第133話 デートの結末 二
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「失礼いたします。レイドヴィル様、イリアナ様が今しがた会談を終えられました。つきましては、レイドヴィル様もご準備をお願い致します」
レイドヴィル達が会議を始めて一時間弱、難航していた会議はノックと共にやって来たメイドの手によって終わりを迎えた。
結局一つとして具体的な対策案を出せないまま終了となった会議だったが、これは決してメイドが悪いという訳では無い。
全くの無意味とまでは言わないが、仮にこのまま数時間会議を続けたとて、たった四人での会議では有益な結果など得られなかっただろう。
既に必要事項の情報交換は終えた、後はより大きな会議に引き継ぎ、銀翼騎士団全体で決定し行動に移すべきだ。
故にメイドによってもたらされた終わりは、惰性的に続きかけていた会議を打ち切る良いタイミングだった。
「もうそんな時間か。それじゃあジャンド、ピノー、途中で悪いけど僕は出るよ。博士には直近で二日後か三日後に予定が空いていると伝えておいて欲しい」
「分かりやした。今回の件は自分から団長達に報告しときやす」
「次は任務でご一緒できるのを楽しみにしています!」
二人への別れのあいさつもそこそこに、レイドヴィルとニアは部屋を出てる。
呼びに来たメイドは本部までの付き添いを提案してきたが、それは不要だと断りを入れておいた。
本邸から本部までの道程を、二人で歩く。
「ニアはこの夏季休暇はどうするの?」
「どうする、っていうのは?」
「こっちで過ごすのか学園の寮で過ごすのか。僕は休暇中、表向きは孤児院に帰省している形でこっちに居ようかと思ってるんだけどね。もうすぐみんなで約束した冒険者活動があるから、それまでは寮に残るつもりだけど。学生として生活してた分、出来る限りの時間任務に充てたいからね」
「あたしもこっちで働こうと思ってはいたよ。けどそっか、夏休みの予定もあるもんねぇ。あたしもヴィルと同じ感じにしよっかな」
レイドヴィルと話すニアは、先程までとは打って変わって砕けた口調になっていた。
ニアの信条として、プライベートと仕事の意識の切り替えというものがある。
それは普段ヴィルと話す時は同年代として軽い口調で接するが、レイドヴィルと話す時はかしこまった口調で接するというもの。
これは幼少期に先代のメイド長から教育を受けた際教えられた事であり、外ではヴィルの正体を隠す為に仕方が無いが、代わりに人目が無い場所では節度を守りなさいと厳しく教育された事に起因する。
レイドヴィルの性格として、あまり固い口調で話されるのが性に合わず、また学園でぼろを出さないようにと二人きりの時は場所を選ばず気安く接するよう求めた結果、今ではこうして素の口調で話すようになっているが、意識的な切り替えはその名残であった。
その切り替え判定の結果、会議を終え部屋を出た時点でレイドヴィルはヴィルになっていたらしい。
「幸い王都とベールドミナはそこまで距離も無いし、学生としての用事がある場合はその都度戻れば良いからね。ニアも、アルドリスク家の訪問と学園長への挨拶の時はちゃんと戻っておくんだよ?」
「分かってるって~。あたしも他クラスの子と遊ぶ約束とかしてるから、休みの予定に関してはバッチリだよ!」
などと他愛も無い話に花を咲かせていると本部に辿り着き、同時にニアとはここで別れる。
中にまで入って、それでイリアナに目撃されでもすれば面倒な事になるのは必然、であれば無用なリスクは避けるべきだろう。
「それじゃあまたね。次に会うのはみんなとの冒険の時かな?」
「そうだね。いや、その前にこっちでクレジーナ博士の実験に付き合う予定が入るかもしれないから、その時かな?」
「うげ、あの人来るの?対応したくないなぁ」
「本音が漏れてるよ。まあその気持ちは分からないではないけども」
クレジーナは紛れもなく優秀な研究員だが、その評価を覆して相殺する悪癖というか趣味嗜好があるのだ。
事前評価と顔を合わせての評価の落差、これに関しては実際に会って見れば分かるとしか言いようが無い。
それはさておき、ヴィルは手を振って見送ってくれるニアに同じように返しつつ、イリアナとの待ち合わせ場所へと急ぐのだった。
―――――
「やあ、ヴィル」
「イリアナ先輩。お待たせしてしまい申し訳ありません」
「気にしなくていい。私の方こそヴィルを一人にしてしまっていたからな、この詫びはいずれ」
ヴィルが本部の受付付近まで戻って来ると、そこには既に手を振るイリアナの姿があった。
想定では自分が多少待つくらいに会議が続くと考えていたのだが、ヴィルの思っていたよりも早く終わったようだ。
「会議お疲れさまでした。首尾はどうでしたか?」
「ああ、概ねこちらの希望通りに進んだよ。騎士団の活動を私の都合で捻じ曲げたんだ、それ相応の抗議があるか対価を要求されるものと覚悟していたんだけど……噂通り話の分かる方々で助かった。寧ろ余りにも話が分かり過ぎて、何か裏があるのではと疑ってしまったくらいだ」
そう言って肩を竦めるイリアナとヴィルの両親は、直接の面識が無い訳では無い。
貴族のパーティーに出席する機会があったイリアナは、当時ヴァーミリオン家当主を継ぐ前に姿を見た事も軽く挨拶を交わした事もあった。
事前印象は善人、第一印象も同じく善人だったが、実際交渉事となれば二人も善人である前に貴族だ。
自らの利権や特権を侵害されれば当然それには抗議を出す、これは狭量だとか不寛容だとかではなく、領地の民や自身に仕える部下達の権利を守る貴族の義務であり責務、イリアナが逆の立場であれば間違い無くそうしただろう。
しかしシルベスター家と銀翼騎士団を率いるアルシリーナはそうしなかった、ばかりかイリアナに感謝と気遣う言葉を掛けてきたではないか。
フェリド逮捕に協力してくれてありがとう、イリアナやその協力者に怪我人は居なかったか、加えてどこから聞きつけたのか、ストーカー被害に遭っていた事まで気遣われた。
「あれは根っからの善人だね。はなから裏表のある人物では無いと思ってはいたけれど。普通純粋な善人というのは為政者には向かない筈なんだが、政治的な手腕と人の好さでそれを補って余りある。若輩の身としてあれ程理想の先達もいまい」
と、高評価を下すイリアナはどこか誇らしげだ。
同じ王国貴族として自慢に思っているのかもしれない。
そこはヴィルも同意する所で、彼は身内への忖度抜きに両親を、実力と人徳に優れた歴代有数の為政者であると評価していた。
そして同時に、自分はそうはなれないだろうという確信があった。
「まあ、そんな訳で私の希望は概ね通してもらえた。ヴィルの方はどうだった?何か問題は無かったか?」
「はい。物珍しさに色々と見て回っていましたから、特に不自由はしませんでしたよ」
「そうか、それなら良かった。それじゃあ帰ろうか」
用を果たしたヴィルとイリアナは、そうしてシルベスター邸を後にする。
前述の通りヴィルには本邸で用事がある為、本来であれば王都に残った方が都合が良いのだが、ここは一緒にベールドミナに戻る事にした。
帰路は行きと同じ、イリアナが事前に用意し待たせていたヴァーミリオン家の馬車を用いる。
普段ニアと王都に訪れる時は大抵乗合馬車を使っていた為、待ち時間が存在しないというのはやはり便利だった。
貴族用の柔らかな座席に腰掛けるヴィルは、丁度イリアナの反対側に対面する形で馬車に揺られ出発する。
「ヴィルはこの夏休みはどう過ごすつもりなんだい?何か予定はあるのかな?」
「基本的には寮に居るつもりですが、後半は孤児院の方に帰ろうかと。皆の様子も気になりますし、冒険者ギルドにも顔を出しておきたいですから」
「なるほど。そういえばヴィルは冒険者もやっていたんだったね」
「休暇中は友人との予定が何件か。そう言う先輩こそ夏季休暇はどう過ごされるおつもりなんですか?」
「私かい?私はそうだね、実家に戻ろうかと思っているよ。こうして当主としての職務を任せて学園生活を送らせてもらっているんだ。長期の休みくらい貴族の責務を果たさなければね」
交わされるのは他愛も無い会話。
中身も何という事も無い言葉のやり取りは、これまで気を張り詰めて精霊術師対策を立ててきたヴィルにとって、ようやく訪れた平穏を実感出来るひと時だった。
それはイリアナも同じだったようで――
「――そうか。本当に終わったんだな」
「…………?」
何の脈絡も無く発された呟きにヴィルが首を傾げる。
その反応を見たイリアナはああいやと苦笑し、
「さっきアルシリーナ殿とヴェイク殿に会って来ただろう?それでフェリドの現状を含めた諸々の状況を整理していたんだけど、その後にヴィルとこうして話していると不思議でね。随分長い間一緒に行動していたから、これで本当に終わりかと思うとどこか名残惜しくなってしまう」
「……成程、あれだけ入念に準備してきましたから、そういう気分になってもおかしくはないでしょうね。けれど先輩、これで終わりというのは少し間違っていますよ」
「間違っているとは?」
「確かに先輩の受けていたストーカー被害に関しては概ね解決したと言って良いでしょう。けれど、それで僕達の関係が突然終わるのでは無いという事です。先輩が急に卒業する訳でも無く、僕が急に居なくなる訳でもありません。今後の団体戦や生徒会、一緒に活動する機会はこの先幾らでもある筈ですよ、イリアナ先輩」
ヴィルのその勘違いを正す言葉に、イリアナが飾る事も忘れ意表を突かれた表情を見せる。
イリアナの言う通り彼女を取り巻く事件は解決した、だがそれはあくまでそれだけの事でしかないのだ。
まだ一年の半分が過ぎただけで、今後もヴィルは生徒会の手伝いを続けるし、休暇明けの霊峰登山が済めば一から三年の垣根を超えた団体戦が待っている。
更に言えばこれはこの一年の話であって、流石に関係は薄れるだろうがイリアナ達が四年生になっても会う機会は幾らでもあるだろう。
今回程濃密な難題に取り組む機会は流石に無いと思いたいが、だからといって皆無では無いとヴィルは伝えたかった。
「ふふ、あはは。そうだな、ヴィルの言う通りだ。今回の協力関係は終わっても先輩後輩の仲が終わる訳じゃ無い、か。済まなかった、さっきの話は忘れてくれ」
飾り気の無い笑みを浮かべ、眦に浮かんだ涙を指で拭うイリアナは、どこか清々しく晴れやかな面持ちでヴィルに目を向ける。
「ありがとうヴィル、私の思い違いを正してくれて。君は良く正しく物事を見ているね。休み明けの二学期がとても楽しみに思えて来たよ」
「待っているのは想像を絶する量の生徒会の業務でしょうけど、それなら良かったです。僕も新学期にまた先輩と会える事を楽しみにしておきます」
そう言葉を交わし、暫し間を空けて二人が笑い合う。
心地の良い空気が馬車の中を満たし、その空気の中で二人は同じ感慨に浸っていた。
共に戦い汗を流し、死線を潜り抜けた二人は先輩後輩であると同時に戦友だった。
と、イリアナが何かを思い出したように声を上げる。
「新学期と言えば、私達の誤解はどうなっているんだろうね。目的を隠す為とはいえ高頻度で行動を共にしていたし、最終日には公衆の面前でデートもしただろう?実は既に結構な噂になっていたりするのだよ」
「それは本当ですか?……とは聞くまでも無い事でしたね。イリアナ先輩は学園の内外問わず注目されていますから、隣に男が居れば噂にもなるでしょう」
「それを言うならヴィルもだろうに。入学当初から学園中の女子の視線を一身に集め、数多の告白を断ってきた男がデートをしていたんだ。本命の相手が居たのかと、虎視眈々とヴィルを狙っていた乙女達は大混乱だろうさ。まあ実際は付き合っていない訳だから、杞憂だったと安心した彼女達が再アタックを仕掛けて来るだろうがね?」
「……それは必要経費だと割り切りますよ。周りが多少騒がしいのにはもう慣れましたから」
苦い笑みを浮かべるヴィルとは対照的に、イリアナが浮かべる笑みは実に楽しそうなものだった。
「ヴィルはいいじゃないか。貴族の私がデートに出掛けてキスまで仕掛けてその後音沙汰無しとなれば、私の方がフラれたのではと邪推する者も出て来るかもしれない。嫁の貰い手ならぬ婿の送り手が居なくなったらどう責任を取ってくれるんだい?」
「言い方が非常に不味いですよ……。僕なんかにはとても取れない責任ですから、先輩の方から僕をフった事にしておいて下さい」
「あっははははは!私がヴィルをフっただって?それこそ人を見る目が無いと見限られてしまうよ。いっそどうだろう、こじれた責任を取って本当に付き合ってみるというのは?」
「……僕個人にとっては非常に魅力的なご提案ですが、自分ははヴァーミリオン家を継げるような器ではありませんよ。第一何の身分も無い男を家の方々は認めないでしょうし、然るべき血筋から結婚相手を選ばなければ周囲の評価も……」
これは良くない流れだと、怒涛の勢いで、かつ相手を気遣いつつ言い訳を重ねるヴィルを見て、イリアナはまた淑女にあるまじき笑い声を上げる。
この場に淑女の嗜みを口煩く説く者は居ない、ヴィルも御者も、そしてイリアナ本人も気にはしない。
その狭い空間の短い時間には、ヴァーミリオン家当主でも王立アルケミア学園生徒会副会長でもない、只のイリアナの笑い声が長い間響いていたのだった。
お読み頂き誠にありがとうございます、少々長くなりましたがこれにて五章のイリアナ編は終わりです
とはいえ五章自体が閉幕する訳では無く、ヴィル達の夏休みはもう少しだけ続くのです
暫しのお付き合いをお願い致します
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