第126話 デートの真相 二
初心者マーク付きの作者です
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「――そして現在に至る。これで分かっただろう。以上がこの数週間に起こった出来事と、ヴィルの組み立てた策だ。君はヴィルの策に嵌りまんまと釣り出されたという訳さ」
そう締め括り、イリアナはフェリドを含む場の全員に現在に至るまでの経緯を説明し終えた。
淀み無く語られた話の中身に、この中で最も二人の近くに居たであろうバレンシアは唖然とした表情を隠せない。
それもそうだろう、彼女はヴィルとこの場に居ないヴァルフォイルと共に、特別授業でイリアナの指導を受けていたのだ。
にも拘らず、ずっと向けられていたという視線にも、二人が計画を練っていた素振りにも、全く気付く事が出来なかったのだから驚きもする。
他の誰にも悟られないよう完璧に隠匿した上で、作戦の中身まで完璧だというのだから、旧知未知を問わず全員がヴィルの聡明さと恐ろしさを理解させられた筈だ。
程度の差こそあれど他の面々も似たような驚きを共有しているようで、誰一人として言葉を発する事が出来ないまま状況が膠着する。
だが、膠着状態というものにも限度がある。
ヴィルの策に嵌められたフェリドはともかくとして、その取り巻きであるならず者達はヴィルの事をただの敵としか認識しておらず、十数分に及ぶ説明に飽きが出始めてきていた。
このままではいずれ問答に飽いたならず者達の忍耐が切れて、不意打ちの先制攻撃を仕掛けられかねない。
それが自分の目の前の相手であれば問題も無いが、この事に気付いていない友人が襲われ負傷でもすれば、包囲されながらも戦力の質で保たれている拮抗も容易く崩れてしまうだろう事を、バレンシアは唇を噛みつつ周囲を警戒しながら悟っていた。
だからといってあからさまにしていれば、逆に相手の攻撃を誘発しかねない。
そうして対立する二つの思考に焦燥感を募らせるバレンシアは、真っ先に行動を起こした人物の暴挙に気付けなかった。
「はあっ!」
「なっ、がはっ!」
男の呻き声に振り返ってみればバレンシアの後方、同じくイリアナを背に立っていたクレアが、全視線がヴィルに集中している今を好機とばかりに、ならず者達の一人に対し奇襲を仕掛けているではないか。
それはあまりに騎士道精神に欠ける行為であったが不意打ちとしては成立しており、仲間の一人が攻撃を受けたにも拘らずフェリド達は茫然とクレアに視線を送って立ち尽くしている。
一方卑怯とも言える一撃を成功させた当人はというと……
「試合じゃないんだから、よそ見してる方が悪いに決まってるでしょ。バカじゃないの?」
と、自身の行いを悪びれる様子も無く、更に続けて近くに居た男の腹部に握り込んだ拳を叩き込み昏倒させてしまった。
「おらぁ!」
「食らいなさいな!」
クレアの奇襲を皮切りに、ザックとマーガレッタがそれぞれ仕掛け、なし崩し的に戦端は開かれた。
最初は生徒側有利に始まった戦いだったが、対応が遅れていたならず者達が我を取り戻した事で近接組の形勢が逆転する。
その原因は武器の有無、ヴィルとイリアナがデートをしていると思い込み尾行してきたバレンシア達は、当然というべきか身軽に動けるよう武器を携帯してきていなかったのだ。
この程度の差で圧倒されるクレア達では無いが、鋭利な刃物が相手側にある分警戒を余儀なくされてしまうのもまた事実。
バレンシアやフェローのように魔術戦も出来るか、ヴィルのように徒手空拳の技量に秀でていれば問題無いのだが。
そんな不利を見て取ってか、レヴィアが魔力を高め声を張り上げて言う。
「みんな!武器なしじゃあ戦いにくいでしょう?ここはワタシに任せて!」
そう啖呵を切ると、レヴィアの手の中に魔法陣が閃き、続いて足元、各生徒の頭上に同じものが出現する。
――その中から、それぞれ生徒に適した形状の、透き通った薄紫の水晶で構成された武具が出現した。
ヴィル、クラーラ、バレンシア、フェローの下には直剣、ザックには大剣、クレアには槍が提供される。
これは召喚や収納といった、魔法の次元にある術理ではなく、れっきとした魔術によってもたらされた結果だ。
レヴィアが扱うのは基本八属性から外れた魔術であり、名を結界魔術という。
結界はただ魔力を押し固めて生成する魔力障壁とは違い、明確な法則の下に構築された魔術による防御手段だ。
卓越した空間把握能力と精緻な魔力操作を要求される為、世の結界術師の多くは多面体か球体の形でこれを操り、物理や魔術、属性といった相手の攻撃を構成する要素に合わせて性質を変化させ、自身と仲間を守護する立ち回りを行う。
結界術師といえば最高の防御力を誇る防衛線であり、逆に言えばそれ以外に応用の利かない魔術師だというのが主に世間でされている評価である。
――しかし、レヴィアはこの結界魔術という分野において、当時弱冠十二歳という若さで既に異才と評される才覚を現し、結界術師の中でも唯一無二である攻防一体の結界魔術を編み出した。
それがレヴィアの固有魔術『武装鋳造』、魔法陣という鋳型に結界という原材料を流し込み形成する、変幻自在の魔術。
『武装鋳造』はヴィルのエネルギー操作やグラシエルの爆破魔術のように、エクストラしか扱えないといった属人的な魔術では無く、結界魔術に適性のある者であれば誰でも扱える魔術の筈なのだ……本来であれば。
実際は『武装鋳造』が発表された時点では、レヴィアと同等のポテンシャルを持つ結界術師が居らず際限が不可能であった為、イリアナの『パレット』と同じ事実上の固有魔術として扱われてしまっているのが実情だ。
そんな経緯から、かつてレヴィアが目指していた結界術師の地位向上という目的からは外れたものの、汎用性を犠牲に自身に特化する形で開発を進めた『武装鋳造』は、ありとあらゆる場面でその能力を発揮する。
例を挙げるのであれば、今のように無手の仲間達に武装を貸し与える場面がそうだ。
「サンキューレヴィア、助かったぜ!これで全力で戦えるッ!」
「一応言っておくけれど、本物の武器程頑丈じゃないんだからあんまり振り回されると壊れちゃうわよ?重さも均一だから勝手も違うでしょうし、あんまり過信はしないで頂戴ね」
意気揚々と突っ込んでいくザックに一応とレヴィアが声を掛けるも、どうやら届いてはいないようである。
単身突撃を敢行したザックの、大剣の質量を生かした大振りの横薙ぎ。
レヴィアから武器を受け取って一切間を空けずの行動に反応出来ず、ならず者の一人が呆気無く胴で両断され絶命する。
だがこれだけ巨大な武器だ、全力で振るったのであれば引き戻すまでにそれ相応の隙が生じてしまう。
当然、その隙を狙った攻撃がザックに殺到する訳で……
「見え見えの隙を突こうなんて安直ねー」
剣の切っ先がザックに触れる直前、最も長いリーチを持つ槍を与えられたクレアが疾走、ザックを傷付けんとするならず者に肉薄し剣を払い、男の喉笛を穂先が容易く貫く。
ザックもクレアも、犯罪者相手とはいえ人を殺める事に躊躇いを覚えている様子は無い。
過去に経験があるのか、或いは指導者が余程優秀であったのか。
ともあれ一切の意思疎通も見せず貫禄のある連携を見せるザックとクレアのペアに続き、他の者達もそれぞれの得物を存分に振るって敵を圧倒する。
そこに少し前まで確かに存在していた接近戦の不利は無く、魔術を含めれば数分と持たず壊滅させてしまう勢いであった。
ただし、それは精霊術師たるフェリドが手を出さなければという注釈付きの未来ではあったが。
「どうして、どうして……っ!」
「どうして?それを問うには些か無理があるだろう。人を想うのは自由だ。けど想いを押し付けるようでは、君は関係を築くスタートラインにも立てやしない。他人を思いやる心を身に着けるべきだったね」
「君が!私に!説教を垂れるなぁッ!!」
激昂したフェリドが両手を振り下ろし、地面に巨大な魔法陣を展開した。
その内容は複雑怪奇、精霊の召喚(実際は人工精霊の製造)を目的とした方陣は記述が多くなり、必然詰め込める限度を超えれば巨大にもなる。
――その魔法陣から、大きさも色もバラバラの魔力の塊が次々に飛び出し、何十という精霊が宙に浮かび上がる。
フェリドの手によって作り出された人工精霊は、粗く角ばった出来の悪い球体のような形をしていて、明らかな人工物であるという事が一目で分かる筈だ。
元来精霊とは超自然的に生まれる魔力で構成された一種の生物であり、その形は球であったり動物を模していたり、上位の精霊の中には人型をしたものもあったらしい。
そんな中でフェリドが作り出したのは精霊の中でも下級精霊と呼ばれるもので、前述した中で言えば球の形しか取れない、人で表せば子供に相当する所の存在である。
千年以上も昔の存在である精霊、にも拘らず研究が進んだ現代でも尚下級の精霊すら完全な形での製造がままならないのは、未だに精霊誕生の過程が明らかにされていない為だ。
故に構成が甘くなり球は多角形に、生成後存在は長く保てず、またある筈の意思も失われた。
そんな不完全とも言える紛い物の精霊達が、フェリドの合図で一斉に魔術を展開する。
「おわあっ!?」
「ッ!」
「チョット!あんな空中から撃たれたらどうしようもないんですケド!?」
雨のように撒かれる大量の魔術に、空中への攻撃手段を持たない生徒達が悲鳴じみた声を上げる。
確かに手の届かせようの無い空からの絨毯爆撃は、人によってはかなりの脅威となるだろう。
これは対処の必要がありそうだ。
「皆!魔術が使える人は対空攻撃に専念して!近接組は魔術組を守りつつ対人に集中!」
「「「了解!!」」」
咄嗟に飛ばしたヴィルの指示に、皆が即座に行動する。
魔術を使う者と近接で戦う者の二手に別れ、見事な連携で相手を圧倒し始めたのだ。
日々授業で同じ苦しみを分かち合い、同じ釜の飯を食い、同じく過酷な鍛錬を重ねてきただけあって、その連携に乱れやミスは無い。
これで向こうは問題無いだろう、後は元凶であるフェリドをどうにかするだけだ。
「イリアナ先輩、僕と二人で彼の相手をする事になりますが大丈夫ですか?」
「問題無い。あれだけの人数を用意してきた相手が、まさかあの程度の数の下級精霊を呼ぶだけではあるまい。本命は、この戦いを始めた私達で終わらせよう!」
そう言い放つイリアナは周囲に呪符を浮かばせつつ魔力を高め、その返事に笑みを深めるヴィルはレヴィアに貰った結界製の剣を片手に、もう片方に持参した短剣を持った変則的な構えでフェリドに相対する。
「どこまでも邪魔をして……!」
対するフェリドは再び魔法陣を展開、今度は先程よりも規模を落とした二つの方陣が地面に描かれる。
小さくなった魔法陣はしかし、その中から下級精霊とは一線を画す圧を秘めた二体の精霊が姿を現した。
その姿は球では無く四足歩行、恐らくは犬か狼を模った中級精霊。
中級ともなれば魔術が強化されるのは勿論の事、物理攻撃まで行ってくる厄介な相手だ。
だが、
「援護は任せます」
「任された。奴の横槍は止めて見せよう」
「ッ!舐めるなあああああ!!」
ヴィルもイリアナも、特別授業を通して互いの手の内は良く知っている。
仮想敵として模擬戦をしたのだから、味方として戦うのは造作も無いという事だ。
怒りに任せた命令に応じて精霊が口を開らき、そこから放たれた魔術がイリアナの呪符から撃たれた魔術と相殺する。
右が火で左が水、一目見て属性を看破したイリアナはそれぞれに有利な属性で以て反撃を行う。
水と土、異なる属性を呪符を用いる事で容易に扱い、相手にとって不利な属性を押し付ける『パレット』の強みがそこにはあった。
不利属性への対処というのは、その攻撃を上回る出力を必要とする為、真正面からの迎撃はあまり賢い選択とは言えない。
故にフェリドの操る二体の精霊は回避を選択し、その後呪符の大本を叩こうと口を開けて魔術の予備動作に入る。
それは小さな、しかし確かな隙であった。
――ヴィルの紫閃が、火の中級精霊を頭から両断する。
「なっ!」
自らの自信作を一撃で仕留められ瞠目するフェリド、それもまた先の隙に勝るとも劣らない空白だった。
その間隙を逃さぬよう、ヴィルはエネルギー操作で運動エネルギーを増幅し脚の溜め無しで疾走する。
動体視力の優れた者でなければ、瞬間移動でもしたのかと見紛う程の瞬発力。
圧倒的な速度は相手に反応を許さず、水の精霊は火の精霊と同じ末路を辿った。
残ったのは静謐な目を向けるヴィルと苦い笑いを浮かべるイリアナ、ならず者達と膨大な数の下級精霊を墜とし集まって来る九人、そして既に立て直しが不可能となった状況で立ち尽くすフェリドだけだ。
あまりにも呆気無い終わりは、ここまでヴィルとイリアナが積み上げてきた努力を思えば釣り合わない結果と言えるかもしれない。
だが、これが本来あるべき結果なのだ。
フェリドもフェリドなりに実力を隠してCクラスに入ったのだろうが、欺ける実力などたかが知れている。
王立アルケミア学園の入学試験や能力測定は、それだけ正確でレベルの高いものなのだ。
ヴィルのように失っているのであれば話は別だが、フェリドにそうした過去は無い。
対してイリアナ達は全員がSクラスの生徒、誤魔化す余地の無い能力測定を経て尚学園最高の評価をされる、未来の王国の柱となる人材である。
そんな可能性の卵達が、如何に精霊魔術という特殊技能を使えるとは言え、Cクラスの生徒一人に負ける筈も無いのだ。
「終わりだ、フェリド」
「そ、そんな馬鹿な……。私は……私はまだ!」
「もう無いだろう、君には。僕には分かる、あの中級精霊は君の全力だった。一体に絞ればもう少し能力も上がったかもしれないけど、それでも上級には届かないと断言出来る。大人しく投降するんだ」
「認めない……認められるものか!」
血走った目で頭を抱えて、フェリドが叫び声を上げる。
その目はあまりにも狂的な激情で濁り切っていた。
そこに宿るは憎しみか、それとも嫉妬か、いずれにせよ現実を認められない妄執など見ていて見苦しいだけだ。
ヴィルは呆れた溜息を吐き、今も何事か戯言を喚き散らしているフェリドを昏倒させようと歩み寄っていく。
殺すつもりは無い、フェリドにあれだけの人数を用意する財力も権力も欠けているとなれば、その裏に居る何者かの正体を吐いてもらう必要があるからだ。
思考するヴィルの意識は既に、一連の騒動の後始末と完全な解決へと向けられていた。
故に彼は気付かない、気付けない――自らが歩く地面の下に、戦場を覆って余りある巨大な魔法陣が存在していた事に。
「――――ッ!?」
魔法陣軌道の直前、一秒にすら満たない瞬間、ヴィルの『第二視界領域』が魔術発動の兆候を捉えたが遅い。
――魔法陣に記述された魔術が発動し、戦況は一変した。
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