第124話 ヴィル・マクラーレンのスキ 裏
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そして遂に回想は終着へ、舞台は丁度バレンシア達がヴィルからイリアナに対してデートの誘いをしている所を目撃した、その少し前まで遡る。
その日生徒会室では夏季休暇を目前に定例会議が開かれており、今現在はその会議も無事終え僅かな後片付けを残すのみとなっていた。
既に生徒会の役員は軒並み解散しており、室内に居るのは生徒会長のヴェステリア、副会長のイリアナ、それから生徒会最年少という事もあり片付けに立候補した書記のリリアだけだ。
「済まんなリリア、思いの他片す資料が多くて。これなら他の役員も残しておくんだったな」
「いえいえ、気にしないでくださいよ。あたしは残りたくて残ってるんで。それにほら、うちって見ての通り元気が有り余ってるじゃないですか!」
「ふふ。本当に頼もしい限りですね。私個人としてもとても助かりますし、生徒会長としてもリリアさんのような生徒が生徒会に在籍して頂けるのはとても幸運な事です。これで今の一年の代も安泰ですね」
「え、えへへぇ、そうですかぁ?」
そんなやり取りを交わしつつ作業は順調に進み、後片付けも残す所僅かという時点でヴェステリアが時計を見てふと言う。
「リリアさん、ここまでありがとうございました。ですがもう帰ってもらって結構ですよ」
「え?でももうあとちょっとじゃないですか」
「ご姉妹を待たせているのでしょう?リリアさんはもう十分やって下さいましたから、行ってあげて下さい」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。あ、この資料だけ届けてきます!お先に失礼します!」
勢い良く頭を下げて金髪の軌跡を残し、リリアが颯爽と生徒会室を出て行く。
リリアが妹であるクロゥ(リリアの自己申告であり明確な関係は不明)を気に掛けているのは生徒会の中では周知の事実であり、帰寮時に仲睦まじく話す様子が度々目撃されている。
それはあまり人と馴染めないクロゥに対するリリアの優しさであり、ヴェステリアが帰る許可を出したのも純粋に二人を慮っての事――そう考えているのではまだヴェステリアに対する理解が足りない。
「リリアさんは素直で可愛らしいですね。ヴォルゲナフ卿も良いご息女に恵まれたものです」
「恵まれたの一言で済ませるにはあそこも問題が多いがね。まあリリアが素直で可愛いという点には同意するが」
「これでかの家が第一王子派でなければ文句も無いのですが。全く、私には王位を争う意思など無いと明言しているのに、周囲の人間が勝手な憶測で派閥を作ってしまうからおちおち後輩を愛でる事も出来ないではないですか。……当主が変われば生徒会の縁で陣営を鞍替えしないものですかね」
「どうやってまだお若い当主殿を失脚させるつもりなんだ……。大人しく兄君が王位を継ぐまで待っていろ」
呆れた溜息と共にイリアナが纏めた書類を机で整え、ヴェステリアはその書類に押した印を仕舞いながら不満げに唇を尖らせる。
常日頃から誰に対してもアルカイックスマイルを向けるヴェステリアが、こうも表情を崩すのは珍しく、それだけイリアナとの友情が深いものである事を証明していた。
王女の身分であるヴェステリアは当然一挙手一投足に気を遣わねばならず、それは人間関係にも同じ事が言える。
故に気安く誰かと関係を築く事もままならないのだが、AとSのクラスの壁があって尚こうなのだから、ヴェステリアにとっては本当に貴重な友人の一人だ。
無論そんな内心は全く気取らせずに、ヴェステリアはすぐに普段通りの笑みを浮かべて執務机の整理を行っていく。
「全く。今のお前の姿を他の生徒達が見たら卒倒するぞ。それで私くらいにしか本性を見せていないのは嬉しくも複雑だけどね」
「そういうあなたも滅多に素を見せないではないですか。裁定四紅の子達を除けばヴィルさんくらいですか。随分と可愛がっているようですが?」
「例の新人戦前の特別授業で受け持っていてね。あれだけ秀でた才と能を得ながら……いや、だからこそと言うべきか。こちらが教えた内容を咀嚼して一から十まで、ともすればそれ以上に吸収してしまうのだから気分が良くてね。加えて気も合うとあっては良くしない理由が無いだろう?」
そう答えるイリアナは「それを言うなら」と続け、
「ヴェステリアこそヴィルの事を気に入ってるみたいじゃないか。クレガ―が嘆いていたよ。会長自ら生徒会入りを打診するなんて例が無いってね」
「であればその会長の誘いを断ったのも彼が初めてでしょうね。彼は平民の出ですから派閥がどうのという心配もありませんし、どれだけ愛でても問題は無いでしょう。まあ声を掛けた理由は別にあったりするのですがね」
「別の理由?私はてっきり、優秀な生徒が集まるSクラスから平民の出で新人戦出場選手に選ばれた事を知って招集したのだとばかり思っていたんだけど」
「勿論それもありますが実際は少し前、彼がこの学園に入学する前からヴィル・マクラーレンさんの存在は存じていました。冒険者としてはB級ながら、S級冒険者擁する麻薬組織を少数で壊滅させたとか。その他にも実に多くのお話を聞いていましたから、学園生活が落ち着いたタイミングで声を掛けようと決めていたのですよ」
「よくそんな話が入ってくるものだね。ヴィルが冒険者をしていたというのは知っていたが、事件については初耳だよ」
「私を誰だと思っているのですか。生徒会長である前に一国の王女ですよ?市井の噂というものには想像以上敏感なのです」
本来ならば生徒会の業務を手伝う臨時役員としてではなく、正式な役員として迎え入れたかったのだが、という意味を言外に込めて言ったヴェステリアに、イリアナは片方の眉を上げて意外感を示す。
この話を聞いたというのは又聞きではなく、実際はヴィル本人に直接聞いたのだが、レイドヴィルという存在を隠匿する立場である以上当然伏せるべき情報だ。
「それにしてもヴィルがB級か。あの腕なら若さを鑑みてS級とはいかずとも、A級程度軽くあっておかしくないと思ったんだけどな」
「彼にも理由があるのでしょう。大方A級以上から発生するギルドからの強制招集義務を避けての事でしょうがね」
「孤児院か。確かに年長組としてはほったらかしには出来ないね」
イリアナは以前、ヴィルが孤児院出身であり自分よりも小さな子供達の為に、孤児院に入れる資金を調達する目的で冒険者をしていたという話を聞いた事があった。
そういう裏があったのではおいそれと昇級する事もままならないだろう。
二人はそんな風に納得した。
「ともあれヴィルが戦闘だけでなく事務処理も出来て助かったな。今頃ヴィルが居なければと考えただけでも……」
「確実に業務が回っていなかったでしょうね。今年はただでさえ生徒会入りを希望する生徒が少なかったですし、新規入学者の受け入れ人数も増員されていましたから。ただ、このまま彼一人に業務を頼り切りにしていたのではいけませんね。これならあの一年の生徒会入りを認めておけば良かったかもしれません」
「一年の?今はどれだけでも人手が欲しい時期だったろう。何故認めなかったんだい?」
「その方はCクラスでこそありましたが、特段問題点も見当たらなかったので一時は採用しようとも思ったのですよ?ですが何となく、私の感覚が彼は駄目だと告げていたので落としました。どことなく邪なものを感じたのですよね」
「その言葉だけ聞けば理不尽だけど、王女としての勘を知っている身からすれば妥当だね」
ヴェステリアはこれまでも、直感的に様々な物事に判断を下し、そのことごとくを成功に導いてきた。
それは生まれ持った第六感であり、流れる血が持つ才覚であり、蓄えた知識がもたらす知恵である。
そんなヴェステリアがそう判断したのであれば、Cクラスの一年は生徒会にそぐわない人物だったのだ。
などなど、二人が雑談を繰り広げている間に会議の後片付けは完了し、後は寮に帰るのみ……という所で生徒会室の扉が叩かれる。
「失礼します。イリアナ副会長は……と、まだいらっしゃったみたいですね。ヴェステリア生徒会長、ご協力頂きありがとうございました」
「ヴィル?私に用という事は……ヴェステリア、お前謀ったな?」
「はて、何の事ですか?私はただあえて片付けを残して役員を解散させてあなたを部屋に残し、リリアさんを帰して二人きりに。部外者を取り除いた状態で密談に適した生徒会室ごとヴィルさんに譲り渡そうとしただけなのですが?」
「その様子だと私達の企みもお見通しか」
「はい。詳しい話はヴィルさんから伺いましたが、あなたが最近何かに悩んでいるのには気が付いていましたので、少しばかりお節介をと。ヴィルさん、生徒会業務のお手伝いをして頂く対価としてはお気に召していただけましたか?」
「ひとまずは。あれだけの激務とは予想していませんでしたから、他にも幾つか便宜を図って頂きたい頼み事があるかもしれません。思いつけばその都度お願いしますよ」
「生徒会長であり王女でもある私にその物言い。ふふ、とても私好みです」
どこか冷たい微笑を交換する二人に頭を抱えつつ、イリアナは瞬時に思考を切り替える。
夏季休暇を目前にしたこのタイミングで、ヴィルが自分に話を持ってくるのは予想していた事だ。
自分にしてもヴィルにしても、この視線の問題を休みを跨いで抱えるのは望ましくないと考えていた。
だからといって休暇全てを費やして問題にあたるのは、両者共予定がある為不可能。
そうなれば必然決め手となる策を早急に打たなければならないだが……ヴィルの様子を見るにその策は既に考え付いているらしい。
そうイリアナが思考する傍ら、ヴェステリアは既に纏めてあった自身の荷物を抱えて立ち上がり、
「それでは私はここで。ここの鍵はお二人で返しておいてくださいね」
「その事なのですが、自分からお話ししておいてなんですが生徒会室は使わない事にしました。申し訳ありません」
「なるほど、そちらを選びましたか。構いませんよ。でしたら、鍵は私の方で返しておきます」
「…………?」
一人話に取り残されるイリアナだったが、取り敢えず二人に合わせて荷物を纏め生徒会室を出る事に。
最後に忘れ物が無いか室内を一瞥したヴェステリアは戸締りをし、何の説明も無いままに二人に微笑みを向けると、
「それではイリアナ、ヴィルさん、良き週末を」
そう言い残し、生徒会室の鍵を返しに行ってしまった。
途方に暮れるイリアナ。
「それじゃあ僕達も行きましょうか」
「それはいいが、私にもきちんと説明してくれよ?」
未だ状況を理解出来ていないイリアナが、事情を知るであろうヴィルに疑問を投げ掛けるのは至極当然の発想と言える。
その事を理解しているヴィルは当然とばかりに頷き、情報を共有すべく説明を始めた。
「先に結論から言わせてもらいますが、視線の主の正体を突き止めるおおよその方策は練り終えました。これで学園内では困難だった無関係の人を巻き込んでしまう問題も解決されると思います」
「ふむ。それならば何故その策を生徒会室で話さない?他に当てでもあるのか?」
「そういう訳では無いのですが……ついでに解消しておきたい問題がありまして。うちのクラスの人間関係についてなのです」
一年Sクラスに存在する人間関係。
そう聞いて思い浮かぶ問題は、イリアナの中には一つしか存在しなかった。
「マーガレッタとフェリシスか」
「ご明察です。詳しく話す事は出来ませんが、二人の問題自体は既に解決しているんです。ですがクラスメイトとの関係が未だ改善出来ていない状況でしてね。その対策も同時に打たせてもらえればと考えているんですが……」
「構わんよ。協力してもらう対価の一つと考えれば安いものだ。もっとも、対価を自分の為でなくクラスメイトの為に使うのは相変わらずと呆れる他無いが」
「……ありがとうございます。幸いに向こうは僕に興味を持ってくれてるようですから、釣るのは簡単だと思います。あとは正真正銘最後の問題なのですが……」
イリアナの揶揄う口調をスルーし、淡々と説明を続けるヴィルだったが、最後の問題を明かす前に口ごもってしまう。
これまで幾つもイリアナの驚くような事を言ってのけてきたヴィルなのだ、今更何を言い淀む事があるのか。
何でも気にせず言ってみろ、そういう意思を込めてイリアナが見ていると、ヴィルは意を決した様子で口を開き――
「――イリアナ先輩、先輩は演技力に自信はありますか?」
そう訝し気に困惑するイリアナに向けて言い放ったのだった。
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