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第134話 天才博士と銀聖三星 一

初心者マーク付きの作者です

暖かい目でご覧ください

 

 夏季休暇の早朝、イリアナと銀翼騎士団(シルバーナイツ)を訪れた二日後、レイドヴィルは再びシルベスター邸に戻って来ていた。

 一日挟んですぐの出戻りというやや面倒な形だが、それを選んだのはレイドヴィル本人である為文句を言える立場では無い。

 それはさておき、この日イリアナの件とは別件でシルベスター家を訪れた理由は、二日前に約束した新武器の実験に付き合うためだった。

 尚、今回のレイドヴィルは前回イリアナに付き添う形で訪問したような、周囲に説明出来るような正当な理由というものを持ち合わせていない。

 もしこのまま正面の門から堂々と敷居を跨げば、ヴィルとシルベスター家の繋がりを悟られてしまう事になる。

 故に此度は正門からではなく、その少し離れた所にあるシルベスター孤児院から本邸へと入る事にしていた。

 この文面だけ見れば裏口から繋がっているのかと推測する者もいるかもしれないが、実際には孤児院はシルベスター邸から100メートル以上離れており、またその間には幾つか建物が立っていて、地上の隠し通路は存在し得ない。

 地上の、という事は即ち、地下には隠し通路が存在するという事。

 レイドヴィルは今回、孤児院の院長室から本邸を繋ぐ地下の隠し通路を通ってシルベスター邸にやって来ていた。

 その際院長を務める本邸の元執事長ローゼルに会えたのは良かったのだが、こうして忍んでシルベスター邸を訪れる度、毎回部屋に出入りされるローゼルを思うと少々心苦しいレイドヴィルであった。

 閑話休題。

 そうしてシルベスターの敷地内にやって来たレイドヴィル、通路の出入り口となっている物置から出ると、深々と腰を折り彼を出迎える人影が一つ。


「やあニア、おはよう。朝からお出迎えご苦労様」


「おはようございます、レイドヴィル様。クレジーナ博士の実験は十時開始予定となっておりますが、朝食はこちらでお召し上がりになりますか?」


「う~ん……それじゃあお願いしようかな」


「畏まりました。ご案内致します」


 会釈をして了承を示すニアに続き、レイドヴィルは食堂へと向かう。

 向かうのだが、レイドヴィルにはどうしても無視出来ない事柄があった。


「今日のニアは随分とご機嫌斜めだね。やっぱりクレジーナ博士の件かな?」


「…………すん」


 ぷいと顔を背けるニアは不満を隠し切れていないどころか、不機嫌をレイドヴィルに態度で示しているようだった。

 メイドとして見れば、ニアを教育した先代のメイド長が眉を吊り上げる失格っぷりだろうが、レイドヴィルはその程度の事を咎める程狭量では無かった。

 それを咎めないのもまた、上に立つ者として相応しい行いかどうかは疑問が残るが。


「別に無理して会わなくても良いんだよ?ニアが接客しなきゃいけない道理は無いんだし」


「……別に良いよ。あたしが会っても会わなくてもヴィルが会うんなら関係ないし。あたしはヴィルに会って欲しくないだけだから」


「そこは仕方無い部分じゃないか。僕だって好き好んで会いたい相手ではないけど、言わば仕事な訳だし」


「そうだけどさぁ~」


「まさか僕が博士の色香、と言うより誘惑に惑わされる事を危惧してるっていうんじゃないんだろう?そんな軽率な行動をする僕でも出来る身分でもない事くらい、ニアも分かってるだろうに」


「うぅ~~」


 色々言葉を尽くして説得を試みるレイドヴィルだったが、ニアはあくまで機嫌を直さない心づもりのようだ。

 恐らくこれは理屈では無く、心情的な要素が強いのだろう。

 しかしこの展開を予想出来ていないレイドヴィルでは無い、頑ななニアの機嫌を直す説得材料は既に彼の手の中にある。


「……はあ、仕方無いね。はいこれ」


「?なにこれ?」


「パティスリーカウスの新作チョコレート」


「!?!?」


 ずっと気にはなっていたのだろう、レイドヴィルの手に提げられていた紙袋を差し出され中身を教えられた瞬間、ニアの目がキラキラと瞬く。

 そこには先程まであった憂鬱や不機嫌が跡形も無く吹き飛んだ、期待に目を輝かせる小さな子供のような表情が浮かんでいた。


「こ、ここ、これって本当にあのパティスリーカウスのチョコなの?あの予約一年待ちの?王室御用達の?王国最高のパティシエの?」


「その新作。これをニアに贈呈致しましょう」


「やっ~~~~~~!!」


 紙袋を受け取った瞬間、やったのたの字も発声せず歓喜に打ち震えるニア。

 喜びのあまりチョコレートが入った紙袋を抱き締めるニアだが、誤解の無いよう伝えておかなければならない。


「それは一応差し入れのつもりで予約してたやつだから、屋敷の皆で分けてね。全員分は無いから分ける人選は任せるし、ニアだけ多めに取って貰って良いから」


「ありがとうヴィル!好き!」


 満面の笑みで抱き着いてくる姿に現金だなぁと思いつつ、レイドヴィルは呆れた溜息を吐く。

 そもそも今日レイドヴィルの予定が空いていたのは、少し前に予約していたチョコレートを店頭まで受け取りに来る用があったからなのだ。

 以前パティスリーカウスの店員とはちょっとした縁があり、そのお礼としてレイドヴィルは優先予約の権利を貰っていた。

 その事を覚えていたレイドヴィルは、ついでに商品を受け取ってから来ようと考えていたのだ。

 そうしてすっかり先の事を忘却したニアを伴い、レイドヴィルは屋敷への道のりを歩いて行く。


 ―――――


 食事をゆったりと楽しみ時間は十時前、予定には少々早いが、レイドヴィルは既に準備が進められているであろう訓練棟は室内闘技場へと向かっていた。

 久方振りに本邸の食事を楽しみ、ついつい三人前を平らげてしまったレイドヴィルは意気軒昂、足取りも軽く歩いて行く。

 尚、先程まで嫌がっていたニアはチョコレート効果ですっかり機嫌を直し、騎士『シルバー』に関する実験とあらばと同行してきていた。

 その建前の内側には、レイドヴィルと博士を二人きりで会わせたくないという思惑があったようだが、当然実験なのだから一対一で行う訳は無い。

 しかしニアの思惑は別として、実験に際して補助役は多ければ多い程良い為、レイドヴィルは彼女の同行を許したのだった。

 そうして辿り着いた闘技場では、レイドヴィルの予想通り実験の準備が行われていた。

 実験機器の中心には件のクレジーナ博士の姿もある。


「おはようございますクレジーナ博士。今日はよろしくお願いします」


「これはこれはレイドヴィル様、お久しぶりでございます。もう四年振りですか、随分とご立派に成長されましたね。どうでしょう、今晩辺り私の研究所へいらしては?精一杯の()()()()()、させて頂きますよ?」


「結構です。そちらは呆れる程にお変わりの無いようで。そろそろ落ち着かれてはいかがですか?」


「うふふふ。そうですねぇ、わたしもそろそろ結婚相手を見つけなければならない年頃ですし。レイドヴィル様が私を抱いて落ち着かせて下さっても構わないのですよ?」


「……遠慮させて頂きます」


 呆れたように溜息を吐くレイドヴィルに対し、うふふと一見清楚に見える微笑みを張り付けている妙齢の彼女こそ、通信具や『シルバー』の用いる『銀聖三星(トリブズ・ステラ)』を生み出したかの天才、クレジーナ・マリーンその人である。

 肩口よりも先の肩甲骨辺りまで伸ばされた白っぽいブロンドの髪、嫣然とした笑みの似合う主張の強い顔、肉感的な魅力のある体つきを白衣が包む、研究職である為か日焼けを知らず白く眩しい肢体。

 ――そしてクレジーナという人物を語る上で外せない何よりの特徴と言えば、彼女が腰掛ける無骨な車椅子だろう。

 装飾の少ないその車椅子は、見た目より機能を重視して造られた特注品だ。

 クレジーナは車椅子を用いねば、自力での移動もままならない生活を余儀なくされていた。

 最もそれは、生まれつきの欠損や病による麻痺等では無く、過去に代償魔術を行使した事による産物だった。

 詳細は省くが、クレジーナは以前とある事件に巻き込まれた際、研究所の部下達を守る目的で大規模な防御結界を行使したのだが、十分な出力を得る為に『下半身の機能』を代償として膨大な魔力を得ていたのだ。

 ちなみにこれは余談だが、レイドヴィルが普段使っている墓まで持っていくつもりの秘密である所の代償魔術はクレジーナから基礎技術と着想を得ており、その一点においてはクレジーナはレイドヴィルの師であるとも言える。

 それはさて置き、つまり彼女の車椅子生活はその後遺症とも言えるのだが、本人はその事を全く悔いていないばかりか部下を救えて良かったと誇らしげに語って憚らない。

 もしクレジーナがそういう良い面だけを持つ人物であったなら、レイドヴィルもニアもその他の研究員達も素直に尊敬出来たのだろうだが、先のやり取りからも垣間見える通り彼女の性格というか趣味嗜好には、簡単に尊敬させてくれないある欠点があった。

 それは……


「クレジーナ様!そう軽率に男性を誘惑するのはお止め下さいと何度も申したはずです!淑女としてもう少し慎みというものを持っていただかなくては困ります!」


「あらニアちゃん久し振りね!しばらく見ない内に立派になって。……本当に、立派になって」


「……どこを見てるんですか」


 じっと慈愛の眼差しを一部分に向けられ、不満半分羞恥半分にニアが腕を組むようにして胸を隠す。


「あらいいじゃない。女の胸はどれだけあっても損という事はないわ。特に、落としたい意中の殿方が居るのであれば、ねぇ?」


「…………私、やっぱり博士の事嫌いです」


「あらら、ついさっきまで機嫌がよさそうに見えたのに……欲求不満かしら?」


 はて?と唇に指を当て首を傾げてとぼけるクレジーナに、当然と言うべきかニアが増々柳眉を逆立てる結果になった。

 ――クレジーナの性格と嗜好を柔らかく、かつ簡潔に評するのであれば極めて不品行な人物である。

 清楚で柔和な笑みからの下ネタは当たり前、不特定多数の男性相手と関係を持っては研究所兼自宅に連れ込むという悪癖を持ち、気に入った相手にはとことんアプローチを仕掛けるという、シルベスターに所縁を持つ人物の中でも群を抜く変人奇人。

 その食指は案の定と言うべきかレイドヴィルにも向いており、会う度に誘惑を受けるのが当たり前になっていた。

 無論そんな誘いを受けるレイドヴィルでは無く、また以前銀翼騎士団(シルバーナイツ)の騎士を手当たり次第に誘惑していたのが問題視され、当主アルシリーナから直接の警告を受けている為、敷地内での誘惑は自重するようになっていたが、それでもレイドヴィル相手には絶える事が無い。

 どれだけ誘っても靡かないと分かっているからこそ、揶揄い交じりにやっているのだろうとは信じたい所である。

 自分の始めた話題ではあるが、クレジーナが本題に移すべくパンとを手を叩く。


「さて、ニアちゃんの体の成長具合とレイドヴィル様との逢瀬は横に置いておくとして、一先ず本日行う実験の詳細についてご説明いたします」


「お願いですから置いておかずに持って帰って下さいよ。それと、僕相手ならともかくニアをいじめてもらっては困ります」


「……置いておくとして、今日行うのはレイドヴィル様、もとい騎士『シルバー』様の専用装備、『銀聖三星(トリブズ・ステラ)』の使用実験です。レイドヴィル様は先日『蠍の一刺し(アンタレス)』をお使いになられましたね?ですので、本日は残り二つ……その内の片方は試作品ですが、その使用をお願いいただければと。試作品とは申しましても素材から術式までいずれも実践を想定した本物、特に違和感無くお使いいただける筈ですわ」


 ヴィルの言葉をやんわりと無視しつつ、手元の資料に目を落として解説を始めたクレジーナ。

 その様子はご機嫌かつ至って真面目であり、先程までの悪癖の片鱗すら一切感じさせない。

 その切り替えの早さと、研究や実験に目を輝かせる姿は、彼女の天職が研究職である事を示しているようだった。

 主に魔術具に用いられる魔術刻印に精通し、尽きる事の無い探求心から来る研究速度と常人には及びも付かない思考から生み出される魔術具は、常にシルベスター家のみならず王国に貢献してきた。

 そういった点は誰もが評価する所なのだから、最初から真っ当にしてくれていれば素直に尊敬出来るのにとは、以前ニアが漏らしたぼやきである。

 しかし何だかんだで結果を出し、誰にも真似出来ない成果で以て周囲を黙らせるというのは、ある意味で研究者としての理想形だ。

 そういった意味では、イザベルという姉にも近しい偉大な研究者を知るレイドヴィルは、密かに心の内でクレジーナ・マリーンという一人の研究者を認めていた。

 ……ただ、本当に悪癖さえ治ってくれればというのも、偽らざるレイドヴィルの本心であるのだが。

 何事も無かったかのように淡々と話を続けるクレジーナに嘆息しつつ、レイドヴィルは彼女の説明に耳を傾けるのだった。


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