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第131話 醜悪の怪物 五

初心者マーク付きの作者です

暖かい目でご覧ください

 

 ――魔道拳銃『蠍の一刺し(アンタレス)』、それはヴィル=レイドヴィルが銀翼騎士団(シルバーナイツ)として正体を隠して活動する姿、騎士『シルバー』の専用装備である。

 専用というのはこの場合、誰にでも扱えるがある特定の人物しか使用しないという意味ではなく、他の誰でもないただ一人にしか扱えないという意味を指す。

蠍の一刺し(アンタレス)』の製作者は天才クレジーナ・マリーン博士、その開発目的は主に二つ、『シルバー』に欠ける遠距離広域殲滅手段の確保と、ヴィルと『シルバー』の差別化にあった。

 ヴィルは対個人対集団を問わず、白兵戦において無類の強さを誇る騎士である。

 剣士として多数の流派を修めている点は勿論の事、魔術を絡めた変則的かつ唯一無二の戦闘スタイルは敵に対策を許さない。

 しかしそんなヴィルにも欠点はあり、それが遠距離攻撃と範囲攻撃の欠如だ。

 遠距離手段ならばある程度自力で補える、魔術はともかくとして投剣や飛び道具等を用いる方法は既にヴィルも起用している。

 だが複数人に対する同時攻撃に関しては、エクストラであり基本八属性に恵まれなかったヴィルにはどう足掻いても補えない部分。

 銀翼騎士団(シルバーナイツ)としても『シルバー』には出来る限り完璧で在ってもらえた方が都合が良いという事で、シルベスター家からクレジーナ博士の研究所に打診が行ったのだ。

 次に後者、ヴィルと『シルバー』の差別化について。

 こちらは単純、レイドヴィルの存在を隠す為のヴィルと『シルバー』であるのだから、この二つを結び付けられたのでは意味が無い。

 こちらも歩き方や話し方、戦い方を変えたり、『霧相の面』で認識を変えたりと自力で工夫は出来るのだ。

 が、試行錯誤にも限界があり、やはり分かりやすい特徴の差別化が必要とされた。

 この二つの理由から生まれたのが『蠍の一刺し(アンタレス)』を含めた『銀聖三星(トリブズ・ステラ)』であり、更に鎧と拡張武装があるのだが、この場では説明を省いておく。

 閑話休題。


 ―――――


 ジャンドの献身の甲斐あって公衆の面前で『蠍の一刺し(アンタレス)』を手にしたヴィル。

 しかしここであからさまに自分の武装として使ってしまっては本末転倒、形として唐突の落下物に戸惑う芝居を挟んでおく。

 その魔道拳銃は工夫すれば隠し持てる程度の大きさで、衛兵達の一部で実用化の動きがある普通の銃とは見た目からして異なっている。

 本体は白亜を思わせる純白、そこにヴィルの瞳と同じ青の線が施された銀翼騎士団(シルバーナイツ)の制服と似た配色。

 加えて金の装飾が施されており、一目見て明らかに並では無い特別な代物である事が分かるだろう。

 ――『蠍の一刺し(アンタレス)』は中折式、ヴィルは演技と並行しつつ固定部位を押し込みながら銃身を折り、中から弾を抜き取る。

 弾丸は25×32mm弾、ここまでくれば弾というより榴弾の領域だが、用途としては後者の方が近い。

 そうして取り出した弾丸を、ヴィルは左手に握り込みながらゆっくり零れないように魔力を注いでいく。

 弾の中身、榴弾であれば火薬が詰められている箇所に代わりに入っている粉末、その組成物は三種類ある。

 一つ目は魔力石―魔力を秘めた状態で採掘される魔力結晶から魔力を完全に引き出し終えた出涸らしで、魔力を溜める性質を持つ鉱石―を砕き粉末状にしたもの。

 二つ目は抗魔石―魔力の働きを阻害する、犯罪者に嵌める拘束具にも使用される鉱石―の同じく粉末。

 しかしここで問題が生じる。

 この二つのみを混ぜた状態で魔力が込められていない場合ならともかく、魔力を込めてしまっては溜める性質と拒む性質とが反発し、銃身内で暴発してしまう。

 そこで混合するのが最後の三つ目、マルトニウム合金の粉末である。

 このマルトニウム合金自体に魔力の反発反応を抑える作用は無い。

 あるのは多少の魔力を帯び、ごく短時間の間その形状を記憶するという機能のみだ。

 この金属は直接刻印をする事無く魔術式を記憶出来る性質から、その場その場で自由に式を書き換えられるとして一部魔術具に使用されている。

 そんなマルトニウム合金の粉末を、魔力石と抗魔石の粉末と混ぜ合わせた状態で、ヴィルのエネルギー操作魔術で魔力の反発を防ぐ力場を刻みつつ運動・熱・魔力エネルギーを注げば、高い反発力とエネルギーを秘めた状態で弾丸を維持可能となるのだ。

 そしてこの弾丸が着弾した先は、圧縮されていたエネルギーが荒れ狂い万物が焼失する焦土と化す。


「――――」


 弾丸への魔力充填完了、銃身に弾丸を戻し親指の腹で押し込み装弾、右手でグリップを握ったまま銃身を左手で跳ね上げ固定する。

 ――かちりと音を立てて撃鉄を起こす。

 再び正面へと向き直り、怪物に向けた銃口を向ける。

 ――狙うは体表の欠けた部位、硬質化した表皮から露出した肉塊。

 動きの止まっていた怪物が、目の前の看過出来ない膨大な魔力を感じ取ったのか触手を伸ばすが遅い、届くよりも早くヴィルの指が引金を引く。

 ――蠍の一撃は英雄豪傑を刺し殺す。


「――『蠍の一刺し(アンタレス)』」


 直後、発砲音と共にヴィルの腕が反動で跳ね上がり、弾丸が射出される。

 魔道拳銃、銃弾、ヴィルの魔術、全てを合わせての複合術式『蠍の一刺し(アンタレス)』が、今その猛威を振るう。

 ――それはあまりにも美しい真円だった。

 火薬のみならず内部の運動エネルギーを食いながら放たれた弾丸は音速を超え、大気を切り裂き怪物に着弾、瞬間ヴィルの術式が解け、怪物の体内で荒れ狂っていたエネルギーの全てが爆ぜる。

 着弾した箇所から全方位に拡散したエネルギーが、触れた肉塊を余す事無く焼き尽くし塵へと還元していく。

 爆発に伴う影響もまた相当なもので、辺りに地響きを伴う轟音が鳴り響き、周囲は爆風と熱風に煽られ、多くが巻き上げられ迫る砂塵に目元を覆っている。

 やがて爆炎が収まり、砂塵が晴れた爆心地には、およそ肉片としか呼べない小さな破片のみが残されて地面が陥没している惨状が広がっていた。

 その光景を見た誰もが驚愕し、爆心地とヴィルの持つ『蠍の一刺し(アンタレス)』に視線を注いでいる。


(これは……凄まじい威力だね)


 その驚きを共有したのは撃った当人も例外では無い。

 ヴィルが『蠍の一刺し(アンタレス)』に触れ実際に発砲したのは、実はこれが初めての事では無かった。

 以前屋敷に居た時、試作品の試験を頼まれて引き受け、的に向けて撃った事があったのだが、その際の『蠍の一刺し(アンタレス)』はこれ程の威力を有してはいなかったのだ。

 恐らくはクレジーナ博士が改良に改良を重ねた結果で、ヴィルもある程度威力が上がっているだろうと予想してはいたのだが、それにしても倍近いの威力になっているとは想定外だった。

 弾の威力に関しては注ぐ魔力の量次第とは聞いていたので、次回以降は何とか調整も利くだろうが、この初回ばかりは痛い失敗をしてしまったと、ヴィルは内心で臍を噛む。

 しかし過剰火力でも勝利は勝利だ、ヴィルは驚きが落ち着くにつれ周囲で上がる勝鬨に、ほっと溜息に安堵を乗せて友人達の下に歩いて行き――


「――っ、ヴィル!まだフェリドの魔力反応がある!向こうに向かって移動してる!!」


 それは『魔力感知』のクォントを持ち、フェリドの魔力を登録しており最後の確認を怠らなかったニアだからこそ鳴らせた警鐘だった。

 ニアの報告に即座に反応したヴィルは、周囲の混乱をよそに彼女が指し示した方角を向き目を凝らす。

 だが視界内にそれらしい人影や物は無く、また死角を作れるような大きな障害物も存在せずただ空き地が広がっているのみ。

 友人達や騎士達もそれぞれ辺りを見回すが、やはり発見出来たという報告は上がらない。

 ではどこにと考えた直後、ヴィルの脳裏にある可能性が浮かぶ。

 その可能性を吟味している時間は無かった。

 ヴィルは『蠍の一刺し(アンタレス)』を雑に懐に収めると、代わりに『精霊殺し』を取り出して握り、示された方向へ疾走する。

 目を凝らして何かを見る必要は無い、今尚移動しているであろう痕跡を探す必要もまた無い。

 ただ接近しさえすれば、ヴィルには十分だった。

 ヴィルが虚空へ『精霊殺し』を二度振るった、それが他から見えた光景だった。

 まさか手当たり次第に空間を斬って回るつもりなのか、そう考えた者も居たかもしれない。

 ――ヴィルが斬り裂いた空間から、突如として血を流すフェリドが(まろ)び出る。

 そのまま受け身も取れず倒れ込むフェリドの側で、彼を透明化させていたであろう小さな人工精霊が魔力と化して世界に解けていく。

 ヴィルは山勘で短剣を振るったのでも、ましてや偶然に斬撃を当てたのでもない。

第二視界領域(プライベート)』――ヴィルの空間認識領域は接近した事で精霊の効果により光を屈折させ透明化していたフェリドを捉え、的確にフェリドを無効化したのだった。

 地に伏せるフェリドは死んではいない、出血と代償魔術の影響で気絶しているだけだ。

 そして『精霊殺し』で刺した以上フェリドの精霊は例外無く解けた、故にもう警戒の必要も無い。

 フェリドの止血もそこそこに、ヴィルは簡易的に手足を縛ったフェリドを肩に担ぎ、イリアナ達の下へと歩いて行く。

 ヴィルを迎える彼ら彼女らは、もう何度目か分からない驚きを表情に浮かべていた。


「フェリド・ケインソンを確保しました。このまま銀翼騎士団(シルバーナイツ)に引き渡してしまおうかと思いますが、先輩はそれで構いませんか?」


「ああ、それはいいが……何故透明化していたフェリドの居場所が分かったんだ?」


「気配、ですかね。ニアの『魔力追跡』が無ければ危うかったかもしれません」


「そ、そうか……もうヴィルに驚かされるのにも慣れてしまったな。ともあれ、これで本当に終わりという事で良いんだな?」


「はい。細かく言えばフェリドの背後に居た人物について尋問する必要があるのですが……そこは既に僕達の領分を超えていますからね。完全に解決したという認識で良いかと」


 呼び出され混じった怪物は灰となった、元凶たるフェリドは拘束した、『精霊殺し』により精霊の残存を憂慮する必要も無い。

 そう、ヴィルの言う通りこれで全てが終わったのだ。

 だが……


(確かにイリアナ先輩を狙っていたフェリドを起因とする事件は幕を閉じた。けど、それで納得出来る程この事件は単純じゃない)


 ようやく平穏な日常を得られたイリアナがホッとしたような表情を見せ、友人達に囲まれながら勝利の喜びを分かち合う最中も、ヴィルはどこか釈然としないものを感じていた。

 フェリドという、精霊術師ではあれど何の権力も財力も持たない一般人にあれだけの戦力を与え、ヴィルの策を完全に読み通した上で逆に罠を張っていた、そして何より未だシルベスター家より外の世に出ていない通信具越しにフェリドに指示を与え、目の前にいたヴィルを上回る絶対的な恐怖で『術式融解(メルトダウン)』発動に踏み切らせた、彼の背後に居た謎の人物。

 その正体は一欠片も掴めないまま、今回もこうして物語は終幕を迎える。

 最後の一幕、ヴィルとイリアナの後日談を残して。


お読み頂き誠にありがとうございます

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