来れば一つや二つ手掛かりが見つかるのは当たり前なんだけど……多過ぎるんだよ。あちこちに縄張り争いの形跡がある。それにしては森もやけに静かだし」


 ヴィルに違和感を伝えられ周囲に目を凝らすその他メンバーだが、当然という言うべきかそれらしい変化というものは感じ取れない。

 普通は元の痕跡が無い森を知らないのだから、大量の痕跡と言われてもピンとこないだろう。

 だがそれも次第に、


「……これは」


「……痕跡だな、間違いなく」


 更に奥に進むにつれ抉れた地面や派手に折れた倒木を頻繁に見かけるようになり、ヴィル以外にも森の異常が感じ取れるようになってきていた。

 冒険中の異常というのは多くの場合引き返す選択肢を考えなくてはならない場面である。

 クラスメイトを抱えたヴィルの中でも、その可能性が大きくなり始めたその時だった。


「――視線、殺気?これは……っ!全員警戒!」


「「「!!!!」」」


 ヴィルの盾を構えながらの号令に全員が反応し、それぞれが自分の獲物を構える。

 陣形は全方位に向けた円陣、どの方角から敵が来ても対処が可能な形だ。

 暫しの静寂、やがて地面が細かく振動し、その揺れはどんどんと大きなものへと変化していく。

 それは『マーダーウルフ』や『馬鹿』のような小型、中型の魔獣ではない、もっと大きく脅威度の高い魔獣。

 ヴィルの想定を上回るそれは、彼らの周囲に巨大な影を落としながら接近し――


「散開!!」


 散り散りになった円陣の中央、頭上から迫る巨体に影が収束し、やがて落雷を思わせる爆音と共に着地した。

 大質量の接地は着地と呼ぶ事すら生温い、魔術による爆撃にも匹敵する威力が地面に直撃し、巻き上げられた粉塵が舞う。

 そんな視界不良の中ですら明瞭に映る巨大魔獣の影、全長八メートルにも及ぶその姿形は正に異形であった。

 片側五本、計十本の太い脚に鋼鉄すら断ち斬る巨大な触肢、それらを覆う薄くて軽い、しかし生半可な攻撃を寄せ付けない鱗の鎧、人体を容易く穿つであろう鋭い尾。

 それだけであれば只の巨大な蝎と勘違いしたかもしれない――尻尾の付け根辺りから二匹の蛇が生えていなければ。

 大の大人が両腕でも抱えきれない程の太さを誇る蛇が二匹、蛇特有の威嚇音を発しながら、蝎部分の視界の死角となる方向に立つザックとクラーラを睥睨している。

 蠍と蛇が二匹、動物で言えば三つの命が混在するその魔獣は、明らかにCランクの『マーダーウルフ』はおろか、Bランクの領分をも超えているように見えた。

 見上げる巨体にザックが絶叫する。


「うおおおおおおおおおお!なんじゃこりゃああああ!!」


「『蛇蝎(だかつ)』だ!蝎の尻尾と蛇の牙には猛毒があるから当たらないように気を付けて!僕が前に出る!」


 左手に装着した盾を前に突き出すようにして構え、荷物を投げたヴィルは自らが『蛇蝎』と呼んだ魔獣相手に突撃する。

 正面からでは分が悪い、バレンシア達に魔獣の意識が向かないよう、ヴィルは途中で方向転換し側面からの強襲を仕掛けた。

 しかし相手は三つの生物の頭を持つ魔獣、横からの攻撃程度では奇襲にもならず、蛇の妨害に遭い断念する。

 盾で受け流しつつ回避し続けるヴィルを見かねて、他のメンバーが援護攻撃を仕掛けようとするが――


「あっぶねぇ!」


『蛇蝎』の十脚が唸りを上げ、回転する尾が広範囲を勢いよく薙ぎ払う。

 それをしゃがみ、跳び、受け流す、各々の避け方で躱し、全員がヴィルの元へと集結する。


「『蛇蝎』っつったか?あれどう考えてもBランクじゃないだろ!どうすんだこれ!」


「撤退は無理だろうね。足場の悪い森の中じゃ多脚魔獣の速度を振り切れない。ここで倒すよ!」


 叫び声を上げつつもどこか嬉しそうなザックが、ヴィルの返答を聞いてその笑みを深くする。

 撤退では無く戦闘を聞いて笑みを浮かべたのは彼だけでなく、クレアとバレンシアもまた好戦的な笑みを浮かべていた。


「そうこなくてはね。それでヴィル?あの魔獣と戦う上で留意すべき点は何かしら?」


「さっきも言ったけど毒には要注意だ。解毒には専用の薬か高位の解毒魔術が必要になるけど、この場にはその両方が無い。それから甲殻は生半可な攻撃を寄せ付けないからそのつもりでいて」


「ふーん。ならアタシの槍はあんまり役に立ちそうにないわね。蛇部分相手ならやれるかな?」


 ヴィルの話を聞いて対策を立てる二人だが、状況はそう長くは待ってくれない。

 それまでヴィル達を警戒していた『蛇蝎』が狙いを定めて突撃する。

 標的はザック、巨大な得物を脅威と判断したのか機動力が低いと判断したのか、真意は知れないがその行動に変わりはない。

 巨体に相応しい鋏を振り上げ、逃げ遅れたザックへと叩きつける。


「うぉおおおおおおおおお!!」


 他が回避を選んだのに対してザックが選択したのは防御、『蛇蝎』の攻撃に合わせて掲げた大剣の面を調整し、見事地面へ受け流す事に成功する。

 だが『蛇蝎』の攻めはそれで終わりではない、防御の隙が生まれたザックに続けて二匹の蛇が襲い掛かった。


「させないっての!」


 一匹はクレアによる槍の一撃、ダメージを与える事より逸らす事に重きを置いた石突による打突で、もう一匹はヴィルの盾で強引に軌道を逸らされ不発。

 受け流され地面へ突き刺さる形になった蛇二匹を相手に、それまで狙われていたザックはお返しとばかりに大振りの横薙ぎを見舞う。

 だが威力が足りない、咄嗟の判断は早かったが溜めが十分では無く、蛇の負傷は肉を多少抉る程度に留まっていた。


「駄目だ蛇の鱗にも刃が通らねぇ!どうにかあの鱗剥がせねぇか?」


「分かった。皆、まずは厄介な蛇の方から叩くよ!全員出来る限り根元の鱗に攻撃を仕掛けるんだ!」


「「「「了解!」」」」


『蛇蝎』と戦う上で厄介なのが、全方位を視認し攻撃出来る蛇の部分である事は疑いようの無い事実だ。

 故に真っ先に蛇を狩るというのは合理的な判断と言える。

 問題はあれだけ素早く動き回る巨体をどう抑え、そして本体の上に登り二匹の蛇を相手取るかという点だ。


「蠍の注意は僕が引き付ける!皆は蛇の相手に集中して!」


 問題の半分、蠍に関してはヴィルが真正面から突っ込む事で強引に解決する。

 先程は真正面での戦闘は分が悪いと判断していたヴィルだが、二匹の蛇の注意が他に向くのであれば話は別、ヴィルの実力であれば十分に二振りの鋏と尾を抑える事が可能だ。

 横薙ぎに振るわれる右鋏は宙に逃れて盾を滑らせ、着地に合わせて振り下ろされる尾にも同じく盾を合わせて地面へと落とす。

 躱す、躱す、流す、逸らす、受ける、払う。

 左右の鋏と尾、代わる代わる繰り出され絶え間無く続く連撃は、しかしヴィルに一条の傷すら付ける事は叶わない。

 普段は機動力が落ちる事を嫌って装備する機会が無い盾だが、実はヴィルの魔術との相性に優れている。

 攻撃を受ける際にエネルギー操作魔術で運動エネルギーを分解する事で相手の攻撃を和らげるというのは、ヴィルが普段剣でも行っている基本技術なのだが、これを面積が広い盾で行うと緩和効果が格段に上昇するのだ。

 殆どゼロ距離で攻撃をいなし続けるヴィルの献身に応え、バレンシア達も一気に畳みかける。


「私が足を止めるわ!『灼陽華』!」


 突きの型と共に放たれた炎は螺旋を描き、脚を巻き込みながら『蛇蝎』の横っ腹を直撃した。

 攻撃をもろに受けた『蛇蝎』はびくともしていないが足止めにはなった、その隙にニア、クレア、クラーラが右の蛇に肉薄する。


「『吹雪』!」


 先手はニアの氷魔術、爬虫類が冷気に弱いというのは有名な話であり、『蛇蝎』の蛇部分も例に漏れず速度が低下した。

 しかしこの巨体だ、氷属性の適性にそこまで優れていないニアの魔術では多少動きを鈍らせる程度の効果しか得られない。

 だが――


「――サンキュー、ニア」


 クレアにはその僅かの減速で十分だった。

『蛇蝎』に飛び乗ったクレアは更に石突を叩きつけて跳び上がり、空中で槍を構えて狙いを定める。

 ザックで駄目だったのだから自分の槍は通らない、その事を自覚しているクレアが狙うのは一点。

 生物共通の弱点である縦長の瞳だ。

 正確無比な刺突は寸分違わずに目を穿ち、深々と右の眼球を刺し貫いた。


「――――――ッッ!!」


 甲高い絶叫が森にばら撒かれる。

 クレアはすぐさま槍を引き抜いて離脱し、直後やって来る反撃を回避した。

 のた打ち回る蛇、しかしその根元は防御が薄い。

 そしてそこには、既に剣を構えたクラーラが立っている。


「『木断(こだち)』」


 放たれるのは横薙ぎの一撃、樹齢四桁を超える巨木すらも断ち斬る剛の剣。

 勢いのままに振りぬかれた剣撃は狙い過たず蛇の根元に直撃し、その胴の半分近くを斬り裂いた。

 だがそれだけでは終わらない、返す二撃目は『燕返し』。

 本来は縦の斬撃のみを指すこれを横の剣撃に応用し、一撃目の『木断』と同等の威力を保持したままの剣が蛇の胴体を両断する。

 根元を断ち斬られ倒れる蛇、その巨体はただ落ちるだけでも脅威の大質量だ。

 正面に居たヴィルも含め、全員が衝撃と爆音を伴う地面への激突を避けて跳び退り、『蛇蝎』との距離が離れた事で戦況は一旦仕切り直しになった。

 ここから再度距離を詰めて戦わなければならない、ヴィルは二度目の攻めをどう行うべきかを思案しようとするが――


「俺はまだここにいるぞおおおおおお!!」


「ってザック!?いつの間にそんな所に……」


 雄叫びに思考を中断してみてみれば、全員が離れたと思っていた『蛇蝎』の背に乗り、剣を構えるザックの姿があった。

 恐らくは後退した自分達を囮にする形で、『蛇蝎』の虚を突いたのだろう。

 蝎の背という不安定な足場ながらも腰の捻りで力を溜める構え、狙いは当然一匹になった蛇部分の根元。


「どぅおおらあああああああッ!!」


 ザックの存在に気付き、反撃を試ようとする『蛇蝎』の蛇にフルスイングの横薙ぎが振るわれる。

 大剣の質量と、それを軽々と振り回すザックの身体能力が組み合わさった斬撃は容易く鱗を砕き、たった一撃で大木の如き胴の半ばまで突き刺さった。

 それは強靭な肉体と鍛えられた体幹によって繰り出される最大火力。

 そして――


「もうッ、いっちょおおおおッ!」


 血管が浮き出る程に両腕に力を込め、胴に刺さった大剣をそのまま強引に振り抜く。

 剣の軌道上に血飛沫が舞い、どこか弱々しい断末魔と共に蛇の巨体がゆっくりと傾ぐ。

 その隙に大きく跳び上がったザックは、見事着地し仲間達の下へと戻って行く。

 再び奏でられる爆音、これで『蛇蝎』は二匹の蛇を失った只の蝎となり脅威の半分は排除された形だ。

 後は残った蝎部分を狩るだけの簡単な作業――そう考えている者はあまりに魔獣の脅威を知らなさすぎる。


「――――――ッッ!!」


『蛇蝎』の十脚が地団太を踏む。

『蛇蝎』の鋏が二度三度と打ち鳴らされる。

『蛇蝎』の鋏角がギチギチと耳障りな音を立てて噛み合う。

 全身の甲殻が開き、体温が上昇しているのか隙間からは異常な熱気が放出されている。

 それは運動機能の向上、二匹の蛇という機動性に欠ける武器を失った事により、その巨体を生かした接近戦へと移る動作だった。


「さあ、ここからが本番だ」


 ヴィルのその言葉が戦いの火蓋を落とし、『蛇蝎』戦は最終局面へと移って行った。


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