第129話 醜悪の怪物 三
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魔術は効きが良くない、剣撃は通るが切りが無い、『精霊殺し』も意味を成さず凄まじい再生能力で途方も無い耐久力を持つ。
そんな相手が肉体に馴染んできたのか魔術まで使い始めたとあっては、ヴィル達の怪物攻略の試行錯誤も難航せざるを得ない。
肝心の怪物が行使する魔術の属性は闇、今はまだ質量を持たない不定形の闇の礫をばら撒いているだけだが、後から魔術を使い始めた辺り、この先より適応を進められれば追い詰められるのは必定。
そうなる前に、可能な限り早く怪物を討たなければならないのだが……
「ちょっ!このっ!しつこい!!」
「マーガレッタ様、私の後ろへ!『水蓮渦』!」
大量の闇属性魔術に紛れ繰り出される触手の一撃に苦戦するマーガレッタに、フェリシスが駆け寄り両手を突き出し魔術を発動した。
水で構成された美しく咲き誇る蓮の華、しかし回転するそれは触れたものを容赦無く噛み砕く残酷さも持ち合わせている。
蓮は魔術と触手、その両方を見事に防ぎ切り本懐を果たし散っていった。
だが、
「はぁ、はぁ……っはあ……」
「このままでは不味いですわね」
肩で息をするフェリシスの余力は少なく、フェリシスの肩を抱くマーガレッタは険しい表情で怪物の方を見ている。
フェリシスは元々魔術師として魔力総量が優れている訳では無く、魔術の魔力効率も悪い。
これは強力かつ広範囲の魔術を短時間に連発し敵を制圧するという、クトライアの得意とする短期決戦型の戦闘スタイルが災いした継戦能力の低さが原因だ。
相手と状況を選べば超一流と呼ばれる魔術師とも渡り合える強力な戦略だが、今回はその二つ共に恵まれなかった。
既に何度も衝突を繰り返しているにも拘らず、底も見えず無限に再生する相手に継戦可能な魔術師自体稀ではあるが、フェリシスも例外では無かったという事だ。
そして例外では無いのはマーガレッタとて同じ。
まだ幾らか戦う事は可能だろうが魔力残量が心許無く、迎撃も極力の節制を心掛けなくてはならない所まできてしまっている。
もう少し魔力効率が良ければ、魔力残量が多ければという後悔が脳裏をよぎるが栓無い事。
前者は多少努力が影響する側面も無いとは言い切れないが、後者に関しては完全に血と才能の領域だ。
どう足掻いてもどうにもならない、そう考えると同時に目の前で跳ね回る、才能に恵まれたライバルを見て、マーガレッタは自分と彼女の差を嫌が応にも理解してしまう。
「『地焦』!『炎突』!『紅蓮散開』ッ!!」
地を這う炎、紅蓮を纏う突きを連続で繰り出し、複数方向から仕掛けられる魔術を身から出た爆炎で焼き払うバレンシア。
――バレンシアという人間は紛れも無い天才である。
マーガレッタも昔から天才だなんだとありきたりな世辞を言われてきたが、自分に言わせれば彼女こそが本物の天才だ。
自分も才に恵まれていると自覚はしているが、バレンシアは格が違う。
上達すればする程、登れば登る程に痛感する格差。
魔力量も効率も一歩先を行く、嫉妬の念すら抱く相手と並べられる事に少し前までならば耐え難い屈辱に身を震わせていたかもしれない。
だがマーガレッタは変わった、その天才の隣に立ち二人で怪物の注意を引き付ける、バレンシアを凌駕する才能の持ち主であるヴィルが変えてくれたのだ。
「良い時間稼ぎだったよシア!」
バレンシアの三つの技を見せ札に、後方へ下がっていったヴィルが賛辞を贈る。
下がったのは断じて後退では無い、次に繰り出す大技の為の布石。
「『破城槌』」
それはベールドミナ新人戦で見せた、想像を絶する威力を秘めたヴィル・マクラーレンの有する最大火力。
大地を揺らす踏み込みと共にヴィルの姿が消え、かと思えば怪物の眼前で慣性を無視した急停止、の後に巨体をぶち抜く掌底が放たれる。
衝撃の瞬間巨体がたわみ、直後怪物全体の五分の一程が破裂し消し飛ばされた。
宙を舞う肉片が雹のように降り注ぎ、流石の怪物も耐えかねたのか一歩ずしんと後退る。
真っ当な生物ではないからか血は流れていないが、もし血が通っていれば周囲はより悲惨な状態になっていただろう。
だが――
「おっと」
掌底を打ち終えた体勢から跳躍、身の回りを薙ぎ払うように振るわれる触手を避け、ヴィルがバレンシアの側に着地する。
「これでも駄目か」
反撃を回避したヴィルは『破城槌』の反動か負傷しているらしく、左手で右腕を庇いながら苦笑いを浮かべている。
対する怪物はと言えば、消し飛ばされた箇所の傷口から肉が盛り上がっていき、やがて完全に元の状態へと完治してしまっていた。
マーガレッタの認める才を持つバレンシア、その天才が認める稀代の天才がヴィルだ。
平民出身、魔術の適正は無くクォントも持たない、容姿と学力には目を見張るものがあるが魔力も少ない、無いものを挙げればきりが無い青年。
だがそんなヴィルが血や魔術を、純然たる身体能力と天賦の武才で以て打ち破り、遂には国内最高峰の教育機関たる王立アルケミア学園のSクラス、その頂点に君臨したのだ。
そのヴィルとバレンシアを含む一年の精鋭達でも太刀打ち出来ない怪物、その事実にマーガレッタの背筋が凍る。
もしかすると勝てないかもしれない、そんな最悪すら浮かんだ。
だが、
「削った量的に吸収した分と代償魔術の補給分だけじゃ釣り合わない。死体の分を含めてもあれだけ魔術を撃てるんだから辻褄が合わない、他に魔力の供給源が?まさか大気中の魔力を活用しているのか。あれは魔術製の人工精霊には不可能とされていた筈だけど……受肉した影響で本物に近いづいているのか。どちらにせよ持久戦は分が悪い。やはり精霊の核、フェリドをどうにかしないと切りが無いか」
口から漏れるヴィルの思考、その中身は諦観とは無縁の代物だった。
魔術師は魔力が尽きかけ、近接組は体力の限界が近い、そんな中でヴィルはまだ何一つ諦めてはいないのだ。
その様子を見て、マーガレッタはまた一つヴィルとの差を実感する。
それと同時に、このままではいけないという強い対抗心も。
「ヴィル、次はどうしますの?わたくし達ではあれへの対抗策が浮かびませんわ。今はヴィルだけが頼りですの」
負傷したヴィルがニアの治癒を受ける間、後退した生徒達をレヴィアの対魔術結界が守護している。
『武装鋳造』を同時展開している以上多少耐久力は落ちているらしいが、それでも怪物の魔術を防ぐには十分役割を果たしていた。
直撃すれば結界を通るであろう触手も、今は多少体力を回復したザック、クレア、フェロー、クラーラに掛かりきりだ。
であれば魔力の温存に努める自分達に出来る事は、少しでもヴィルの作戦立案に貢献する事だけだろう。
マーガレッタはただ傍観しているだけの人間でありたくなかった。
「そうだね……僕は最初、相手の魔力切れを狙った持久戦に持ち込もうと考えていたんだ。人工精霊は本物と違って魔力の供給を術者に頼るからね。だけどこうして見る限り……」
「怪物の魔力に底が無いと?」
「ああ。きっと肉体を得た事で簡単な代謝能力を得たんだと思う。ここままだと確実に耐久の差でこっちが負ける。その前に守護精霊の核となっている術式か、フェリド本人にこの短剣を突き刺さないと」
「その短剣、ただの剣じゃありませんのね。どんな効果なんですの?」
「『精霊殺し』だよ。今回の為に用意した切り札だったんだけどね……想定外が重なり過ぎて上手く活用出来てないのが現状かな」
「そんな高価なものを……。それを突き刺せば確実にあの怪物を止められるんですのね?」
「そこは断言出来るよ。如何な守護精霊と言えど『精霊殺し』で術式か術者を刺されれば存在は保てない。後はそのどちらかの見つけ方だけなんだけど……」
肝心のその方策が浮かんでいない。
ヴィルは言外にそう告げ、治療を終えた右腕を肩のあたりからぐるぐると回す。
だがその横顔は、方策を思いついていないにしてはどこか余裕を持っているように見えた。
マーガレッタがその事を指摘しようとしたその時、
「おいヴィル!あいつ何か様子が変だぞ!」
後退し結界内に入ってきたフェローが、何やら焦った様子で怪物の方を指し示していた。
そしてその言葉に釣られて怪物の方へと視線を戻せば、確かに異変が起こっている。
悶えている、とでも言うのだろうか。
先程までの人を狙う挙動では無く、ただ周辺に八つ当たりをするように魔術を撒き散らし触手を振り回している。
目はギョロギョロと四方八方に向けられており、少なくとも好ましい変化ではなさそうだ。
『ア、ア、ア……』
そうして不意に怪物が一鳴き、そこから変貌が加速していく。
十一ある眼球全てが細かく震えて充血し、肉塊の表面が激しく波打ち流動する。
『ア、ア……イ、イリ、イリ、ア、ナァ……』
波打つ体表から口唇にも似た器官が出現すると、無意味な呻き声が徐々に意味を持った言語へと変化していく。
怪物もその事に気が付いたのだろう。
意味を持たない呻き声は完全に消失し、ある男の意識が怪物に表出する。
『イリアナ、先輩……私、私のォ、私と、一つにィ』
「フェリド・ケインソン?まだ意識があったのか」
「これは予想外でしたね。てっきりとうに呑み込まれて養分にされているとばかり思っていましたから」
本能のままに暴れる怪物が途端に明確な目的を得て動き出す、どうやらフェリドの意識が怪物の行動に反映されているようだった。
これには執着されるイリアナもヴィルも驚きを隠し切れない。
魔術の行使、出力の向上、フェリドの意識の表出、それは紛れも無い怪物の進化だ。
そしてこの進化は、これで終わるものでは無いとヴィルは考えている。
際限無く繰り返される進化の先にあるのは自分達の危機だけではない、ここベールドミナの街を滅ぼしかねない災害だ。
「皆、聞いて欲しい」
その前に仕留める、ヴィルはここで攻勢に出る事を決めた。
「このまま耐えてても埒が明かないのは皆分かってくれてると思う。だからここで、次の一手であの怪物を止める賭けに出よう。それぞれが持つ最大火力で、怪物を叩く」
「「「……っ!」」」
誰もが消耗したこの状況で、後先を考えない全力勝負。
それ即ち勝敗を賭けた大勝負に出るという事だ。
これまでの持久戦を思えば、少しくらいは躊躇しても良さそうなものだが、誰一人としてヴィルの提案に否を示す者は居なかった。
「よっしゃあ!そうと決まれば一気に仕掛けるぞ!こちとら散々ちまちました耐久されられてたんだ。あのバケモンに目にもの見せてやろうぜ!」
「そうね。いい加減引導を渡してあげましょうか」
「おいおい。最大火力とは言うが、俺らはあんなのにダメージ与えられるような大技持っちゃいねぇぞ」
「バカね。アタシらは露払い。みんなの攻撃が本体に届くように、周りの触手をチョットでも減らすのよ」
息巻くフェローにバレンシアが答え、戸惑うザックにクレアがツッコみつつ小突く。
各々が自分の役割を理解し、ヴィル達最後の作戦が今決行される。
その時だった。
「――ちょいちょいちょい!なんなんすかこの状況この化け物!通報の内容と全く違うじゃないっすか!!」
ヴィル達から見た怪物の裏側、見えざる位置から騒がしい声が上がる。
ざわざわとしたそれは一人では無く、もっと大勢の闖入者によるものだった。
――直後、複数の触手が切断され宙を舞う。
「彼らは……」
「…………」
イリアナが見覚えのある制服を着た闖入者に眉を上げ、ようやく届いた援軍にヴィルが口元を笑ませる。
これこそはヴィルがかの怪物を相手取るに当たってつい先程用意した、急ごしらえの追加の手札。
純白の騎士服に身を包み、怪物の巨体に纏わりつくようにして危険な超接近戦を仕掛け注意を引き、それでいて一人として欠ける気配の無い精鋭達。
かつて世界を救った勇者を創始者とし、その勇者が信奉した女神の翼の色を冠する組織、この闖入者の正体こそ――
「――銀翼騎士団」
貴族の中でただ一家、シルベスター家のみが許された特権の下に活動する、アルケミア王国下独立騎士団『銀翼騎士団』。
その中でも学園に通うヴィルの為だけに置かれた、騎士ジャンド率いるベールドミナ支部の騎士達が、ヴィル達を背に庇い怪物に刃を向けるのだった。
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