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第123話 アルケミア学園生徒会 裏

初心者マーク付きの作者です

暖かい目でご覧ください

 

 次に遡るのが、ヴィルとイリアナが最後の模擬戦を行いその流れのまま生徒会室へ、アルケミア学園生徒会長であるヴェステリア・ゼレス・レオハート・フォン・アルケミアの呼びかけに応じた日の翌日となる。

 その日昼休み、ヴィルとイリアナはヴェステリアの許可を得て生徒会室を貸し切り、ある生徒の来訪を待っていた。

 ある生徒とはヴィルのクラスメイトでもある、一年Sクラスのローラ・フレイスの事である。

 長くイリアナに対して執着を向ける視線の主が精霊使いである可能性が浮上し、精霊に関して詳しい話を聞き出す為に前日の内に生徒会室に来て欲しい旨を伝えていたのだ。

 その際生徒会副会長であるイリアナの名前を出していたので、流石に断られる心配は無いとヴィルも考えているのだが……


「心配かい?彼女が来るかどうか」


「ええ、まあ」


 普段生徒会長が座る席に腰掛けるイリアナが、ソファに座る変わらないヴィルの表情の奥を見透かしたように気遣う声を掛ける。


「しかし成績を見る限り問題児と言う訳ではないのだろう?無論優等生かと問われれば疑問が残る成績ではあるが」


「ローラは問題児ではありませんよ。授業態度も良好ですし目立った問題行動も起こしていませんから。ですが彼女は面倒事を嫌う性格でして、果たして僕の頼みを聞いてくれるかどうか」


「そうだったのか。しかし私の名前も出したのであれば心配ないさ。それにこう言っては何だが、君の誘いを断る女子もそう居ないだろう。容姿端麗文武両道。私の年代にも君に惹かれている女子は少なくないんだ。同年代なら猶更じゃないかな?」


「そう言って頂けるのは恐縮ですが、彼女はその例外ですよ。人付き合いが苦手なのか誰かと話している場面も見かけませんし、他人に興味関心を抱くようなタイプとは思えません。それに……」


「ん?」


 言葉を濁したヴィルに首を傾げるイリアナ。

 ヴィルはそれに苦笑交じりに、やや傷付いたような表情を見せて、


「覚えは無いのですが、どうも僕は少々彼女に嫌われているようでして。僕に対しての愛想を大層悪くしているんですよ。いや、本当に覚えが無いのですが」


「それはまた、何とも意外だね。ヴィルのような優等生を嫌う生徒が居るとは」


「もしかすると優等生だからこそ嫌っているのかもしれませんけどね。ともあれ、そういう訳で不安材料は尽きないという訳ですよ」


 ちょっとした悩みに嘆息するヴィルを見て、イリアナが意外そうに眉を上げる。

 イリアナに限らず、余人にとってヴィルはと言えば、上級貴族や一部を除いた誰からも好かれ、教師からの信頼も厚いこれ以上無い生徒というイメージだろう。

 そんなヴィルを嫌う生徒が居る事も驚きだが、自分がたった一人から嫌われているという事実に多少なりとも気にした様子のヴィルがイリアナにとっては意外だったのだ。

 てっきりここまで多くの人に認められているヴィルならば、一人や二人に厭われた所で気にしないと考えていたのだが、


「君も覚えも無く嫌われれば傷付くか」


「それは大小は違えど誰だってそうでしょう。誰かに好かれたい、或いは誰からも好かれていたい。そういう感情は僕とて持ち合わせています。ましてや相手がクラスメイトともなれば友好関係を築きたいと思うのは不自然でも何でもないでしょう」


「それもそうか。どうも君を見ているとそうした一般的な考えが当て嵌まらない気がしてしまっていけない。事前情報を見ると特異な存在に思えるが、こうして話していると君も普通の生徒と変わらないのかもしれないな」


 ヴィルと特別視、この二つは切っても切り離せない程密接な関係にある。

 大抵の人はその容姿を見て特別視し、さらに深く関われば卓越した能力を見て特別視せざるを得ない。

 普段ヴィルがつるんでいるクラスメイト達のように、ヴィルの本当の姿を捉えて接してくれる人と言うのは存外に少数なのだ。

 そんな事実を加味しつつ、イリアナはしみじみと言った体で言葉を返す。


「まあ気にする事は無いさ、誤解はじきに解ける。仮に今日ローラが来なかったとしても、また後日頼めばいい話だ。何なら私自ら教室に出向いても……」


「おや、噂をすれば、ローラが来てくれたようですね。先輩を待たせずに済んでホッとしましたよ」


「……君を普通と呼んだ発言は撤回させてもらおう。君は十分に異常だよ」


 まだ扉すらノックされていない段階で、廊下の床を踏みしめる足音を聞き取ってそれが誰かを判別するなど、異常と言う他に何と言う。

 やや不機嫌そうに、声と表情に後悔を滲ませるイリアナに首を傾げつつ、ヴィルは来訪者を迎える紅茶を淹れるべく、席を立ち上がり生徒会室に併設されている休憩室へと姿を消す。

 その直後、こんこんこんと三度のノックが生徒会室に鳴り響く。

 よもやこれでヴィルの感覚が間違っているとも思えないが、一応の答え合わせはしておかなくてはならない。


「入りたまえ」


「……失礼します」


 入室の許可を出した所で扉が開かれ、室内を確かめるようにおずおずと言った様子で来訪者がその姿を現した。

 黒く艶やかな髪を肩口より少し先まで伸ばし、その前髪から覗くつり目がちの三白眼のお陰で、彼女の顔は美人ながら少々きつい印象を見た者に与える。

 やや着崩された制服が包む体は細身で、服の上からでもそのスタイルの良さが窺えるのだが、そこに乗っかっている顔の表情は気だるげで、やはり美人と言うより怖いという感想が先に出てしまうのは致し方無い。

 そんな彼女は部屋の中に視線を巡らせ、イリアナの姿を視認すると首をほんの少し落とすだけの簡素な礼を見せる。

 その姿は紛れも無く、特別授業でも見かけた一年Sクラスのローラ・フレイスに相違無かった。

 イリアナはヴィルの感覚が的中していた事実に呆れつつ、表情に出さないよう心中に感情を隠しかちりとスイッチを切り替える。


「よく来てくれたな、ローラ・フレイス君。今日は私とヴィルの要請に応じてくれて嬉しく思う。まずは適当に掛けてくれ。今ヴィルが紅茶を淹れてくれている」


「はあ、どうも」


 そう短く返事を返しソファに腰掛けるローラは、時折小さく気だるげに溜息を吐いていて、端的に言って非常に憂鬱そうだ。

 流れる静寂、居心地の悪い空間。

 これはヴィルが覚えのない行動で嫌われているというよりも、彼女の態度の方に問題があるのではなかろうか。

 手を組んでそんな事を考えていたイリアナだったが、その思考はヴィルが三つのカップを手に戻って来た事で中断される。


「お待たせして申し訳ありません、イリアナ先輩」


「いや、大丈夫だ。ありがたく頂くよ」


「ローラも、今日は来てくれてありがとう。助かるよ」


「……別に。あたしは副会長が呼んでるって言われたから来ただけ。あんまり長くしないでよ、ご飯まだなんだから」


「うん、分かってるよ。直ぐに本題に入るつもりさ」


 微笑み交じりに話し掛けるヴィルに対し、ローラは顔を背けて「だといいけど」と興味なさ気だ。

 ――その瞳に僅かによぎった感情に、イリアナは気付き眉を顰めた。

 そんな副会長をよそにヴィルは手際良く紅茶の配膳を終え、丁度ローラの反対側のソファに腰掛けた所でほんの少し居住まいを正したローラがこの集まりの意図を問う。


「それで?副会長様とヴィルがあたしに何の用ですか?あたし二人に言われるような事何もしてないんだけど」


「それは僕から説明するよ。まず事の発端は特別授業が始まって暫くした日の事なんだけど……」


「手短にして」


「それは勿論。要点だけ説明するよ」


 それからヴィルは、特別授業を受ける最中イリアナと自分に向けられる奇妙な視線に気づいた事。

 聞けばその視線は、ヴィルやローラを含む一年生が入学してすぐに向けられるようになったという事。

 更にその視線の主は、人工精霊を通してこちらを見ている可能性が浮上した事を順に、かつ簡潔にまとめてローラへと伝えた。


「あー、そういう事。なるほどね」


 時間で言えば十分に満たない説明であったが、ヴィルとイリアナの伝えたかった内容は十分にローラにも伝わったようで、


「つまり副会長とあんたはあたしを疑ってるっていう事ね。だけどお生憎様。あたしは誰かを覗き見する趣味も無ければ二人に興味も無い。全くの見当違いだから」


 ローラはただでさえ鋭い目を更に険しくし、ぎろりという擬音が似合いそうな視線でヴィルを睨み付けてきた。

 当然二人にローラを疑うつもりは毛頭無く、異なった意図で伝わってしまったヴィルは慌てて両手を振って弁明する。


「待った待った。僕と先輩は何もローラを疑ってる訳じゃないんだ。ただ視線の主と同じく精霊を操る魔術師から話を聞きたかっただけだよ。僕の身近な精霊術師と言えばローラだから、何か参考になる意見をくれるんじゃないかって。誤解させてしまったなら申し訳無い」


 座ったまま両手を脚の上に置き、頭を下げてローラに誤解させてしまった事を詫びるヴィル。

 それに対し、ローラは居心地悪そうに身じろぎし、あっそと短く返してから、


「あたしが疑われてないっていうのは分かった。けどそれもおかしな話じゃない?自分で言うのもなんだけど精霊なんて数を絞ればいくらでも遠くまで飛ばせる。ならあたしだってまだ視線の主?それの候補なんじゃないの。何で証拠も無いのに外せるわけ?」


「そこは疑ってないよ。特別授業で同じ闘技場に居たけど、こっちに特別な視線を向けている素振りは無かった。もしあれだけの視線を向けて来る相手が同じ場に居たとしたら、精霊越しに見ていたとしてもつい肉眼で確認してしまうものじゃないかな?なら聞くけど、ローラが僕とイリアナ先輩を見ていた視線の主その人なのかな?」


「それは違うけど……」


 どこか不服そうに視線を逸らすローラに、ヴィルは満足そうに微笑みを深くする。


「ほらね、君は嘘を吐いてない」


「なんでそう言い切れるわけ?」


「僕には嘘が分かるんだ。視線、表情筋の動き、仕草、あとは気の揺れっていうのかな。そういうのを注視していれば大概の嘘は見えてくるものだよ。余程上手く隠さない限りね」


「何それ。気持ち悪」


 あまりに常識を外れたヴィルの理論に、ローラは若干引いたように深く座り直す。

 いきなり嘘を見破れる等と言われれば似た反応をしてしまいそうなものだが、それにしてはローラの反応は、刺々しい性格を加味しても少しばかり過敏に思える。

 それは或いは、先程ローラの瞳に見えた感情に起因しているのかもしれない。

 そう考えたイリアナは上級生として、二人の関係改善に一歩を踏み出す事を決めた。


「少しいいかな?横から口を挟むようで悪いが、ローラ君のヴィルに対する態度は少し目に余る。こちらがお願いして来てもらっている場ではあるが、それでも同級生に対して最低限の礼儀というものがあるだろう。無論個人的な好悪を私が否定する事は出来ないが、聞けばヴィルに嫌われる覚えは無いというじゃないか。余計なお世話かもしれないが良い機会だ、ここで己が心の内を吐き出してみるのも悪くないのではないか?」


 当人達からすれば、何と差し出がましい発言だろうとイリアナは思う。

 だが先程口にした通り良い機会だ、今更先輩面をするつもりではないが、後輩の悩みを聞いて行動しないのでは生徒会副会長としての名が廃るというもの。

 仮にこれで疎まれたとしても今後関わる期間は長くとも一年半だが、ヴィルとローラはこの先三年半もの時をクラスメイトとして共に過ごしていくのだ。

 可愛い後輩の為なら多少の憎まれ役は引き受けようと、そう考えた次第である。

 言われたローラは浅く唇を噛み、それから多少逡巡してからゆっくりを口を開き、


「あたしは別にヴィルを嫌ってるとかじゃ、ない……。けど、そう受け取られてるなら謝る、ごめん。あたしはただ……」


「ただ?」


 イリアナに聞き返され、やがて意を決した様子でヴィルを真正面から見て、しかし再び見覚えのある感情と共に目を逸らしてしまう。


「あたしはただ、あんたの事が怖いだけ。初めて見た時からずっと」


「怖い?僕が?」


 思わず聞き返してしまったヴィルの疑問に対し、ローラは首肯する事で返答する。

 恐怖、それが度々ローラの瞳に映っていた感情の正体と知り、イリアナは内心でヴィルと同じ疑問を共有するが、その意味が理解出来ない。

 確かにヴィルは末恐ろしい才を数多く秘めているが、怖いというのはそういう話ではないだろう。


「怖いって言っても、見た目とか強さとかそういうんじゃなくてさ。なんて言うか、こう、あんたを見ただけで心が竦むっていうか、気持ちが耐えられなくなるっていうか……良い奴だって頭では分かってるのに、何度見てもまるで身の毛もよだつ極悪人か何かに見えて、気持ち悪くて、おぞましくて。自分でも何でそう感じるのか分かってないんだけど、その嫌悪感が態度に出てた、のかも」


 明確に答えられず尻すぼみになる言葉に、しかしヴィルは得心がいったように頷きを繰り返す。


「生理的嫌悪感ってやつかな。まあ合わない人種っていうものはあるものだから、仕方無いと言えば仕方無い……」


「あー、全部が全部そういうんでもなくて、さ。自分でも何言ってんのか分かんないんだけど、生理的に無理とかじゃ無いと思う。あたしの感覚の話にはなるんだけど。あんたみたいに怖いって感じる人は他にも居るんだ。グラシエル先生と、あとは……ジャック、だっけ?あの暗いの」


「先生はともかくとして、ジャックも?」


 ヴィルとグラシエル、この組み合わせだけならばある程度共通点は見えてくる。

 潜在的な魔力量、術式の唯一性、魔術と近接戦闘を併用する点など、表面を見ただけでは分からない部分を無意識的に見抜いていたのなら、それはローラの人を見る目が優れていた事の証左として終わるだろう。

 だがそこに、ジャック・エリエクタスという人物が入った時点で話は変わってくる。

 ジャックはヴィルやローラと同じ一年Sクラスの生徒で、優れた闇属性魔術の使い手である事に間違いは無い。

 しかしヴィルの見通しでは、優れていこそすれ自分やグラシエルに比肩する程では無いと見ている。

 であればどのような共通点がこの三者にあるのか、可能であればじっくりと調べて検証、証明してみたい好奇心が顔を覗かせるが……


「だから、別にあんたが悪いとかそういうんじゃないから。これからは気を付けるようにするし。あたしは元々こんな性格だし、嫌だったら全然避けてもらっていい、けど」


「いや、そんな事はないよ。寧ろ誤解が解けてすっきりしたかな。これからも同じSクラスの生徒として、仲良くさせてもらえれば嬉しい」


「……そ」


 やはりと言うべきか、努めて優しく言葉を掛けるヴィルに対し、ローラの態度はどこか素っ気無いものだ。

 しかしその対応も、好悪関係無く彼女の地であると分かってしまえばどうという事は無い。

 何より小さく呟いたその口にヴィルの淹れた紅茶を運び、どこかホッとしたように気を抜くローラを見て、彼女を責める事など出来ないだろう。

 それから、精霊の専門家であるローラから様々な助言を得た二人は、視線の主の正体を掴むべく作戦を練り始めたのだった。


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