第121話 デートの真相 一
初心者マーク付きの作者です
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「ヴィル!」
目視で無事を確認出来たバレンシアがヴィルとイリアナの下へ駆け出すと、それに続くように他のメンバーも走り始める。
当然ヴィル達には尾行していた事が露見してしまうが、ああして攻撃を受けた以上そんな事を気にしている場合では当然ない。
ただ何故皆がここに?そんな言葉を投げかけられた時にどう答えたものかなどと考えていたのだが……
「皆聞いて欲しい。相手は一体じゃない。だからイリアナ先輩を中心に円陣を組んで全方位からの攻撃に備える。悪いけど武器は僕が携帯してきた短剣くらいしかないから、必要なら各自調達して欲しい」
「どうしてここに居るのか、聞かないのね」
「あはは……やっぱりバレてたよねー。ヴィルが気付かないはずないもんね」
「尾行に関しては気付いてたさ、最初からね。校舎裏で先輩と話してるときにリリアとフェローの魔術に覗かれていたから」
「そっからバレてたのかよ……やっぱ役者が違うなぁオイ」
開口一番、端的に的確に指示を出すヴィルを見て直前までの思考は無駄となった。
まさか最初からバレているとは誰も夢にも思っていなかったが、事実としてそう言っている以上はそれを受け入れ対応する他に手は無い。
可能であれば何故バレていたのか、後学の為に教えて欲しい所ではあったが、
「悪いけどこれ以上は敵を倒してからだ。こっちはこっちで事情があってね、出来れば巻き込みたくはなかったんだけど」
今は目の前の事態に集中し、自分達がどう対処しなければならないかに全ての思考を割くべきだろう。
そうしてヴィルの指示通りに円を描くように陣形を組み、その中心でイリアナが呪符を飛ばし防御用の結界を張り巡らせる。
極めて簡易的な結界擬きではあるが、多少の魔術であれば防ぐ事は造作も無い。
この万全の状態で迎え撃つ肝心の敵についてだが……
「ようやく現れたようだね。卑怯にも不意打ちを仕掛けておきながらまだ機会を狙っているとは。いい加減姿を現すといい」
ヴィルが挑発し視線を向ける先には、しかし人影らしきものは全く視認出来ない。
だがヴィルには確かに何かが見えているようで、一切視線を揺らす事無く一点を見つめ続けている。
そして――
「――本当に、一体どういう感覚をしていれば気付けるのか。これだけの距離で透明化に勘付かれたのは君が初めてだよ。ヴィル・マクラーレン」
これ以上の隠密は無駄と判断した下手人が、自身の透明化を解除してその姿を現した。
中肉中背、これといった特徴の無い至って普通の青年だ。
街中を歩いていたとしてもまず間違いなく注目を集める事は無いだろう容姿。
だがその瞳だけは隠し切れない狂気に歪んでおり、見るものに異様な嫌悪感を抱かせる。
そんな男が、ヴィルに居所を暴かれ堂々と姿を現したのだった。
「どういう感覚をしていれば?それだけ粘着質な執着を向けておいて気付かれないとでも?だとしたらお粗末と言う他無いね」
「……もしかして、Cクラスの?」
「フェリド・ケインソンだ。私の名前を憶えていてくれて嬉しく思うよ」
もしやと口に出したニアを肯定し、フェリドと名乗った青年が薄気味悪い笑みを深める。
ニア本人はフェリドの名前を口に出してはいないのだが、そんな事は関係ないらしい。
「フェリドだと?ヴィル、あれが私達が炙り出した視線の正体だというのか?」
「ええ、間違いありません。あの視線には学園内でも覚えがありますし、ここに来るまでの道中で感じていた視線と同じですから」
「確かに悪寒を覚えるこの視線は同じに思えるが……」
ヴィルとイリアナとの間で交わされる会話は、バレンシア達にとっては全く理解の及ばない内容だ。
恐らくはこの認識のズレがバレンシア達が二人の仲を邪推した理由なのだろうが、今この瞬間は聞くべき時ではない。
ただ分かるのは、ヴィルとイリアナはデートをしていたのではないという事だけだ。
「ああっ!私の事を覚えて下さってはいないのですか!?何たる悲哀何たる悲劇!否!否!!あなたは確かに私の事を覚えているはずです!ええ、きっと一時的な物忘れでしょうとも」
両腕を勢いよく広げ熱弁するフェリドは、イリアナに話し掛ける時だけ明らかに態度が違っている。
羨望、偏愛、狂信、あらゆる感情が過剰に込められ過ぎている。
重く絡みつくような言葉の数々に、イリアナが眉を顰めて言う。
「悪いが私の方に覚えはないぞ。君の存在もそれだけの感情を向けられる理由もな。それにだ、あれほどの威力の魔術を放てる生徒を私が把握していない筈が無い。君は一体何者だ」
「何者ですか!私はそう!言うなればあなたの運命でしょう!!」
「話が通じんな」
呆れて溜息を吐くイリアナの表情には言い表せない不快感が滲んでいる。
それは他も例外ではなく、クレアなどは露骨に唇をひん曲げている程だ。
存在も知らない、感情を向けられる謂れも分からない、そんな相手からの一方的な感情など忌避感が湧いて当然だろう。
ましてやフェリドのような人物からのものであれば、忌避感を通り越して嫌悪感とすら言える。
――一年Cクラスのフェリド・ケインソンの名を知る者は少ない。
その理由は単純明快、これといって秀でた才能があるでもなく、出自も至って普通の一般家庭、所謂凡人であるからだ。
これといった友人も居らず、学園の教師も彼の事を認識している者は少数派。
そんな人物がどうしてヴィル達アルケミア学園でも指折りの実力者を前に、これだけ強気な態度を保っていられるのか。
普通ならば尻尾を巻いて逃げてもおかしくないというのに、だ。
「それで、私に何用だ?あれだけの魔術で不意打ちを仕掛けてきた理由は?」
「いえ、いえ!私としてはこうして直接手を出すつもりはなかったのですよ。ただいつものように遠くから見つめているだけで満足でした。……ヴィル・マクラーレン、君が現れるまでは」
不穏な空気を纏うフェリドはゆっくりとヴィルを指さし、先までの態度が嘘のように怒りを露わにする。
「君が!軽率にもイリアナ先輩と出会い!話して触れ合って矛を交えて近づいて!校舎裏に呼び出しデートに誘ったかと思えばあまつさえ!き、きき、き、きききキスをしようなんて!!認められるわけがないだろうがぁあああああ!!」
吼えるフェリドが周囲の空気を震わせる。
憎悪と狂気が入り混じる叫びの矛先はヴィルへと向けられてはいるが、フェリドの執着自体は決してヴィルに行き着いているのではない。
ここまで情報が揃えば最早説明の必要も無いだろう。
――フェリドはイリアナという一人の女性に恋焦がれているのだ。
ただしそれは狂恋や偏愛とでも言うべきものであり、とてもではないが恋などと綺麗な言葉には当て嵌まらない一方通行の代物だ。
恐らくはヴィルとイリアナのキスシーンを目撃した事で、その歪んだ愛が暴走したのだろう。
いずれにせよフェリドの感情は受け入れられるものでは無いが。
「認められないと?君がそうだとして、ここからどうやって状況を返すつもりだ?如何に実力を隠していたとしてもこちらとは人数だけで十倍の、戦力で言えばそれ以上の差が開いている。君一人で覆せるとは到底思えない」
「ああ、そうでしょうとも!あなたは常に正しい。私一人では天地がひっくり返っても勝つ事は叶わない。――ですから投降します」
「……何?」
フェリドの耳を疑う宣言にイリアナが問い返し、他の面々も概ね怪訝な表情をしていた。
投降する、それは即ち大人しく諦めるという事。
今の今までイリアナを陰からストーキングし、ここまで直接的に奇襲を仕掛けてきておいてだ。
その発言の真偽は別として、唐突な投稿発言にどこか拍子抜けしたような困惑した空気が広がる。
だが……
「ふひ」
――呪符で張っていた結界に突然激震が走り、崩壊した結界の破片がキラキラと輝きながら地面に落ちていく。
棒立ちするフェリドが魔術を使った前兆は無かった、完全な形の二度目の奇襲。
その奇襲は結界を砕くに留まらず、ヴィル達の遥か後方から光の矢が飛来する。
凄まじい速度で迫るそれにフェリドを注視していた全員誰一人として反応出来ず、生物を容易く殺めるだけの威力を秘めた光が誰かに突き刺さる――その直前だった。
「――その手の小細工はもう無駄だよ、嘘吐き」
呟くヴィルが振り向きざまに、懐に忍ばせていた投げナイフを投擲、光の矢と相殺する。
「ッ――――!」
「君は僕達の油断を突こうと考えたのかもしれないけど、残念だったね。僕には嘘は通じない」
「~~~~!!とっとと出て来い!イリアナ先輩以外は殺してしまえ!!」
自分の思惑が瓦解していくフェリドが激昂し、叫ぶ。
すると周囲から人影が一人二人と現れ、円陣を組むヴィル達の周囲を更に円を描くように取り囲んでいく。
気が付けば、ぐるりと見渡す景色の中に何十人というならず者達が、それぞれの獲物を構えて下卑た笑みを浮かべていた。
その内の何人かはヴィルにも見覚えがある顔で、指名手配者として正騎士団や銀翼騎士団の詰め所に手配書が張り出されていた者達だ。
自然、バレンシア達の身体に緊張が走り緊迫した空気が張り詰める。
「いつの間にこれだけの人数を……」
「ふは、ふははははは!!私が考えなしに一人でこの場に姿を現すとでもお思いでしたか?こういう事態に備えて準備だけは進めておいたのですよ!本当は使わないのが一番だったのでしょうが……」
一欠片の気持ちも籠っていない残念そうな表情を作り、それからころりと残忍な笑みが転び出る。
ずっと貼り付け続けていた薄っぺらい笑みとは異なる、フェリドという男の本性。
「これだけの人数差に加え私という優秀な魔術師!最早君達に勝ち目は無い!さあ、始めようか!」
通常ならば、戦力的にはフェリドの勝てる余地は無い。
如何にフェリドが優れた魔術師と言えど、この程度の人数でバレンシアやフェローといった天才達を打ち破るのは不可能だ。
ましてやこちらには治癒魔術を使うニアに加え、万能と言っても過言ではないイリアナも居るのだ、負ける道理は無い。
その事はバレンシア達も理解する所であり、だからこそいよいよ激突という場面で戦意を高めていっているのだ。
これは勝てる戦いだ――フェリドが只の優秀な魔術師であったならば。
「本当に、ヴィルの言う通りだったな」
「?なんですかイリアナ先輩。私に恐れをなして降伏するというのなら、ええ、彼らを殺すのは止めにしましょう。私も鬼ではありませんから」
「鬼ではない、か。だとしたならやはり君はヴィルの言う通り嘘吐きだ。そうだろう?精霊術師」
「なっ……!?」
「精霊術師、ですって?」
その一言を聞いたフェリドの顔から、それまでの狂的な笑みが一瞬にして掻き消える。
精霊術師、それはこの場で出るにはあまりにも突拍子の無い単語だ。
その存在を知っているバレンシア達も、何故このタイミングでイリアナが口にしたのかが理解出来ない。
しかし狼狽するフェリドは勿論の事、口に出したイリアナや気を抜かず周囲を警戒するヴィルは何か確信めいたものがある様子だった。
恐らくはその一点、精霊術師という一単語が今回のバレンシア達の誤解を生んだ原因なのだ。
「ど、どうしてその事を、私が精霊術師である事は誰にも……まさか、奴が情報を漏らしたとでも言うのか?」
「奴?生憎だが君の正体について誰かから情報を聞いたという事実は無い。それどころか、私はフェリド・ケインソンという生徒を探してはいなかったのだからな」
「は、ぁ?」
無理解、不可解。
意図が理解出来ず間の抜けた声を上げるフェリドに対し、イリアナが答え合わせをするように情報を開示していく。
「単純な話だ。私は私の事を尾け回すストーカー精霊術師を探していたが、君の事は探していなかった。つまり精霊術師=フェリドという真実を知らなかったという事さ――今、この場に君が現れるまでは」
「~~~~!!」
フェリドが声にならない悲鳴と怒りが混じった声を上げる。
校舎裏での告白も、商業区でのデートも、全ては精霊術師をこの場に誘き出しその正体を探る為だったのだ。
ようやく見え始めた真実にバレンシアは戦慄する。
一体どこからヴィルとイリアナの策略は動き出していたのか、自分達はまんまと騙され戦力としてこの場に釣り出されたのか……或いはこちら側にニアが居る事もヴィルの策略の内であるのか。
「…………」
「!?…………!!」
が、そんな疑念をニアに向けてはみたものの、当の本人は驚いた様子でぶんぶんと首を左右に振っている。
必死な様子のニアからは嘘を吐いている様子は見られない、つまりこれはヴィルとイリアナ二人による完璧な策略。
そこまで考えた所で、バレンシアの脳裏に一つの疑問が浮かぶ。
「待ってください、あなたの言い分はおかしい!!私があなたの策に嵌りここに誘き出された、その事は百歩譲って認めましょう。ですが!精霊術師という単語は私を知っていなければ出て来ない言葉の筈。やはりあなたは私の事を知っていたのではありませんか!?」
バレンシアの抱えていた疑問、それは口に出す前にフェリドからイリアナに投げかけられる。
フェリドと同じタイミングで疑問が浮かんだというのは癪ではあるが、真実が知れるのであれば細かい事には拘らない。
「君の事は知らないと何度も言っているのだがな、こればかりは実際に経緯を説明してやらねば分からんか。さあどうする?大人しく聞くのであれば真実を明かすのもやぶさかではないが……」
「…………」
「分かった、では話すとしよう。私とヴィルの……と言うには些か手柄の横取りが過ぎるな。ヴィルの組み立てた策の概要を」
そう言って、イリアナは決戦に至るまでの経緯を滔々と語り始めたのだった。
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