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第140話 『馬鹿』と『蛇蝎』 一

初心者マーク付きの作者です

暖かい目でご覧ください

 

 茜色に染まる空の下、ヴィルが狙いを定めつつ音も無く剣を鞘から抜き放つ。

 ヴィルが現在立っているのは木の枝の上、森の中で獲物の群れを見つけたヴィルは比較的安定した足場を見つけ上から機を窺っていた。

 ここからは見えないが周囲には既にバレンシア達が獲物を包囲しており、後はヴィルが狩りの火蓋を落とすのみとなっている。

 ヴィルの眼下でのんびりと草を食んでいるのが今回の獲物、今夜の食事になる予定の魔獣であり今回の受注依頼の獲物でもある『馬鹿』だった。


「――――」


 その魔獣は『馬鹿』という名前の通り、動物の馬と鹿を合わせたような見た目をしている。

 体格の大きさは鹿、肉体は馬、頭には鹿の角が生えているという、中々に珍妙な外見をしているのが『馬鹿』という魔獣だ。

 この魔獣は現代において罵倒の意味で使用される馬鹿という言葉の語源にもなった魔獣であり、現代的な意味通り『馬鹿』は非常に頭の悪い魔獣である。

 数体の群れで暮らす点は他の動物や魔獣と同じだが、その仲間を角だけで認識しているのか頻繁に群れからはぐれ、角の生えた他の魔獣に近づいて行っては捕食され、主食である草を夢中になって食べている内に天敵に捕食され、場所を選ばずに眠る為捕食され……。

 列挙すればきりの無い間抜けっぷりを誇る『馬鹿』だが、そんな『馬鹿』にも唯一優れた点が存在する。

 それは――


「――しっ!」


 保っていたバランスを崩し、前に倒れ込むようにして身を投げ出したヴィルが落ちる直前、枝の下面を強く蹴って急襲する。

 エネルギー操作により消音を掛けた高速奇襲は魔獣達に僅かな反応すら許さず、『馬鹿』の一体の首を刎ね飛ばした。

 その切断面は実に鮮やか、首を落とされた『馬鹿』は痛みの一つも感じなかったに違いない。

 そうして完璧な奇襲に成功したヴィルだったが、その他の個体も同じようにとはいかなかった。

 ――群れの一体を殺された『馬鹿』達が、風と見紛う素早さでヴィルに背を向け逃亡する。

『馬鹿』の唯一優れた点、それは足場が悪く木々で視界不良の森の中で、他の生物の追いつけない逃げ足にこそある。

 馬の体格に魔獣の筋力、そして鹿の角が反響定位の受信器としての役割を果たし、複雑な地形も迷い無く足を踏み込む事が出来るのだ。

 ヴィルが狩る事に成功した『馬鹿』は一体のみ、今日の食料としてはともかく納品分には足りず、ここから追いかけようにも既に他の『馬鹿』も森に消えてしまった後。

 それ以上は諦めてしまったのか、ヴィルも追いかけようとはせずその場に留まったまま動く気配が無い。

 するとそこへ……


「あら、奇襲は成功したようね。まあヴィルが逃がす光景なんて想像もできないけれど」


「なんとか仕留められてよかった。わたし一人じゃ無理だった」


 前方の木々の間からバレンシアとクラーラが姿を見せる。

 二人はヴィルの奇襲に驚き逃げ出した『馬鹿』の一体を狩る事に成功、協力して角を持ちここまで引き摺って来たようだ。


「ヴィルはともかくとしてシアとクラーラのとこも仕留めてたのか!?悪い、こっちは仕留め損なったぜ」


「槍は刺さったからやったと思ったんだケドねぇ……いやはや、魔獣のタフさ舐めてたわ」


「もうちょい追いかけられてれば分かんなかったと思うよ。危ないからだめだけど」


 続いて後方の森からザック、クレア、ニアの三名が帰ってきたが、ここの班は残念ながら取り逃がしてしまったようだった。

 この六人が何をしていたのかというと、『馬鹿』を狩るに当たってヴィルが立案した作戦を実行に移していたのだ。

 その内容は作戦としては単純なものだが、第一にヴィルが群れに奇襲を仕掛け分散させ、第二にあらかじめ周囲を包囲していたその他のメンバーが逃げ出した個体を狩る。

 これは『馬鹿』狩りの方策としてしばしば取られる作戦で、範囲攻撃が可能な魔術師が居ないパーティーや、数の多さに自信があるパーティーが採用する事が多い。

 今回の場合バレンシアが範囲攻撃を得意としている属性は火であり森との相性が悪く、またニアの魔術で狙おうにも木々が生い茂っており狙える距離に近づくには厳しいと判断、この作戦が採用された。

 結果は二体の狩りに成功、六人という人数かつ初の冒険という点を加味すれば上々の成果だろう。

 後は野営準備だが、場所は既に当たりを付けており、野営の経験はヴィルもニアもかなりある為そう時間はかからない。

 この中で紅一点ならぬ白二点であるヴィルとザックで二体の『馬鹿』を持ちつつ歩き、一行は野営予定地へと到着した。


「それじゃあ今夜はここで野営しようか。僕とニアで準備をするから皆は枯葉と枝を拾ってきて欲しい。あとザック。ザックは確か動物の解体が出来たよね?」


「おう。うちの商会は肉も扱ってるから大体な。魔獣つっても毒とかはないんだろ?なら任せてくれ」


「なら私達は焚き火用の葉と枝を拾ってきましょうか。念の為に集団で行動しましょう」


 狩りと移動の時間で空は既に茜色を忘れ、殆どが闇へと姿を変えている。

 次第に手元が暗くなり作業がやりづらくなってくる頃だが、ヴィルもニアもまるで関係無いように手慣れた様子で準備を進めていく。

 手頃な石を集めてかまどもどきを作り、落ち葉を集め絨毯を作ってからその上にテントを張る。

 本来冒険者はテントを張らない、その理由は様々だが高価で嵩張るというのが主な理由だ。

 しかし今回はバレンシアとクラーラの貴族組、そして野営初体験の四人が居るという事でヴィルが採用した。

 新人冒険者が慣れない野営に適応出来ず、十分な睡眠が取れないまま次の日を迎え手ひどい怪我を負うというのはよくある話であり、それを危惧した為だ。

 そうこうしている内に運ばれてきた枝葉をニアが魔術で乾燥させ、火種と薪として機能するようにして、ヴィルが火を起こしていく。

 ちなみにこの火起こしに関してはバレンシア以上の適任がいない為、点火には彼女の手を借りた。

 それからしばらくして、一行は少し遅めの夕食と相成った。


「なんだこれうめぇ!」


「ホント!こないだの串焼き以上じゃない!」


「こっちのスープも美味しい」


「やっぱヴィルの料理は絶品だねぇ。野営中に食べると安心するよ~」


「あなた本当に何をやらせても一級品なのね。まるで、と言うよりプロそのものじゃない」


「料理は小さい頃から仕込まれてたからね。孤児院に居た頃はよく厨房に立ってたし」


 焚き火を中心に取り囲むように、輪の形で地面に座り夕食を取るヴィル達。

 今回食事担当を買って出たヴィルが作ったのは持ち込んだ野菜と馬鹿肉を使った串焼きと、同じく持ち込み野菜と馬鹿肉を煮込んだスープだ。

 野営という事もあってまともな料理は望めず、かといって初めての冒険飯が粗野なものでは不憫だと努力はしたが、ヴィルの料理人魂としては到底満足しきれない結果となってしまった。

 だがしかし、周囲の反応を見るに何とかなったようだとヴィルは内心で胸を撫で下ろす。


「この肉串とか絶対塩こしょうだけの味じゃないでしょ?一体どんな魔法を使ったのよ」


「魔法だなんて大層な代物じゃないよ。知り合いの冒険者にひたすら環境を整える事に特化した人が居てね、その人に色々と教わったんだよ。木の葉を敷くとお尻が痛くならないとか、何にでも使える調味料の調合の仕方とかね。クレアのお口に合ったようで安心したよ」


「へぇ、そういうのもあるのか。うちの商会でも売れねぇかな」


 感心するクレアの横で、実家が大手商会であるザックが何やら不穏な関心を寄せているが、商品化に関してはヴィルに権利はないので、知り合い冒険者本人に問い合わせて欲しい所だ。

 そうして楽しく会話しながら食事をしている内に時間は過ぎ、既に就寝時間。

 平日を思えば少し早いが、昨日の移動疲れと今日動いた分の疲労、加えて明日早起きをしなくてはならない点を考えれば妥当な時間だろう。

 しかし野営をしている現状すぐ就寝という訳にはいかないのが冒険者、野営に常に付きまとう寝込みを襲われる危険対策として、火の番と見張り役を立てなければならない。

 問題はこのメンバーの中で誰がそれを務めるかという話なのだが……


「火の面倒と見張りは僕がやっておくよ。皆は今日はゆっくり休んで明日に備えて欲しい」


 この中で冒険者経験のある人物、とりわけ騎士団で任務に就き野営にも慣れ切ったヴィルが選ばれるのは当然の流れだった。

 中には今日の負担を考え、別の人と変わった方が良いのではないかという声も上がったが、


「皆野営は初めてでしょ?警戒しながら徹夜するのは結構コツがいるから僕がやるよ。大丈夫、慣れてるからね」


 と全員を説得し、世界は深い夜を迎えた。


 ―――――


「――――」


 深夜の森というのは、一見物音一つ無い静寂の空間のように思えるが、実はそうではない。

 風によって生じる木々のざわめき、虫のさざめき、川の流れる音や遠くに聞こえる獣の遠吠えなど、耳をすませば実に多くの自然が奏でる音楽が聞こえてくる。

 そんな音の溢れる中、バレンシアは浅い眠りから浮上し目を覚ました。


「…………」


 慣れない野営のせいだろうか、ヴィルという見張りが居り安全と分かっていても尚、深層意識の部分が周囲を警戒し、眠りが浅くなってしまっていたのだ。

 バレンシアが隣を見れば、同じテント内にはすやすやと安心しきった表情で眠るクラーラの姿がある。

 ピクリとも動かず眠り続けるクラーラは、まるでそこが自室であるかのように起きる気配が無く、バレンシアは音を出さずそっと嘆息する。

 いつの間にかすっかり目が冴えてしまったと、夜風に当たって気分を変えようと外に繋がる幕を上げた。


「――――」


 季節は夏、とは言え夜の森の中は涼しいもので、ヴィルに言われて上着を持って来ていなければ肌寒い空気に悩まされていたかもしれない。

 外に出れば今も維持されている焚き火の炎と――そして木の幹に体を預け、剣を抱えて目を閉じるヴィルの姿があった。


「ちょっと!?」


 ここは安全が保障された宿では無いのだから見張りを立てなければならない訳で、その唯一の見張り役を買って出たヴィルが寝ていたのでは話にならないではないか。

 そんな事を思ってついて出てしまった驚きの声に、ヴィルは何事も無かったかのようにすっと目を開いた。

 それから迷う事無くバレンシアの方を見て、いつもの笑みを浮かべながら首を傾げる。


「どうしたのシア。眠れないのかい?今何か淹れるよ」


「それはそうだしありがとうだけれど……ヴィル、あなた今寝ていなかった?」


「寝てたよ?ああ、でも安心して。殺意とか敵意があれば寝てても分かるし、皆以外の物音がすれば起きれるようになってるから」


「……それ、一体どういう原理なの?」


 要は眠ってはいるが周囲を警戒しており、いつでも即座に起きられる状態にある、という事なのだろうか。

 日頃から任務などで野営を行う騎士達の中で、本当に一部の適正がある者だけが習得出来ると聞いた事はあったが、まさかヴィルがその技術を会得しているとはバレンシアも考えていなかった。

 というかどんな生活をしていればそんな技術が身に付くというのか。


「――――」


 パチパチと火の鳴る音がただ一つ響く中、ヴィルの淹れたハーブティーを飲みつつほっと息を吐く。

 ものの数分で淹れらたハーブティーは苦味が少なく柔らかで、とても何も無い森の中で飲めるとは思えない程美味しいものだった。


「……こういうの、いいわね」


「ん?」


 焚き火の傍ら、適宜薪を放り込みつつ火力調整を行うヴィルの対面、その様子を見ていたバレンシアがぽつりとこぼす。

 日が沈んですっかり暗くなった中、木製のコップを抱え唯一の光源たる焚き火の炎に照らされたバレンシアの表情は、どこか儚げで穏やかな表情をしていた。


「私達、最近はずっと濃い毎日を過ごしていたじゃない?座学はどんどん難しくなってきているし、実技のレベルも上がって来てる。それに休み明けには霊峰登山が控えている。だからこうして何も考えず落ち着ける状況がいいな、って、そう思ったのよ。まあ、中でもヴィルは特に大変そうだったけれど?」


「そうだね……シアの件にクラーラの件にマーガレッタとフェリシスの件にヴァルフォイルの件、直近だとイリアナ先輩の件か。確かに随分駆け足気味だった気がするよ。この四か月は驚く程あっという間だったなぁ」


「どれもヴィルが好きで抱え込んだトラブルなのだけれど。本当、呆れる位にお人好しね。このままじゃ三年と少しがどれだけ波乱万丈になるのか、想像したくもないわ」


「実は僕が巻き込まれた内の二件にはシアが関わってるんだけど、そんなシアさんはこの事実をどう考えているのかな?」


「一件目はともかく二件目は不可抗力よ。ヴァルフォイルの頑固さが悪いわ」


「……そういうシアも中々頑固だけどね」


「何か言ったかしら?」


「頑固なのも考え物だねって言っただけだよ」


 訝しむバレンシアはヴィルの表情の裏を見破ろうと凝視するが、固く張られたポーカーフェイスを破るには至らず、疑問はさらりと流されてしまう。

 そんな他愛も無い話をしている内に、ハーブティーの効果も助けてかバレンシアに再び眠気が訪れる。


「……そろそろ戻るわ」


「分かった。僕はこのまま見張りを続けるから安心して休んでね。おやすみ、シア」


「ええ、おやすみなさい」


 ヴィルに簡単な挨拶をしてからテントに戻り、同テント内で眠るクラーラを起こさないよう細心の注意を払いつつ寝床に入る。

 それから数分と経たず、バレンシアは夢の世界へと旅立った。


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