第125話 追跡!ヴィル・マクラーレン 裏
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定期試験を乗り越え、試験の結果発表と順位発表も済んだアルケミア学園は先日終業式を迎え、生徒達は晴れて夏季休暇に突入した。
国内最高峰の教育機関ともなれば学習内容自体の難易度や授業の進行も早く、かなり過密なスケジュールとなっている。
特に一年生ともなれば土台作りとしての基礎教育や身体づくり、更には学園生活への慣れや適応も必要となりかなりの気苦労があっただろう事は想像に難くない。
そんな中で待ち侘びられた夏季休暇の到来に、学園生徒の多くは故郷の実家へ帰ったり友人と旅行へ出かけたりと、各々休暇を満喫すべく動き出していた。
それはアルケミア学園に限った話では無く、学園都市とも呼ばれるここベールドミナに存在する複数の学園でも同様に休暇の時期がやってきており、街に出て見れば普段より活気に溢れた大通りがお目に掛かれるだろう。
そんなどこか弛緩した空気漂うベールドミナの一角、アルケミア学園寮の門前にヴィルの姿はあった。
夏季休暇に入った事もあってヴィルは制服姿では無く、あまり高価ではないがそれなりにきちんとした格好で今日のデート相手であるイリアナの到着を待ち合わせていたのである。
もっともデートというのは、今も大通りを挟んだ反対側からヴィルを見ているバレンシア達を釣る為の餌であり、その実態はイリアナに執拗に視線を寄越す視線の主の正体を暴く為の方策の一環で、イリアナも了承済みの作戦であった。
当初は未知数で心配していたイリアナの演技力も、実際やってみれば役者の才を感じる見事な演じ振りで、今日のデートも憂慮を持ち込まず臨む事が出来る。
そうして今日の予定に思考を巡らせていると、程なくして寮から待ちかねた相手、イリアナがやって来る気配を感じた。
「ヴィル」
ヴィルを見つけるなり門から素早く出てきたイリアナは、髪を掻き上げながら微笑みかけてくる。
季節は既に夏、この暑い日に厚着などしていられないと、今日のイリアナは肌の露出が多めの随分涼しそうな服装に身を包んでいた。
「お疲れ様です。今日はわざわざお時間を作って頂きありがとうございます」
「気にするな、これは私の問題だ。それでは仲睦まじく、デートに赴くとしようか」
そう言うイリアナは悪戯っぽい笑みを浮かべ、ヴィルにお手本を見せるように白い手を差し出した。
この仕草の意味は、言葉の通り恋人らしく振舞おうという提案だ。
本来であれば揶揄われた事に顔でも赤くし、恥ずかしがりながら手を握り返せば面白味もあったのだろうが、
「ええ。今日は仮初のデートですが、先輩を退屈させるつもりはありません。是非とも楽しみにしておいてくださいね。それから……」
ヴィルはぱっと差し出された手を取り、驚くイリアナに万人が見惚れる天上の笑みを乗せて――
「本日の服装、大変お似合いですよ。僕も思わず見惚れてしまいました」
「君は……全く、演技と分かっていても心臓に悪いな」
揶揄ってきた先輩に目を逸らさせて見事カウンターを決め、二人は夏季休暇のデートに乗り出したのだった。
―――――
ヴィルとイリアナが最初に向かったのは、ベールドミナの四つの区の内の一つ。
食料、雑貨、衣服、武具類と、この街で何かを買い求めるならここと言える位にモノが集う、俗にベールドミナの心臓とも表される商業区だ。
特にベールドミナを半ば縦断する形で存在している大通り、商業区と接している辺りでは市場が開かれており、毎日人の流れの絶えない賑やかな場所となっている。
そんな市場は今日が休日という事もあってか、平時より人通りが多く、夏季休暇に入ったと思しき学生の姿も多数確認された。
これが傍から見ているのであれば賑やかだな、という感想だけで終わったのだろうが、実際その人混みの中に入ってみれば斯様な思考は霧散する。
「……流石に暑い、な……」
「そうですね。夏季休暇に入ってすぐこれですから、心と肉体の準備が出来ていない人も少なくないと思います」
「そういう君は平気そうだな。やはり剣士ともなれば、外気に左右されるような軟弱な肉体は持たないか」
「そうではありませんよ。種明かしをすれば、魔術で自身の周囲の気温を操作してるんです。僕は出力こそ出ませんが、魔力効率と精度には自信がありますから」
「へぇ、隣に居ても言われるまで気付かなかったよ。器用な君が羨ましい。私は呪符無しではまともな魔術も使えないし、その呪符もこれからを思えば無駄使い出来ないからね」
そう言いながらイリアナが懐に忍ばせた呪符にちらと視線を送ると、ヴィルも頷いて同意を示す。
今日の目的を思えば、ただ視線の主の正体を暴き話し合いで終わるとは考えられない。
ほぼ確実に戦闘に発展するだろうし、相手が精霊術師である事を思えばどれだけ些細な魔力消費であっても歓迎は出来ない。
だがだからといって、羨ましげに恨めしげな視線を寄越されても、ヴィルの術式範囲的にお裾分けは厳しいのだが。
「……風で冷気を先輩の方に飛ばしてみます。重ねて言うようですが僕は出力に自信が無いので効果は保証出来ませんよ」
「おや、悪いね。……ふう、随分マシになった。ありがとう」
素直に礼を述べつつ、イリアナは露店を見る風に周囲の人混みを再度見渡した。
露骨に探っているように映らないよう、細心の注意を払っての睥睨はしかし目当てのものを見つけられなかったようで、
「相変わらず気味の悪い視線は感じるが、シア達はどうだ?私の感覚では気付けなかったが……」
「問題無くついてきていますよ。どうやら思っていたよりも興味を持ってもらえているようで、視線の主を除いても九人分の視線を感じます」
「そんなにか。君も罪な男だな」
「内二人は男、一人は家族みたいなものですよ」
「それ抜きで六人。それも世の紳士達が嫉妬狂う程の粒揃いだ。妬けるね」
「揶揄わないで下さいよ。ほら、デートなんですから露店を見て回りましょう。今も見られてるんですからね」
「分かっているさ。こんな状況だがこうして二人街を散策するのも悪くない。それに、個人的に探したい品もあってな。純粋に今日のデートは楽しみにしていたのだよ」
そう言ってやや男前に笑うイリアナは大人びていて、それでいてどこか子供っぽい、好奇心に満ちた表情で暑さで汗ばむからと離していたヴィルの手を掴んで引っ張っていく。
いきなりの行動に驚きつつ、学園ではこうして童心を開放する機会もそうないのだろうと、ヴィルはされるがままイリアナについて行く事に。
その口元は、確かに笑みの形を刻んでいた。
―――――
時間は既に一時を回った昼時、商業区を歩いて回ったヴィルとイリアナは何軒か飲食店を見て回った後、意見の合った一店に入店していた。
そこは商業区でもかなり有名かつ評判な料理店で、同時にかなり値が張る事でも有名な店だった為、イリアナは一応とヴィルに確認を取ったのだが、
「大丈夫ですよ。心配なさらずともここの出費込みでお金は持ってきていますから。自分から誘ったデートで相手に食費を払わせるような、そんな後輩にはさせないで下さい」
と、どうやら自分がイリアナの分まで払う心積もりらしいヴィルの自信に満ちた発言で、二人の昼食は決定したのだった。
そうして入店した店内、着いたテーブルの上に並ぶ常軌を逸した数の料理料理を見て、イリアナは頬を引き攣らせる事に。
……杞憂だとは思うが万が一、億が一ヴィルの手持ちが足りなかった場合は自分が出そうと、イリアナがひそかに決心していた事をヴィルは知らない。
やがて穏やかに進む食事(イリアナとしては店内の視線を釘付けにするヴィルの食事量に内心穏やかではいられなかったが)は特にアクシデントも無く終わり、二人は再び市場に繰り出していた。
「さて、市場も一通り回ったがこの後はどうする?まだ見ていない店もある事だしそちらに向かってもいいが……」
「いえ、見て回るふりをしつつ例の建設予定地へ向かいましょう。既に十分なストレスを与えられているのは、視線の濃さを見れば分かりますしね。それに万が一こんな人通りの多い場所で仕掛けられては事ですから」
「そうだな。そろそろ詰めに行くとしようか」
決意を込めた視線を交換し合い、二人は偽装を続けつつ商業区を外れた教育関連施設の建設予定地を目指して歩み始める。
デートの最初から、二人は視線の主――精霊術師を巡る一連の事件の決戦の地として、人に迷惑を掛ける事の無い空き地を最終目的地として行動していた。
ヴァーミリオン家の権力を使い使用許可を得たあそこならば、精霊術師とその協力者相手であっても被害は最小限に食い止められるだろうという判断だ。
もう一つの理由として、見晴らしの良い場所であれば精霊術師からの奇襲対策がある。
人工精霊は術師の力量によって同時に操れる数が変化し、真正面からの魔術戦闘のみならず多方面からの同時攻撃や奇襲を得意としているというのが精霊術師の強みだ。
その内の奇襲、これは視野が広く取れる建設予定地であれば、魔術を撃たれる前に精霊を視認しやすく、反撃もイリアナ程の魔術師であれば容易い。
また相手術師の逃げおおせる猶予を潰す目的も果たされる為、追い詰めるにはうってつけの場所なのだった。
「――今日一日、私は楽しかったぞ?」
「急になんです?」
いよいよ決戦という場面で、唐突にそんな事を言われ首を傾げたヴィルに、イリアナはくすりと堪え切れなかった笑いを零す。
「いや、偽りの関係とはいえ、今日一日恋人のようにデートに誘ってもらった身だからね。こういう学生ならばありふれた日常も、既に貴族の当主となった私には得難い経験だった。にも拘らず感想一つ言わないというのも失礼な話だろう?」
「そう、でしょうか?であれば。僕も今日のデートは楽しかったです。記憶に残る初デートでした」
「お、そうかそうか。ヴィルはこれが初デートだったのか!いや、私も同じだが。そうか、君のような男の初めての相手が私……中々に良い気分だな」
「また男を勘違いさせるような事を……先輩が言えばシャレになりませんよ。ですが、僕も先輩の初デート相手という栄誉に与れたのは光栄でした」
そう言って礼儀作法の授業のお手本のようなお辞儀を見せるヴィル。
突然の行動に驚くイリアナと、顔を上げたヴィルは目が合って心底可笑しそうに笑い合った。
思えばここ数週間の悪巧みも、真剣な悩みの解消が目的ではあったが楽しかったように思える。
イリアナは生徒会副会長、かつ学生の身で既に公爵家当主の座を継いでいるとあって、厳格な性格である事を心掛けてきた。
そんな真面目な彼女を尊敬し慕う生徒は数多く居たが、一人の生徒として見てくれる人というのは希少だ。
それもそうだろう、ただでさえ副会長という立場にある生徒と接するのは気後れするというのに、そこに現当主という肩書きが付け加えられれば、それは生徒会長でこの国の第一王女であるヴェステリアに並ぶ、他生徒とは一線を画した雲の上の存在となる。
だがヴィルは違った、平民であるにも拘らず貴族に対して敬いつつも過剰な遠慮が無く、これが普通の先輩後輩の仲なのだろうと、そう思わせてくれる距離感が心地良かった。
そういう点において、今回の事件はヴィルとの仲を深める絶好の機会ではあったのだろう。
しかしそれももう終わり、願わくばもう少しこの騒動が長続きしてくれれば良いのにと思わないでも無いが、それは善意で協力してくれているヴィルへの裏切りだ。
故にこそイリアナは――
「着いたな」
教育関連施設の建設予定地、そこはヴィルが想像していたよりも何も無い更地だった。
本来であれば建材や仮設物等が置かれていたのだろうが、ヴァーミリオン家が使用するとなって撤去されたのだろうか。
そんな土地の中心付近に辿り着いた二人は、意図せず向かい合う形で足を止めた。
「して、どうする?決着をつけようにもそろそろ出てきてもらわなければならないが……何か妙案でも?」
「一応僕に案があります。今回も演技力が必要なんですが、その前に先輩が認めて下さるかどうか」
「今更何を言うんだ。君が私の事を思っての献策だろう?それがどんな中身であれ認めないものなんてないさ」
ふっと気を抜いてそう答えるイリアナには、ここ数週間で培われたヴィルに対する絶対的な信頼があった。
目を見張る技能や才覚、加えてここまで共に行動してきたヴィルとは戦友、と言うと少しばかり過剰かもしれないが、それに近い関係と認識しているのは確かだ。
それに気付いて嬉しくない訳がなく、ヴィルも決意を固めてイリアナに向き直ると、
――イリアナの真正面、目と鼻の先の距離にまで歩み寄り、そして決意を固めた視線を相手に向ける。
ヴィルの御空色の瞳には、場の雰囲気を塗り替えて余りある真剣な情熱が込められていた。
その意図を察したイリアナは、思わず狼狽え目線を逸らしてしまう。
「な、成程。それなら視線の主も静観を貫く事は出来ないか。しかし、君は本気でするつもりなのかい?」
「まさか。演技ですし、実際にするつもりはありませんよ」
「そ、そうか。……別に今回手を貸してくれた報酬としてなら、君相手であれば不服は無いのだが、本当に振りで良いのかな?」
「ご冗談を。この程度の手助けで頂くには、先輩の唇は高すぎますから」
動揺を隠す為と苦し紛れにした挑発も、返すヴィルの歯の浮くような美麗な台詞に阻まれ、逆にイリアナの頬を一層赤くする一助にしかならない。
そうして赤く上気したイリアナの頬にすっと手が差し込まれて添えられ、固定された結果、逃がさないとばかりにヴィルの瞳がイリアナの視線を捉えて捕らえる。
こうして間近にヴィルの存在を知覚して改めて分かる、自分と比べて僅かに高い上背と、細身だが筋肉質な身体。
生まれて初めて身近に感じる異性に、イリアナは自身の鼓動が跳ねるのを確かに感じた。
絡まる視線、二人の世界。
次第に縮まる唇と唇に、イリアナはすっと瞼を閉じて――
「――土煙さえ払って頂ければ、後は僕が何とかします」
そう囁くように言われた次の瞬間、ヴィルの身体が反転、空中に向けて掲げた掌に飛来した魔術が直撃し、爆炎が空き地に落ちた。
視覚は言わずもがな、爆音を受け取った聴覚や熱に焼かれた筈の触覚までもが沈黙しており、よもや自分の命が尽きてしまったのではないかと、どこか冷静な頭の片隅が思考する。
だがそれでも、微かに感じる握り込んだ手の中にある呪符の感触を頼りに、イリアナは事前に頼まれていた通り土煙を払う暴風を自身を中心に発動した。
するとどうだろうか、沈黙していた五感が嘘のように息を吹き返し、まるで何事も無かったかのように体が動く事にイリアナは驚愕する。
まるで、と枕詞を付けたように、攻撃を受けた事実は自分とヴィルを爆心地として削れた地面を見れば一目瞭然だ。
にも拘らず無事なのは、きっとヴィルが魔術を防いだのみならず、爆発がもたらしたであろう音や光、熱といった副次的な効果全てから自分を守ったからだろう。
その際、結界や魔力障壁といったありきたりな魔力の流れは感じられなかった。
であればどのような魔術、技術で以て敵の攻撃を察知し迎撃したのか、相変わらず疑問は尽きないが――
「――かかった」
そう呟いたヴィルの姿を見て、イリアナは自身を取り巻く問題が解消される事を悟った。
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