第122話 朱色の魔術師 裏
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ヴィルとイリアナの策略の真相を説明するには新人戦前、グラシエルが一年Sクラスの戦力増強の為、イリアナ率いる三年Sクラスを指導役とした特別授業を組んだ頃まで遡る必要がある。
その日のヴィルはいつもと変わらず、イリアナ相手に軽い模擬戦をしたり状況に応じた動き方を習っていた。
「……ふう、こんなものかな。これで新人戦に出場する大抵の魔術師相手に後れを取る事は無いだろう。とは言っても、私の教えがヴィルにとって必要だったかどうかは定かでは無いがね」
「そんな事はありませんよ。対魔術師戦闘は僕が苦手とする課題の一つです。それを想定した模擬戦の経験を積めるのは願っても無い事ですから。それも国内随一の魔術師からとなれば何物にも代え難い貴重な経験です」
「はは、ヴィルは本当に口が達者だな。まあ君のような後輩に褒められて悪い気はしないが」
戦闘技術において、ヴィルがイリアナから学ぶべき内容はそう多くない。
ヴィルが一人の剣士として完成の域にある事はイリアナも認める所であり、それ故にイリアナはヴィルの戦闘の指南をするのではなく対魔術師戦闘の経験を積ませる事を選んだのだ。
幸い『パレット』を駆使し幅広い戦術を取れるイリアナは、様々な属性の魔術師を想定した鍛錬にも最適で、これまで騎士としてかなりの戦闘経験を積んできたヴィルも驚くような手を幾つも披露していた。
銀翼騎士団の抱える魔術師にも優秀な者は数多く居るが、イリアナ程多彩で強力な魔術師はそう居ない。
本当ならばそんな魔術師と矛を交える貴重な機会、是非とも心置きなく特別授業に集中していたい所なのだが……
「イリアナ先輩、少しよろしいでしょうか?」
「なんだい?分からない点や悩んでいる事があれば気軽に質問するといい」
「それでは遠慮なく。最近身の回りで変わった事はありませんでしたか?トラブルや違和感を覚えた事は?」
「……というと?」
「――最近視線を感じる事はありませんか?羨望や好奇の視線ではなくもっと粘着質な、陰湿な害意を含んだ悪質なものです」
「――――」
一歩踏み込んだヴィルの質問に、イリアナの目がすっと細められる。
そしてその変化はヴィルの問いに対する明確な答えを示していた。
自身の感覚に誤りが無かったヴィルが瞑目する。
「やはり僕の勘違いではなかったんですね。特別授業が始まって直ぐに先輩に対する尋常ではない視線を感じたので、もしやと思っていたのですが」
「……ああ。確かに私はここ最近、誰かに見られているような感覚を覚えている。それは認めよう。だけどどうしてヴィルが気付けたんだい?私は自分に向けられているからこそ気付けたようなものを、君が直接向けられた訳でも無いだろうに」
「そうですね。僕はかなり視線に敏感な方だと思っています。冒険者をやっていれば魔獣は勿論、僕の事を敵視してくる冒険者や盗賊なんかに殺気を向けられるのは日常茶飯事でしたから。でも直接向けられていない視線は僕にも感知できません。今回気付けたのはそう、僕に殺気が向けられていたからです」
「ヴィルに?」
訝し気な表情をするイリアナに、ヴィルは肯定の意味で頷きを返す。
これはイリアナが身に覚えのない視線を感じるという話だった筈で、ヴィルに殺気が行く謂れは無い。
にも拘らずヴィルは確かに殺気を覚えたという、これは一体どういう事なのか。
その答えは、口の端を上げ確信めいた笑みを浮かべるヴィルが持っていた。
「これで少し見えてきましたね。僕には殺気、イリアナ先輩には執着を。それから……」
説明の途中、ヴィルは視線を巡らせて周囲の人物から例を挙げる。
「シアには無関心であるのに対して、ヴァルフォイルには僕と同じように殺気を向けています。これらの情報が示すのは視線の主が先輩に並々ならぬ関心を寄せている事。それから先輩の周囲に居る男性に敵意を向けている事。つまり」
「――私への恋愛感情が視線の主の動機という事か」
ヴィルと同じ確信に至ったイリアナに対し、ヴィルは再び肯定の代わりに頷きで以て答える。
恋愛感情、それは度々美しいものであるとして語られがちだが、その外見も中身も状況次第で容易く色を変えてしまう。
恋が成就する事もあれば実らない事も当然あり、先の無くなった想いや抱え込み煮詰まった想いは時として、歪んだ愛として向けた相手を傷付けてしまう事もある。
今回イリアナへ向けられるストーカー的視線も、そうして想う内に歪んでしまった愛なのだろう。
だからといって対象へ醜悪な感情を向けたり、その周囲の人間に良からぬ考えを抱く事をヴィルは良しとしないが。
「成程。それなら私にも分かる事があるよ。視線を感じ始めたのは四月中旬。となれば視線の主の正体は新入生の誰かだろう。二年以上の生徒や新任教員という可能性も無いでは無いが……まあ除外しても構わないかな」
「そうですね。加えてまだ断定は出来ませんが男子生徒である事、それから……これを聞いて視線を向けないで欲しいのですが、東の方角、第二教育棟の辺りから視線を感じます。この時間にあの辺りの教室で授業を受けている生徒を探れば或いは更に絞り込めるかもしれません。只の視線と受け取るには少し妙な感じですが」
さらりと明かされた聞き逃せない情報に、イリアナの眉がぴくりと動く。
それからヴィルの忠告通り東には視線を向けず、驚きというよりは呆れた笑みを浮かべて言う。
「これは驚いたな。君は向けられた視線の方角や位置まで分かってしまうのか。一体どんな鍛錬を積めばそこまでの境地に至れるのやら……。それで?妙というのは?」
「それが、視線の方角はともかく高さが釈然としないんですよ。自分で言っておいてなんですがまず間違いなく教室内ではないですし、屋上と言うには少し低い。しっくりくる言い方で言えば空中からの視線としか」
「空中?視線の主は宙に浮きながらこちらを見ていると?言わずとも理解しているだろうが、飛行は魔術の中でもかなり素養に左右される高難度魔術だ。君の感覚を疑う訳じゃ無いが、勘違いと言われた方が納得出来るくらいだよ」
イリアナの言う通り、彼女を尾け狙うストーカーがたまたま飛行魔術を使うと考えるのはあまりに現実味が無い。
簡単に挙げられる課題点としては、術者を傷付けないという前提の浮力の確保、出力の維持、速度調整など多岐に渡るが、飛行に近い技術に浮遊というものがある。
浮遊はその言葉通り、ただ宙に浮くだけの代物であり飛行とは全くの別物、移動も縦の軸のみで汎用性に欠けるものだ。
その浮遊ですら満足に使える魔術師は片手の指で数えられる程に少ないのだから、飛行が如何に困難であるか理解出来た事だろう。
この情報を踏まえて、ヴィルとイリアナが視線の主と見ている、未だ学ぶべき事の多い一年が該当者である可能性は皆無と言って差し支えない。
……と言いつつ、ヴィルには一つ年下で飛行魔術を使えるかもしれない人物に心当たりがあるのだが、今回の件とは無関係の為黙っておく事にした。
「確かに無理のある話ですし、僕としても間違いであって欲しくはあります。ですがこの感覚に誤りは無いかと」
「それだけの自信があるという事か」
「はい」
傍から見ればおかしな話だと思う。
ヴィルもまた飛行魔術の希少性を理解しているにも拘らず、イリアナに諭されて尚自分の感覚が正しいと言い張るのだから。
もしこのヴィルの発言を他の生徒がしていたならば、或いは議論する余地無しと切り捨てられていてもおかしくない無理だ。
だが……
「…………分かった。君がそこまで自信をもって断言するのならばその感覚を信じようじゃないか」
長考の末、イリアナはヴィルの自信を笑みすら浮かべて受け入れた。
これは他ならぬヴィルが発言したからであり、それだけイリアナがヴィルの事を信用し信頼しているという証拠でもある。
それからイリアナは頤に手を当て、ヴィルの言う視線の主について考える。
「しかし相手が飛行魔術を使えるとなると厄介だな。飛行魔術自体は実用性に疑問が残るが、それだけの適正と出力があれば魔術の方も相当な……」
「あー、申し訳ありません。僕の言葉足らずで誤解させてしまったみたいですね。先輩の言う通り相手が飛行魔術を使える可能性はほぼ消してしまって構わないと思います。僕が言いたかったのは飛行魔術の部分では無く、視線が空中から向けられているという点です」
「では遠視系という事か?それならば視線が宙から向けられている事の説明自体は付くが……」
「はい。先輩もお考えの通り魔術を向けられていたのならその魔力に気が付かない訳がありません。それに、僕は今回の視線の仕組みに少々心当たりがありまして」
ヴィルが言う心当たりというのは、当然遠視などではない。
もっと稀有で希少な、遭遇する事すら滅多に無いそういう心当たりだ。
「ほう、心当たり。聞かせてもらえるかな」
「恐らくは精霊を通した視線ではないかと」
「精霊だと?」
――精霊、それは溜まった魔力が基本八属性のいずれかに傾き、意思を持って生まれる魔獣の対とでも言うべき存在だ。
かつての世界には精霊は世界の至る所に溢れ、人々の生活に寄り添う存在だった。
しかし千年以上前、正確な時期は定かでは無いが、ある一時期を境に精霊は生まれなくなり、それまで存在した精霊達もどこかへ姿を消してしまったのだ。
その精霊消失を描いた書物に『精霊王物語』というものがあり、そこには精霊達を統べる精霊王と呼ばれる存在がとある森に楽園への門を開き、精霊王と精霊達は今もそこで生き続けているのだと記されている。
が、今となっては王国の歴史書からもその辺りの時代を記録した部分は失伝しており、真実は定かではない。
だが事実として精霊は世界からその姿を消し、今の世で精霊と言えば縁遠いお伽噺の存在だ。
ではヴィルの言った精霊はどういう事なのかというと、彼は人工的に生み出された精霊、人工精霊の事を指しており、その技術を精霊魔術と言う。
精霊魔術、正式には疑似精霊魔術とは先に述べた精霊誕生の過程を魔術で再現し、本来自然発生的に生まれる精霊を意図的に作り出す魔術である。
使えれば極めて強力な魔術ではあるが、ただでさえ才能や血筋に左右される魔術の中でも特に血筋の影響が強く、基本的に精霊信仰の血族の直系しか操れないなど制約が厳しく使い手の存在は稀だ。
しかし飛行魔術を使える術師より多いのは間違いなく、視線の主を捜索する上での情報としてはかなり良い線だろう。
そうと決まれば善は急げ、差し当たっては、
「僕のクラスメイトにローラ・フレイスという女子生徒が居ます。ローラは丁度精霊使いですから、まずは彼女に詳しい話を聞きに行きましょうか」
そうして、イリアナとヴィルを取り巻く問題を解決するべく、二人の計画は動き出したのだった。
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